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第一講〜嘘の記憶と代償〜

ー/ー



 「吸血鬼
 それは高い能力を持った者達の事で血を啜る猛獣です。
 その起源は人とも諸説で語られていますが、決定打に至っていません。
 何故だと思いますか?」

 先生は冗長で偏見の強い教鞭を身振り手振り駆使して言い聞かせる。
 その話を聞きながら生徒たちは黒板に書かれたものを板書するか、教科書を覗いて答えを見ているのだ。
 普通の学校の情景であった。

 現在の世界からして、先生は吸血鬼の悪い面だけを選んでいるようにしか見えない。
 だが、世間一般的に吸血鬼への偏見は強い人が多いのだ。
 ただ、この先生は知っている中でも一層、偏見が強い人だった。

 世界中には吸血鬼という希少亜人が存在している。それを保護する吸血鬼保護法という法律がある。
 もちろん、吸血鬼もまた人間だという考えからだが、この日本では吸血鬼の存在はとても風当たりは悪い。
 先生のように嫌な人間も多い。

 私は周りを見渡した。
 そこには、ゆらゆらと黒い髪の中に肌色の手が前の方で見えた。
 眼鏡を真面目な生徒像の少年が高々と手を上げていた。
 その子の名前も朧げで覚えていない。
 先生はその子を指した。
 その子は立ち上がった。
 その子は自分の知識をひけらかしたかったのだろう、頭のよさを誇示するように大きく声を上げた。

「吸血鬼は死んでしまう時に白い灰となって太陽に吸い込まれるからです!」

 先生は手を叩き、称賛した。
 私は先生が苦手だった。
 厳格な考えと多くの偏見が似合う女の人だったことも要因の一つだろう。

 今会えば「汚らわしい」の一つや二つ言うだろうと予想がつくいてしまう。
 山岡璃美 16歳は小学生の頃の思い出に浸っていた。
 昔のことなのに思い出せるのはきっと人間ではないモノになってしまった影響なのだろう。

 璃美は吸血鬼だ。15歳の時に自分が亜人だと気付き気付かれ、国家で吸血鬼を囲う場として作られた夜紅学園に入る羽目になった。
 璃美は先天的な吸血鬼ではないと思われている。
 璃美は赤い髪と瞳をしているが元は漆黒の髪とだ切れ長の綺麗な顔をした美は和風美人な顔の中の大きな目を物憂げに伏している。
 璃美は先天的でない故に異端者として扱われている。
 だが、璃美はどうでもいいと思った。逆に嬉しいとさえ感じている。

 人間で有れる喜びを感じられるからだ。 周りから人間と認められているかのようで、彼女は気分がよかった。

 けれど、不便は感じる。
 何も考えていない。何も知らない。
 そんな風に思い舞っていても、物を隠されたりするのは、めんどどうである。

 そんな璃美はこの夜紅学園に入って4年目。 一度も配給の血を飲んでいない。
 飲むと血の触れた先から吸血鬼になるようで嫌で仕方ないからだ。
 今は大きな講堂で、一人座って、勉強している。

-ーこびりついて離れない。

 そう思うことはよくあること。 思い出したくないことほど思い出されてしまって、知らぬ間に考えてしまっている。
 璃美は現在その気持ちに苛まれている。だから、シャーペンを置いて、頬杖をした。
 そうやって、ぼうっとしている。
 ため息を一つ。
 脳みそをに掻き回される思考に吐き気がした。
 ネットリと首筋からつま先まで血に塗られた感触が駆けるのだ。

 気持ち悪い。”アノ時”が原因に違いない。

 璃美は少し頭を振り容赦なく自身叩いた。
 そして璃美は昔をふと思い出した。

 思い出したのはアノ時から一週間過ぎようとした頃の出来事。
 鏡を見た瞬間に寒気と吐き気と自分を殺したい気持ちが襲い掛かった。
 ヤツと同じ、髪と眼。
 璃美はアパートに住んでいるにしては大きな声を上げた。
 それよりも、生まれて初めてあんなに大きな声を出したといっても過言ではなかった。
 ヤツと同類になったのではという恐怖。そして、自分が自分でなくなるのではという恐怖。
 その恐怖が璃美の中に強く存在していた。その頃は人間の食事もまともに取れなかった。

 あぁ、また無駄こと考えてどうするんだよ。

 もう一度ため息をつく。。彼女は嘲笑気味な顔をして、横に長い講堂の机にうつぶせる。
 皮肉なほど、見るたびあの時を思い出す象徴的な赤い髪が目の端に映っている。

 私はなんて執念深いんだろう。
 アノ時から切らない髪を見て、 恋する乙女みたいだ、と一笑した。

「おは、……またお前不機嫌やってんの?」

 璃美はビックリした。
 人が居ると思っていなかったからだ。
 いきなり現われた声の主は王子様だ。

 吸血鬼界の第一王子、緋樹。
 王族には苗字が無いか有るか分からないが璃美は苗字を聞いたことが無いので、無いと思われる。
 あまり人間界の人は知らないが、吸血界の世界にも王族がある。

 緋樹は璃美が不機嫌をしている内容を知りながらも、馬鹿にしながら控えめな笑い声を出して隣に座る。

 不幸が楽しいか、この見てくれ野郎。

 うつ伏せていた、仏頂面の顔を上げると案の定、堪えかねる様に笑っている緋樹を睨む。
 性格が悪いヤツではあることは分かるだろう。

「首の皮剥いで取り替えたい!」
「またそれかよ、俺がその部分から血吸ってやろうか?」

 緋樹は妖しく笑う。 璃美は呆れ果てた目で樹を見る。 本気じゃなく、冗談でからかっていることが目に見えるからだ。

「私を殺す気? コレでも貧血で悩んでるんだから、吸われたら死ぬって」
「だよな、頑なに飲まねえからな。 俺に飲ませる事って命張っても良いくらい誉れ高いことのなんだけどな」
「あぁ、私のタイプの王子様なら、この命を差し上げるだろうよ!
 というか、人間の私があんな体液飲めると思うの?」

 心配でいった言葉を切って捨て、挙句の果てには吸血鬼の存在まで否定する始末だ。
 今度は緋樹が呆れた顔をする。
 一拍後、二人は笑った。
 お互いに呆れ顔をするものだから、二人は可笑しくなって笑う。
 二人は仲の良い友達なのだ。

「だろうな。お前が人間でありたい内は人間なんじゃねぇの? 俺はなんともいえないけど」
「確証無いんだ!」
「当たり前だ」

 つか、なぁ……。 緋樹は呪いのように日に日に鮮明になる赤色を深い金の眼で見ながら続ける。
 緋樹は時々そうやって璃美を見る。 璃美にはその視線は微妙に痛い。

「何でお前だけ助けたのだろうな。 ご丁寧に同胞にまでして」

 璃美はハッと目して、横を向く。 緋の眼が吸血鬼らしい、狂気交じりの色に見えた。
 それに思わず、怯えてしまった璃美は視線を栗毛のふわふわな髪に移した。

「まぁ、訊けばいいでしょ?」

 緋樹は相槌を軽く打つと、珍しすぎる顔で額に手を当てた。
 少し渋る様な顔をしているのだ。 璃美は思わず、笑いが噴き出そうになった。  
 あのあの緋樹が? と思うからだ。

「何? めっずらしく、 悩み事?」
「人が大変なときによくちゃかすよな、お前」

 璃美は樹はガクリと肩を落としたのを見て、本当だったんだぁ、と内心凄く驚いたのを隠せずに目を丸くした。

「だって悩み事が着たら、俺に逆らう気かとかで追っ払いそうな性格してるじゃん」
「まあ、金で脅方がまだマシって言われた事あるけど……ってヒデェいいようだな」
「何っ? 普通の感情沸くほどに悩んでるの?」

 璃美のこの声はもはや叫びに近かった。
 壊れかけの緋樹はもうらしさゼロである。緋樹は焦りの混じった苦笑いする。

「普通って……俺の生死がスゲェかかってる。」

 さっきと打って変わりすぎな態度、所謂、焦りは異常だった。明日は槍が振ってくるのではないかと璃美の脳内によぎる。

「姫探さないと……」
「あぁ、あの人間界からの人攫いの儀式?」

 吸血鬼の初代のころからの取り決めで、大きな力を持つ王族の力を抑えるために、防御壁とな位継承者の周りに一人だけ現われるその姫と呼ばれるるような役割の人間が必要としている。
 人間。
 その子を連れてこないと、王子は力を持て余してしまうため、殺されてしまう。そのため、王族はやけに少ないのだ。
 そして、緋樹は今、現在その姫と呼ばれる人間を探しているのだ。

「ホント、容赦なくズバズバ切りやがって。 生死の境に俺は立ってんだぞ。」

 冷静を装っているが悲痛の表情がにじみ出ている。
 そろそろ勘弁してやるか。ため息をついて、頬杖をつき直す。

「第一継承者は大変だね。 で、どんな子がいいの?」
 反射で笑いながら言った。しまったと思いながらも、もう、自分を止められる気がしないので、勘弁しないことにした。

「はぁ、酷い友達を俺は持った。 ……まぁ、見てくれ人間は嫌だ」
 自虐の後の言葉を聞いた瞬間に笑いがこみ上げて、大爆笑だ。 爆笑に伴って声は必然的に大きくなった。

「はあっ?」
「うるせぇよ。……だから、見てくれ人間は嫌だ」

 緋樹は顔を顰めて耳に手を当てる。 璃美は樹の肩をパンパンと容赦なく叩く。 痛いと肩が悲鳴を上げている。

「あんたがそれ言うかぁ。 見てくれ以外取り柄ない。第一号でしょ?」
「うわぁ……」

 絶句した。
 その様子は失恋に近いものが有る。だが、すぐに地面にもどって言い訳をする。

「自分が無いものを求めるのが人だろ?」
 確かに一理あるね、さすが緋樹様。嫌みたらしい言い方である。 緋樹は苦虫を噛み潰して、横を向く。
 恥かしいが、ココで、どんな姫が言いかといわれれば、そういう娘だったという話である。
 姫の前例に男だった場合もあるからだ。
 当然「嫌だ」 と排樹は思っている。
 緋樹は、まったくもって男色趣味ではないからだ。 璃美はそんなことなど分かる筈も無く、 ペラペラと話を続ける。

「けどさ、類は友を呼ぶよね、私も実は伴ってないし。 気が向いたら手伝ってあげるかもよ」

 璃美はそう言い終わるととペンを持ってノートに滑らせる。 授業に出ない代わりに自習しているのだ。
 緋樹はその様子を見ると、あぁ、話しかけんなってことか。と納得してから、 今手伝ってくれねぇのかよ、と独白した。
 稀に緋樹は朝にこの講堂にいる璃に会いに来る。
 久々に来た緋樹はそこそこストレスを発散した。
 吸血鬼にとってはこの10時と言う時間は早すぎる時間で、夜更かししている気分だ。

「この時間、 早いって言っても早すぎる気もする……」
 再度、独白すると、机にうつぶせた。相当、眠いのだ。睡魔が襲う。
 当然だろう、吸血鬼からすれば、 夜中の三時に叩き起こされた様なものだ。
 夜行性の生き物を不用意にはやく起こそうものならきっと殺される。
 璃美はやはり、元人間の名だけあって朝に起きるのは造作も無い。 目の端に寝ている樹を映しながら、勉強を続ける。

 日も暮れそうなころ。
 璃美は勉強道具をしまって、通りたい道を眠っているという形でふさいでいる緋樹を見る。
 とんだアホ面だ。次の皇帝になる男が間抜けすぎる。 璃美はにやりと笑って、仕方ないと呟いた。

 直後、緋樹に激しい痛が襲った。

 起こすのに、椅子から緋樹を蹴り落としたのだ。 緋樹なら死なないという過信、そして、楽しいだろうという危険すぎるふざけ心。
「……ってぇ!」
「あ、ミスった。椅子も倒しちゃった!」
「ミスったって言うなら、間違って蹴っちゃったって言うべきだろ!確信犯が明確じゃねえか!」
 キャハッとと作った笑顔でさすが吸血鬼、折れてないな、 と言った。
 それはある意味、いじめっ子より恐しい璃美は折れるのを狙ったと言っている様なものなのだ。
 緋樹は床にぶつかった頭を押さえながら、青筋がピシッと浮かばせ、怒りをあらわにしている。
 すぐに治るとはいえ、折れるのは痛いから笑えない。

「ふざけんな、もっとおとなしく起こせ!」
「あははははっは……はは……すまん」
 表情の多い緋樹は面白い。
 璃美は笑いすぎて涙が出た。
 璃美は再度椅子に座りなおす。
 緋樹も文句をブツクサと言いながら座りなおす。 今は三時半。 始まりは四時半なのでもうそろそろ人が来るだろう。

「私は帰るから先生にこのノート渡してくれる?」
 璃美は今日ある教科のノートをとりだして渡す。
 綺麗に書かれた教科と名前が几帳面な性格に見せる。
 このノートの半分くらい几帳面になってもいいよな。
 緋樹は笑って受け取り、立ち上がって、璃美を通す。

「話し相手サンキュ」
「おう!」

 璃美はだるそうにドアを開けて、講堂を去っていく。
 璃美は吸血鬼が嫌いじゃなかった。
 体が受け付けなくなってしまった。
 あの時以来。
 だから排樹とも人間として話しているし、友人以上にはなりたくない。
 そして、なれない。


 寮に戻った璃美は渇きを覚えた体を押さえる。 ベッドの中に飛び込んで、喉元をぎゅうっと力強く押さえる。
 ……シイ。 そう体がないている。 それ以外の自分の言葉は受け入れたく無い。  苦シイ、苦シイ、
 苦シイ。 その言葉の間に許せない言葉たち。
 人でありたい、そう思うが故に虐めも許して、寮に描かれたたくさんの落書き、罵詈雑言を許せてきた。
 コレは、彼女が作り上げた全ての理想、現実逃避を打ち壊そうとする。

 自分は人ではない。と否定しようとしている現実がある。
 血を求めて、ベッドの中のシーツを乱し、荒い息を洩らす。 喉が渇く、喉が……。
 腕に噛みつきたい衝動。
 今、床に血が落ちていたらきっと意地汚くめてしまうだろう。
 璃美は自分自身で分かっているこの事実が嫌だ。

 嫌だ嫌だと喚いて考えても、どうしようもないことがわかっている。けれどこの感情に支配されている璃美は止められない。
 シーツを握りしめ、一人渇きに飢えていた。

 理性の自分が本能と戦っている。 戦いなんてしなければきっと、今頃発作は出ていない。
 璃美は発作の止んだ時と始まる時の合間で思った。
 私、ヤツを許さない。

 彼女が咎めることは彼の救いだった。

✳︎

 街頭が煌びやかに光る夜。
 一人の青年がアパートの中で気だるげに目を覚ました。

 蛍光灯でもまぶしく感じる体は不便だと思いつつ、目を薄っすらと開けている赤城櫂斗は黒い髪の毛をかき上げる。
 髪の毛は視界を邪魔するほど長く、切らなきゃなぁと考えつつも、面倒がっている。
 彼は起き上がって、布団から出る。
 一連の作業もめんどくさいと思うのか? と眉間に皺を寄せながら一人、本気で自問している。

 青年だが吸血鬼より長生きしている櫂斗は逃亡者。 外観年齢は一六歳位だが、実際吸血鬼の年齢にすれば二千歳位になる。
 外観年齢が低いのは彼にとって凄く都合が悪い。
 櫂斗の場合、童顔や若作りではない。並み吸血鬼より 成長・老いが8倍以上遅い。そのため、能力的にどんなに長けていようと、見た目の問題で働けない場合が多い。

 近年、成長が多少早くなっている傾向があるが、それでも他の吸血鬼の四倍はあるだろう。それは逃亡の身の上、かなり都合が悪かった。
 四代……正確には五代も吸血鬼の王を見る子供なんて気持ち悪いな、櫂斗は嘲笑した。
 必要最小限しかない部屋を見渡す。 質素すぎる部屋は寂しさがある。

「そろそろ、ココもばれるかな」

 呟いて、必要最低限の荷物を鞄に詰めはじめる。
 そこそこ大きめのかばんに沢山の空間が出来るくらいに少ない荷物。
 あぁ、駁のぶんも詰めなきゃなぁ。
 ぼんやりと考えた。
 5年の時間は櫂斗にとっては瞬き位の時間でしかない。今も昨日のことのように思い出せる。
 彼にとっては短すぎる時間で、自分の場所を突き止める貴族と親族もどきに辟易していた。

 あぁ、とため息を吐いた。そして顔を歪める。
 なんてことを考えてるんだ。 考えても意味が無い。 なぜなら5年前に終わってしまっていることだからだ。

「気付いたら遅いこともありますよね」
「人の心が読めるからって、読まないでくれ。

 手をブラブラと振って止めろと合図するが、唐突に部屋に入ってきた駁と呼ばれた少年はにっこりと笑って言い切る。

「嫌です。だって、ほら? 吸血鬼になったのコレ手に入れるためでしたし」
「まぁ、俺がしたからしょうがねぇかなぁ……」

 櫂斗はうなだれた。 少年に騙されるものじゃない。
 死に掛けてたなんて嘘じゃねぇか……と心の中で考えて頭を掻いた。

 駁は道で死に掛けていたのを櫃斗が見て、拾った。
 応急処置として、吸血鬼にしたのが二人が現在に至るまでの始まりである。
 吸血鬼の回復の早さは馬鹿にならない。
 怪我程度ならすぐに直ってしまう力があるのだ。
 駁は今さっき買ってきたらしい惣菜を備え付けの冷蔵庫に入れながら笑った。

「そうですね」
「だからなあ」
 やめてくれ。
「嫌です」
 言った事を聞かない従者を持ってしまった。

 櫂斗は自分より身長が小さい数の駁を引っ張っ た。制裁だこの野郎。

「よく考えてる、ちっちゃい女の子誰ですか? めちゃくちゃ可愛いんですけど!」

 あと、痛いです。と、苦痛を訴えるので櫂斗はつねった状態で手を引き剥がした。ここ、きちんと遮断しておけばよかった。
 考えてる女の子のことはあまり駁には話題として触れられたくない。
 ついを出て悪態が出る。

「減らず口が……」
「僕は読んでいいのしか読んでいませんよ。 それに、僕はいつ死ぬか分からないんですから!」
 だから良いじゃないですか。これが本音で甘えだな。
 櫂斗がそう思うと、心を読んだのか、 ぶすくれた顔をして、顔を背ける。
 自分は心を読んで感情を見つけるのに、櫂斗は読まずに感情を見つけるからいやだったのだろう。

 可愛らしいのやら、めんどくさいのやら。
 こうなってしまうと、櫂斗には手がつけられない。 自分が気に食わないことがあると黙ってしまうのは子供らしくて可愛いと捉えるべきか、中学生とも思える位の年になってガキくさいと捉えるべきなんだろう。

 可愛さに負けてしまい折れてしまった。
「あーゴメンゴメン。よし、ココを出ようか」

 櫂斗は内心上の都合で無理やり押し切る形で駁と家を出る準備を急かす。
 家、否アパートの中は遮光カーテンがして有り、朝の光が入らず、蛍光灯の光がまだ小さかっ たのもあり、とても吸血鬼である櫂斗には住みやすい場所だった。そこを離れるのは辛い。

 荷物を背負ってドアを開ける。外に出ると、街頭で外はやけに明るかった。もう夏に差しかかる季節で、夜でも深夜なのに妙に空が明るく感じられた。

 心の余裕が無い所為か、光の眩しさに顔を歪める。元人間の駁は大変そうだなぁ、と櫂斗の顔を見る。

「外見だけで、実は年ですか?」
 と心配そうなだが、失礼なことを言う。櫂斗にとってはありがた迷惑この上ない。

「んなわけあるか! 十六だー」

「実年齢は?」
 今度はちゃかした様に調子付いて言う駁に鉄拳が送られる。
 ゴーン、ゴーン
 頭の中を駆け走る強烈な痛みに伴って生理的な涙がでる。 ゴーンとのような音も一緒に辺りに響いた。頭蓋骨は逝っただろう。

「治るからって頭の骨砕かないで下さい!」
「茶化した罪」

 一瞬にして 砕けた手の骨が治ったのを確認してから、 シレッと答え、頭が治るようにポンポンと叩く。
 櫂斗は治癒が使えるのだ。
 手からやるので神の手と思っていいだろう。

 櫂斗は吸血鬼が一人一つもつ特異な能力をいくつも持っている。
 それは、彼が良き血統の吸血鬼だと言うことを如実に表している。
 力が強いのは王族から順番に一級貴族、 二級貴族となっているからだ。だが、王族以外でいくつもの能力を使えるのはごくごく稀にしか存在せず、櫂斗はとても特別な存在として、 捉えられている。
 そんな櫂斗に駁は文句垂れ流しの顔で、舌打ちをする。

「じゃあ、人間での年齢聞きたいです」

 一連の駁の行動に櫂斗は文句垂れ流しだった。
 似ていないようで二人はそっくりだ。

「2085歳」
「さすが、純血に近いだけありますね」
「読んでなかったんだ?」

 周辺情報はもう掴まれていると思っていた櫂斗は実は「お人好し?」と呟く。

「考えていないことが読めますか! 半分くらい遮断していますし!」

 駁はキイッと櫂斗を睨みつける。
 櫂斗は呆れた。 駁の論法だと、遮断しなければプライバシーなんてものはお構いなしということになってしまう。

「当たり前です。 僕の前で隠し事は許しません」
「俺は駁の愛人じゃなんだけど」

 道中には二人のじゃれ合いの後が残っている。
 まるで、殺人現場後のような、 血痕が。

 ピンピンしている二人の冗談で朝の人たちの町内七不思議になることは間違いないだろう。
 まったく、近所迷惑な野郎共である。

 今夜はホテルで一泊。明日から、新しい仮住まいを探すようだ。
 駁は長い道中の歩きによって溜まった疲労を癒したいらしく、ベッドにダイブして、うつぶせる。その様ははしゃいでいる子供そのままである。

「…で今度はどこ行く気なんですか?」
「決めてない」
「えぇっ!」

 じゃぁ。は櫂斗の方を向いて無邪気に笑う。 行きたい場所があるらしい。

「夜紅学園いきません?」
「あー……面倒だな……」
「櫂斗さん以外の方とも話してみたいです」
 
 煌めく瞳を櫂斗に向け、櫂斗は思わず、体をのけぞらせた。だけど、なぁ。 櫂斗は悩んだ。
 駁は本気で彼にも長い年月の中で色々考えるところがあるのだろうか、と不安になりながらも、一つクリアしてれば良いことを思いついた。

「なら、” 沙羅”さんが居なければ良いんでしょう?」
「まぁな」

 でもなぁ。もう一度、櫂斗は悩んだ。 駁はむうっと頬をハムスターみたいに膨らませて、文句を言う。

「何千年もまだ生きられるんだから、良いじゃないですか?」
「勝手な。 まぁ、確かに100年くらいの我慢は出来るさ。 夜紅学園は不可侵領域だから都合がいいからな」
 不可侵領域。
 要するに、百年は追われないということだ。 三年おきに家を変えるのにも飽き飽きした気分だったので、とてもラッキーだ。 二人の都合が合致したので、満足そうに二人は笑う。
 よし、明日行くぞ。と、櫂斗は駁の二藍色の髪をくしゃっと乱した。 駁は照れながらも嫌そうにする。

「僕、 一応一歳しか変わらないんですけど」
「人間の年齢に差があるからいいんだよ」
「そんなこと言ったら誰も敵いませんよ」
「だろうな」

 櫂斗は自嘲気味に俺は普通を憧れてたりするよ。 と独白した。
 何かを思い出したらしく櫂斗は微笑ましげに笑う。

 駁は心が読めないのがもどかしかった。 何も分からないのだ。 わかって欲しくない気持ちはあるだろう。けれど、分かりたいとは思った。
 毒を吐いても、それが構っての合図は自分の分かりやすい回路を笑う。
 櫂斗さんにも少しそういう分かりやすいところが有ればいいのに。と思った。
 他人をもどかしくさせる人だ。

 昔読んだ続き物の厚い小説みたいにすぐ掴めそうな人なのに、まったくつかませてくれなくて、もどかしくさせる人だ。

 どんなに、心から慕っても、どんなに感謝をしても。 それは櫂斗にとって幾分の価値があるのだろうか。

 駁には分からなかった。だから不意に声をかけたくなった。

 お互いにそれぞれのベッドで布団にうずくまる中、背中に声をかける。

「櫂斗さん」
「ん?」

 何も考えてなさそうな、軽い声が飛んでくる。

「僕、櫂斗さんに命捧げます」
「前に聞いた」
 眠そうで、適当な声。
 きっと作ってる眠たそうな声。

「僕の一生を貴方に捧げますから」
「気持ち悪いなぁ」

 やはり適当な声。

「秘密ごとなしですよ?」
「あぁ、うんうん」
 嘘つきは心の中で思う。

「ホントにですよ。 心のおくまで秘密隠したりしないでくださいよ」
「ハイハイ」

 嘘の癖に。
 
 シーツを強く握り締めた。
「信じられないです」
「なんで?」
「愛ゆえです」
「愛か」
「愛です」
 そう言うとが言い終えると、も櫂斗も眠りにつく。

 明日は早い。
 夜紅学園は都心の方。
 ここから数十キロという距離だ。 体力は吸血鬼なのであるけれど、歩きは気分的に鬱になるなぁと櫂斗は一瞬思った。

 睡魔は二人を夢へと誘う。呼吸音は静かな音で、その部屋は時計のチクタクという機械音がやけに大きく響いていた。


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 それは高い能力を持った者達の事で血を啜る猛獣です。
 その起源は人とも諸説で語られていますが、決定打に至っていません。
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 その話を聞きながら生徒たちは黒板に書かれたものを板書するか、教科書を覗いて答えを見ているのだ。
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 だが、世間一般的に吸血鬼への偏見は強い人が多いのだ。
 ただ、この先生は知っている中でも一層、偏見が強い人だった。
 世界中には吸血鬼という希少亜人が存在している。それを保護する吸血鬼保護法という法律がある。
 もちろん、吸血鬼もまた人間だという考えからだが、この日本では吸血鬼の存在はとても風当たりは悪い。
 先生のように嫌な人間も多い。
 私は周りを見渡した。
 そこには、ゆらゆらと黒い髪の中に肌色の手が前の方で見えた。
 眼鏡を真面目な生徒像の少年が高々と手を上げていた。
 その子の名前も朧げで覚えていない。
 先生はその子を指した。
 その子は立ち上がった。
 その子は自分の知識をひけらかしたかったのだろう、頭のよさを誇示するように大きく声を上げた。
「吸血鬼は死んでしまう時に白い灰となって太陽に吸い込まれるからです!」
 先生は手を叩き、称賛した。
 私は先生が苦手だった。
 厳格な考えと多くの偏見が似合う女の人だったことも要因の一つだろう。
 今会えば「汚らわしい」の一つや二つ言うだろうと予想がつくいてしまう。
 山岡璃美 16歳は小学生の頃の思い出に浸っていた。
 昔のことなのに思い出せるのはきっと人間ではないモノになってしまった影響なのだろう。
 璃美は吸血鬼だ。15歳の時に自分が亜人だと気付き気付かれ、国家で吸血鬼を囲う場として作られた夜紅学園に入る羽目になった。
 璃美は先天的な吸血鬼ではないと思われている。
 璃美は赤い髪と瞳をしているが元は漆黒の髪とだ切れ長の綺麗な顔をした美は和風美人な顔の中の大きな目を物憂げに伏している。
 璃美は先天的でない故に異端者として扱われている。
 だが、璃美はどうでもいいと思った。逆に嬉しいとさえ感じている。
 人間で有れる喜びを感じられるからだ。 周りから人間と認められているかのようで、彼女は気分がよかった。
 けれど、不便は感じる。
 何も考えていない。何も知らない。
 そんな風に思い舞っていても、物を隠されたりするのは、めんどどうである。
 そんな璃美はこの夜紅学園に入って4年目。 一度も配給の血を飲んでいない。
 飲むと血の触れた先から吸血鬼になるようで嫌で仕方ないからだ。
 今は大きな講堂で、一人座って、勉強している。
-ーこびりついて離れない。
 そう思うことはよくあること。 思い出したくないことほど思い出されてしまって、知らぬ間に考えてしまっている。
 璃美は現在その気持ちに苛まれている。だから、シャーペンを置いて、頬杖をした。
 そうやって、ぼうっとしている。
 ため息を一つ。
 脳みそをに掻き回される思考に吐き気がした。
 ネットリと首筋からつま先まで血に塗られた感触が駆けるのだ。
 気持ち悪い。”アノ時”が原因に違いない。
 璃美は少し頭を振り容赦なく自身叩いた。
 そして璃美は昔をふと思い出した。
 思い出したのはアノ時から一週間過ぎようとした頃の出来事。
 鏡を見た瞬間に寒気と吐き気と自分を殺したい気持ちが襲い掛かった。
 ヤツと同じ、髪と眼。
 璃美はアパートに住んでいるにしては大きな声を上げた。
 それよりも、生まれて初めてあんなに大きな声を出したといっても過言ではなかった。
 ヤツと同類になったのではという恐怖。そして、自分が自分でなくなるのではという恐怖。
 その恐怖が璃美の中に強く存在していた。その頃は人間の食事もまともに取れなかった。
 あぁ、また無駄こと考えてどうするんだよ。
 もう一度ため息をつく。。彼女は嘲笑気味な顔をして、横に長い講堂の机にうつぶせる。
 皮肉なほど、見るたびあの時を思い出す象徴的な赤い髪が目の端に映っている。
 私はなんて執念深いんだろう。
 アノ時から切らない髪を見て、 恋する乙女みたいだ、と一笑した。
「おは、……またお前不機嫌やってんの?」
 璃美はビックリした。
 人が居ると思っていなかったからだ。
 いきなり現われた声の主は王子様だ。
 吸血鬼界の第一王子、緋樹。
 王族には苗字が無いか有るか分からないが璃美は苗字を聞いたことが無いので、無いと思われる。
 あまり人間界の人は知らないが、吸血界の世界にも王族がある。
 緋樹は璃美が不機嫌をしている内容を知りながらも、馬鹿にしながら控えめな笑い声を出して隣に座る。
 不幸が楽しいか、この見てくれ野郎。
 うつ伏せていた、仏頂面の顔を上げると案の定、堪えかねる様に笑っている緋樹を睨む。
 性格が悪いヤツではあることは分かるだろう。
「首の皮剥いで取り替えたい!」
「またそれかよ、俺がその部分から血吸ってやろうか?」
 緋樹は妖しく笑う。 璃美は呆れ果てた目で樹を見る。 本気じゃなく、冗談でからかっていることが目に見えるからだ。
「私を殺す気? コレでも貧血で悩んでるんだから、吸われたら死ぬって」
「だよな、頑なに飲まねえからな。 俺に飲ませる事って命張っても良いくらい誉れ高いことのなんだけどな」
「あぁ、私のタイプの王子様なら、この命を差し上げるだろうよ!
 というか、人間の私があんな体液飲めると思うの?」
 心配でいった言葉を切って捨て、挙句の果てには吸血鬼の存在まで否定する始末だ。
 今度は緋樹が呆れた顔をする。
 一拍後、二人は笑った。
 お互いに呆れ顔をするものだから、二人は可笑しくなって笑う。
 二人は仲の良い友達なのだ。
「だろうな。お前が人間でありたい内は人間なんじゃねぇの? 俺はなんともいえないけど」
「確証無いんだ!」
「当たり前だ」
 つか、なぁ……。 緋樹は呪いのように日に日に鮮明になる赤色を深い金の眼で見ながら続ける。
 緋樹は時々そうやって璃美を見る。 璃美にはその視線は微妙に痛い。
「何でお前だけ助けたのだろうな。 ご丁寧に同胞にまでして」
 璃美はハッと目して、横を向く。 緋の眼が吸血鬼らしい、狂気交じりの色に見えた。
 それに思わず、怯えてしまった璃美は視線を栗毛のふわふわな髪に移した。
「まぁ、訊けばいいでしょ?」
 緋樹は相槌を軽く打つと、珍しすぎる顔で額に手を当てた。
 少し渋る様な顔をしているのだ。 璃美は思わず、笑いが噴き出そうになった。  
 あのあの緋樹が? と思うからだ。
「何? めっずらしく、 悩み事?」
「人が大変なときによくちゃかすよな、お前」
 璃美は樹はガクリと肩を落としたのを見て、本当だったんだぁ、と内心凄く驚いたのを隠せずに目を丸くした。
「だって悩み事が着たら、俺に逆らう気かとかで追っ払いそうな性格してるじゃん」
「まあ、金で脅方がまだマシって言われた事あるけど……ってヒデェいいようだな」
「何っ? 普通の感情沸くほどに悩んでるの?」
 璃美のこの声はもはや叫びに近かった。
 壊れかけの緋樹はもうらしさゼロである。緋樹は焦りの混じった苦笑いする。
「普通って……俺の生死がスゲェかかってる。」
 さっきと打って変わりすぎな態度、所謂、焦りは異常だった。明日は槍が振ってくるのではないかと璃美の脳内によぎる。
「姫探さないと……」
「あぁ、あの人間界からの人攫いの儀式?」
 吸血鬼の初代のころからの取り決めで、大きな力を持つ王族の力を抑えるために、防御壁とな位継承者の周りに一人だけ現われるその姫と呼ばれるるような役割の人間が必要としている。
 人間。
 その子を連れてこないと、王子は力を持て余してしまうため、殺されてしまう。そのため、王族はやけに少ないのだ。
 そして、緋樹は今、現在その姫と呼ばれる人間を探しているのだ。
「ホント、容赦なくズバズバ切りやがって。 生死の境に俺は立ってんだぞ。」
 冷静を装っているが悲痛の表情がにじみ出ている。
 そろそろ勘弁してやるか。ため息をついて、頬杖をつき直す。
「第一継承者は大変だね。 で、どんな子がいいの?」
 反射で笑いながら言った。しまったと思いながらも、もう、自分を止められる気がしないので、勘弁しないことにした。
「はぁ、酷い友達を俺は持った。 ……まぁ、見てくれ人間は嫌だ」
 自虐の後の言葉を聞いた瞬間に笑いがこみ上げて、大爆笑だ。 爆笑に伴って声は必然的に大きくなった。
「はあっ?」
「うるせぇよ。……だから、見てくれ人間は嫌だ」
 緋樹は顔を顰めて耳に手を当てる。 璃美は樹の肩をパンパンと容赦なく叩く。 痛いと肩が悲鳴を上げている。
「あんたがそれ言うかぁ。 見てくれ以外取り柄ない。第一号でしょ?」
「うわぁ……」
 絶句した。
 その様子は失恋に近いものが有る。だが、すぐに地面にもどって言い訳をする。
「自分が無いものを求めるのが人だろ?」
 確かに一理あるね、さすが緋樹様。嫌みたらしい言い方である。 緋樹は苦虫を噛み潰して、横を向く。
 恥かしいが、ココで、どんな姫が言いかといわれれば、そういう娘だったという話である。
 姫の前例に男だった場合もあるからだ。
 当然「嫌だ」 と排樹は思っている。
 緋樹は、まったくもって男色趣味ではないからだ。 璃美はそんなことなど分かる筈も無く、 ペラペラと話を続ける。
「けどさ、類は友を呼ぶよね、私も実は伴ってないし。 気が向いたら手伝ってあげるかもよ」
 璃美はそう言い終わるととペンを持ってノートに滑らせる。 授業に出ない代わりに自習しているのだ。
 緋樹はその様子を見ると、あぁ、話しかけんなってことか。と納得してから、 今手伝ってくれねぇのかよ、と独白した。
 稀に緋樹は朝にこの講堂にいる璃に会いに来る。
 久々に来た緋樹はそこそこストレスを発散した。
 吸血鬼にとってはこの10時と言う時間は早すぎる時間で、夜更かししている気分だ。
「この時間、 早いって言っても早すぎる気もする……」
 再度、独白すると、机にうつぶせた。相当、眠いのだ。睡魔が襲う。
 当然だろう、吸血鬼からすれば、 夜中の三時に叩き起こされた様なものだ。
 夜行性の生き物を不用意にはやく起こそうものならきっと殺される。
 璃美はやはり、元人間の名だけあって朝に起きるのは造作も無い。 目の端に寝ている樹を映しながら、勉強を続ける。
 日も暮れそうなころ。
 璃美は勉強道具をしまって、通りたい道を眠っているという形でふさいでいる緋樹を見る。
 とんだアホ面だ。次の皇帝になる男が間抜けすぎる。 璃美はにやりと笑って、仕方ないと呟いた。
 直後、緋樹に激しい痛が襲った。
 起こすのに、椅子から緋樹を蹴り落としたのだ。 緋樹なら死なないという過信、そして、楽しいだろうという危険すぎるふざけ心。
「……ってぇ!」
「あ、ミスった。椅子も倒しちゃった!」
「ミスったって言うなら、間違って蹴っちゃったって言うべきだろ!確信犯が明確じゃねえか!」
 キャハッとと作った笑顔でさすが吸血鬼、折れてないな、 と言った。
 それはある意味、いじめっ子より恐しい璃美は折れるのを狙ったと言っている様なものなのだ。
 緋樹は床にぶつかった頭を押さえながら、青筋がピシッと浮かばせ、怒りをあらわにしている。
 すぐに治るとはいえ、折れるのは痛いから笑えない。
「ふざけんな、もっとおとなしく起こせ!」
「あははははっは……はは……すまん」
 表情の多い緋樹は面白い。
 璃美は笑いすぎて涙が出た。
 璃美は再度椅子に座りなおす。
 緋樹も文句をブツクサと言いながら座りなおす。 今は三時半。 始まりは四時半なのでもうそろそろ人が来るだろう。
「私は帰るから先生にこのノート渡してくれる?」
 璃美は今日ある教科のノートをとりだして渡す。
 綺麗に書かれた教科と名前が几帳面な性格に見せる。
 このノートの半分くらい几帳面になってもいいよな。
 緋樹は笑って受け取り、立ち上がって、璃美を通す。
「話し相手サンキュ」
「おう!」
 璃美はだるそうにドアを開けて、講堂を去っていく。
 璃美は吸血鬼が嫌いじゃなかった。
 体が受け付けなくなってしまった。
 あの時以来。
 だから排樹とも人間として話しているし、友人以上にはなりたくない。
 そして、なれない。
 寮に戻った璃美は渇きを覚えた体を押さえる。 ベッドの中に飛び込んで、喉元をぎゅうっと力強く押さえる。
 ……シイ。 そう体がないている。 それ以外の自分の言葉は受け入れたく無い。  苦シイ、苦シイ、
 苦シイ。 その言葉の間に許せない言葉たち。
 人でありたい、そう思うが故に虐めも許して、寮に描かれたたくさんの落書き、罵詈雑言を許せてきた。
 コレは、彼女が作り上げた全ての理想、現実逃避を打ち壊そうとする。
 自分は人ではない。と否定しようとしている現実がある。
 血を求めて、ベッドの中のシーツを乱し、荒い息を洩らす。 喉が渇く、喉が……。
 腕に噛みつきたい衝動。
 今、床に血が落ちていたらきっと意地汚くめてしまうだろう。
 璃美は自分自身で分かっているこの事実が嫌だ。
 嫌だ嫌だと喚いて考えても、どうしようもないことがわかっている。けれどこの感情に支配されている璃美は止められない。
 シーツを握りしめ、一人渇きに飢えていた。
 理性の自分が本能と戦っている。 戦いなんてしなければきっと、今頃発作は出ていない。
 璃美は発作の止んだ時と始まる時の合間で思った。
 私、ヤツを許さない。
 彼女が咎めることは彼の救いだった。
✳︎
 街頭が煌びやかに光る夜。
 一人の青年がアパートの中で気だるげに目を覚ました。
 蛍光灯でもまぶしく感じる体は不便だと思いつつ、目を薄っすらと開けている赤城櫂斗は黒い髪の毛をかき上げる。
 髪の毛は視界を邪魔するほど長く、切らなきゃなぁと考えつつも、面倒がっている。
 彼は起き上がって、布団から出る。
 一連の作業もめんどくさいと思うのか? と眉間に皺を寄せながら一人、本気で自問している。
 青年だが吸血鬼より長生きしている櫂斗は逃亡者。 外観年齢は一六歳位だが、実際吸血鬼の年齢にすれば二千歳位になる。
 外観年齢が低いのは彼にとって凄く都合が悪い。
 櫂斗の場合、童顔や若作りではない。並み吸血鬼より 成長・老いが8倍以上遅い。そのため、能力的にどんなに長けていようと、見た目の問題で働けない場合が多い。
 近年、成長が多少早くなっている傾向があるが、それでも他の吸血鬼の四倍はあるだろう。それは逃亡の身の上、かなり都合が悪かった。
 四代……正確には五代も吸血鬼の王を見る子供なんて気持ち悪いな、櫂斗は嘲笑した。
 必要最小限しかない部屋を見渡す。 質素すぎる部屋は寂しさがある。
「そろそろ、ココもばれるかな」
 呟いて、必要最低限の荷物を鞄に詰めはじめる。
 そこそこ大きめのかばんに沢山の空間が出来るくらいに少ない荷物。
 あぁ、駁のぶんも詰めなきゃなぁ。
 ぼんやりと考えた。
 5年の時間は櫂斗にとっては瞬き位の時間でしかない。今も昨日のことのように思い出せる。
 彼にとっては短すぎる時間で、自分の場所を突き止める貴族と親族もどきに辟易していた。
 あぁ、とため息を吐いた。そして顔を歪める。
 なんてことを考えてるんだ。 考えても意味が無い。 なぜなら5年前に終わってしまっていることだからだ。
「気付いたら遅いこともありますよね」
「人の心が読めるからって、読まないでくれ。
 手をブラブラと振って止めろと合図するが、唐突に部屋に入ってきた駁と呼ばれた少年はにっこりと笑って言い切る。
「嫌です。だって、ほら? 吸血鬼になったのコレ手に入れるためでしたし」
「まぁ、俺がしたからしょうがねぇかなぁ……」
 櫂斗はうなだれた。 少年に騙されるものじゃない。
 死に掛けてたなんて嘘じゃねぇか……と心の中で考えて頭を掻いた。
 駁は道で死に掛けていたのを櫃斗が見て、拾った。
 応急処置として、吸血鬼にしたのが二人が現在に至るまでの始まりである。
 吸血鬼の回復の早さは馬鹿にならない。
 怪我程度ならすぐに直ってしまう力があるのだ。
 駁は今さっき買ってきたらしい惣菜を備え付けの冷蔵庫に入れながら笑った。
「そうですね」
「だからなあ」
 やめてくれ。
「嫌です」
 言った事を聞かない従者を持ってしまった。
 櫂斗は自分より身長が小さい数の駁を引っ張っ た。制裁だこの野郎。
「よく考えてる、ちっちゃい女の子誰ですか? めちゃくちゃ可愛いんですけど!」
 あと、痛いです。と、苦痛を訴えるので櫂斗はつねった状態で手を引き剥がした。ここ、きちんと遮断しておけばよかった。
 考えてる女の子のことはあまり駁には話題として触れられたくない。
 ついを出て悪態が出る。
「減らず口が……」
「僕は読んでいいのしか読んでいませんよ。 それに、僕はいつ死ぬか分からないんですから!」
 だから良いじゃないですか。これが本音で甘えだな。
 櫂斗がそう思うと、心を読んだのか、 ぶすくれた顔をして、顔を背ける。
 自分は心を読んで感情を見つけるのに、櫂斗は読まずに感情を見つけるからいやだったのだろう。
 可愛らしいのやら、めんどくさいのやら。
 こうなってしまうと、櫂斗には手がつけられない。 自分が気に食わないことがあると黙ってしまうのは子供らしくて可愛いと捉えるべきか、中学生とも思える位の年になってガキくさいと捉えるべきなんだろう。
 可愛さに負けてしまい折れてしまった。
「あーゴメンゴメン。よし、ココを出ようか」
 櫂斗は内心上の都合で無理やり押し切る形で駁と家を出る準備を急かす。
 家、否アパートの中は遮光カーテンがして有り、朝の光が入らず、蛍光灯の光がまだ小さかっ たのもあり、とても吸血鬼である櫂斗には住みやすい場所だった。そこを離れるのは辛い。
 荷物を背負ってドアを開ける。外に出ると、街頭で外はやけに明るかった。もう夏に差しかかる季節で、夜でも深夜なのに妙に空が明るく感じられた。
 心の余裕が無い所為か、光の眩しさに顔を歪める。元人間の駁は大変そうだなぁ、と櫂斗の顔を見る。
「外見だけで、実は年ですか?」
 と心配そうなだが、失礼なことを言う。櫂斗にとってはありがた迷惑この上ない。
「んなわけあるか! 十六だー」
「実年齢は?」
 今度はちゃかした様に調子付いて言う駁に鉄拳が送られる。
 ゴーン、ゴーン
 頭の中を駆け走る強烈な痛みに伴って生理的な涙がでる。 ゴーンとのような音も一緒に辺りに響いた。頭蓋骨は逝っただろう。
「治るからって頭の骨砕かないで下さい!」
「茶化した罪」
 一瞬にして 砕けた手の骨が治ったのを確認してから、 シレッと答え、頭が治るようにポンポンと叩く。
 櫂斗は治癒が使えるのだ。
 手からやるので神の手と思っていいだろう。
 櫂斗は吸血鬼が一人一つもつ特異な能力をいくつも持っている。
 それは、彼が良き血統の吸血鬼だと言うことを如実に表している。
 力が強いのは王族から順番に一級貴族、 二級貴族となっているからだ。だが、王族以外でいくつもの能力を使えるのはごくごく稀にしか存在せず、櫂斗はとても特別な存在として、 捉えられている。
 そんな櫂斗に駁は文句垂れ流しの顔で、舌打ちをする。
「じゃあ、人間での年齢聞きたいです」
 一連の駁の行動に櫂斗は文句垂れ流しだった。
 似ていないようで二人はそっくりだ。
「2085歳」
「さすが、純血に近いだけありますね」
「読んでなかったんだ?」
 周辺情報はもう掴まれていると思っていた櫂斗は実は「お人好し?」と呟く。
「考えていないことが読めますか! 半分くらい遮断していますし!」
 駁はキイッと櫂斗を睨みつける。
 櫂斗は呆れた。 駁の論法だと、遮断しなければプライバシーなんてものはお構いなしということになってしまう。
「当たり前です。 僕の前で隠し事は許しません」
「俺は駁の愛人じゃなんだけど」
 道中には二人のじゃれ合いの後が残っている。
 まるで、殺人現場後のような、 血痕が。
 ピンピンしている二人の冗談で朝の人たちの町内七不思議になることは間違いないだろう。
 まったく、近所迷惑な野郎共である。
 今夜はホテルで一泊。明日から、新しい仮住まいを探すようだ。
 駁は長い道中の歩きによって溜まった疲労を癒したいらしく、ベッドにダイブして、うつぶせる。その様ははしゃいでいる子供そのままである。
「…で今度はどこ行く気なんですか?」
「決めてない」
「えぇっ!」
 じゃぁ。は櫂斗の方を向いて無邪気に笑う。 行きたい場所があるらしい。
「夜紅学園いきません?」
「あー……面倒だな……」
「櫂斗さん以外の方とも話してみたいです」
 煌めく瞳を櫂斗に向け、櫂斗は思わず、体をのけぞらせた。だけど、なぁ。 櫂斗は悩んだ。
 駁は本気で彼にも長い年月の中で色々考えるところがあるのだろうか、と不安になりながらも、一つクリアしてれば良いことを思いついた。
「なら、” 沙羅”さんが居なければ良いんでしょう?」
「まぁな」
 でもなぁ。もう一度、櫂斗は悩んだ。 駁はむうっと頬をハムスターみたいに膨らませて、文句を言う。
「何千年もまだ生きられるんだから、良いじゃないですか?」
「勝手な。 まぁ、確かに100年くらいの我慢は出来るさ。 夜紅学園は不可侵領域だから都合がいいからな」
 不可侵領域。
 要するに、百年は追われないということだ。 三年おきに家を変えるのにも飽き飽きした気分だったので、とてもラッキーだ。 二人の都合が合致したので、満足そうに二人は笑う。
 よし、明日行くぞ。と、櫂斗は駁の二藍色の髪をくしゃっと乱した。 駁は照れながらも嫌そうにする。
「僕、 一応一歳しか変わらないんですけど」
「人間の年齢に差があるからいいんだよ」
「そんなこと言ったら誰も敵いませんよ」
「だろうな」
 櫂斗は自嘲気味に俺は普通を憧れてたりするよ。 と独白した。
 何かを思い出したらしく櫂斗は微笑ましげに笑う。
 駁は心が読めないのがもどかしかった。 何も分からないのだ。 わかって欲しくない気持ちはあるだろう。けれど、分かりたいとは思った。
 毒を吐いても、それが構っての合図は自分の分かりやすい回路を笑う。
 櫂斗さんにも少しそういう分かりやすいところが有ればいいのに。と思った。
 他人をもどかしくさせる人だ。
 昔読んだ続き物の厚い小説みたいにすぐ掴めそうな人なのに、まったくつかませてくれなくて、もどかしくさせる人だ。
 どんなに、心から慕っても、どんなに感謝をしても。 それは櫂斗にとって幾分の価値があるのだろうか。
 駁には分からなかった。だから不意に声をかけたくなった。
 お互いにそれぞれのベッドで布団にうずくまる中、背中に声をかける。
「櫂斗さん」
「ん?」
 何も考えてなさそうな、軽い声が飛んでくる。
「僕、櫂斗さんに命捧げます」
「前に聞いた」
 眠そうで、適当な声。
 きっと作ってる眠たそうな声。
「僕の一生を貴方に捧げますから」
「気持ち悪いなぁ」
 やはり適当な声。
「秘密ごとなしですよ?」
「あぁ、うんうん」
 嘘つきは心の中で思う。
「ホントにですよ。 心のおくまで秘密隠したりしないでくださいよ」
「ハイハイ」
 嘘の癖に。
 シーツを強く握り締めた。
「信じられないです」
「なんで?」
「愛ゆえです」
「愛か」
「愛です」
 そう言うとが言い終えると、も櫂斗も眠りにつく。
 明日は早い。
 夜紅学園は都心の方。
 ここから数十キロという距離だ。 体力は吸血鬼なのであるけれど、歩きは気分的に鬱になるなぁと櫂斗は一瞬思った。
 睡魔は二人を夢へと誘う。呼吸音は静かな音で、その部屋は時計のチクタクという機械音がやけに大きく響いていた。