ドロップアウト
ー/ー さすがに元ホストとはいえ、10年前のブランクは否めない、か。
「ところで、ヒュウマネって日本人の元カノって居ないんですか……」
和真が席に戻り、落ち着いたのか真面目な顔で聞いた。
「彼女ねぇ」
浮かない顔で、孔明は顎に指をあてる。
怜子がチラリと孔明を見て、摘まんだアタリメを弄びながらその後を次いで答えた。
「実際は私の友人がずっと片思いしてたってのが、正解かもね。……こいつ」
と親指で斜め前を指し、
「本気で付き合う気ないくせに断れなくて相手してたって感じだったもん」
と顔をゆがめて孔明を睨んだ。
「やっぱり、ヒュウマネさいてーっ」
都がむすっとした顔で舌を出した。両耳の横で掌を広げ目の前のモヒカンにブーイングをかましている。
「付き合いが長かっただけですぅ」
負けじとモヒカン頭が、頭を振ってブーイングをやり返す。
「その彼女も、今じゃ結婚して子供二人のママだからねぇ」
言いながら、怜子は目の前のテーブルを片付け始めた。
口元からはみ出したゲソが上下に動いてる。
「そーそー、ボクがオーストラリアに居る間に、お嫁に行ったんだよね」
モヒカンをつんつんし、飲み干したジョッキをテーブルの隅へ置く。
「ボクとレイちゃんって、子供の頃同じ塾に通ってたんだよ」
ん? という顔で和真と都が怜子を見る。
「小学生の頃通ってた塾なんだけどね。その塾の私らのグループに二つ下の孔明が入って来たの」
「個別指導式で、少人数のグループで学習してたんだ。よくレイちゃんたちには教えてもらってた」
へー、とそれを聞いて二人が頷く。
「そういえばさ、こうくんって中学受験後、一回塾辞めたよね」
「うん、辞めた」
あ、そうだと怜子が膝を叩く。
「先生が出産で休職したとき、あんた来なくなったんだったわ」
「よく覚えてるな」
と、孔明が向かいに座る怜子を見る。
「そうだった。お母さんのことで中学公立になったんだわ。で、また戻って来たよね」
怜子が身を乗り出し、孔明のモヒカンに手を伸ばす。
しかし凄いねこの頭、とテッペンをつまんで引っ張った。
孔明の顔が、少し歪む。
「そこの塾の先生に片思いしてたんだよね」
ギョッとした顔で、都と和真が孔明に顔を向けた。
ヒュウマネが塾の先生に片思い、何そのネタ。
どこからいじればいいんだ? みたいな。
ショルダーから携帯ブラシを出し、怜子が孔明の頭を大人しめに直し始めた。
「こら、オトコマエ、ところで先生は独身に戻ったの」
「主婦してますよ~。相変わらず仲良しだよっ、あそこの夫婦は」
むすっとして、テーブルに肘を突いてそのまま突っ伏した。
「毎年、夏と冬に『離婚確認』ってかもめ~ると年賀状出してんのよ、可愛いでしょ」
と、和真と都に笑顔を向けた。
「やかましいっ。人の初恋を汚すな」
しっしっと、空いた手で払う真似をするが恥ずかしいのか顔はテーブルに伏せたままだ。
「庵野先生、結婚したのショックだったんでしょ。だって相手が10歳年下だったから」
うわっと声を上げたのは、和真だった。
「塾の先生って、すげー」
酔っ払いだけに、思わず声に出してしまった、ようだ。
何が? と都が身を乗り出して聞いている和真を見る。
「相手って、教え子だったりするんスか。高校じゃよく聞く話だし」
和真はワクワクが止まらないのか、目が輝いているぞ。
都もそれで合点がいったようで、期待を込めて怜子を見つめた。
「どうだろう、私らは知らないけど。当時同じ塾で講師のバイトしてたって聞いたよ。医大生だったと思う」
「うわー、医者の卵捕まえたんだ。その塾の先生やり手だ……」
「レイちゃんそれちがう! そいつはまーったく相手にされてない。選民意識が嫌って先生が言ってた」
と勢いよく身を起こす。
「あの人が選んだのは、30代で首都圏に戸建てを建てられる、実力派の開発者だよ」
ムカつくことに同業他社のね、とまた孔明はテーブルに顎をつけた。
今朝の佐藤忠のプレゼンで、こっちに向かって両手を振って笑っていたあの大柄な男。
それを思い出したのか、くそ~腹の立つとか何とかごちゃごちゃ言ってせっかく怜子が直した頭を掻きむしった。
「え、それはそりゃダブルでショックだね」
こうくんは、と怜子が言い、おっとっと口に手を当てる。
孔明がすかさず顔を上げ、怜子に睨み、噛みつく真似をした。
だけど君はその相手をまともに見ることができなくて、おざなりに手を振り返しただけだったじゃない。
喧嘩にもならないね。
あの人は狙って結婚するような人とは違うんだよ、と今度は和真の方を向き、
「先生は、博識で、キレイで、とにかく生き方がカッコイイんです!」
そう言うとぎゅっと目を閉じ、舌を出す。
「良い先生だったもんね」
昔を思い出したのか、言い過ぎたとでも思ったのか怜子が優しい言葉をかける。
「もうとことん飲んで。今夜はあんたと都の慰労会なんだから」
「はいっ」
暗くなりそうな場を気遣ったのか、都が元気に返事をする。
「スクリュードライバーくらさーい」
「都ってお酒、強かったんだね。あたしらに付いて来られるって相当よ」
「そうれすか、まだ飲めますよぉわらし」
とにっこり微笑んだ。
「ウオッカ、好きだね」
徐々に目が座ってきた孔明が、作り笑いを浮かべる。
「はい。酒って味がしらいのでジンジャー割とかジュース割とかすきれす」
ソルティドックとモスコミュールか、懐かしいなぁと孔明がテーブルに突っ伏して言う。
「こうくん、頼もうか、モスコミュールかソルティドッグ」
「ソルティドッグで」
気持ち明るい声で、中指を立て怜子に言う。
怜子が顎をしゃくってふんっと応えた。
「先生が教えてくれたんだぁ」
お陰で今のボクがあるんだよ、とジョッキに残った氷に指を突っ込み、独り言のように孔明が言う。
「ドロップアウトのボクでも、いくらでもやり直せるって」
「ヒュウマネ、ドロップアウトって大学辞めたんですか」
不思議そうに和真が訊いた。
「いや、高校だよ、中退したの。通えなくなってさ」
よっしゃと声を出し、漸く取り出せた氷を口に入れる。
「うそ!」
と、これには都も驚いた。
怜子が確認するように、孔明の顔を見る。
「親父が置いていったボクの中学受験の学費とかいろいろ、お袋のヤツ全部持って男と一緒に逃げちゃったんだ」
都が、ショックを受けたのか口元を押さえて固まっていた。
孔明が氷を噛み砕きながら、自嘲気味に笑う。
けれど誰も、笑わなかった。
「ところで、ヒュウマネって日本人の元カノって居ないんですか……」
和真が席に戻り、落ち着いたのか真面目な顔で聞いた。
「彼女ねぇ」
浮かない顔で、孔明は顎に指をあてる。
怜子がチラリと孔明を見て、摘まんだアタリメを弄びながらその後を次いで答えた。
「実際は私の友人がずっと片思いしてたってのが、正解かもね。……こいつ」
と親指で斜め前を指し、
「本気で付き合う気ないくせに断れなくて相手してたって感じだったもん」
と顔をゆがめて孔明を睨んだ。
「やっぱり、ヒュウマネさいてーっ」
都がむすっとした顔で舌を出した。両耳の横で掌を広げ目の前のモヒカンにブーイングをかましている。
「付き合いが長かっただけですぅ」
負けじとモヒカン頭が、頭を振ってブーイングをやり返す。
「その彼女も、今じゃ結婚して子供二人のママだからねぇ」
言いながら、怜子は目の前のテーブルを片付け始めた。
口元からはみ出したゲソが上下に動いてる。
「そーそー、ボクがオーストラリアに居る間に、お嫁に行ったんだよね」
モヒカンをつんつんし、飲み干したジョッキをテーブルの隅へ置く。
「ボクとレイちゃんって、子供の頃同じ塾に通ってたんだよ」
ん? という顔で和真と都が怜子を見る。
「小学生の頃通ってた塾なんだけどね。その塾の私らのグループに二つ下の孔明が入って来たの」
「個別指導式で、少人数のグループで学習してたんだ。よくレイちゃんたちには教えてもらってた」
へー、とそれを聞いて二人が頷く。
「そういえばさ、こうくんって中学受験後、一回塾辞めたよね」
「うん、辞めた」
あ、そうだと怜子が膝を叩く。
「先生が出産で休職したとき、あんた来なくなったんだったわ」
「よく覚えてるな」
と、孔明が向かいに座る怜子を見る。
「そうだった。お母さんのことで中学公立になったんだわ。で、また戻って来たよね」
怜子が身を乗り出し、孔明のモヒカンに手を伸ばす。
しかし凄いねこの頭、とテッペンをつまんで引っ張った。
孔明の顔が、少し歪む。
「そこの塾の先生に片思いしてたんだよね」
ギョッとした顔で、都と和真が孔明に顔を向けた。
ヒュウマネが塾の先生に片思い、何そのネタ。
どこからいじればいいんだ? みたいな。
ショルダーから携帯ブラシを出し、怜子が孔明の頭を大人しめに直し始めた。
「こら、オトコマエ、ところで先生は独身に戻ったの」
「主婦してますよ~。相変わらず仲良しだよっ、あそこの夫婦は」
むすっとして、テーブルに肘を突いてそのまま突っ伏した。
「毎年、夏と冬に『離婚確認』ってかもめ~ると年賀状出してんのよ、可愛いでしょ」
と、和真と都に笑顔を向けた。
「やかましいっ。人の初恋を汚すな」
しっしっと、空いた手で払う真似をするが恥ずかしいのか顔はテーブルに伏せたままだ。
「庵野先生、結婚したのショックだったんでしょ。だって相手が10歳年下だったから」
うわっと声を上げたのは、和真だった。
「塾の先生って、すげー」
酔っ払いだけに、思わず声に出してしまった、ようだ。
何が? と都が身を乗り出して聞いている和真を見る。
「相手って、教え子だったりするんスか。高校じゃよく聞く話だし」
和真はワクワクが止まらないのか、目が輝いているぞ。
都もそれで合点がいったようで、期待を込めて怜子を見つめた。
「どうだろう、私らは知らないけど。当時同じ塾で講師のバイトしてたって聞いたよ。医大生だったと思う」
「うわー、医者の卵捕まえたんだ。その塾の先生やり手だ……」
「レイちゃんそれちがう! そいつはまーったく相手にされてない。選民意識が嫌って先生が言ってた」
と勢いよく身を起こす。
「あの人が選んだのは、30代で首都圏に戸建てを建てられる、実力派の開発者だよ」
ムカつくことに同業他社のね、とまた孔明はテーブルに顎をつけた。
今朝の佐藤忠のプレゼンで、こっちに向かって両手を振って笑っていたあの大柄な男。
それを思い出したのか、くそ~腹の立つとか何とかごちゃごちゃ言ってせっかく怜子が直した頭を掻きむしった。
「え、それはそりゃダブルでショックだね」
こうくんは、と怜子が言い、おっとっと口に手を当てる。
孔明がすかさず顔を上げ、怜子に睨み、噛みつく真似をした。
だけど君はその相手をまともに見ることができなくて、おざなりに手を振り返しただけだったじゃない。
喧嘩にもならないね。
あの人は狙って結婚するような人とは違うんだよ、と今度は和真の方を向き、
「先生は、博識で、キレイで、とにかく生き方がカッコイイんです!」
そう言うとぎゅっと目を閉じ、舌を出す。
「良い先生だったもんね」
昔を思い出したのか、言い過ぎたとでも思ったのか怜子が優しい言葉をかける。
「もうとことん飲んで。今夜はあんたと都の慰労会なんだから」
「はいっ」
暗くなりそうな場を気遣ったのか、都が元気に返事をする。
「スクリュードライバーくらさーい」
「都ってお酒、強かったんだね。あたしらに付いて来られるって相当よ」
「そうれすか、まだ飲めますよぉわらし」
とにっこり微笑んだ。
「ウオッカ、好きだね」
徐々に目が座ってきた孔明が、作り笑いを浮かべる。
「はい。酒って味がしらいのでジンジャー割とかジュース割とかすきれす」
ソルティドックとモスコミュールか、懐かしいなぁと孔明がテーブルに突っ伏して言う。
「こうくん、頼もうか、モスコミュールかソルティドッグ」
「ソルティドッグで」
気持ち明るい声で、中指を立て怜子に言う。
怜子が顎をしゃくってふんっと応えた。
「先生が教えてくれたんだぁ」
お陰で今のボクがあるんだよ、とジョッキに残った氷に指を突っ込み、独り言のように孔明が言う。
「ドロップアウトのボクでも、いくらでもやり直せるって」
「ヒュウマネ、ドロップアウトって大学辞めたんですか」
不思議そうに和真が訊いた。
「いや、高校だよ、中退したの。通えなくなってさ」
よっしゃと声を出し、漸く取り出せた氷を口に入れる。
「うそ!」
と、これには都も驚いた。
怜子が確認するように、孔明の顔を見る。
「親父が置いていったボクの中学受験の学費とかいろいろ、お袋のヤツ全部持って男と一緒に逃げちゃったんだ」
都が、ショックを受けたのか口元を押さえて固まっていた。
孔明が氷を噛み砕きながら、自嘲気味に笑う。
けれど誰も、笑わなかった。
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