48-③.蠱毒は笑い、孤独を知る
ー/ー 膝をつくフース。
「何をもって……お前の遊びとなる……」
「もう遊んでるようなもんだろ」
「これが、遊び……?」
腕をもがれ、腹に穴を空けられ、番を捕らえられ、笑われる。
「頭がおかしいのか……?それが、人間の思考だと……?」
「狂ってなきゃやってられねーのよ、こんなクソみてぇな世界で、楽しく過ごすにはな」
「これが、楽しい……?」
理解が追いつくはずもない。知力を持たされ生まれたにも関わらず、地上に出て初めて言葉を交わした人間がゼン。さらなる成長の為得られた知識が、狂気である事がフースの思考を曇らせ、鈍らせていく。
「お前も俺を殺す事を喜びだと思ってたんだろ?大して変わらねぇよ」
「一緒にするな……これは、母から受け継いだ崇高な思想だ……」
「はっ!食ったくせによく言えるもんだ」
「我が父の、我が種族の本能……それすら受け入れた強く優しい母……」
土ごと握り、拳を震わせるフース。背後にゼンがいることは分かっている。ただ、この一撃で仕留める事ができなければ、自分の体が保たないこと……分かっているからこそ、動けない。
「死を悟るのは悪くない。だが、そうだな……俺を殺そうとするのは構わねぇが勇者を守るってのはやめねぇか?」
「何を……」
「約束できるならあいつを解放してやってもいいぜ」
思わず振り向くフース。もちろん、ゼンが指を指し、示しているのは結界にいるタオゼント。
「大切な子作り用のメスを取るか、会ったこともない、母親の中で美化された偶像の男を守ることを取るか。お前はどちらを選ぶ?」
究極の選択にすらならないだろう。ゼンの言葉は、フースの本能に訴えかけている。
確かに、自分を生んだ母は偉大な存在……だがそれは、人である母から継いでしまった心というものが、そうさせているだけのこと。
魔物の本能が選ぶのは、簡単に食われることを選んだ、弱く劣等な人間の母親よりも……より強い子孫に自身の力を受け継がせることができる同族。
「分かりきった事を聞く…………良いだろう」
「あっさり決めたなぁ?所詮あの女は苗床か」
ファインを呼びよせ、タオゼントを解放させる。
「すぐ再生させないんだネ?」
「まだ育ってねぇんだろ」
フースに寄り添いながら、タオゼントはゼンを威嚇している。
「ね?間引きは?」
「ああ。それなら――」
迫る殺意は、隠さない。
「今決まった」
真っ直ぐに飛び込んできたフース。その拳は、やはり、当たることはなかった。
「カッ……ぁ……ッ」
「勢いよく来てくれて助かったぜ?首元の皮膚は硬そうだったからなぁ?俺の腕力じゃ砕けないかもと思ってたんだ。これはお前の自滅、ただの自殺、自分の力を過信したおごりの結果だぜ?はははははっ……じゃあなフース、お前は間引かれた」
フースの速度の威力と体重を使って、首から頭に向かってカタールを突き刺したゼン。ゆっくりとえぐりながら引き抜き、頭から体液を噴き出しながら沈黙し、フースは地面に突っ伏した。
「きぁ……?あ……ぃいあああ!!!うーーー!!」
タオゼントは狂ったように叫び、這いながらフースに駆け寄りしがみつく。ゼンに攻撃をするよりも、番を選んだことで、タオゼントにある思想も、本能には抗えないものだと教えていた。
「か、かっこよすぎぃ……それ、おしゃれじゃなくて武器だったのも、かっこよすぎぃ……」
「外皮無しで立ち回るには重たすぎる……付けっぱなのは返し忘れてただけだ」
足元でわめき散らかすタオゼントに視線を移し、ゼンは言った。
「一応言葉の理解はできるのなら、しっかりと聞いておけよメス」
「ふー……っ!ふー……っ!ふー……っ!」
能面の仮面の目から涙のように、紫色の体液が流れている。仮面ゆえ、表情などあるはずが無いというのに、怒りと悲しみが伝わってくるようだった。
「オスのこいつはソウゴを守らないことを約束し、お前を解放した。だから絶対に、違えるな」
フースの体液が未だ滴るカタールを、突き立て、約束という名の命令を下した。ピッと空を切り、タオゼントの仮面に体液を浴びせカタールを収納し、地を蹴り、空に戻るゼンとファイン。
「割と楽しめたぞ?せいぜい最後まで生き残って、俺を殺しに来い、待っててやるよ」
「約束しっかり守るんだヨ?じゃないと遊んですらもらえないからネ?バイバ〜イ」
空高く、夜空の星のひとつとして溶けるように消え去り、辺りは森を燃やす火が弾ける音だけになった。
「…………タオゼント」
「ぁう!あぁ〜……ぅ〜う……」
名を呼ばれたタオゼントは、フースの体を仰向けにしてまたがり、尻尾を掴み頬を擦り寄せ安心した声を上げる。
「食え」
「うっ……ううう?!」
「再生は間に合わない……なら、食え……我らが種の本能に……従え……」
ふるふると首を横に振るタオゼント。残された力で、残された腕を動かし、フースはタオゼントの下腹部を優しく押し撫でた。
「食わなければ……子種はやれん……」
「う……ぁぁい……っ!っ!」
「ぐっ……そうだ……それでいい……」
フースの腹に空いた穴から内臓をゆっくりと引きずり出し、仮面の下に押し込んでいくタオゼント。
自分を食わせながら、尻尾を絡ませ、最後の交尾を始めるフース。
「死に際の生存本能の劣情に流されるとは…………欠けた脳にすら響き、感じる快感に溺れ……こんなにも醜く生きた証を残そうとするとは…………クハハハハハハッ」
「ぁ……ううあ……あっ……ああはぁぁぁぅ!!」
「……生きて、殺せ……奴を……タオゼント……タオ――」
炎に照らされ、まぐわい、体を少しずつ失い、ひとつになっていく。じっくりと味わい、最後の一滴まで残さずその腹に収めたタオゼント。
「フース……ごちそうさま……」
仮面がふたつに割れ、地面に落ちくだける。
フースの力を吸収し、正しい言葉を発する事ができるようになったタオゼントは、感情や考えも、人のそれと近しいものになっていた。
「…………フース…………フース」
空を見上げ、涙を流す。綺麗で、透明な涙……額に新たに生まれた、もうひとつの目から伝い落ちる。
「……生きるよ、フース……あいつを、ゼンを殺す為に……」
額の目がゆっくりと閉じ、裂目を隠し、なにもない普通の額に変わる。
「約束……クヒッ!……――殺す……殺す殺す殺す殺す殺す……っ!!」
ふらふらと歩き出すタオゼント。向かう先はゼンが飛び去った方角とは、真逆へと。
*
*
*
*
「なぜ服が焦げている」
町に戻り、その足で酒場に立ち寄っていたゼンは、アダルヘルムに見つかり、煤で汚れた肌と、焦げた服……若干の返り血に目をつけられ、問いただされていた。
「こんな真夜中まで働いててアダルくん偉いネ」
「お褒めにあずかり光栄……じゃない!なにをしていた!」
「なにってなぁ?遊んでただけだしな?ファイン」
顔を見合わせ笑うゼンとファインに頭を抱えるアダルヘルム。
「山向こうの閃光が途絶えた事……知らないとは言わせないぞ」
「バレてたか」
「バレてたネ」
眩い閃光の爆発も、燃えていた森の赤い光も、消えていた事に気付かない筈がない。加えて、姿が見えなくなっていたゼンとファインがこの姿……怪しいにも程がある。
「話す気がないなら、話させるまで、だな?親父!ここで一番高い酒を!空のグラスと砕いた氷もだ!」
ドンッと同じテーブルに付き、緑色の液体が入った瓶を懐から取り出した。
「わっ!これボクのだ?!」
「ふっ……コレを飲むというのであれば、分かっているなファイン殿?」
「……わぁ」
「ゼン・セクズ、あなたもだ」
国の刻印がされた蝋で封をされた、いかにもな高級感を漂わせる琥珀色の瓶がテーブルに運ばれてくる。
「あなた好みの、甘く香る、甘くない酒だ」
「はっ!この酒が不味くなる話かもそれねぇぞ?」
「あなたの起こす行動は、これから動くギルドにとっても大切な情報として仕入れておかねばならない、わかるだろう」
返事をする前に、勝手に自分のグラスに酒を注ぎ口に運ぶゼン。どうやら、お気に召したらしく、笑いながら、楽しそうに……事の顛末を肴に、テーブルを囲む。
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