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第74話 聖女と魔族のはざま

ー/ー



 遠く離れた、国境の山脈の中。
 ブラナも戻ってきて、クロナは相変わらずの潜伏生活を続けていた。

「お嬢様、紅茶をお持ちしました」

「ありがとう、ブラナ。そこに置いておいて」

「はい、かしこまりました」

 ブラナの淹れた紅茶を一口含むと、クロナは少しほっとしたような表情を見せていた。

「やはり、ブラナの淹れた紅茶は落ち着くわ」

「お褒めにあずかり、光栄でございます」

 クロナがにっこりと微笑みながら言えば、ブラナも顔をほころばせている。
 元暗殺者とはいえ、今はクロナの専属侍女だ。主に褒められれば、嬉しくなるものである。

「最近は、イクセンの連中の動きもないみたいで、安心して暮らしていられるわ。でも、まだ二年以上あるのだから、まったくもって油断できないわね」

「そうでございますね。とはいえ、魔族まで動き出しましたので、ややこしい事態になってきております。お嬢様の張られた結界も弱まってきていますでしょうし、なにかと心配になってきます」

「そうね……。三年間を無事に乗り切ったとして、本当にすべてが元通りになる保証など、どこにもないものね。できる限り、王国の連中の攻撃を躱しつつ、国を残さないといけない。なんともも面倒なことね……」

 警戒するクロナに対し、ブラナが懸念をぶつけてきたのだから、クロナの表情は一層険しくなっていた。
 つい先日のことではあるが、自分の親の領地であるコークロッチヌス子爵領に魔族が現れた。
 そもそも魔族や魔物との戦いに優れているはずのコークロッチヌス子爵領の兵士たちが、その時の魔族を相手に苦戦をさせられていた。この話は、さすがに心の壊れたクロナでも気になってしまう。自分のところの兵士の強さはある程度知っていたのだから。

「ブラナが戦った魔族は、二人だったわね?」

「はい。一人はお嬢様ほどの年齢くらいの少年の魔族で、もう一人は不気味な道化師の姿をした魔族でした。少年の方の魔族は旦那様の手によって討たれましたが、道化師の方には逃げられてしまいました。この私をしても苦戦をさせられるほどの強さでしたよ」

「そう……。ブラナですら苦戦するとは、まったくもって油断ならないわね」

 クロナは本気で苛立っているようだった。
 邪神のせいで聖女でありながら、敵対する魔族へと姿を変えられ、兄や親友、婚約者候補から命も狙われた。心も壊れて確実に荒み切っているが、聖女としての矜持はまったく忘れていない。
 本気で魔族に対して憎しみを抱くクロナの姿に、ブラナはとても心が痛い。
 自分も、一時期邪神のせいでクロナの命を狙ったのだから、その心の傷というものは計り知れない。そういったこともあり、ブラナは以前以上にクロナに対して忠誠を誓っている。

 そんな時だった。

 クロナが何かを感じ取ったように、急に顔を上げてじっと一方向を睨みつけている。

「どうかなさったのですか、お嬢様」

 あまりにも突然のことだったので、ブラナですら慌ててしまっている。
 クロナは普段はとにかく落ち着いているので、こんな風に急に反応する時というのは本当に限られている。

「感じる……」

「感じるって……。まさか、魔族ですか?」

 静かにつぶやいたクロナに対し、ブラナはもしやと思って声をかける。
 ブラナの質問に、クロナはこくりと頷いていた。
 それにしても、一体どこで魔族が姿を見せたというのだろうか。ブラナはずいぶんと気になってしまう。

「一体、どちらの場所に魔族が?」

 思わず場所を聞いてしまうブラナである。

「……王都、みたいね」

「まさか。そんな?!」

 クロナが感知した場所を聞いて、ブラナも驚きを隠せない。
 王都といえば、聖女認定を受ける前とはいえ、クロナがしっかりと結界を張っていった場所である。
 いくら半年ほど時間が経過しているとはいえ、魔族がそう簡単に侵入できるような場所ではない。
 だが、魔族が入ってきたのは事実のようなのだ。ブラナはとても渋い顔をしている。

「……お嬢様。私が偵察に行ってきましょうか?」

 思い切ってブラナはクロナに聞いてみている。
 だが、クロナは首を横に振っていた。

「放っておけばいいのよ。私を追い出したあいつらには、一度痛い目を見てもらえばいい」

 実に冷めたことを話している。

「それに、王都にはバタフィー殿下とお父様がいらっしゃるわ。あの二人がどう立ち回るか、じっくり見ておきましょう」

「承知、致しました」

 冷めた判断をするクロナに対し、ブラナはやむなく従うことにした。
 おとなしく、ブラナは一度クロナの部屋から退出していく。
 一人となったクロナは、壁に向かって手を添えながら黙り込んでいる。

「邪神は、一体どこまでを企んでいるというのかしら……。このままでは、イクセンは魔族たちに乗っ取られてしまう」

 壁につく手に力を込めていく。
 聖女である使命を持ちながらも、邪神によって魔族に変えられ、王国中から命を狙われることになった現状にイラついているようだった。
 できることなら魔族を討伐しに行きたいものだが、近付けば自分の身が危険になる。
 その葛藤が、さらにクロナを苦しめていく。

「私は、どうすれば……」

 クロナは、力強く壁を叩く。
 一難去ってまた一難。現状は、クロナをさらに追い詰めていくのだった。


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 遠く離れた、国境の山脈の中。
 ブラナも戻ってきて、クロナは相変わらずの潜伏生活を続けていた。
「お嬢様、紅茶をお持ちしました」
「ありがとう、ブラナ。そこに置いておいて」
「はい、かしこまりました」
 ブラナの淹れた紅茶を一口含むと、クロナは少しほっとしたような表情を見せていた。
「やはり、ブラナの淹れた紅茶は落ち着くわ」
「お褒めにあずかり、光栄でございます」
 クロナがにっこりと微笑みながら言えば、ブラナも顔をほころばせている。
 元暗殺者とはいえ、今はクロナの専属侍女だ。主に褒められれば、嬉しくなるものである。
「最近は、イクセンの連中の動きもないみたいで、安心して暮らしていられるわ。でも、まだ二年以上あるのだから、まったくもって油断できないわね」
「そうでございますね。とはいえ、魔族まで動き出しましたので、ややこしい事態になってきております。お嬢様の張られた結界も弱まってきていますでしょうし、なにかと心配になってきます」
「そうね……。三年間を無事に乗り切ったとして、本当にすべてが元通りになる保証など、どこにもないものね。できる限り、王国の連中の攻撃を躱しつつ、国を残さないといけない。なんともも面倒なことね……」
 警戒するクロナに対し、ブラナが懸念をぶつけてきたのだから、クロナの表情は一層険しくなっていた。
 つい先日のことではあるが、自分の親の領地であるコークロッチヌス子爵領に魔族が現れた。
 そもそも魔族や魔物との戦いに優れているはずのコークロッチヌス子爵領の兵士たちが、その時の魔族を相手に苦戦をさせられていた。この話は、さすがに心の壊れたクロナでも気になってしまう。自分のところの兵士の強さはある程度知っていたのだから。
「ブラナが戦った魔族は、二人だったわね?」
「はい。一人はお嬢様ほどの年齢くらいの少年の魔族で、もう一人は不気味な道化師の姿をした魔族でした。少年の方の魔族は旦那様の手によって討たれましたが、道化師の方には逃げられてしまいました。この私をしても苦戦をさせられるほどの強さでしたよ」
「そう……。ブラナですら苦戦するとは、まったくもって油断ならないわね」
 クロナは本気で苛立っているようだった。
 邪神のせいで聖女でありながら、敵対する魔族へと姿を変えられ、兄や親友、婚約者候補から命も狙われた。心も壊れて確実に荒み切っているが、聖女としての矜持はまったく忘れていない。
 本気で魔族に対して憎しみを抱くクロナの姿に、ブラナはとても心が痛い。
 自分も、一時期邪神のせいでクロナの命を狙ったのだから、その心の傷というものは計り知れない。そういったこともあり、ブラナは以前以上にクロナに対して忠誠を誓っている。
 そんな時だった。
 クロナが何かを感じ取ったように、急に顔を上げてじっと一方向を睨みつけている。
「どうかなさったのですか、お嬢様」
 あまりにも突然のことだったので、ブラナですら慌ててしまっている。
 クロナは普段はとにかく落ち着いているので、こんな風に急に反応する時というのは本当に限られている。
「感じる……」
「感じるって……。まさか、魔族ですか?」
 静かにつぶやいたクロナに対し、ブラナはもしやと思って声をかける。
 ブラナの質問に、クロナはこくりと頷いていた。
 それにしても、一体どこで魔族が姿を見せたというのだろうか。ブラナはずいぶんと気になってしまう。
「一体、どちらの場所に魔族が?」
 思わず場所を聞いてしまうブラナである。
「……王都、みたいね」
「まさか。そんな?!」
 クロナが感知した場所を聞いて、ブラナも驚きを隠せない。
 王都といえば、聖女認定を受ける前とはいえ、クロナがしっかりと結界を張っていった場所である。
 いくら半年ほど時間が経過しているとはいえ、魔族がそう簡単に侵入できるような場所ではない。
 だが、魔族が入ってきたのは事実のようなのだ。ブラナはとても渋い顔をしている。
「……お嬢様。私が偵察に行ってきましょうか?」
 思い切ってブラナはクロナに聞いてみている。
 だが、クロナは首を横に振っていた。
「放っておけばいいのよ。私を追い出したあいつらには、一度痛い目を見てもらえばいい」
 実に冷めたことを話している。
「それに、王都にはバタフィー殿下とお父様がいらっしゃるわ。あの二人がどう立ち回るか、じっくり見ておきましょう」
「承知、致しました」
 冷めた判断をするクロナに対し、ブラナはやむなく従うことにした。
 おとなしく、ブラナは一度クロナの部屋から退出していく。
 一人となったクロナは、壁に向かって手を添えながら黙り込んでいる。
「邪神は、一体どこまでを企んでいるというのかしら……。このままでは、イクセンは魔族たちに乗っ取られてしまう」
 壁につく手に力を込めていく。
 聖女である使命を持ちながらも、邪神によって魔族に変えられ、王国中から命を狙われることになった現状にイラついているようだった。
 できることなら魔族を討伐しに行きたいものだが、近付けば自分の身が危険になる。
 その葛藤が、さらにクロナを苦しめていく。
「私は、どうすれば……」
 クロナは、力強く壁を叩く。
 一難去ってまた一難。現状は、クロナをさらに追い詰めていくのだった。