#5
ー/ー 予想通り、私が息を切らせて北門へ到着した時には戦闘は終わっていた。
周囲には逃げ遅れたのか、隠れていたのかは判らないけど、街の人達が何人かイサミを遠巻きに見守っている。
もしかするとあの外見のせいで街中へ乱入してきた野盗と間違えられているかもしれないから、ここはフィクサーの私が誤解を解かないと。
「勇者様!黒騎士は!?」
「……ん、おう、サチか。えらい遅かったな」
「ちょっとね。で?」
「犬っころしばいたら逃げていきよったで」
肩をすくめてそういうイサミ。けど彼がしばいたという犬――たぶんヘルハウンドだろう――の死骸は転がっていない。
うん、念入りに探したよ?
だってもしまた街中に死骸があったら、また捨ててこいって言われかねないからね。
けど、血痕のようなモノは辺りに飛び散っているのに、死骸は1つも見当たらない。
「あれ?しばいた犬は?もうアイテムボックスに片付けたの?」
「んな面倒くさいことするわけないやろ!」
「だよね……で?」
「他の犬っころがくわえて帰りよったで」
ヘルハウンドがヘルハウンドの死骸を咥えて帰った……?
それってつまり。
「減るハウンド!」
「突然なんやねん……」
まぁそれは冗談だけど、連中、共食いでもするんだろうか?
いやそれ以前に黒騎士って言ってたのはどうなったんだろう。
「ね、黒騎士は?」
「街中へ入ってきたのは犬っころだけやったで?連中が逃げる時に、ちらっと見えたけど……えらいゴツい鎧着とったな」
黒騎士って定期的に街に攻めてくるっていう話だったけど、本人は街に入ってこないのか……。
お供の犬だけを放つなんて、もしかしたらシャイな騎士なのかもしれないね。
「あんた、勇者だったのか……てっきり盗賊の一味かと……」
「あやうく衛兵を呼ぶ所だったよ!」
「……やべぇ、うちのカミさんを衛兵詰め所に走らせちまった」
「なんでやねん!」
イサミは街の人達から口々に礼を言われている……え?言われてるよね?
なにげにディスられてる気もするけど、まぁ街の人達も笑顔だからいいか。
などと私が暢気に考えていた時だった。
「あっ!あんたら……もしかして、昼間の!」
「へ?」
「やっぱりだ!あんた、ヘルハウンドの死骸を持ち込んだって言ってただろ!」
私の顔に指を突きつけ、睨み付けている顔はどこかで見たような……。
……ああ、そう言えばイサミが買い食いしていた時に話しかけてきた果物屋台のおばさんだ。
たしかヘルハウンドの死骸を迷惑だって言ってた人。
えらく目くじら立ててるけど、状況的に今私達……というかイサミは街の人から称賛されるべきシーンだよね?
「あんた、勇者だとおもったけどやっぱり野盗だったのか!ヘルハウンドの死骸を持ち込んだって本当か!?」
「なんてこった!じゃあこの盗賊のせいで……」
「やっぱりカミさんを走らせて正解だったか」
「いや、なんでやねん!」
あ、あれ?なんか急にイサミが勇者から野盗に格下げになってるんだけど……。
「ちょっと、それどういうことですか!?彼は勇者様で、黒騎士を撃退したんですよ!?」
「どうだか……。もしかしたら仲間なんじゃないかい?」
「なんでそうなるんですか!」
「言っただろ、ヘルハウンドの死骸を持ち込まれると迷惑だって。あんただって、死骸を街に持ち込んだら黒騎士が来るって知ってたじゃないか!」
「へ……?」
屋台のおばさんの言葉に、私は最前のやり取りを脳内でプレイバックする。
……イサミが食べてた串焼きの臭いから始まる一連の記憶の中で……
『持ち帰られると迷惑なんだよ』
『黒騎士とかって奴のせいですか?』
『知ってるならさっさと処分しておくれよ、まったく』
……なんかそれっぽい会話してた!
けど、ヘルハウンドを持ち帰ると黒騎士が攻めてくるっていう話じゃなかったよね?
迷惑なのは黒騎士って奴の仕業なんだ!って話だけだったよね?
「いやいや、私達旅の勇者一行なんで、そんな事情は知らないですよ!」
「どうだか……本当に勇者なのか怪しいもんだね」
「え、疑うのそっち!?」
私はおばさんが勘違いしていることに気付き、慌てて否定するけど、イサミの外見がアレなせいで信じて貰えない……。
どうしよう、ここはトラブルを避けるためにこの場から逃げる?
いや、逃げたらおばさんの言葉を肯定することになりかねないから、下手すると黒騎士の仲間として追われるかもしれない……どうしよう!?
「なぁサチ、ちょっと腹減ったんやけど」
「イサミ!?状況判ってる!?」
「あん?」
心底面倒くさそうにあん?とか言われた!
どうやらこの男、今割とやばい状況になりかけていることに気付いてないらしい。
周囲でひそひそと話している声が聞こえる。
心なしかこちらを見ている目が、先ほどまでと違っている気がする……。
いや、象に蹴られても大丈夫そうなイサミはともかくとして、私は石投げられたり殴られたりしたら死ぬかもしれないからね!?
……イサミのシャツの裾を掴んで私が内心でびびりまくっていたその時だった。
「皆の者、落ち着くのじゃ」
少し掠れているけど、重々しく威厳のある声が門前の広場に響いた。
皆が声の方を振り向いている。
私もおそるおそるそちらを向くと……そこにいたのは。
長老だった。
薄い藍色のローブを身に纏った、白く長い髭を生やしたお年寄り。手にはどうやったらそんな形状になるのか判らないぐらい先端がペロペロキャンディ状のぐるぐる巻きになった定番の杖。
うん、どこからどうみても長老様だ!
ただこういう長老がいるのって普通は人里離れた集落とか、寂れた森の一軒家とかだよね?
ここ、それなりに大きな城塞都市で、回りはショーウィンドウのある商店とか、3階建ての立派な建物とかが建ち並んでるんだけど……。
私の感覚で言えば、都内の駅前でトラブルに巻き込まそうになったときに長老が割って入ってきてくれた感じ……と言えば違和感は伝わるかな?
「……おい、あれ……長老だよな……」
「ああ、どこからみても長老だ……」
「わたしも長いこと生きてるけど、初めて見たよ、長老……」
いや、後ろでひそひそ話してる都市住民の皆さんの声が聞こえるんだけど。
やっぱり城塞都市には出現しないレアキャラなの、長老!?
「あれ?あの爺さんどっかで見た気が――」
「皆の者、落ち着くのじゃ」
誰かが長老に見覚えがあると言おうとしたタイミングで、長老が再び声を上げた。
いや、たぶん今周囲がざわついてたのは珍獣が現れたからだと思うけど。
「茶色っぽい勇者と黒っぽい娘よ、付いてくるのじゃ」
「誰が茶色っぽい勇者やねん!」
イサミはそう言うけど、彼の日焼けした肌とレザーアーマー、それと少し根元が黒っぽくなってる金髪を諸々合わせると確かに茶色っぽいというのは否定できない。
ということは長老が言う黒っぽい娘って私のことか!
いや、他に何か呼び方があるでしょう……と突っ込もうと思ったけど、周囲の人達が珍獣出現に気を取られているこのタイミングならヘルハウンドを呼び込んだ疑惑をうやむやにしてこの場を立ち去れるかもしれない。
素早く頭の中でそんな事を考えた私は、イサミの手を引いた。
「勇者様、ここは長老様のお言葉に従いましょう」
「は?なんで?」
「……ほら、いいから今のうちに逃げるよ」
訳がわからないと言う顔をするイサミの手を引っ張って、人の輪を抜けながら私はイサミに小さな声でそう語りかけ……そして長老の後を追った。
「……やっぱりあれ、裏通りの貸衣装屋のご隠居だよなぁ」
……誰かが小さく呟いた言葉は、聞かなかったことにした。
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