第三話
ー/ー大陸歴669年。九の月、第二巡。
大陸を南北に分かつ中央山脈の東端と、北嶺山脈の南端、険しい山脈によって阻まれたと大陸の南北を結ぶ、唯一の山岳回廊。
猫の額のように狭いドナ平原を川幅200mを誇る大陸有数の大河、ドナエル河が流れていく。
大陸西方の黒い森に端を発し、中央山脈の麓を沿うように流れ、いくつもの谷筋から流れる水が合流し形成された大河。
大河を挟み対峙する、鉄の帝国の遠征軍とスクトゥム王国の守備軍。
その攻防は開戦からすでに七日……一巡を過ぎようとしていた――
「弾着……今!」
一斉砲撃の轟音とともに吐き出された砲弾の群れは、重く湿った空気を切り裂き王国軍の国境要塞に殺到する。
常ならば視界を遮る黒色火薬の煙は、吹き渡る河風によって流され、降りしきる雨によって洗い流される。
隣の砲の吐いた煙が黒い雨になって兵士達を汚していく。
「不発が五!命中が十二!」
開戦以来、常に戦場に降り注ぎ続ける雨が火薬を蝕み、日に日に不発や飛距離不足で命中しないものが増えていた。
「くそっ!だめだビクともしやがらねぇ」
遠眼鏡で着弾地点を観測していた若い砲術士官が愚痴を漏らす。
3kgの砲弾は土の精霊によって強化された土塁に突き刺さろうとも突き崩せず、またあっというまに修復されていしまう。
「来るぞ!総員退避!退避だ!」
河上を吹いていた風がこちらに吹き付けてくるのが合図だった。
砲弾の謝礼とばかりに大量の矢の雨が降ってくる。
カカカカカカッ!っと小気味の良い音立てる木製の防御盾。
木製の矢の雨に紛れて据え置き式の大型弩砲バリスタから放たれた鉄製の太矢クォレルが飛来すれば盾がバキッと不吉な音を立てる。
貫通した鋭利な鏃が兵達を震え上がらせる。
「ちくしょう、どんだけ撃ってくるんだよ」
最新鋭の長距離野戦砲の有効射程は400m、精度を気にしなければその倍は飛ばせる。
現在砲兵陣地は河岸から放れた小高い土手に置かれ、相手要塞から500mは離れている、中山山脈の山裾に築かれた要塞と高度差を加味しても到底弓矢の届く距離ではない。
しかし、名高きエルフの長弓兵が各々使役する風の精霊を操れば500m射程外ではないのだ。
「そろそろ止むはずだ」
ドワーフの古参兵が砲筒の内部を掃除するロッドを手に取りながら静かに言うと、その言葉の通りようやく返礼の矢の雨が止んだ。
「毎度だけど……なんでわかるんだおやっさん」
「いくら耳長エルフ共といえここまで矢を飛ばすにゃ全力引かにゃなならん」
それを短時間でこんなにバカスカ放ったんだ、さすがの連中も今頃腕がパンパンだろうよ……それになぁとドワーフは続ける。
「あちらさんも大分まいってくる頃合いだろう」
要塞の土塁を修復する土の精霊術士たちは、雨に濡れたローブをまとい、泥濘の中で杖を握る。
遠眼鏡越しに見る彼らの顔は青白く、詠唱の声は風にかき消され、疲労の色が濃い。
雨を降らす大規模な儀式魔法、土塁の修復、風の精霊による命令伝達――術士の負担はあまりに重い。
しかも数は少なく、実力もまちまちだ。
ついに一人がふらりとよろめき、杖を泥に落として膝をつく。
仲間が慌てて担架で運び去るが、代わりの術士の動きも鈍い。
「おやっさん、術士が倒れたぞ!これなら土塁も長くねえんじゃね?」
若い士官が目を輝かせる。
その言葉に兵達がわっと喝采を上げるが、古参兵のドワーフは濡れた髭を撫でながら唸る。
「そう簡単にいかねぇよ……砲弾も火薬も金食い虫だ湯水のように使えるわけじゃねぇ」
「ハンス閣下が渋い顔してたな」
砲術の専門家にして、第三軍の金庫番である副将ハンスの顰め面を一同思い出す。
「それにこいつは飛距離を出そうとする鉄の塊しか飛ばせねぇからな」
最新鋭の長距離野戦砲だが、要塞への砲撃は「嫌がらせ」と「湿った火薬の消化」、そして「実戦での運用試験」にしか役立っていない。
「炸裂弾や火炎弾が使えりゃな……お偉いさんも何考えてんだ」
「まぁ、共和国式の要塞だ。帝国領にした後、使い回したいって腹は分からんでもねえ」と別の士官が応じる。
「ヴィルヘルム様ならな、半日で要塞を粉々にしちまうぜ。火薬も弾も惜しまず、川を渡ってた」と古参兵が吐き捨てる。
愚痴を吐き始めた兵達に「おら、いつまでしゃべってんだ! 手を動かせ、てめえら!」とドワーフが低い唸り声で怒鳴り、ずんぐりした手を振り上げる。
わっと蜘蛛の子を散らすように持ち場へ駆け戻る砲兵達。
「この雨もそろそろ止んで欲しいもんだぜ……」
雨と泥の中で濡れた火薬袋を恨めしげに見つめる。
「なぁ……ほんとに、渡れるんだろうな」
若い砲兵が呟く。
「焦る必要は無い。時は我らに味方する」
そう応えたのは、第三軍の副将ヒルダ・フォン・アーリウス=ヴァルデリートだった。同じく副将のハンス共に軍装の肩を濡らしながら、冷静に陣地を見渡している。
手を止めて敬礼しようとする兵達を手で制し、作業を続けるように命ずる。
「焦る必要はないかもしれんが、そろそろ帳尻を合わせてくれないと後で困るのは私なのだか?」
日に日に減っていく物資の数を思い浮かべ隣でぼやくハンスに、彼女は小さく笑った。
「確かにそろそろ帳尻を合わせないといけない頃合いね」
視線の先は、秋雨に霞む敵の要塞を越え、さらに遠く、霧煙る中央山脈の稜線へと注がれていた。
◇◇◇
ドナエル河西岸。王国軍は点在する自然堤防(河川の氾濫により形成された台地)を土塁や逆茂木で陣地化し、それらを塹壕や隧道で繋いで、蟻の巣めいた強固な防御陣地を形成していた。
土や樹の精霊の力を借りて強化され、風に精霊による通信網で相互に連携する、並大抵の軍隊では突破不可能な構えであった。
しかし帝国軍による容赦のない鉄の洗礼が陣地に降りかかった。
「退避、退避ィー!」
飛来する砲弾が着弾と同時に破裂。土塁を抉り吹き飛ばす、泥と血と火薬の匂いが陣地に充満している。
「防壁強化急げッ!」「とにかく撃ち返せ!」「火だ!水の精霊を喚んでくれ!」
陣地に詰める兵達の怒鳴り声をかき消すように、地鳴りのような轟音とともに、また一発、着弾した炸裂弾が爆発する。
泥濘の中、王国軍に前線指揮官ガレンは咄嗟に伏せ、飛んできた破片が彼のすぐ脇をかすめた。
「……ちっ、火を混ぜてきたな」
着弾と同時に炎を撒き散らす砲弾が混ざり始める、陣地の兵士たちは火を消すと同時に撤収を始めた。
精霊により強化された壕ですら、耐えきれなくなっていた。
「ここは一時放棄する。次の指揮所は四番に置く、負傷兵から撤退を始めろ。弓兵隊は援護を頼む」
「了解した。各自散開して敵の士官を狙撃、撃ったらすぐに移動しろ。ダークエルフ隊は身を隠して夜に備えてくれ」
頷いた長弓隊のエルフ達が、即座に壕から抜け出し、霧の中に紛れていく。
負傷兵の移動が済み、前線司令部要員が撤退にかかったあたりで、砲声が止む。
弓隊の狙撃だろう、僅かな防御壁の隙間を射抜くエルフ達の狙撃には何度も助けられていた。
「火砲か、厄介だな」
帝国軍に動き有り、警戒されたし。
共和国のからの急報が届いたのが約一月前。
もとより川幅の狭くなるここは重要な防御地点として整備はされていたが、この情報がなく奇襲を受けていればあっさり渡河されていただろう。
強固な陣地を作らざるを得ないことを王国軍首脳陣に理解させたのは、やはり共和国からの情報。
帝国軍の火砲の性能や数、戦術などが事細かに記された共和国の報告書を見た時は、その諜報能力高さに「味方で良かった」と薄ら寒いものを感じたものだった。
「援軍はまだなのか…」
情報はありがたい、兵糧も助かる、しかし、兵数に劣る王国が一番 望んでいるものはそれだった。
ガレンは唇を引き結び、湿った土を手に握りしめた。
◇◇◇
雨が止んだ。
連日、空を塞いでいた灰色の雲が散り、川面にうっすらと白い靄が立ち始めていた。
開戦以来昼夜を問わず続けられていた降雨の儀式だが、遂に術師達が限界を迎えていた。
彼らを夜間だけでも休ませるため、儀式は中断された。苦渋の決断だった。
膠着状態のドナエル河を挟んでの戦いは、新たな局面を迎えようとしていたーー
◇◇◇
夜の帳が下り、ドナエル河の川面に淡い霧が立ち込めていた。
王国軍の陣地では、破壊された塹壕の修復作業が静かに進められていた。
連日、帝国軍が大量の砲弾を叩き込み、粉砕したはずの陣地が――一晩で(少なくとも見た目には)元通りになる。その様子は、密かに帝国軍の士気をじわじわと削り、兵站担当士官らの精神を狂おしい程に蝕んでいた。
無論破壊されては直しまた破壊される徒労感は王国軍にしても同様であった、首脳部の焦燥感をよそに兵達に士気は高かった。
土の精霊の力を借りて泥を盛り、樹の精霊の加護でその骨組みを支える。
昼間の砲撃で深く抉られた陣地は、日が落ちるのを見計らって始められた作業によって、すっかり手慣れた兵達の手で、徐々にその姿を取り戻しつつあった。
「俺この戦争が終わったら職人になるわ」
「おう、ドナエル河帰りなら引く手数多になるぞ」
小声ではあるが作業の合間に兵達は軽口を叩いて互いを励まし合う。
ガレンは、小高い観測台からその様子を見下ろしていた。
「兵達は良くやってくれているが、術師達が限界だな」
雲間の切れ間から、久方ぶりに顔をのぞかせた満月の明かりが、疲労と泥にまみれながら黙と精霊を使役する術者達の蒼い顔を照らしていた。
人の魂は死後月に向かい月神セリウス=ルナの庇護の下で、今世の傷を癒し来世に備えるとされる。
しかし、星の海の外より来る化生から世界を守護する月神は、常に戦士の魂を欲している。
故に月は無慈悲に理不尽に、英雄の命を召し上げる。冥界の守護者であり、死神。
月は下界をのぞき込む月神の瞳、戦場を睥睨する満月は不吉の証であった。
「嫌な夜だ」
「そうか?」
漆黒の髪を後ろで結ったダークエルフの斥候隊長、シルヴィアが、霧の向こうから戻ってくる。
「良い満月だ。月の御方は勇敢なる戦士の魂を余さず掬い上げて下さるだろう」
黒い紗の眼帯越しに煌々と輝く琥珀色の瞳が月を仰ぎ見る。
天性の暗殺者として、その行為を「月神に捧げる神事」として神聖視するダークエルフらしい物言い。
ガレンが顔をしかめるのを見てシルヴィアは実に満足そうな笑みを浮かべる。月神に捧げるに足る戦士への歪んだ愛情……砕けて言えば屈強な男への嗜虐癖は彼女の度し難い悪癖であった。
「報告。対岸の帝国軍、川岸近くまで掘り進めていた塹壕から土嚢と防壁を搬出中。渡河用の橋頭堡建設の準備だな」
両軍が睨み合うこの地点の河幅は約200m、しかも中間あたりに渡守の川エルフ(水中に適応進化したエルフの支族)が拠点にしていた中洲がある。
そこまで船橋を作り中洲に陣地を構築。
帝国の太祖伝説にある「一夜城」の再現というわけだ。
「奴らの士気は爆発するぞ」
「雨が上がった途端だな」
ガレンは顎を撫でながら、霧の向こうに目を凝らす。
「ドワーフの工兵には、この月明かりは昼間と変わらん。朝には立派な橋と城が出来上がっているぞ」
その言葉に、ガレンは苦い顔で頷く。夜目の利くドワーフと人海戦術による圧倒的な作業力。
「精霊船を出してもらいましょう」
「参謀殿、なぜ前線に」
前線の様子を見に来ただけですよ。と返すエリシア・アルストリア。
共和国への留学経験もある才媛は周囲で働く兵達を労いながらやってくる。
能吏というタイプで数字、地図、情報を重視うる理詰の参謀ながら、小柄な体格とエルフの血を引いてる為年齢以上に幼く見える為、案外兵達の人気は高い。
本人は気合と筋肉で「なんとかしてしまう」タイプの王国軍とはあまり噛み合わないのだが。
演習でも筋肉と気合に策をねじ伏せられては、こんなのおかしいですよ!と悔し涙を浮かべているせいか、皆には愛されていた。
留学で同期だったアルベルトとかいう参謀が、まったく可愛げもなく、かつ筋肉と気合ではどうにもならない策で上層部をやり込めて、嫌われ、ついには左遷されたのとは対照的だ。
「招集して再編した屯田兵部隊が明日、それとリンデル市国とアルデン公国からの援軍がまもなくで到着します」
「おお」
共和国を宗主と仰ぐ同盟国家からの援軍が来てくれれば兵力差が大分埋まる。
連携や練度の問題はあるが、戦いは数である。
最悪渡河を許したとしても野戦で決戦が可能になる。
「今から招集すれば……ちょうどいい頃合いね」
私も同行するわ。嬉々とした表情でシルヴィアが申し出る。
「ああ、今宵は実に良い夜だ」
ガレンとエリシアは顔を見合わせ(味方でよかった)と内心で頷き合うのだった。
大陸を南北に分かつ中央山脈の東端と、北嶺山脈の南端、険しい山脈によって阻まれたと大陸の南北を結ぶ、唯一の山岳回廊。
猫の額のように狭いドナ平原を川幅200mを誇る大陸有数の大河、ドナエル河が流れていく。
大陸西方の黒い森に端を発し、中央山脈の麓を沿うように流れ、いくつもの谷筋から流れる水が合流し形成された大河。
大河を挟み対峙する、鉄の帝国の遠征軍とスクトゥム王国の守備軍。
その攻防は開戦からすでに七日……一巡を過ぎようとしていた――
「弾着……今!」
一斉砲撃の轟音とともに吐き出された砲弾の群れは、重く湿った空気を切り裂き王国軍の国境要塞に殺到する。
常ならば視界を遮る黒色火薬の煙は、吹き渡る河風によって流され、降りしきる雨によって洗い流される。
隣の砲の吐いた煙が黒い雨になって兵士達を汚していく。
「不発が五!命中が十二!」
開戦以来、常に戦場に降り注ぎ続ける雨が火薬を蝕み、日に日に不発や飛距離不足で命中しないものが増えていた。
「くそっ!だめだビクともしやがらねぇ」
遠眼鏡で着弾地点を観測していた若い砲術士官が愚痴を漏らす。
3kgの砲弾は土の精霊によって強化された土塁に突き刺さろうとも突き崩せず、またあっというまに修復されていしまう。
「来るぞ!総員退避!退避だ!」
河上を吹いていた風がこちらに吹き付けてくるのが合図だった。
砲弾の謝礼とばかりに大量の矢の雨が降ってくる。
カカカカカカッ!っと小気味の良い音立てる木製の防御盾。
木製の矢の雨に紛れて据え置き式の大型弩砲バリスタから放たれた鉄製の太矢クォレルが飛来すれば盾がバキッと不吉な音を立てる。
貫通した鋭利な鏃が兵達を震え上がらせる。
「ちくしょう、どんだけ撃ってくるんだよ」
最新鋭の長距離野戦砲の有効射程は400m、精度を気にしなければその倍は飛ばせる。
現在砲兵陣地は河岸から放れた小高い土手に置かれ、相手要塞から500mは離れている、中山山脈の山裾に築かれた要塞と高度差を加味しても到底弓矢の届く距離ではない。
しかし、名高きエルフの長弓兵が各々使役する風の精霊を操れば500m射程外ではないのだ。
「そろそろ止むはずだ」
ドワーフの古参兵が砲筒の内部を掃除するロッドを手に取りながら静かに言うと、その言葉の通りようやく返礼の矢の雨が止んだ。
「毎度だけど……なんでわかるんだおやっさん」
「いくら耳長エルフ共といえここまで矢を飛ばすにゃ全力引かにゃなならん」
それを短時間でこんなにバカスカ放ったんだ、さすがの連中も今頃腕がパンパンだろうよ……それになぁとドワーフは続ける。
「あちらさんも大分まいってくる頃合いだろう」
要塞の土塁を修復する土の精霊術士たちは、雨に濡れたローブをまとい、泥濘の中で杖を握る。
遠眼鏡越しに見る彼らの顔は青白く、詠唱の声は風にかき消され、疲労の色が濃い。
雨を降らす大規模な儀式魔法、土塁の修復、風の精霊による命令伝達――術士の負担はあまりに重い。
しかも数は少なく、実力もまちまちだ。
ついに一人がふらりとよろめき、杖を泥に落として膝をつく。
仲間が慌てて担架で運び去るが、代わりの術士の動きも鈍い。
「おやっさん、術士が倒れたぞ!これなら土塁も長くねえんじゃね?」
若い士官が目を輝かせる。
その言葉に兵達がわっと喝采を上げるが、古参兵のドワーフは濡れた髭を撫でながら唸る。
「そう簡単にいかねぇよ……砲弾も火薬も金食い虫だ湯水のように使えるわけじゃねぇ」
「ハンス閣下が渋い顔してたな」
砲術の専門家にして、第三軍の金庫番である副将ハンスの顰め面を一同思い出す。
「それにこいつは飛距離を出そうとする鉄の塊しか飛ばせねぇからな」
最新鋭の長距離野戦砲だが、要塞への砲撃は「嫌がらせ」と「湿った火薬の消化」、そして「実戦での運用試験」にしか役立っていない。
「炸裂弾や火炎弾が使えりゃな……お偉いさんも何考えてんだ」
「まぁ、共和国式の要塞だ。帝国領にした後、使い回したいって腹は分からんでもねえ」と別の士官が応じる。
「ヴィルヘルム様ならな、半日で要塞を粉々にしちまうぜ。火薬も弾も惜しまず、川を渡ってた」と古参兵が吐き捨てる。
愚痴を吐き始めた兵達に「おら、いつまでしゃべってんだ! 手を動かせ、てめえら!」とドワーフが低い唸り声で怒鳴り、ずんぐりした手を振り上げる。
わっと蜘蛛の子を散らすように持ち場へ駆け戻る砲兵達。
「この雨もそろそろ止んで欲しいもんだぜ……」
雨と泥の中で濡れた火薬袋を恨めしげに見つめる。
「なぁ……ほんとに、渡れるんだろうな」
若い砲兵が呟く。
「焦る必要は無い。時は我らに味方する」
そう応えたのは、第三軍の副将ヒルダ・フォン・アーリウス=ヴァルデリートだった。同じく副将のハンス共に軍装の肩を濡らしながら、冷静に陣地を見渡している。
手を止めて敬礼しようとする兵達を手で制し、作業を続けるように命ずる。
「焦る必要はないかもしれんが、そろそろ帳尻を合わせてくれないと後で困るのは私なのだか?」
日に日に減っていく物資の数を思い浮かべ隣でぼやくハンスに、彼女は小さく笑った。
「確かにそろそろ帳尻を合わせないといけない頃合いね」
視線の先は、秋雨に霞む敵の要塞を越え、さらに遠く、霧煙る中央山脈の稜線へと注がれていた。
◇◇◇
ドナエル河西岸。王国軍は点在する自然堤防(河川の氾濫により形成された台地)を土塁や逆茂木で陣地化し、それらを塹壕や隧道で繋いで、蟻の巣めいた強固な防御陣地を形成していた。
土や樹の精霊の力を借りて強化され、風に精霊による通信網で相互に連携する、並大抵の軍隊では突破不可能な構えであった。
しかし帝国軍による容赦のない鉄の洗礼が陣地に降りかかった。
「退避、退避ィー!」
飛来する砲弾が着弾と同時に破裂。土塁を抉り吹き飛ばす、泥と血と火薬の匂いが陣地に充満している。
「防壁強化急げッ!」「とにかく撃ち返せ!」「火だ!水の精霊を喚んでくれ!」
陣地に詰める兵達の怒鳴り声をかき消すように、地鳴りのような轟音とともに、また一発、着弾した炸裂弾が爆発する。
泥濘の中、王国軍に前線指揮官ガレンは咄嗟に伏せ、飛んできた破片が彼のすぐ脇をかすめた。
「……ちっ、火を混ぜてきたな」
着弾と同時に炎を撒き散らす砲弾が混ざり始める、陣地の兵士たちは火を消すと同時に撤収を始めた。
精霊により強化された壕ですら、耐えきれなくなっていた。
「ここは一時放棄する。次の指揮所は四番に置く、負傷兵から撤退を始めろ。弓兵隊は援護を頼む」
「了解した。各自散開して敵の士官を狙撃、撃ったらすぐに移動しろ。ダークエルフ隊は身を隠して夜に備えてくれ」
頷いた長弓隊のエルフ達が、即座に壕から抜け出し、霧の中に紛れていく。
負傷兵の移動が済み、前線司令部要員が撤退にかかったあたりで、砲声が止む。
弓隊の狙撃だろう、僅かな防御壁の隙間を射抜くエルフ達の狙撃には何度も助けられていた。
「火砲か、厄介だな」
帝国軍に動き有り、警戒されたし。
共和国のからの急報が届いたのが約一月前。
もとより川幅の狭くなるここは重要な防御地点として整備はされていたが、この情報がなく奇襲を受けていればあっさり渡河されていただろう。
強固な陣地を作らざるを得ないことを王国軍首脳陣に理解させたのは、やはり共和国からの情報。
帝国軍の火砲の性能や数、戦術などが事細かに記された共和国の報告書を見た時は、その諜報能力高さに「味方で良かった」と薄ら寒いものを感じたものだった。
「援軍はまだなのか…」
情報はありがたい、兵糧も助かる、しかし、兵数に劣る王国が一番 望んでいるものはそれだった。
ガレンは唇を引き結び、湿った土を手に握りしめた。
◇◇◇
雨が止んだ。
連日、空を塞いでいた灰色の雲が散り、川面にうっすらと白い靄が立ち始めていた。
開戦以来昼夜を問わず続けられていた降雨の儀式だが、遂に術師達が限界を迎えていた。
彼らを夜間だけでも休ませるため、儀式は中断された。苦渋の決断だった。
膠着状態のドナエル河を挟んでの戦いは、新たな局面を迎えようとしていたーー
◇◇◇
夜の帳が下り、ドナエル河の川面に淡い霧が立ち込めていた。
王国軍の陣地では、破壊された塹壕の修復作業が静かに進められていた。
連日、帝国軍が大量の砲弾を叩き込み、粉砕したはずの陣地が――一晩で(少なくとも見た目には)元通りになる。その様子は、密かに帝国軍の士気をじわじわと削り、兵站担当士官らの精神を狂おしい程に蝕んでいた。
無論破壊されては直しまた破壊される徒労感は王国軍にしても同様であった、首脳部の焦燥感をよそに兵達に士気は高かった。
土の精霊の力を借りて泥を盛り、樹の精霊の加護でその骨組みを支える。
昼間の砲撃で深く抉られた陣地は、日が落ちるのを見計らって始められた作業によって、すっかり手慣れた兵達の手で、徐々にその姿を取り戻しつつあった。
「俺この戦争が終わったら職人になるわ」
「おう、ドナエル河帰りなら引く手数多になるぞ」
小声ではあるが作業の合間に兵達は軽口を叩いて互いを励まし合う。
ガレンは、小高い観測台からその様子を見下ろしていた。
「兵達は良くやってくれているが、術師達が限界だな」
雲間の切れ間から、久方ぶりに顔をのぞかせた満月の明かりが、疲労と泥にまみれながら黙と精霊を使役する術者達の蒼い顔を照らしていた。
人の魂は死後月に向かい月神セリウス=ルナの庇護の下で、今世の傷を癒し来世に備えるとされる。
しかし、星の海の外より来る化生から世界を守護する月神は、常に戦士の魂を欲している。
故に月は無慈悲に理不尽に、英雄の命を召し上げる。冥界の守護者であり、死神。
月は下界をのぞき込む月神の瞳、戦場を睥睨する満月は不吉の証であった。
「嫌な夜だ」
「そうか?」
漆黒の髪を後ろで結ったダークエルフの斥候隊長、シルヴィアが、霧の向こうから戻ってくる。
「良い満月だ。月の御方は勇敢なる戦士の魂を余さず掬い上げて下さるだろう」
黒い紗の眼帯越しに煌々と輝く琥珀色の瞳が月を仰ぎ見る。
天性の暗殺者として、その行為を「月神に捧げる神事」として神聖視するダークエルフらしい物言い。
ガレンが顔をしかめるのを見てシルヴィアは実に満足そうな笑みを浮かべる。月神に捧げるに足る戦士への歪んだ愛情……砕けて言えば屈強な男への嗜虐癖は彼女の度し難い悪癖であった。
「報告。対岸の帝国軍、川岸近くまで掘り進めていた塹壕から土嚢と防壁を搬出中。渡河用の橋頭堡建設の準備だな」
両軍が睨み合うこの地点の河幅は約200m、しかも中間あたりに渡守の川エルフ(水中に適応進化したエルフの支族)が拠点にしていた中洲がある。
そこまで船橋を作り中洲に陣地を構築。
帝国の太祖伝説にある「一夜城」の再現というわけだ。
「奴らの士気は爆発するぞ」
「雨が上がった途端だな」
ガレンは顎を撫でながら、霧の向こうに目を凝らす。
「ドワーフの工兵には、この月明かりは昼間と変わらん。朝には立派な橋と城が出来上がっているぞ」
その言葉に、ガレンは苦い顔で頷く。夜目の利くドワーフと人海戦術による圧倒的な作業力。
「精霊船を出してもらいましょう」
「参謀殿、なぜ前線に」
前線の様子を見に来ただけですよ。と返すエリシア・アルストリア。
共和国への留学経験もある才媛は周囲で働く兵達を労いながらやってくる。
能吏というタイプで数字、地図、情報を重視うる理詰の参謀ながら、小柄な体格とエルフの血を引いてる為年齢以上に幼く見える為、案外兵達の人気は高い。
本人は気合と筋肉で「なんとかしてしまう」タイプの王国軍とはあまり噛み合わないのだが。
演習でも筋肉と気合に策をねじ伏せられては、こんなのおかしいですよ!と悔し涙を浮かべているせいか、皆には愛されていた。
留学で同期だったアルベルトとかいう参謀が、まったく可愛げもなく、かつ筋肉と気合ではどうにもならない策で上層部をやり込めて、嫌われ、ついには左遷されたのとは対照的だ。
「招集して再編した屯田兵部隊が明日、それとリンデル市国とアルデン公国からの援軍がまもなくで到着します」
「おお」
共和国を宗主と仰ぐ同盟国家からの援軍が来てくれれば兵力差が大分埋まる。
連携や練度の問題はあるが、戦いは数である。
最悪渡河を許したとしても野戦で決戦が可能になる。
「今から招集すれば……ちょうどいい頃合いね」
私も同行するわ。嬉々とした表情でシルヴィアが申し出る。
「ああ、今宵は実に良い夜だ」
ガレンとエリシアは顔を見合わせ(味方でよかった)と内心で頷き合うのだった。
◇◇◇
ドナエル河の中洲。
ドワーフの工兵ガルドは、増水した河水と霧で全身ずぶ濡れになりながら舟橋の固定作業を終えた。
秋の夜気が濡れた体の芯まで冷やし込む。かじかむ指をこすりながらガルドは指示を飛ばした。
「よし全員渡れ」
中洲まで船橋をあっという間に完成させると、工兵隊と護衛兵が迅速に渡河してくる。
「作業に入る、頼んだぞ」
護衛兵にそう告げると、彼はハンマーを握り直した。橋頭堡の構築は時間との勝負。朝までに拠点を整えねば、長耳共の無慈悲な矢に晒される。
「火酒が飲みてぇな」
「我慢しろ、朝になったら浴びるほど飲んでから高いびきだ」
ドワーフ達の士気は高い、一巡続いた膠着を打破できるのが、しばしば”穴掘り”だの”大工”と嘲られる自分達なのだ。
まして太祖が父祖たるドワーフ達を率いて一夜で城を築いたという伝説の再来。
上層部も日に日に機嫌の悪くなる総大将の存在に焦ったのだろう。
あまりにもあっさり橋が架かったことに――誰も、疑問を抱こうとはしなかった。
◇◇◇
「なぁいくらなんでも霧が濃すぎないか?」
雨上がりで川霧が出る、おかしなことではないが、太陽が出て空気が温められている訳でもないのに、あまりに霧濃い。
護衛兵の疑問に誰か応える直前、霧の奥から微かな水音が響いてくる。
最初は流れのざわめきと思った。
「警戒しろ!」
ただの自然現象、あるいはその異常、それは精霊使いによる襲撃の合図。
分隊長の命令と同時に、川面が異様に盛り上がる。
水の壁のような奔流が、護衛兵たちを襲った。
悲鳴と混乱。咄嗟に銃を濡らさぬ用に体で守れた熟練兵は僅かだった。
ずぶ濡れになった帝国兵達の眼前に、霧を裂いて数隻の小舟が飛び込んでくる。
水の精霊を召喚し推進力に変える精霊舟。
ドナエル河の渡守をしていた海エルフ(水中行動に適応した支族、水エルフ、川エルフ)達が操るそれは水の流れを無視し縦横無尽に、全力疾走する馬を超える速度で護衛兵達に襲いかかる。
「敵襲ッ!」
護衛兵の叫びが上がるより早く、火矢が舟橋に降りかかる。
「不味い消火じゃ!」
防火対策はしているが橋が焼け落ちれば中洲で孤立する。
ガルドの懸念を肯定するように、舟から壺が投擲される、狙い誤らず橋に直撃し壺が割れると油が広がり炎が強くなる。
護衛兵達が銃を構えるが――濡れた銃が火を噴くことはない。
バラバラと弾が放たれるが、水飛沫を上げて動き回る船にはかすりもしない。
お返しとばかり矢と投槍が降ってくる。
「くそっ」「総員着剣!陣を組め、負傷兵を内側に入れろ、工兵隊を守るんだ!」
分隊長が声を張り上げ部下達を統制しようとする。
それを嘲笑うように、水の精霊達が水流を束ねあげ、濁流となり渡された舟橋を襲い押し流していく。
「あ、あぁ……」
恐怖が帝国兵達の心を押し潰す、退路を失い、頼みの綱の銃は使い物にならない。
舟のうちの一隻が意図的に突っ込んでくる、乗船していたエルフ達が河に飛び込むと同時に火の手がああがる。
「な、何をする気だ……」
燃え盛る船底には帝国軍の陣地から盗み出した火薬が積まれているなど知る良しもない。
無人のまま水上を走る火舟が、陣地構築用に運び込まれていた資材、火薬、砲弾の集積所にが突っ込んだ次の瞬間、轟音とともに爆炎が夜空を裂いた。
炎の柱が立ち上がり資材が吹き飛ぶ。
帝国兵達の悲鳴が衝撃波と火煙にかき消されていった。
◇◇◇
「抵抗してくれて良いのよ?」
爆発の衝撃に打ちのめされ、煤と泥水で薄汚れた帝国兵達の前に、槍や弓を構えたエルフ達を従え、シルヴィアが降り立つ。
「『月の瞳』だ!」
故郷を焼かれ帝国への復讐を誓うエルフ達の傭兵団、その中でも一際恐れられるダークエルフの女戦士。
月神の瞳が刺繍された黒の眼帯で両の目を覆う異相が、可愛らしく小首を傾げる仕草が死の宣告のように帝国兵達を震え上がらせる。
ガチガチと歯を震わせながら、必死に銃剣を構えるもの。
カチンカチンと無駄に引き金を引き続けるもの。
それを見渡してシルヴィアは笑みを浮かべる。
「今宵、月の御方は勇敢な戦士の魂を欲しておられるわ」
さぁ忠勇なる帝国の勇士達、今宵私と踊ってくれるのは、だぁれ?
満月と炎上する橋に照らされた狂気のダークエルフがそう再度問いかける。
「さぁ誰から?」
無邪気な声音と微笑みに宿る月の狂気。
眼帯越しに爛々と光る瞳に帝国兵達の心がへし折られる。
「降伏する」
もう戦えない。そう判断した分隊長が武装解除を命じる。何より熟練の工兵隊はこの軍団の宝だ、ここで失うわけにはいかない。
「残念だけど、とてもお利口さんで勇敢な判断ね、あなた月の勇士に相応しいわ」
最上の賛辞を送りながら心底残念そうにシルヴィアは降伏を受け入れた。
◇◇◇
中洲へ渡った工兵隊と護衛隊が丸ごと捕虜になる。
その報せに第三皇子レオンハルトが癇癪を爆発させたのは言うまでもない。
ドワーフの工兵ガルドは、増水した河水と霧で全身ずぶ濡れになりながら舟橋の固定作業を終えた。
秋の夜気が濡れた体の芯まで冷やし込む。かじかむ指をこすりながらガルドは指示を飛ばした。
「よし全員渡れ」
中洲まで船橋をあっという間に完成させると、工兵隊と護衛兵が迅速に渡河してくる。
「作業に入る、頼んだぞ」
護衛兵にそう告げると、彼はハンマーを握り直した。橋頭堡の構築は時間との勝負。朝までに拠点を整えねば、長耳共の無慈悲な矢に晒される。
「火酒が飲みてぇな」
「我慢しろ、朝になったら浴びるほど飲んでから高いびきだ」
ドワーフ達の士気は高い、一巡続いた膠着を打破できるのが、しばしば”穴掘り”だの”大工”と嘲られる自分達なのだ。
まして太祖が父祖たるドワーフ達を率いて一夜で城を築いたという伝説の再来。
上層部も日に日に機嫌の悪くなる総大将の存在に焦ったのだろう。
あまりにもあっさり橋が架かったことに――誰も、疑問を抱こうとはしなかった。
◇◇◇
「なぁいくらなんでも霧が濃すぎないか?」
雨上がりで川霧が出る、おかしなことではないが、太陽が出て空気が温められている訳でもないのに、あまりに霧濃い。
護衛兵の疑問に誰か応える直前、霧の奥から微かな水音が響いてくる。
最初は流れのざわめきと思った。
「警戒しろ!」
ただの自然現象、あるいはその異常、それは精霊使いによる襲撃の合図。
分隊長の命令と同時に、川面が異様に盛り上がる。
水の壁のような奔流が、護衛兵たちを襲った。
悲鳴と混乱。咄嗟に銃を濡らさぬ用に体で守れた熟練兵は僅かだった。
ずぶ濡れになった帝国兵達の眼前に、霧を裂いて数隻の小舟が飛び込んでくる。
水の精霊を召喚し推進力に変える精霊舟。
ドナエル河の渡守をしていた海エルフ(水中行動に適応した支族、水エルフ、川エルフ)達が操るそれは水の流れを無視し縦横無尽に、全力疾走する馬を超える速度で護衛兵達に襲いかかる。
「敵襲ッ!」
護衛兵の叫びが上がるより早く、火矢が舟橋に降りかかる。
「不味い消火じゃ!」
防火対策はしているが橋が焼け落ちれば中洲で孤立する。
ガルドの懸念を肯定するように、舟から壺が投擲される、狙い誤らず橋に直撃し壺が割れると油が広がり炎が強くなる。
護衛兵達が銃を構えるが――濡れた銃が火を噴くことはない。
バラバラと弾が放たれるが、水飛沫を上げて動き回る船にはかすりもしない。
お返しとばかり矢と投槍が降ってくる。
「くそっ」「総員着剣!陣を組め、負傷兵を内側に入れろ、工兵隊を守るんだ!」
分隊長が声を張り上げ部下達を統制しようとする。
それを嘲笑うように、水の精霊達が水流を束ねあげ、濁流となり渡された舟橋を襲い押し流していく。
「あ、あぁ……」
恐怖が帝国兵達の心を押し潰す、退路を失い、頼みの綱の銃は使い物にならない。
舟のうちの一隻が意図的に突っ込んでくる、乗船していたエルフ達が河に飛び込むと同時に火の手がああがる。
「な、何をする気だ……」
燃え盛る船底には帝国軍の陣地から盗み出した火薬が積まれているなど知る良しもない。
無人のまま水上を走る火舟が、陣地構築用に運び込まれていた資材、火薬、砲弾の集積所にが突っ込んだ次の瞬間、轟音とともに爆炎が夜空を裂いた。
炎の柱が立ち上がり資材が吹き飛ぶ。
帝国兵達の悲鳴が衝撃波と火煙にかき消されていった。
◇◇◇
「抵抗してくれて良いのよ?」
爆発の衝撃に打ちのめされ、煤と泥水で薄汚れた帝国兵達の前に、槍や弓を構えたエルフ達を従え、シルヴィアが降り立つ。
「『月の瞳』だ!」
故郷を焼かれ帝国への復讐を誓うエルフ達の傭兵団、その中でも一際恐れられるダークエルフの女戦士。
月神の瞳が刺繍された黒の眼帯で両の目を覆う異相が、可愛らしく小首を傾げる仕草が死の宣告のように帝国兵達を震え上がらせる。
ガチガチと歯を震わせながら、必死に銃剣を構えるもの。
カチンカチンと無駄に引き金を引き続けるもの。
それを見渡してシルヴィアは笑みを浮かべる。
「今宵、月の御方は勇敢な戦士の魂を欲しておられるわ」
さぁ忠勇なる帝国の勇士達、今宵私と踊ってくれるのは、だぁれ?
満月と炎上する橋に照らされた狂気のダークエルフがそう再度問いかける。
「さぁ誰から?」
無邪気な声音と微笑みに宿る月の狂気。
眼帯越しに爛々と光る瞳に帝国兵達の心がへし折られる。
「降伏する」
もう戦えない。そう判断した分隊長が武装解除を命じる。何より熟練の工兵隊はこの軍団の宝だ、ここで失うわけにはいかない。
「残念だけど、とてもお利口さんで勇敢な判断ね、あなた月の勇士に相応しいわ」
最上の賛辞を送りながら心底残念そうにシルヴィアは降伏を受け入れた。
◇◇◇
中洲へ渡った工兵隊と護衛隊が丸ごと捕虜になる。
その報せに第三皇子レオンハルトが癇癪を爆発させたのは言うまでもない。
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