ある日の森で
ー/ー 珍しい事に、リンが外にでていったきり戻ってこない。
昼過ぎに、森に行くと言い残して出かけていったのだが、まもなく陽が沈むというのに、帰ってくる気配がない。
ユウも流石に心配になって、家の周りから森の方まで探しているのだが、見当たらない。
まさかとは思うが魔物か、あるいは事情を知らない通りすがりの冒険者などに襲われている可能性だってある。
魔物はともかく、冒険者には一目でオーガだとはわかりにくいように、外に出るときはいつも、フードのついたローブを着せているから、真っ先に襲われるような事もないだろう。
決してユウの趣味で着せているわけではない。
どうしようかと空を仰いだ、そのとき――目が合った。
「……リン?」
上を向いたその先に、リンがいた。
木の上から、こちらを覗き込んでいる。なんだか様子がおかしい。
「どうしたの? リン?」
リンは手のひらを包むようにして、何かを持っていた。
困ったような、恥ずかしいような顔で、ちらちらと巣の方とユウの顔を見比べている。
視線の先には、枝の分かれ目に小さな鳥の巣――
リンが何をしているのか、何をしたいのか、なんとなくだけれどユウは察した。
「降りられる?」
リンはぶんぶんと首を横に振って応える。
「おりられないの?」
ぶんぶん
「おりてきて?」
ぶんぶん
困ったように口をへの字に曲げているリン。
木に登って降りられなくなったわけではなさそうだが、やはり、降りられない別の理由があるようだ。
「いまからそっちにいくからー」
今度は首を縦に振るリン。
ふぅっと息を吐いて、ユウはゆっくりと浮かび上がり、リンの傍の枝までくると、そこに腰掛ける。
そこそこ太い枝なので折れる心配もなさそうだった。
リンは何も言わずに、今まで包むようにして手に持っていたものをユウにみせてくれた。
「ああ、怪我してる……」
巣から落ちたのか、何かに襲われたのか、リンの手の中には傷ついた小鳥が収まってぷるぷると震えていた。
ただ出血はあまりなくて、骨が折れているといった様子もない。
「子供まもるために、戦ってた」
――雛を狙ってきた大きな鳥がいたこと。
――親鳥が必死に戦っていたこと。
――リンが追い払ったが、その拍子に親鳥が落ちてしまったこと。
――巣には雛がいて、どうしていいかわからなかったこと。
全部守りたくて、でもどうするべきかわからなくて。
リンはずっとここで動けずにいたらしい。
「とりあえず、手当しておくけど……でも……」
その言葉に、リンの目がぱっと輝く。
「ありがと!」
リンはさっきの困ったような顔から一変、ニッコリ笑って手のひらに収まった小鳥をユウにさしだした。
「……ま、いっかぁ」
ユウは何故か複雑な表情で、歓喜しているリンをみていたが、あきらめたようにして差し出された小鳥に手をかざした。
淡い光が小鳥に流れ込む。
しばらくすると、小鳥はぴくりと動き、ぱっと目を開けた。
羽ばたき、ユウとリンの上空を一度旋回すると、巣の縁にとまる。
「……よかったぁ」
リンは胸をなでおろし、巣を覗き込みながらにこにこと笑っていた。
*
翌日から、リンは、また森に行く、と朝早くから出かけていった。
そして夕方になると帰ってくる。
あくる日も、その次の日も。
ユウはそんなリンを黙って見送る。
もしかしなくてもあの小鳥の親子の所へ行っているのだろう。
どんな風にあの親子に接しているのか、それは想像するしかないことだが、ユウはリンの行動に何も言えずにいた。
リンは言ってみれば純粋無垢だ。
それがもし、理不尽な事に遭遇してしまったとき、どうなってしまうのか、その時自分はあの子を導けるのか、導いた先が間違っていないと言えるのか。
そして何より、自分が導いてもいいのか――
どうにもユウには自信がなかった。
自然の摂理とか大自然の仕組みとか、そういう言葉で諭して、わかったような気にさせて、リンの行動を妨げるのも何か違う気がして、結局何もいえなくなってしまう。
そうして、何も言えないまま時間だけが過ぎていってしまう。
*
そして、その日がやってきた。
その日いつものように朝から勢いよく森へと飛び出したリンは、しかし、昼にならないうちにユウのところへともどってきた。
ユウは何も言わずに、リンをそっと抱きしめた。
「いなくなった……」
その一言だけだった。
ユウはその一言に、リンをより強く抱きしめる。
泣くでもなく、ただただ無表情のまま、それでも強く抱きしめ返すようにユウにしがみつく。
その手は震えている。いつしか小さな体全身がふるふると震えて、やがてぽたりぽたりと、抱きしめたユウの胸元に雫が落ちてくる。
小さな嗚咽が漏れ始める。
その小さな声を隠すかのように、ユウはさらに強くリンを抱きしめた。
風も、空も、虫達も、そして小鳥達も、誰もがその声を隠してはくれなかった。
小さな嗚咽だけを残して、ただ、静寂だけがそこを支配していた――
昼過ぎに、森に行くと言い残して出かけていったのだが、まもなく陽が沈むというのに、帰ってくる気配がない。
ユウも流石に心配になって、家の周りから森の方まで探しているのだが、見当たらない。
まさかとは思うが魔物か、あるいは事情を知らない通りすがりの冒険者などに襲われている可能性だってある。
魔物はともかく、冒険者には一目でオーガだとはわかりにくいように、外に出るときはいつも、フードのついたローブを着せているから、真っ先に襲われるような事もないだろう。
決してユウの趣味で着せているわけではない。
どうしようかと空を仰いだ、そのとき――目が合った。
「……リン?」
上を向いたその先に、リンがいた。
木の上から、こちらを覗き込んでいる。なんだか様子がおかしい。
「どうしたの? リン?」
リンは手のひらを包むようにして、何かを持っていた。
困ったような、恥ずかしいような顔で、ちらちらと巣の方とユウの顔を見比べている。
視線の先には、枝の分かれ目に小さな鳥の巣――
リンが何をしているのか、何をしたいのか、なんとなくだけれどユウは察した。
「降りられる?」
リンはぶんぶんと首を横に振って応える。
「おりられないの?」
ぶんぶん
「おりてきて?」
ぶんぶん
困ったように口をへの字に曲げているリン。
木に登って降りられなくなったわけではなさそうだが、やはり、降りられない別の理由があるようだ。
「いまからそっちにいくからー」
今度は首を縦に振るリン。
ふぅっと息を吐いて、ユウはゆっくりと浮かび上がり、リンの傍の枝までくると、そこに腰掛ける。
そこそこ太い枝なので折れる心配もなさそうだった。
リンは何も言わずに、今まで包むようにして手に持っていたものをユウにみせてくれた。
「ああ、怪我してる……」
巣から落ちたのか、何かに襲われたのか、リンの手の中には傷ついた小鳥が収まってぷるぷると震えていた。
ただ出血はあまりなくて、骨が折れているといった様子もない。
「子供まもるために、戦ってた」
――雛を狙ってきた大きな鳥がいたこと。
――親鳥が必死に戦っていたこと。
――リンが追い払ったが、その拍子に親鳥が落ちてしまったこと。
――巣には雛がいて、どうしていいかわからなかったこと。
全部守りたくて、でもどうするべきかわからなくて。
リンはずっとここで動けずにいたらしい。
「とりあえず、手当しておくけど……でも……」
その言葉に、リンの目がぱっと輝く。
「ありがと!」
リンはさっきの困ったような顔から一変、ニッコリ笑って手のひらに収まった小鳥をユウにさしだした。
「……ま、いっかぁ」
ユウは何故か複雑な表情で、歓喜しているリンをみていたが、あきらめたようにして差し出された小鳥に手をかざした。
淡い光が小鳥に流れ込む。
しばらくすると、小鳥はぴくりと動き、ぱっと目を開けた。
羽ばたき、ユウとリンの上空を一度旋回すると、巣の縁にとまる。
「……よかったぁ」
リンは胸をなでおろし、巣を覗き込みながらにこにこと笑っていた。
*
翌日から、リンは、また森に行く、と朝早くから出かけていった。
そして夕方になると帰ってくる。
あくる日も、その次の日も。
ユウはそんなリンを黙って見送る。
もしかしなくてもあの小鳥の親子の所へ行っているのだろう。
どんな風にあの親子に接しているのか、それは想像するしかないことだが、ユウはリンの行動に何も言えずにいた。
リンは言ってみれば純粋無垢だ。
それがもし、理不尽な事に遭遇してしまったとき、どうなってしまうのか、その時自分はあの子を導けるのか、導いた先が間違っていないと言えるのか。
そして何より、自分が導いてもいいのか――
どうにもユウには自信がなかった。
自然の摂理とか大自然の仕組みとか、そういう言葉で諭して、わかったような気にさせて、リンの行動を妨げるのも何か違う気がして、結局何もいえなくなってしまう。
そうして、何も言えないまま時間だけが過ぎていってしまう。
*
そして、その日がやってきた。
その日いつものように朝から勢いよく森へと飛び出したリンは、しかし、昼にならないうちにユウのところへともどってきた。
ユウは何も言わずに、リンをそっと抱きしめた。
「いなくなった……」
その一言だけだった。
ユウはその一言に、リンをより強く抱きしめる。
泣くでもなく、ただただ無表情のまま、それでも強く抱きしめ返すようにユウにしがみつく。
その手は震えている。いつしか小さな体全身がふるふると震えて、やがてぽたりぽたりと、抱きしめたユウの胸元に雫が落ちてくる。
小さな嗚咽が漏れ始める。
その小さな声を隠すかのように、ユウはさらに強くリンを抱きしめた。
風も、空も、虫達も、そして小鳥達も、誰もがその声を隠してはくれなかった。
小さな嗚咽だけを残して、ただ、静寂だけがそこを支配していた――
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