第2話:絶界突破と約束の味

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 視界が白熱に塗り潰された。

 漆黒の次元崩壊砲と、リゼの放った黄金の奔流が、空の彼方で真っ向から衝突し、物理法則を書き換えるほどの衝撃波を撒き散らしている。

「リゼ、そのまま押し込め! 出力の周期を敵主砲の波動に同期させろ! 奴の魔力回路を逆流させて、内部からバイナリを崩壊させるんだ!」

 カイは甲板の端で、船体を揺らす暴風に耐えながら絶叫した。

 『論理眼(タクティカル・アイ)』が見つけ出した、1億分の1秒の隙間を縫う逆転の数式。視界に流れるログは、すでに敵艦の防壁に致命的な「バグ」が発生したことを告げていた。
『な、なんだぁ!? 押し返されてるだと!? バカな、こっちは「神を喰らう者」級の主砲だぞ!』

 通信回線から、空賊たち狼狽した叫びが漏れ出す。

『野郎共、出力を最大まで上げろ! あの目障りなメイドごと焼き尽くせぇ!』

 だが、リゼの放つ光は、そんな怒号を嘲笑うかのように輝きを増していく。

「了解。……不敬なゴミは、残さず消去(クリーンアップ)するのがメイドの嗜み。――最大出力の『おもてなし』を、お受け取りください! 『絶界突破(オーバーロード)・エンドオブメイド』!!」

 即興でつけたテキトーな必殺技を叫びながら、リゼの16枚の光翼が螺旋を描いて1点に収束する。
 放たれた黄金の槍が、闇を真っ二つに割り、戦艦『ゴッド・イーター』の艦首へと突き刺さった。

『ぎ、ぎゃあああ! 動力が逆流して――やめろ、来るなぁ! 助けてくれぇ!!』

 断末魔の叫びが響いた次の瞬間、巨大な鉄の塊だった魔導戦艦は、内部からの魔力暴走によって爆散。空賊たちは下品な罵声と共に、光の粒子となって雲海へと霧散していった。

 静寂が、高度8000メートルの空を包み込む。
 爆煙を切り裂き、リゼがゆっくりと甲板に舞い戻る。

 メイドドレスの裾は焼け焦げ、片方のリボンはどこかへ失われていたが、彼女は感情を排した無機質な顔で、静かに一礼(カーテシー)をした。

 だが、顔を上げた瞬間。
 彼女の瞳から、冷徹な光が霧散した。

「……ご、ご主人さまぁ~っ!!」

 リゼはなりふり構わず駆け出すと、カイの胸に飛び込んだ。

「ううっ、怖かったですぅ……! あんな大きなのが撃ってきたら、私の防壁じゃ消し飛んじゃいますよぉ! 回路が焼き切れるかと……!」

 さっきまでの戦女神はどこへやら。彼女はカイの戦術外套にしがみつき、涙目で訴えかけてくる。

「……お前なぁ。あれだけの啖呵を切っておいて、それはないだろ」

 カイは呆れたように溜息をつきながらも、彼女の焼け焦げた髪を優しく撫でた。

「ま、よくやった。完璧な仕事だったぞ」
「えへへ……ご主人様に褒められたので、エネルギー残量が一気に回復しました♪」

 リゼは現金なもので、途端に破顔した。



◇◆◇◆◇

 セレスティア号の調理室。
 事件の解決後、船内は安堵と、そして「救世主」たちへの隠しきれない畏怖に包まれていた。

「あ、あの……英雄様。お礼に、船の最高級レストランを貸し切りにいたしますが……」

 震える声で申し出る船長を、カイは苦笑いで制した。

「いいですよ、船長。こいつと『約束』があるんでね。……それより、厨房を借りる許可を」
「も、もちろんです! 命の恩人の頼みだ、好きに使ってください!」

 調理室に入り、ハッチを閉める。

 そこには、つい先ほどまで戦女神のごとき威圧感を放っていたリゼが、エプロンを締め直して神妙な顔で立っていた。

「さて。……リゼ、まずは修行だ。卵を割ってみろ。出力は0.0001パーセント。いいか、絶対に『撃ち抜く』んじゃないぞ」
「はい! 今の私は、一瞬前の私より成長しております! ……せいっ!」

 ――バキシャッ!!

 リゼが「優しく」叩いた卵は、ボウルを突き抜け、調理台の天板にまでめり込んだ。

「……リゼ。お前、今のは完全に『装甲貫通パンチ』の挙動だったぞ」
「……申し訳ありません、ご主人様. どうやら私の指先は、卵の殻を硬度10のオリハルコンだと認識してしまったようで……」

 最強の兵器が、捨てられた子犬のようにカチューシャを垂らして落ち込む。

「はぁ……いい、もういい。リゼ、そこにある『火竜(サラマンダー)の魔力濃縮バター』をフライパンに入れておけ。……溶かすだけだ。いいか、加熱魔法で気化させるなよ」
「了解いたしました、ご主人様。……口笛を吹いて誤魔化したい気分ですが、今は我慢します」
「吹けないんだろ、お前」

 カイは包丁を握り、驚異的な精度で具材を刻んでいく。
 フライパンの上で黄金色のバターが溶け出し、魔力特有の甘く香ばしい香りが厨房を満たした。

「わあ……戦場の硝煙とは違う、平和な香りがします。メインシステムが『幸福感』を検知いたしました」

 炒めたケチャップライスに、旅先で手に入れた『火竜の吐息』という名のピリ辛スパイスを一振り。
 カイはリゼから隠すように手早く卵を3つ割り、生クリームを垂らして軽快に混ぜた。

 熱したフライパンに卵液を流し込む。

 ジュワリ、という心地よい音。
 カイの『論理眼』が卵の凝固点を完璧に予測し、最適なタイミングでライスの上に滑らせた。

 ナイフの先で、中央をスッと裂く。

 ぱかっ。

 黄金色の、溶岩のように瑞々しい卵のクリームが、赤いライスを覆い尽くしていく。
 仕上げに、半日かけて煮込んだ特製デミグラスソースを回しがけ、乾燥ハーブをひと振り。

「お待たせ。カイ特製、『星穿つオムライス』だ」

 リゼは、まるで伝説の聖遺物を拝むような真剣な目で、その皿を見つめた。
 スプーンを一口、震える手で口に運ぶ。

「……っ。……美味しい、です。戦っていた時の回路の熱が、全部、お腹の中から温かく書き換えられていくみたいです」

 リゼの碧い瞳から、一筋の涙がこぼれ、オムライスの上に落ちた。
 それは故障でも、機能の排出でもない。
 カイが教えた「日常の味」が、彼女の冷たい演算回路に熱を与えた証だった。

「……良かった。次は、お前も一緒に作れるようになろうな。まずは調理台を割らない練習からだ」
「はい! 精進いたします、ご主人様! 100年以内にはマスターしてみせます!」
「おい、お前、マスターする気ないだろ……」
「ピーピーピー♪」

 窓の外には、戦火の消えた穏やかな夜の雲海が広がっている。
 不器用なメイドの笑顔を守るためなら、どんな艦隊が相手でも、俺は勝利の数式を導き出してみせる。

 ――二人の笑い声が、静かな夜の空路に、いつまでも響いていた。

(プロローグ完、第3話に続く)





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 視界が白熱に塗り潰された。
 漆黒の次元崩壊砲と、リゼの放った黄金の奔流が、空の彼方で真っ向から衝突し、物理法則を書き換えるほどの衝撃波を撒き散らしている。
「リゼ、そのまま押し込め! 出力の周期を敵主砲の波動に同期させろ! 奴の魔力回路を逆流させて、内部からバイナリを崩壊させるんだ!」
 カイは甲板の端で、船体を揺らす暴風に耐えながら絶叫した。
 『論理眼(タクティカル・アイ)』が見つけ出した、1億分の1秒の隙間を縫う逆転の数式。視界に流れるログは、すでに敵艦の防壁に致命的な「バグ」が発生したことを告げていた。
『な、なんだぁ!? 押し返されてるだと!? バカな、こっちは「神を喰らう者」級の主砲だぞ!』
 通信回線から、空賊たち狼狽した叫びが漏れ出す。
『野郎共、出力を最大まで上げろ! あの目障りなメイドごと焼き尽くせぇ!』
 だが、リゼの放つ光は、そんな怒号を嘲笑うかのように輝きを増していく。
「了解。……不敬なゴミは、残さず消去(クリーンアップ)するのがメイドの嗜み。――最大出力の『おもてなし』を、お受け取りください! 『絶界突破(オーバーロード)・エンドオブメイド』!!」
 即興でつけたテキトーな必殺技を叫びながら、リゼの16枚の光翼が螺旋を描いて1点に収束する。
 放たれた黄金の槍が、闇を真っ二つに割り、戦艦『ゴッド・イーター』の艦首へと突き刺さった。
『ぎ、ぎゃあああ! 動力が逆流して――やめろ、来るなぁ! 助けてくれぇ!!』
 断末魔の叫びが響いた次の瞬間、巨大な鉄の塊だった魔導戦艦は、内部からの魔力暴走によって爆散。空賊たちは下品な罵声と共に、光の粒子となって雲海へと霧散していった。
 静寂が、高度8000メートルの空を包み込む。
 爆煙を切り裂き、リゼがゆっくりと甲板に舞い戻る。
 メイドドレスの裾は焼け焦げ、片方のリボンはどこかへ失われていたが、彼女は感情を排した無機質な顔で、静かに一礼(カーテシー)をした。
 だが、顔を上げた瞬間。
 彼女の瞳から、冷徹な光が霧散した。
「……ご、ご主人さまぁ~っ!!」
 リゼはなりふり構わず駆け出すと、カイの胸に飛び込んだ。
「ううっ、怖かったですぅ……! あんな大きなのが撃ってきたら、私の防壁じゃ消し飛んじゃいますよぉ! 回路が焼き切れるかと……!」
 さっきまでの戦女神はどこへやら。彼女はカイの戦術外套にしがみつき、涙目で訴えかけてくる。
「……お前なぁ。あれだけの啖呵を切っておいて、それはないだろ」
 カイは呆れたように溜息をつきながらも、彼女の焼け焦げた髪を優しく撫でた。
「ま、よくやった。完璧な仕事だったぞ」
「えへへ……ご主人様に褒められたので、エネルギー残量が一気に回復しました♪」
 リゼは現金なもので、途端に破顔した。
◇◆◇◆◇
 セレスティア号の調理室。
 事件の解決後、船内は安堵と、そして「救世主」たちへの隠しきれない畏怖に包まれていた。
「あ、あの……英雄様。お礼に、船の最高級レストランを貸し切りにいたしますが……」
 震える声で申し出る船長を、カイは苦笑いで制した。
「いいですよ、船長。こいつと『約束』があるんでね。……それより、厨房を借りる許可を」
「も、もちろんです! 命の恩人の頼みだ、好きに使ってください!」
 調理室に入り、ハッチを閉める。
 そこには、つい先ほどまで戦女神のごとき威圧感を放っていたリゼが、エプロンを締め直して神妙な顔で立っていた。
「さて。……リゼ、まずは修行だ。卵を割ってみろ。出力は0.0001パーセント。いいか、絶対に『撃ち抜く』んじゃないぞ」
「はい! 今の私は、一瞬前の私より成長しております! ……せいっ!」
 ――バキシャッ!!
 リゼが「優しく」叩いた卵は、ボウルを突き抜け、調理台の天板にまでめり込んだ。
「……リゼ。お前、今のは完全に『装甲貫通パンチ』の挙動だったぞ」
「……申し訳ありません、ご主人様. どうやら私の指先は、卵の殻を硬度10のオリハルコンだと認識してしまったようで……」
 最強の兵器が、捨てられた子犬のようにカチューシャを垂らして落ち込む。
「はぁ……いい、もういい。リゼ、そこにある『火竜(サラマンダー)の魔力濃縮バター』をフライパンに入れておけ。……溶かすだけだ。いいか、加熱魔法で気化させるなよ」
「了解いたしました、ご主人様。……口笛を吹いて誤魔化したい気分ですが、今は我慢します」
「吹けないんだろ、お前」
 カイは包丁を握り、驚異的な精度で具材を刻んでいく。
 フライパンの上で黄金色のバターが溶け出し、魔力特有の甘く香ばしい香りが厨房を満たした。
「わあ……戦場の硝煙とは違う、平和な香りがします。メインシステムが『幸福感』を検知いたしました」
 炒めたケチャップライスに、旅先で手に入れた『火竜の吐息』という名のピリ辛スパイスを一振り。
 カイはリゼから隠すように手早く卵を3つ割り、生クリームを垂らして軽快に混ぜた。
 熱したフライパンに卵液を流し込む。
 ジュワリ、という心地よい音。
 カイの『論理眼』が卵の凝固点を完璧に予測し、最適なタイミングでライスの上に滑らせた。
 ナイフの先で、中央をスッと裂く。
 ぱかっ。
 黄金色の、溶岩のように瑞々しい卵のクリームが、赤いライスを覆い尽くしていく。
 仕上げに、半日かけて煮込んだ特製デミグラスソースを回しがけ、乾燥ハーブをひと振り。
「お待たせ。カイ特製、『星穿つオムライス』だ」
 リゼは、まるで伝説の聖遺物を拝むような真剣な目で、その皿を見つめた。
 スプーンを一口、震える手で口に運ぶ。
「……っ。……美味しい、です。戦っていた時の回路の熱が、全部、お腹の中から温かく書き換えられていくみたいです」
 リゼの碧い瞳から、一筋の涙がこぼれ、オムライスの上に落ちた。
 それは故障でも、機能の排出でもない。
 カイが教えた「日常の味」が、彼女の冷たい演算回路に熱を与えた証だった。
「……良かった。次は、お前も一緒に作れるようになろうな。まずは調理台を割らない練習からだ」
「はい! 精進いたします、ご主人様! 100年以内にはマスターしてみせます!」
「おい、お前、マスターする気ないだろ……」
「ピーピーピー♪」
 窓の外には、戦火の消えた穏やかな夜の雲海が広がっている。
 不器用なメイドの笑顔を守るためなら、どんな艦隊が相手でも、俺は勝利の数式を導き出してみせる。
 ――二人の笑い声が、静かな夜の空路に、いつまでも響いていた。
(プロローグ完、第3話に続く)