第77話 「ウロボロス」の五人
ー/ー ヘルムヴィーゲが死んだ。
彼女の首を取ったカインは、その勝利を当たり前のことのような態度でその首を投げ捨てる。
首が水しぶきを立てて「ヴァルハラ」の浅瀬に沈む。
「ジャンヌ、お前がいたから勝てた。礼を言う」
「いいえ。あなたの実力であればヴァルキリーを討つくらい造作もないことでしょう」
「どうかな」
謙遜するカイン。実際のところカインが全力で立ち向かえばヘルムヴィーゲを倒すことは可能だっただろう。
それをより確実にしたのがジャンヌ・ダルクの権能だったという話だ。
パチ、パチ、パチと拍手の音が聞こえる。
つぐみが観測した「ウロボロス」第五の死神である。
「やあやあ。素晴らしい戦果じゃないか、お二方」
「オルフェウス……貴方は今まで何をしていたのですか。我ら『ウロボロス』総員で死神を迎え撃つという話だったでしょう」
それまで戦闘に介入してこなかったオルフェウスを咎めるようにジャンヌが問いかける。それに対し彼は笑顔のまま答えた。
「ちょっと現世の見物をできるところまでね。それに俺に出された指示はそんなのじゃないよ『そこにいればいい』ってさ」
オルフェウスと呼ばれた男は飄々とした態度を崩さない。それはかつて「序列第十位」だった死神。
「主席殿はどうするつもりなのかな? このまま全滅させるか、厄介な増援が来る前に一旦退くか。……おや、あれはレックスじゃないか。懐かしいなあ。昔“厄災”が来たときに『真面目にやれ』って殴られた話はしたっけ?」
「何度も聞きました。そして我々の目的はアマガセ・カズヤ。ヴァルキリーはそのついでです。私では近づけませんのでオルフェウス、あなたに一任します」
ベオウルフから一矢を守るように戦うレックスは防戦一方だ。
そして一矢には状況が読めない。「三人の死神を自由にしておくのは危険すぎるという」という判断と「三対一で戦うのは無謀だ」という二つの判断。それぞれがぶつかり合う。
「どうして? 君の権能を使って殺してしまえばいいじゃないか」
「その権能を彼に利用される可能性があるから遠距離攻撃が可能なあなたに頼んでいるのです。少しは頭をお使いなさい」
オルフェウスは仕方ないとでも言いたげな表情で、それまで何もなかった空間から竪琴を顕現させる。
「じゃあ弾くよ。『アマガセ・カズヤ。自害しろ』」
オルフェウスが竪琴をかき鳴らすと一矢はナイフを抜き、首元に当てる。
「お前……! 何した!」
「さあね」
一矢は自身の首に突き立てられようとするナイフの感触に驚き、オルフェウスに向けて叫ぶが相手にされない。
これはオルフェウスの権能。
生前に彼は死んだ妻を取り戻すために、冥府へ入り竪琴の腕前で冥王にそれを認めさせた。それに由来する「命令」に関する権能だった。
だが、近くにいるレックスの権能を借り受けている一矢にはナイフ程度では歯が立たず、そのまま折れてしまう。
「あらら。どうします? 副主席殿」
それを見て副主席と呼ばれたジャンヌが思案する。
「カイン。頼めますか」
「レックスの方だな。任された」
圧倒的劣勢とはいえベオウルフの猛攻をなんとか凌いでいるレックスは今後の作戦の障害にもなりかねない。カインの権能で傷さえ付けてしまえばレックスは唯一持っている「身体強化」の権能すら失う。
一矢はその後でまたオルフェウスに殺させればいい。それがジャンヌの判断だった。
「ヴァルキリー・シュヴェルトライテの名において命じます。帰還なさい!」
だが戦闘空間全体にシュヴェルトライテの声が響き渡り、カインの対応より速くヴァルキリーの権能で強制的に一矢たちは謁見の間に戻される。つぐみはすぐさま空高く飛翔しその場から逃れた。
「悠長に戦いすぎました。しかしベオウルフ。やや遊びが入っていましたね」
「すまない。『ヴァルハラ』の魔物にあれだけ肉弾戦をやれるやつはいなかったから、つい」
そこへティルヴィングと戦っていた坂上田村麻呂が合流する。
「我と戦っていた小僧が消えた。ヴァルキリーの仕業であるか」
「そういうことさ。死神を再編成してまた攻めてくるだろうね。その間にまた行動範囲を広げておかないと。あ、ちなみに俺はみんなが戦っている間に少しその作業をしておいたからね。褒めてくれてもいいよ」
オルフェウスは自身が戦闘に参加していなかったことを仲間たちに平然と言ってのける。
「オルフェウス、貴方という人は……!」
「まあまあジャンヌ。僕たちからすれば彼には協力してもらっているようなものなんだ。少しくらい大目に見てやってくれ」
「そうそう! 結界の破壊を手伝うのが俺の仕事で戦闘は二の次! 俺に戦闘力を求めることがそもそも間違ってるんだからさ!」
「結界の破壊。それが彼らの第一の目的です」
謁見の間に集められた死神たちにシュヴェルトライテが告げた。
死神たちの士気の低下を恐れているのかヘルムヴィーゲの死に触れることもない。彼女は相当に焦っているように見えた。
だがヘルムヴィーゲとともに出陣した死神が帰って来ていない時点で彼らは大方察している。
ヴァルキリーたちがジャンヌ・ダルクの生存を警戒して最小限の軍しか動かさなかったのが幸いして損害そのものは少なかった。
「より具体的に言えば、山手線の駅を『ヴァルハラ』の拠点にすることです。これを何としても食い止めなければなりません」
ティルヴィングは仕えていた主であるヘルムヴィーゲを亡くし意気消沈している。代わりにパーシバルが声を上げる。
「閣下、山手線が狙いとはどういうことなのでしょうか。それに結界とは」
「山手線は東京を囲む巨大な結界です。東京の霊的バランスが乱れた現在、それが破壊されれば東京は完全な魔界と化します。つまりは妖魔などでは済まない本物の悪魔が跋扈するような、地獄に」
そう告げるシュヴェルトライテの声は僅かに震えているように聞こえた。
世界の「運行管理」に携わっていた彼女だからこそ、この事態が非常に危機的な状況であることをこの中で最も理解しているのもある。
また喧嘩別れをした妹が戦死したことに、彼女は自身の想像以上に動揺している。
先ほどの戦闘でヴァルキリー軍は四騎のうち特に戦闘に長けた一騎を欠いた。
対する「ウロボロス」にはかつての序列一位、二位、五位、六位、十位がいる。
ジャンヌ・ダルクがいる以上ヴァルキリーに勝ち目はない。
だからこそ次に仕掛けてくるのは「ウロボロス」側だった。
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