第76話 ヘルムヴィーゲ
ー/ー ジャンヌ・ダルクという平凡な村娘は十三の頃「大天使の声」を聞いた。
そして十七の頃になるとフランス軍の敗退を予言してみせ、崩壊寸前のフランスは彼女を頼りジャンヌは王との謁見を果たした。
前線への出撃が認められるようになると彼女は兵士を鼓舞しフランス軍はイギリス軍に連戦連勝、奇跡的な快進撃を続けた。
しかし、実のところそのフランス軍の勝利は全て彼女の「自軍を勝利させる」権能によるものだった。
つまりジャンヌは通常の人間には成し得ない「予言」を成功させた時点で既に死神に転生していたのである。
異端審問で処刑されたのも「彼女の権能」からしてみれば敗北ではなかった。
ジャンヌにとってはそれは地獄に堕とされたような出来事であったが、死神としての身体は火あぶり程度では死なない。
全てを失ったが「生き残った」という事実を持って「勝利した」と見なされた。
言い換えると彼女の権能は「どんな犠牲を払っても、勝利と呼べる結果をもたらす」能力であるとも言える。
そうして「序列第二位」の死神となった彼女は現代において「ウロボロス」の一員として、彼らの戦いを勝利に導こうとしている。
戦場の様子を見極めていたヘルムヴィーゲが動き、ジャンヌの眼前に立ち向かう。
「わたしがこの女を食い止める! アマガセはこいつの権能を相殺しろ! ティルヴィングはその間にサカノウエを殺れ!」
「ご無沙汰しております。ヘルムヴィーゲ閣下。しかし貴女のおっしゃるようにそう上手く事が運ぶでしょうか?」
坂上田村麻呂は第二権能の「素早丸」でティルヴィングを圧倒し、既に彼をジャンヌの権能領域に押し込めている。
これではティルヴィングがどれだけ足掻こうと、坂上がどれだけ傷付こうと彼女の権能で勝敗が決まる。
一方でまだジャンヌの権能領域外で戦う一矢、レックスの二人とベオウルフ。
ヘルムヴィーゲの言葉を聞いてベオウルフは意味深な笑顔を浮かべた。
「いいのかい? アマガセの権能の効果範囲は大方理解できた。彼がジャンヌの方へ向かえば、途中僕に対抗できる権能を持たない状態になる。そうしたらすぐにでも殺しに行くよ。知ってるだろうが僕の権能は彼には扱えない」
ヘルムヴィーゲはジャンヌと剣を打ち合わせながら思案する。
ベオウルフの言っていることが嘘ではないかということ。
だが彼は既に一矢とレックスのコンビと対等以上に戦っている。レックスが一方的にやられていた様を見るに、その言葉が真実であれば一矢を離れさせれば両者を失うことになりかねない。
(どうする……? このまま戦い続ければ少なくともわたしとティルヴィングは確実に負ける。そうすればベオウルフの勝利が確定するのも時間の問題……ならば、賭けだ!)
「アマガセ! そのまま戦うのは無しだ! こっちに突っ込め!」
そこまで指示したところで背後から何かがぶつかるような衝撃。
それを確認しようにもジャンヌ・ダルクと斬り合っている最中だ。振り返ることはできない。
だが背から胸までを貫く激痛で自身に何があったか察する。背中から何かが引き抜かれた感触と、血と霊力が吹き出る感覚。手に入る力が抜け、ジャンヌに剣を弾かれる。
「何者だ……!」
彼女は「鉄兜」の権能を解いていたわけではなかった。それを貫く強力無比な一撃。だが心臓は外れている。背後から刺した人物は素人だとヘルムヴィーゲは判断する。
「全く嫌になるな。ここぞという場面で外すとは」
「貴様は……カイン……!」
ヘルムヴィーゲを刺したのは人類最初の殺人者、カイン。
彼は元々戦士ではない。だが「鉄兜」で硬化したヘルムヴィーゲを貫通する一撃を繰り出せたのは、彼が神に限りなく近い人間であることによるものだ。
カインはとある神が自身を模して作った人間、アダムとイブの息子である。
故にカインは神に最も近い両親に次ぐ性能を誇る。彼は限界まで鍛えぬいた人間以上の性能を容易に超越した身体能力を身に宿している。
そしてその身体能力は死神に転生し、霊力による強化を覚えることでさらに向上している。
武器を失ったヘルムヴィーゲの胸をジャンヌが切り裂く。「鉄兜」の権能は最早機能していない。それはカインの権能によるものだ。
カインの権能は「傷付けた相手の権能を阻害する」能力。彼が最初の殺人者であることと、その殺された弟が神の寵愛を受けていたことに由来する。
本来「神の権能を含む、全ての権能を無条件に妨害する能力」になってもおかしくなかったが、死神に堕とされる際に制限がかけられたのだ。
つまり彼は生まれ持った怪力で「鉄兜」の権能を破り、それによる傷でヘルムヴィーゲの権能を封じているのである。かつての「序列第六位」の死神による必勝の戦法だった。
「クソがあっ!」
膝から崩れ落ちるヘルムヴィーゲ。
「わかってんのか!? 現世を統治するヴァルキリーが死んだら世界はもっと荒れる! 『ヴァルキリーは運行管理に専念しろ』と言ったのは何だ!? 結局テメエらが世界を支配したいだけだろうが!」
「違いますよ。閣下は必要な犠牲です。蛇は死と再生の象徴、そして『ウロボロス』は自身の尾を噛む蛇。我々は痛みを超えて世界を再生するのです」
「アマガセは! 何してる!」
一矢はヘルムヴィーゲの指示で彼女たちに接近しつつあったが、椿の狙撃により足を撃たれ倒れていた。
新たな死神の参戦が上空のつぐみから報告されたからだ。
今更一矢が介入してもヘルムヴィーゲに勝ち目はないと判断しての行動だった。
そしてその一矢をレックスが霊力を惜しむことなく身体強化に回し、ベオウルフから守っている。
「終わりです。ヴァルキリー」
「いや、汚れ仕事は俺の役目だ。何せ死神ができたのは俺のせいだからな」
最初の殺人者であり、最初の死神であるカインがヘルムヴィーゲの兜を掴み、首に剣を当てる。
「何か言い残すことはあるか」
「……くそったれ」
力任せにカインがヘルムヴィーゲの首を刎ねる。
ジークルーネに続く二騎目のヴァルキリーの討ち死にだった。
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