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第24回

ー/ー



「やつが再び現れるのは確かか?」

 翠珂の、身を切るような激しい吐露に己の迷いを払った補佐役が、今一度確認を求めて問う。その低い声には、言い直しはきかないという、翠珂の決意への確認も含まれていた。

r……確かです。レンに、会いたがっているようでした。その意図するところが何であるかは不明ですが……。
 とりあえず今夜は昼間の警備長の手を借りて、警備を強化しています。今日明日ということはないでしょうけれど、近日中に姿を現すに違いありません」

 口にするたび、よみがえるあのときの感情が、憎しみを駆り立てる。
 これほど殺意を抱いた相手はかつていなかった。無残に殺された彩煉のように、彼以上に残酷に、殺してやりたい……!

 純粋な憎悪は禍々しい決意を呼ぶ。

 身じろぎひとつしなくなった翠珂の、面には出ない心中を読んでか。それとも事の厄介さを敬遠してか。白瑛は深々と重いため息を吐くと書類を肩に席を立ちがてら指示を口にした。

「ではこれより2カ月の間、剣師たちを交えて外部の警邏の数を3倍に増やす。
 明日にもサキスの狩猟組合に宛てて砂漠での狩りをしばらく控えてもらうよう通達を出そう。保証額の話し合いには俺が行く。商業組合のほうは碧凌、おまえが行ってくれ」

 その言葉に碧凌がうなずく。

「近日出立予定のある隊には停留超過による損害賠償金を肩代わりするか、あるいは宮に所属している退魔師か魔断を護衛につけることで手を打ってもらおうと思うが、それでいいか」

「そうしてくれ。
 教え長たちには明朝宮母さまより説明してもらおう。護衛者と新たな警備長の選抜・各自の勤務時間帯の調整は俺と碧凌、蒼駕で行うから、おまえたちは今夜中に候補となる魔断のリストを作るように」

 伝え終えたあと、壁まで退いていた蒼駕に補足を求める視線を送る。
 彼は、物憂げな表情のまま向き直ると、よく通る静かな声で告げた。

「あらためて断る必要はないと思うけれど、皆自分の立場を常に意識して、訓練生や候補生たちに不安を与えないよう、慎重に行動するように。
 宮が動く以上、魅魎のかかわりをだれにも気付かれないようにすることは不可能にしても、彼らを不安にさせるかどうかはぼくたちの行動如何(いかん)にかかっているからね」
「あの……レンは……。
 彼女は、どうしますか?」

 隣室の扉に手がけた2人の補佐長の背に向けて発せられたその質問に、翠珂は冷水を浴びせかけられた気がした。
 どうすることもできずにいた、身をこがすほどの熱が一気に引いて、手のひらが汗ばむ。

 空気の変化から翠珂の変調に気付き、そちらを見てためらいを見せたものの、間をあけず、彼は質問をより詳しくしようと自分の考えを補足した。

「これは、彼女にも関係していることです。彼女は2カ月前の事件の当事者で、魅魎の発言から見ても、今回の事件が2カ月前の事件に関連していることは疑いの余地はありません。
 それに……その魅魎がどうして、あの……彼の姿をしているのかとか、目的も、彼女になら分かるかもしれません。あるいは、想像がつくかも。
 それを知ることができればわれわれの対処方法を、より完全にすることも可能です。はたして知らせずにいてよいものでしょうか?」

 彼の言い分はもっともで、合理という的を上手に射てはいたのだが。

「候補生にも、と言っただろう」

 いちいち言わなくては分からないのか、とでも言いたげな、いらつきにまみれたその言葉は、白瑛が言わなければ翠珂が言うところだった。

 補佐長たちが隣室へ退いた直後、先の言葉の意味を深読み、あるいは独自の見解を補佐役たちが口にし始め、一気に室内が騒がしくなる。
 補佐長の決定は絶対だ。(くつがえ)せるのは宮母のみ。
 反対意見を持ちながら意見する気もないくせに、やたらと騒いではレンを持ち出す彼らに、翠珂は目を細めてこぶしの震えを押し殺した。

 結局、ここにいるだれも、本当には分かっていないのだ。

 胸が詰まる思いで苦い怒りを飲みくだす。
 だれも分かっていない。あの出来事に彼女の心がどれほど傷つき、ボロボロになったか。
 だれの目にも明らかな体の傷はほぼ癒えたし、内部を侵す負の気も、あと少しで消えるだろう。けれど、二度と閉じることのない傷を、彼女は心に負ってしまっているのだ。

 目を覚ましたとはいえ、彩煉の死の衝撃に、最初の1カ月はまともな返事を返せなかった。肺が浄化され、喉が回復してきてからも、ろくに口をきいてくれなくて……無感動な目をして虚ろに宙を見つめるだけで――これは今もときどき見せて、翠珂は不安にかられる。
 もしやとの不安から、思わず発した呼びかけに、彼女もちゃんと答えてくれてはいるけれど……いつも、心の置きどころのなさを感じているのが感じ取れていた。

 ようやく最近になって笑みらしきものを見せてくれるようになった彼女を傷つける存在など、決してあってはならないのだ。

 もし彩煉の姿をした魅魎が出没したことを知れば、またあの状態に戻ってしまうかもしれない。それどころか今度こそ絶望の闇に飲まれて、二度と現実へ戻ってきてくれなくなるかも……。

 これだけは絶対に知られてはいけないと、胸中で固く決意する。

 翠珂は、それによってたとえ自分の命が失われるような事態が来ようとも、そのことを自分が悔いたりはしないことをとうに悟っていた。ためらいもなく。それほどに、レンの存在は彼を占めている。

 彼は、もう二度とあんなレンの姿だけは、見たくなかったのだった……。


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「やつが再び現れるのは確かか?」
 翠珂の、身を切るような激しい吐露に己の迷いを払った補佐役が、今一度確認を求めて問う。その低い声には、言い直しはきかないという、翠珂の決意への確認も含まれていた。
r……確かです。レンに、会いたがっているようでした。その意図するところが何であるかは不明ですが……。
 とりあえず今夜は昼間の警備長の手を借りて、警備を強化しています。今日明日ということはないでしょうけれど、近日中に姿を現すに違いありません」
 口にするたび、よみがえるあのときの感情が、憎しみを駆り立てる。
 これほど殺意を抱いた相手はかつていなかった。無残に殺された彩煉のように、彼以上に残酷に、殺してやりたい……!
 純粋な憎悪は禍々しい決意を呼ぶ。
 身じろぎひとつしなくなった翠珂の、面には出ない心中を読んでか。それとも事の厄介さを敬遠してか。白瑛は深々と重いため息を吐くと書類を肩に席を立ちがてら指示を口にした。
「ではこれより2カ月の間、剣師たちを交えて外部の警邏の数を3倍に増やす。
 明日にもサキスの狩猟組合に宛てて砂漠での狩りをしばらく控えてもらうよう通達を出そう。保証額の話し合いには俺が行く。商業組合のほうは碧凌、おまえが行ってくれ」
 その言葉に碧凌がうなずく。
「近日出立予定のある隊には停留超過による損害賠償金を肩代わりするか、あるいは宮に所属している退魔師か魔断を護衛につけることで手を打ってもらおうと思うが、それでいいか」
「そうしてくれ。
 教え長たちには明朝宮母さまより説明してもらおう。護衛者と新たな警備長の選抜・各自の勤務時間帯の調整は俺と碧凌、蒼駕で行うから、おまえたちは今夜中に候補となる魔断のリストを作るように」
 伝え終えたあと、壁まで退いていた蒼駕に補足を求める視線を送る。
 彼は、物憂げな表情のまま向き直ると、よく通る静かな声で告げた。
「あらためて断る必要はないと思うけれど、皆自分の立場を常に意識して、訓練生や候補生たちに不安を与えないよう、慎重に行動するように。
 宮が動く以上、魅魎のかかわりをだれにも気付かれないようにすることは不可能にしても、彼らを不安にさせるかどうかはぼくたちの行動|如何《いかん》にかかっているからね」
「あの……レンは……。
 彼女は、どうしますか?」
 隣室の扉に手がけた2人の補佐長の背に向けて発せられたその質問に、翠珂は冷水を浴びせかけられた気がした。
 どうすることもできずにいた、身をこがすほどの熱が一気に引いて、手のひらが汗ばむ。
 空気の変化から翠珂の変調に気付き、そちらを見てためらいを見せたものの、間をあけず、彼は質問をより詳しくしようと自分の考えを補足した。
「これは、彼女にも関係していることです。彼女は2カ月前の事件の当事者で、魅魎の発言から見ても、今回の事件が2カ月前の事件に関連していることは疑いの余地はありません。
 それに……その魅魎がどうして、あの……彼の姿をしているのかとか、目的も、彼女になら分かるかもしれません。あるいは、想像がつくかも。
 それを知ることができればわれわれの対処方法を、より完全にすることも可能です。はたして知らせずにいてよいものでしょうか?」
 彼の言い分はもっともで、合理という的を上手に射てはいたのだが。
「候補生にも、と言っただろう」
 いちいち言わなくては分からないのか、とでも言いたげな、いらつきにまみれたその言葉は、白瑛が言わなければ翠珂が言うところだった。
 補佐長たちが隣室へ退いた直後、先の言葉の意味を深読み、あるいは独自の見解を補佐役たちが口にし始め、一気に室内が騒がしくなる。
 補佐長の決定は絶対だ。|覆《くつがえ》せるのは宮母のみ。
 反対意見を持ちながら意見する気もないくせに、やたらと騒いではレンを持ち出す彼らに、翠珂は目を細めてこぶしの震えを押し殺した。
 結局、ここにいるだれも、本当には分かっていないのだ。
 胸が詰まる思いで苦い怒りを飲みくだす。
 だれも分かっていない。あの出来事に彼女の心がどれほど傷つき、ボロボロになったか。
 だれの目にも明らかな体の傷はほぼ癒えたし、内部を侵す負の気も、あと少しで消えるだろう。けれど、二度と閉じることのない傷を、彼女は心に負ってしまっているのだ。
 目を覚ましたとはいえ、彩煉の死の衝撃に、最初の1カ月はまともな返事を返せなかった。肺が浄化され、喉が回復してきてからも、ろくに口をきいてくれなくて……無感動な目をして虚ろに宙を見つめるだけで――これは今もときどき見せて、翠珂は不安にかられる。
 もしやとの不安から、思わず発した呼びかけに、彼女もちゃんと答えてくれてはいるけれど……いつも、心の置きどころのなさを感じているのが感じ取れていた。
 ようやく最近になって笑みらしきものを見せてくれるようになった彼女を傷つける存在など、決してあってはならないのだ。
 もし彩煉の姿をした魅魎が出没したことを知れば、またあの状態に戻ってしまうかもしれない。それどころか今度こそ絶望の闇に飲まれて、二度と現実へ戻ってきてくれなくなるかも……。
 これだけは絶対に知られてはいけないと、胸中で固く決意する。
 翠珂は、それによってたとえ自分の命が失われるような事態が来ようとも、そのことを自分が悔いたりはしないことをとうに悟っていた。ためらいもなく。それほどに、レンの存在は彼を占めている。
 彼は、もう二度とあんなレンの姿だけは、見たくなかったのだった……。