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第13回

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 今や彩煉の体は柊のもとに置かれていた。

 彼の足下に仰向けに横たわり、これから彼によってもたらされる凌辱を甘んじて受けようとしているようである。
 虹色の冷たい目が、蔑みの光を浮かべて見下ろしている。

 勝ち誇った笑み……あいつが、彩煉をあんな姿にした!

「もとに戻せ! この、化け物!」

 猛り狂って牙をむく。血走った緑の眼は獣さながら殺意に煮えたぎり、その面には鬼相が浮いていた。
 凄まじい勢いで放たれる気。沸騰しそうなほど熱く燃え統ける頭の奥で芯が溶け、彩煉を殺した魅魎のこと以外、何も考えられない。

 憎悪を受けることは最大の名誉――強い力を持つ者だけが権勢を振るえる世界に生きる者らしい価値観で、今の彼女の姿を実に好ましいものであると見て、柊の目は満足気に締まった。

「おやおや心外だなあ。命を消すのはべつに、化け物じゃなくてもできることじゃないか。なのにぼくをそんなふうに呼ぶなんて、少しおかしいんじゃない?」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!!」

 彩煉をそんな姿にしておきながら、何を言う!
 傲慢なもの言いにかぶせるように早口でまくしたて、レンは強くかぶりを振り続けた。

「こ、ろしてやる……!」

 低く、呪いの言葉を吐く。

「絶対、絶対におまえはこの手で殺してやる! ただ殺してなどやるものか! 生きながらその身を千々に裂いて、彩煉と同じ苦しみを与えてやる!
 あぁあ……死んでも許すものか! でなけりゃ返せ! ひとにない力を持つというのなら、あの人を生き返らせてみろ!
 あたしの彩煉を、返せ!!!」

 反狂乱になって叫び続ける。涙につまり、喉がこすれて血の味が広がろうとも、さらに強く、激しく、レンは全身で叫び続けた。

 彩煉を返せ、と。

 その間中、柊はじっとレンを見続け、ようやく声が途切れたのち、おもむろにこう言った。

「女、うるさい」

 と。

「ああまったく、なんてけたたましいんだろう。気の違った朝鳴き鳥だよ、まるで。そうしたところで何の役にも立ちゃしないっていうのに」

 あきれ返って息をつくと目を伏せ、乱れた髪を指で()く。
 それは全く自然な動作であったのに、かきあげた、その一瞬で柊は大きく変化を遂げていた。

 微風にも揺れる柔らかな黒い巻き毛は紫を帯びて艶を増し、再び開かれた虹の瞳は輝きを深め、切れ長に細まった。きめ細かくなった頬からもソバカスは消えている。
 優美な曲線を描いた指先、たおやかな肢体。
 これなら十二分に美しいといえる、いや、美しいという形容すら足りない。

 あやしい、魔の魅力にあふれた者。

 先までいた少年が、ありとあらゆる技術を用いてもう10年ほど成長したなら、あるいはこうなったかも知れないという姿で、そこに頬杖をついていた。

 魅魔・柊紫閻。

 この上ないというほどの怒りにかられていたレンでさえ、一瞬息をすることを忘れるほどひきこまれたあでやかなその姿は、まさにその呼称にふさわしい。

 だが今ではその美しさすら、レンにとっては忌むべき対象だった。
 それだけの力を持っていながら、隠していた卑怯者。

「きさま――っあ!」

 骨折していることも忘れて前へ踏み出したところで、さらなる衝撃波を受けて弾き飛ばされ、砂地に転がる。

「うるさいと言っただろう。1人では何もできない虫けらの分際で、ぼくに口をきく権利があると思うな。
 観客がいなくてはショーの魅力も半減するというもの。せっかく立ち会わせてやろうというんだ、無能なクズはクズらしく、おとなしく地べたに這いつくばって口をつぐんで見ていろ」

 それは投げ捨てるような、ぞんざいなもの言いだった。
 おまえなど、疎んじて殺す価値すらないと言いたげな視線を向けてくる。今までとは比較にならないほど膨れ上がった闇の気に、ぎりぎりと歯噛みしながらレンは武器となる物を探して周囲に目を走らせた。

 あの言葉。間違いなく彩煉をどうにかするつもりだ。これ以上あんなやつに彩煉を(けが)されてたまるものか!

 砂上に放置された破魔の剣。
 先の折り、彩煉のいた岩場の砂地に突き刺さったそれが目にとまるや、走り寄ろうとする。
 途端、激痛が足をかけのぼって脳に牙をたてた。

 ……こんな痛み、なんだ! 彩煉の受けた傷に比べて、どれくらいのものだというのか!
 むしろ自ら胸を切り開き、傷口をかきむしってやりたい衝動に駆られる。

 折れた足を引きずりながら岩場まで行き、どうにか破魔の剣を手にする。
 剣を鞘走らせた、それを目で追いながら、柊はまるきり子どもじみた行為だと嘲るように目を眇めて、鼻で笑った。
 やれやれ、あんなに言ってあげたのにききわけのない、とでも言いたげだ。

「つくづく騒々しいやつだ。
 1人でおとなしくできないなら、ぼくが手を貸してあげようか?」

 喜悦の笑みを浮かべ、子どもをたしなめるようなロ調で彼女の周囲の砂を巻き上げる。重力というものを無視しきった砂粒の滝は上に向かって流れ、そそり立つ。
 それは、大陸中から砂がなくならない限り途切れることはないのではないかと思わせる砂の壁だ。流れ落ちるそれに触れただけで、ただではすまない。

「そこでおとなしくそうしててね」

 月形に開いたロ元で、クッと喉を鳴らして言い終える。直後に、レンは彼の間合いへと飛びこんでいた。
 砂の壁による傷など一体何ほどのものかと思わない限り、不可能な行為だ。
 その尋常ならざる速さに、わずかだが、柊の顔に困惑めいた色が浮かぶ。

「殺してやる!!」

 切っ先は、まっすぐ心臓を狙って突き出された。

「殺してやる! おまえなど!」

 幾度となく切りつけながらそう叫び続けるレンの姿を凝視しながら、初めて気付いたと言うように柊は目を輝かせた。

 怒りにとらわれて冷静さに欠けるため防備が薄く、狙いもまだまだ甘いが、間合いをとるのがうまいし攻撃のセンスもなかなかだ。
 なにより、この手負いの獣じみたむき出しの闘争心はどうだ。

「絶対?」

 遮二無二繰り出される、そのことごとくを余裕で避けながら、楽しげに柊が問い返す。
 その言葉の持つ意味を、本当におまえは理解できているのかと言わんばかりに。

「必ずだ!」

 そう言い返した直後、剣を持つ腕の肩が撃ち抜かれた。
 あの、彩煉の胸を貫いた光だ。たやすく貫通し、背後の岩を破壊する。

「このぼくを殺すだって?」
「……殺して、やる……!!」

 憎悪が渦巻く目で見つめ、剣を傷ついた利き手から持ちかえると、再び切りかかっていく。それすら読んでいたかのように、踏み込むと同時にその場へ向けて力が放たれた。

「これでも?」

 踏み込んだ左足の太股が裂け、ばっと血が飛び散った。神経ごと肉を牙でかみちぎられたような鋭い痛みが伝い走る。堪え切れない激痛に、瞬間両足から力が抜け、その場に膝をついた。
 焼けついたのど。傷ついた全身が酸素を求めてあえぎ続けている。血を流しすぎたせいだろう、指先が冷たく痺れて目がくらむ。

 6年教わってきた型などとうの昔にどこかへ吹き飛んでしまっていた。担当した教え長が今の姿を見たならきっと、不甲斐ないと眉を寄せるに違いない。悲しげに瞳の光を曇らせて。

 かなうはずがないのだ。実戦経験もない、訓練生でしかない自分なんかが到底かなうはずがない。
 相手は超常能力を手足のように用いる魅魔。熟練の退魔師が何十人といて、それでも勝てるかどうかという、伝説の魅魎だ。

 それは分かっている。分かってはいても、それでも、レンの中のどす黒い、殺意の炎はわずかも揺らがず、激しい衝動となって突き上がり、まるで視線でも殺せるのだと言いたげに目前の柊をにらみ続けた。

「絶対……絶対、きさまに、今日という日を後悔させてやる! たとえこの身をなくし、魂だけになろうと、きっと!
 永遠の安らぎなど要らない! 地の底、果ての果てまで探して、どこに隠れていようと必ずおまえを見つけ出し、この手で殺してやる!!」

 ほんの数時間前だ。もうじき訪れる、幸せな未来予想図に目を輝かせ、甘えて彩煉の腕にすがっていたあのレンとはとても思えない、激しい殺意を吐き出す。
 牙をむく、そんな彼女の姿に柊は身を震わせて笑った。

「はははっ。今の状況も把握できないくせに、またずいぶん生意気な口をきく。何も理解できない赤子だからこそ、為せることというわけか。
 だがその案、面白い。いわゆる影追いというやつだ。大陸のどこにいるかもしれないぼくを追って、探して、隙を伺うか。
 そう、それならおまえが老いるくらいの間はいい暇つぶしになりそうだな」
「なんだと!?」

 自分の本気を遊びと同列化され、さらには退屈しのぎととられたことにくってかかる。
 剣を支えに立ち上がろうとしたレンの前、柊はすっと右手を肩の辺りまで上げた。

 何かを差すような人差し指の動きに警戒するレンの前、それまで砂の上に放置されていた彩煉の体が宙に浮く。

「なっ!?」

 目を(みは)り、再び柊へと目を戻したとき。
 柊は高らかと言い放った。

「だが今のおまえでは力不足だな!
 今は黙ってぼくのショーを見ていろ!」

 その身を包む闇の気配が強まりった。急速に高められている力を肌で感じて身構えるが、しかしそうして彼の放った力の行き先は、レンではなかった。

 ほぼ同時に、何かの気配がむくりと鎌首をもたげるのを感じる。
 眷属を召喚しているようには見えないが……。

 直後、ぞくっ、と全身の毛がそそけ立つような冷たい予感を感じて、彼の足下へと目を移す。

 彩煉の死体に残った闇の気が、柊の放った力と反応し、呼応して、膨れ上がっているのだ。
 活性化し、脈打っている。

 はたして彼は何をしようとしているのか。それを知った刹那。


「あ、ああっ…………ああああああああああああっ!!!!」


 レンは、深い絶望に染まった悲鳴を全身からしぼり出した。


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 彼の足下に仰向けに横たわり、これから彼によってもたらされる凌辱を甘んじて受けようとしているようである。
 虹色の冷たい目が、蔑みの光を浮かべて見下ろしている。
 勝ち誇った笑み……あいつが、彩煉をあんな姿にした!
「もとに戻せ! この、化け物!」
 猛り狂って牙をむく。血走った緑の眼は獣さながら殺意に煮えたぎり、その面には鬼相が浮いていた。
 凄まじい勢いで放たれる気。沸騰しそうなほど熱く燃え統ける頭の奥で芯が溶け、彩煉を殺した魅魎のこと以外、何も考えられない。
 憎悪を受けることは最大の名誉――強い力を持つ者だけが権勢を振るえる世界に生きる者らしい価値観で、今の彼女の姿を実に好ましいものであると見て、柊の目は満足気に締まった。
「おやおや心外だなあ。命を消すのはべつに、化け物じゃなくてもできることじゃないか。なのにぼくをそんなふうに呼ぶなんて、少しおかしいんじゃない?」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
 彩煉をそんな姿にしておきながら、何を言う!
 傲慢なもの言いにかぶせるように早口でまくしたて、レンは強くかぶりを振り続けた。
「こ、ろしてやる……!」
 低く、呪いの言葉を吐く。
「絶対、絶対におまえはこの手で殺してやる! ただ殺してなどやるものか! 生きながらその身を千々に裂いて、彩煉と同じ苦しみを与えてやる!
 あぁあ……死んでも許すものか! でなけりゃ返せ! ひとにない力を持つというのなら、あの人を生き返らせてみろ!
 あたしの彩煉を、返せ!!!」
 反狂乱になって叫び続ける。涙につまり、喉がこすれて血の味が広がろうとも、さらに強く、激しく、レンは全身で叫び続けた。
 彩煉を返せ、と。
 その間中、柊はじっとレンを見続け、ようやく声が途切れたのち、おもむろにこう言った。
「女、うるさい」
 と。
「ああまったく、なんてけたたましいんだろう。気の違った朝鳴き鳥だよ、まるで。そうしたところで何の役にも立ちゃしないっていうのに」
 あきれ返って息をつくと目を伏せ、乱れた髪を指で|梳《す》く。
 それは全く自然な動作であったのに、かきあげた、その一瞬で柊は大きく変化を遂げていた。
 微風にも揺れる柔らかな黒い巻き毛は紫を帯びて艶を増し、再び開かれた虹の瞳は輝きを深め、切れ長に細まった。きめ細かくなった頬からもソバカスは消えている。
 優美な曲線を描いた指先、たおやかな肢体。
 これなら十二分に美しいといえる、いや、美しいという形容すら足りない。
 あやしい、魔の魅力にあふれた者。
 先までいた少年が、ありとあらゆる技術を用いてもう10年ほど成長したなら、あるいはこうなったかも知れないという姿で、そこに頬杖をついていた。
 魅魔・柊紫閻。
 この上ないというほどの怒りにかられていたレンでさえ、一瞬息をすることを忘れるほどひきこまれたあでやかなその姿は、まさにその呼称にふさわしい。
 だが今ではその美しさすら、レンにとっては忌むべき対象だった。
 それだけの力を持っていながら、隠していた卑怯者。
「きさま――っあ!」
 骨折していることも忘れて前へ踏み出したところで、さらなる衝撃波を受けて弾き飛ばされ、砂地に転がる。
「うるさいと言っただろう。1人では何もできない虫けらの分際で、ぼくに口をきく権利があると思うな。
 観客がいなくてはショーの魅力も半減するというもの。せっかく立ち会わせてやろうというんだ、無能なクズはクズらしく、おとなしく地べたに這いつくばって口をつぐんで見ていろ」
 それは投げ捨てるような、ぞんざいなもの言いだった。
 おまえなど、疎んじて殺す価値すらないと言いたげな視線を向けてくる。今までとは比較にならないほど膨れ上がった闇の気に、ぎりぎりと歯噛みしながらレンは武器となる物を探して周囲に目を走らせた。
 あの言葉。間違いなく彩煉をどうにかするつもりだ。これ以上あんなやつに彩煉を|穢《けが》されてたまるものか!
 砂上に放置された破魔の剣。
 先の折り、彩煉のいた岩場の砂地に突き刺さったそれが目にとまるや、走り寄ろうとする。
 途端、激痛が足をかけのぼって脳に牙をたてた。
 ……こんな痛み、なんだ! 彩煉の受けた傷に比べて、どれくらいのものだというのか!
 むしろ自ら胸を切り開き、傷口をかきむしってやりたい衝動に駆られる。
 折れた足を引きずりながら岩場まで行き、どうにか破魔の剣を手にする。
 剣を鞘走らせた、それを目で追いながら、柊はまるきり子どもじみた行為だと嘲るように目を眇めて、鼻で笑った。
 やれやれ、あんなに言ってあげたのにききわけのない、とでも言いたげだ。
「つくづく騒々しいやつだ。
 1人でおとなしくできないなら、ぼくが手を貸してあげようか?」
 喜悦の笑みを浮かべ、子どもをたしなめるようなロ調で彼女の周囲の砂を巻き上げる。重力というものを無視しきった砂粒の滝は上に向かって流れ、そそり立つ。
 それは、大陸中から砂がなくならない限り途切れることはないのではないかと思わせる砂の壁だ。流れ落ちるそれに触れただけで、ただではすまない。
「そこでおとなしくそうしててね」
 月形に開いたロ元で、クッと喉を鳴らして言い終える。直後に、レンは彼の間合いへと飛びこんでいた。
 砂の壁による傷など一体何ほどのものかと思わない限り、不可能な行為だ。
 その尋常ならざる速さに、わずかだが、柊の顔に困惑めいた色が浮かぶ。
「殺してやる!!」
 切っ先は、まっすぐ心臓を狙って突き出された。
「殺してやる! おまえなど!」
 幾度となく切りつけながらそう叫び続けるレンの姿を凝視しながら、初めて気付いたと言うように柊は目を輝かせた。
 怒りにとらわれて冷静さに欠けるため防備が薄く、狙いもまだまだ甘いが、間合いをとるのがうまいし攻撃のセンスもなかなかだ。
 なにより、この手負いの獣じみたむき出しの闘争心はどうだ。
「絶対?」
 遮二無二繰り出される、そのことごとくを余裕で避けながら、楽しげに柊が問い返す。
 その言葉の持つ意味を、本当におまえは理解できているのかと言わんばかりに。
「必ずだ!」
 そう言い返した直後、剣を持つ腕の肩が撃ち抜かれた。
 あの、彩煉の胸を貫いた光だ。たやすく貫通し、背後の岩を破壊する。
「このぼくを殺すだって?」
「……殺して、やる……!!」
 憎悪が渦巻く目で見つめ、剣を傷ついた利き手から持ちかえると、再び切りかかっていく。それすら読んでいたかのように、踏み込むと同時にその場へ向けて力が放たれた。
「これでも?」
 踏み込んだ左足の太股が裂け、ばっと血が飛び散った。神経ごと肉を牙でかみちぎられたような鋭い痛みが伝い走る。堪え切れない激痛に、瞬間両足から力が抜け、その場に膝をついた。
 焼けついたのど。傷ついた全身が酸素を求めてあえぎ続けている。血を流しすぎたせいだろう、指先が冷たく痺れて目がくらむ。
 6年教わってきた型などとうの昔にどこかへ吹き飛んでしまっていた。担当した教え長が今の姿を見たならきっと、不甲斐ないと眉を寄せるに違いない。悲しげに瞳の光を曇らせて。
 かなうはずがないのだ。実戦経験もない、訓練生でしかない自分なんかが到底かなうはずがない。
 相手は超常能力を手足のように用いる魅魔。熟練の退魔師が何十人といて、それでも勝てるかどうかという、伝説の魅魎だ。
 それは分かっている。分かってはいても、それでも、レンの中のどす黒い、殺意の炎はわずかも揺らがず、激しい衝動となって突き上がり、まるで視線でも殺せるのだと言いたげに目前の柊をにらみ続けた。
「絶対……絶対、きさまに、今日という日を後悔させてやる! たとえこの身をなくし、魂だけになろうと、きっと!
 永遠の安らぎなど要らない! 地の底、果ての果てまで探して、どこに隠れていようと必ずおまえを見つけ出し、この手で殺してやる!!」
 ほんの数時間前だ。もうじき訪れる、幸せな未来予想図に目を輝かせ、甘えて彩煉の腕にすがっていたあのレンとはとても思えない、激しい殺意を吐き出す。
 牙をむく、そんな彼女の姿に柊は身を震わせて笑った。
「はははっ。今の状況も把握できないくせに、またずいぶん生意気な口をきく。何も理解できない赤子だからこそ、為せることというわけか。
 だがその案、面白い。いわゆる影追いというやつだ。大陸のどこにいるかもしれないぼくを追って、探して、隙を伺うか。
 そう、それならおまえが老いるくらいの間はいい暇つぶしになりそうだな」
「なんだと!?」
 自分の本気を遊びと同列化され、さらには退屈しのぎととられたことにくってかかる。
 剣を支えに立ち上がろうとしたレンの前、柊はすっと右手を肩の辺りまで上げた。
 何かを差すような人差し指の動きに警戒するレンの前、それまで砂の上に放置されていた彩煉の体が宙に浮く。
「なっ!?」
 目を|瞠《みは》り、再び柊へと目を戻したとき。
 柊は高らかと言い放った。
「だが今のおまえでは力不足だな!
 今は黙ってぼくのショーを見ていろ!」
 その身を包む闇の気配が強まりった。急速に高められている力を肌で感じて身構えるが、しかしそうして彼の放った力の行き先は、レンではなかった。
 ほぼ同時に、何かの気配がむくりと鎌首をもたげるのを感じる。
 眷属を召喚しているようには見えないが……。
 直後、ぞくっ、と全身の毛がそそけ立つような冷たい予感を感じて、彼の足下へと目を移す。
 彩煉の死体に残った闇の気が、柊の放った力と反応し、呼応して、膨れ上がっているのだ。
 活性化し、脈打っている。
 はたして彼は何をしようとしているのか。それを知った刹那。
「あ、ああっ…………ああああああああああああっ!!!!」
 レンは、深い絶望に染まった悲鳴を全身からしぼり出した。