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第9回

ー/ー



 やはり先まではレンにあわせていたのだろう。その歩き方は、夜目がきくというよりも、暗闇などさほど障害にはならないという感じだ。

 実際、彼の目には大まかな位置関係が見えていた。陽のもとで見るようにはっきりと、ではないが。薄闇に目が慣れたときのようなものだ。意識して見ていれば、その細部まで判別できる。
 足元の瘤岩を避け、壁に手を添わせながら気を澄ます。

 空気の流れがほとんどないためつかみにくいが、くすぶる火の気配はやはり奥からしていた。地に倒れた棒のような物が熱を発し、赤い炎がちろちろと上がっている姿が胸に浮かぶ。今にも消えてしまいそうな、弱々しい火。

(どうやら終点のようだ)

 さらに強まった悪臭に顔をしかめながら直角に折れた角を曲がり、その先に転がったたいまつを見つけたとき。彼はそう思った。
 ぐるりと菱形が変形したような、楕円になった岩壁がぼんやりと見える。まるで巨大な手が握り取ったようにそこは広く、天井も今まで通ってきた通路の3倍はあるようだった。

 その広さが、不自然に感じられる空間。

 狭い通路を長く進んできたせいだろう。そう思い直してたいまつを拾い上げ、火を強くして周囲をもっとよく見ようとしたときだ。
 彼は、そこに存在する物に気付いて、はっと息を飲んだ。

「なん……っ!」

 あまりの光景に、言葉が出てこない。
 さながら砂嵐のように襲ってくる莫大な恐怖、鳴り響く警戒。そして到底認識し難いという思いが現実と激突し、胸に激しい負荷をかける。
 心臓から大量に吐き出された血に割れそうな頭痛を感じてよろめき、後退した背後に不穏な視線を感じてそちらに向き直った直後。
 明々とたいまつの火に照らし出され、荒々しく目にとびこんできたそれに、彩煉は一瞬で身を凍らせた。

「そんなばかな!!」

 全身全霊をもって現実を拒否する言葉を口にする。
 辞令を受け、この地に漂っていた負の気を祓いに来た封師たち。彼らはたしかにここに来ていた。
 任務完了の報告の義務を怠り、サキスの街を悠々俳徊しているわけでなく、あとを追った自分たちと行き違ってしまったわけでもない。
 彼らはここに来て、そして離れられずにいたのだ。

 透明の岩壁に閉じこめられて。

 正面に2人、入り口近くの側壁に1人。一番近い位置にいる側壁の者は半眼を開いていたが、その濁ったうつろな瞳の焦点はどこにもあっておらず、死者のものであるのは明白だった。
 ほかの2人もそうだろう。呼吸もできない空間で人が生きていられるはずもないが、苦悶の表情を浮かべていないということは、死後ここに封じられたか。
 あるいは、苦痛を感じる間もなく閉じこめられ、瞬時に絶命したか……。

 だがそんなことがどれほどの救いになるというのか。死してなお、こんな扱いを受けて……。

 死者の尊厳というものを蔑ろにしたこのひどい仕打ちに気を高ぶらせることで、幾分なり理性を取り戻す。揺れた心を静め、意を決して触れてみると、それは岩の感触ではなかった。透明で滑らかな硬質物。ひんやりと冷たい。樹液か水晶などの結晶体、そんな手触りだ。

(しかしなぜこんなまねを……。見たところ、生気を喰った様子はないが)

 徐々に目を落とし、彼らの足元を見る。先の衝撃で手からこぼれ落ちて転がったたいまつの明かりによって照らし出された『もの』を目にして、ようやく彩煉はこの悪臭のもとが何であったのか、彼らがなぜこんな姿にされたのかを知って目を細めた。

 灰色がかった不気味な繭玉……退魔を生業(なりわい)とする者たちからは、巣魂(すだま)と呼ばれる物が、そこで脈打っていたからだ。

 全部で5つ。大きさは個によってまちまちだが、おおよそ直径50センチ前後の物ばかりだった。繭の薄い所からは流動している黄土色に濁った液体が見える。目まぐるしく移りかわる速度からして、かなり活性化しているようだ。

 これは、空中を漂う負の気溜まりが妖鬼の群れに実体化する段階の物である。これくらいの物だと孵化するのは10~15体。少なくとも50は孵化することになる。

 妖鬼自体は獣並に知能が低く、魎鬼ほどの腕力もない。それゆえに群れとなって行動しなければ大人1人満足に襲えないやからだが、放置しておけばやがて生気を蓄え魎鬼に育ってしまう。だから、こうなる前にと気溜まりの段階で彼らが封じに来ていたのだ。

「一体だれが……」

 先をつなげることはできなかった。気溜まりが生きた人間を餌として取りこんだなどと、ついぞ聞いた覚えはない。こんな、見るからにおぞましいことを思いつき、さらに実行できる者は少ない。
 その忌々しい呼称を彼が思い浮かべた直後。この場において第三者の存在を示す軽い拍手がパチパチパチと真上から鳴り響いた。

「ああ、やっと来た」

 との言葉とともに。


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 やはり先まではレンにあわせていたのだろう。その歩き方は、夜目がきくというよりも、暗闇などさほど障害にはならないという感じだ。
 実際、彼の目には大まかな位置関係が見えていた。陽のもとで見るようにはっきりと、ではないが。薄闇に目が慣れたときのようなものだ。意識して見ていれば、その細部まで判別できる。
 足元の瘤岩を避け、壁に手を添わせながら気を澄ます。
 空気の流れがほとんどないためつかみにくいが、くすぶる火の気配はやはり奥からしていた。地に倒れた棒のような物が熱を発し、赤い炎がちろちろと上がっている姿が胸に浮かぶ。今にも消えてしまいそうな、弱々しい火。
(どうやら終点のようだ)
 さらに強まった悪臭に顔をしかめながら直角に折れた角を曲がり、その先に転がったたいまつを見つけたとき。彼はそう思った。
 ぐるりと菱形が変形したような、楕円になった岩壁がぼんやりと見える。まるで巨大な手が握り取ったようにそこは広く、天井も今まで通ってきた通路の3倍はあるようだった。
 その広さが、不自然に感じられる空間。
 狭い通路を長く進んできたせいだろう。そう思い直してたいまつを拾い上げ、火を強くして周囲をもっとよく見ようとしたときだ。
 彼は、そこに存在する物に気付いて、はっと息を飲んだ。
「なん……っ!」
 あまりの光景に、言葉が出てこない。
 さながら砂嵐のように襲ってくる莫大な恐怖、鳴り響く警戒。そして到底認識し難いという思いが現実と激突し、胸に激しい負荷をかける。
 心臓から大量に吐き出された血に割れそうな頭痛を感じてよろめき、後退した背後に不穏な視線を感じてそちらに向き直った直後。
 明々とたいまつの火に照らし出され、荒々しく目にとびこんできたそれに、彩煉は一瞬で身を凍らせた。
「そんなばかな!!」
 全身全霊をもって現実を拒否する言葉を口にする。
 辞令を受け、この地に漂っていた負の気を祓いに来た封師たち。彼らはたしかにここに来ていた。
 任務完了の報告の義務を怠り、サキスの街を悠々俳徊しているわけでなく、あとを追った自分たちと行き違ってしまったわけでもない。
 彼らはここに来て、そして離れられずにいたのだ。
 透明の岩壁に閉じこめられて。
 正面に2人、入り口近くの側壁に1人。一番近い位置にいる側壁の者は半眼を開いていたが、その濁ったうつろな瞳の焦点はどこにもあっておらず、死者のものであるのは明白だった。
 ほかの2人もそうだろう。呼吸もできない空間で人が生きていられるはずもないが、苦悶の表情を浮かべていないということは、死後ここに封じられたか。
 あるいは、苦痛を感じる間もなく閉じこめられ、瞬時に絶命したか……。
 だがそんなことがどれほどの救いになるというのか。死してなお、こんな扱いを受けて……。
 死者の尊厳というものを蔑ろにしたこのひどい仕打ちに気を高ぶらせることで、幾分なり理性を取り戻す。揺れた心を静め、意を決して触れてみると、それは岩の感触ではなかった。透明で滑らかな硬質物。ひんやりと冷たい。樹液か水晶などの結晶体、そんな手触りだ。
(しかしなぜこんなまねを……。見たところ、生気を喰った様子はないが)
 徐々に目を落とし、彼らの足元を見る。先の衝撃で手からこぼれ落ちて転がったたいまつの明かりによって照らし出された『もの』を目にして、ようやく彩煉はこの悪臭のもとが何であったのか、彼らがなぜこんな姿にされたのかを知って目を細めた。
 灰色がかった不気味な繭玉……退魔を|生業《なりわい》とする者たちからは、|巣魂《すだま》と呼ばれる物が、そこで脈打っていたからだ。
 全部で5つ。大きさは個によってまちまちだが、おおよそ直径50センチ前後の物ばかりだった。繭の薄い所からは流動している黄土色に濁った液体が見える。目まぐるしく移りかわる速度からして、かなり活性化しているようだ。
 これは、空中を漂う負の気溜まりが妖鬼の群れに実体化する段階の物である。これくらいの物だと孵化するのは10~15体。少なくとも50は孵化することになる。
 妖鬼自体は獣並に知能が低く、魎鬼ほどの腕力もない。それゆえに群れとなって行動しなければ大人1人満足に襲えないやからだが、放置しておけばやがて生気を蓄え魎鬼に育ってしまう。だから、こうなる前にと気溜まりの段階で彼らが封じに来ていたのだ。
「一体だれが……」
 先をつなげることはできなかった。気溜まりが生きた人間を餌として取りこんだなどと、ついぞ聞いた覚えはない。こんな、見るからにおぞましいことを思いつき、さらに実行できる者は少ない。
 その忌々しい呼称を彼が思い浮かべた直後。この場において第三者の存在を示す軽い拍手がパチパチパチと真上から鳴り響いた。
「ああ、やっと来た」
 との言葉とともに。