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第3回

ー/ー



 そう思うたびに、胸が、とくん、と音をたてた。頬が上気する。

 10年前、突然両親をなくして身寄りもいないみなし子となったレンを、彼はこの、天敵である魅魎から人々を護る退魔師を養成する場である幻聖宮へと連れてきてくれた。

 けれど、わずか6歳では退魔師の才があるか判別できない。宮で育成するには幼すぎて、宮を取り囲むように存在する町・サキスで彩煉が見つけてくれた養い親の元で4年間を過ごし、みごと退魔師候補生を選出する試験に合格。晴れて幻聖宮の門をくぐった彼女に、彩煉は驚きつつも歓迎してくれた。

 以来、何かと気にかけてくれて、あきらかにほかの候補生たちとは区別した接し方をしてくれている。ということは、彩煉も感じてくれているのかもしれない。この、不思議な引き合う()()を。

 彼は人とは違う魔断だし、特にそういった『波動』というものには敏感なはずだ。それでなくとも200年近く生きているのだし、これまでに何人かの操主に仕えてきている。その経験で、少なくとも自分の操主となる者との間に起きる、共鳴(ともなり)のようなものを感じることはできるはずだ。
 その彼が、レンのために式に参加してくれると言った。間違いなく彩煉が自分の運命の相手に違いない。

 もとより、あの人以外の魔断など、1度も望んだことはなかった。退魔師としての厳しい訓練に堪えてきたのも、ひとえにあの人が欲しかったからだ。

 あと数分もすれば夢は現実へと変わる。それもあって、話した。それはよく知らない魔断とかじゃなくて、自分に一番近い人で、何より大切な存在だから、みんなにもその良さを分かってもらいたいという思いからだ。
 それが、そんなにもおかしいのだろうか……。

「ねえ。そろそろ時間じゃない?」
「ほんとだ」
「感応式に遅刻はまずいし。行こっか!」

 魔導杖に見入り、自分の考えに入りこんでしまったレンを気遣ってできた重い沈黙を破り、話題ごとこの暗い雰囲気を一掃するように強く言って、ミシェルが立ち上がった。

「ほら、レン」

 ぱんぱんと服についた砂を払ったミシェルが、レンに手を差し出す。

「もう? まだもう少しあるんじゃない?」

 リジーが見上げて言う。

「早めに行っとかないと、いい場所が取れなくなるよ?
 入場口から遠く離れた奥の奥なんて、待てるわけ? あんた」

 意地悪く口にするミシェルにだれもがぶるぶると首を横に振った。

「そっか。そうだよね。じゃあそうしよっか」

 土埃をはたき落としながら腰を浮かせたリオンが面を上げた、次の瞬間のことだ。
 自分に(なら)おうとしたみんなの注意を促すように、手を振った。

「ね、ちょっと。あれを見て」
「なに?」
「あれ、あそこ。ほら、あの小径行くの、彩煉警備長じゃない?」

 彩煉、との名にレンも顔を上げる。

 伸びた指をたどってまっすぐ一直線。腰上まである茂みや木立を幾つか間に挟んだ、少し遠目の横顔だが、たしかにそれは彩煉だった。
 深い翠のマントを肩がけし、その下から黒の普段着が覗いている。

「まさにうわさをすれば何とやらってヤツね、これって」

 面白そうに言って、クリスがロ笛を鳴らした。

 彩煉が、どうしてあんな所に?

 眉を寄せたレンと同じ疑問を口にしたのは、リジーだった。

「でもあれって、西門へ続く道じゃない?」

 レンのほうを向き、同意を求める。
 感応式の会場はここから南の別館だ。自分たちと同じで感応式を控えた身で今の時刻、しかもあの服装はちょっとおかしいんじゃないか、と首をひねる。

 さっぱり分からないと互いを見合う4人。
 その疑問を解消するべく行動に出たのは、やはりレンだった。

 同じ小径に入れる場所まで迂回しようとせず、ざん、と音をたてていきなり目の前の茂みに踏みこむ。

「レン?」
「先行ってて!」

 振り返りもせずそう言い捨て、レンはまっすぐ一直線に彩煉へ向けて次の茂みを掻きわけた。




●彩  煉

「さいれん!!」

 まるで天に届けとばかりに声を張り上げ、その名を叫ぶ。

「ああもうっ、このっ、邪魔ばかりしてっ!」

 前をふさぐ邪魔な茂みをかきわけ、ようやく同じ小径へと出る。煉瓦で舗装されていなければ獣道とでも間違えそうな小径だ。左右から伸びた下生えが煉瓦をほぼ覆い隠し、踏むと昨夜降った雨のせいでぐちゃりと水を含んだ音をたてる。
 なんとも耳障りの悪い、しかも感触もいいとはいえないそれに、これでは走ることができないと、腹立たしく舌打ちをもらした。

 幻聖宮が財政難であることは知っているけれど、せめて道くらいまともに通してほしいものだ。
 切にそう思いながら、速足でなんとか追いつこうとする。

 この道を通っていたはずだが、彩煉の姿は一向に見えない。もしや見当をつけ間違っただろうか?

「彩煉!!」

 視界をふさいでいた邪魔な枝を乱雑に払いながら、いら立ちまぎれに名を呼んだなら、そのすぐ先、ほんの数歩先に、立ち止まった彩煉の姿があった。

「やあ、レン」

 振り返り、笑顔で自分へと近付くレンを待っている。
 会場に行かなくていいの? 今まさにそう言わんと彩煉が再び口を開いたとき。ずかずかずかと側まで歩み寄ったレンの手が、荒々しく胸倉を引き寄せた。

「彩煉! どういうこと!? この服っ!」

 まるっきり仕事服じゃないのっ!

 魔断は、正式の場に出席するときはそれぞれの系統を表す礼服を身につけなくてはいけない。
 火炎系の魔断である彩煉であれば、髪や瞳の色に一番近い、紅色を基調とした盛装衣だ。それに合わせて飾り剣帯、飾り針などの装飾品で身を飾る。

 朝会った時、確かに彼は盛装衣を着、レンの選んだ飾り剣帯を腰に()いていた。

「なによ! この格好! 一体どうしたの!? 感応式に参加するんでしょ? どうしてこんな服装して、ここにいるの!? もうじき始まるのに!!」

 大声で頭ごなしにまくしたてる。もちろん館からは十分離れて、もう今の時刻であればだれもこの付近を通る者はいないはずと踏んでのことだ。
 いくら自分と彩煉は特別の関係にあり、こういうのも自分たちにとっては日常茶飯事のこととはいえ、魔断を怒鳴りつけるなど、知らない者が見たらはたして何と思うことか……。

 おとなしく引き寄せる力に従って背を丸め、近付けた顔のすぐ側で、ガーっと牙を向くレンに、彩煉は愛想笑いを浮かべてこう言った。

「また忘れてるね、レン。お兄ちゃんって呼んでくれる約束だよ、2人のときは」

 その、まるきり緊張感というものに欠けた、あまりにすっ頓狂な言葉に脱力して、がっくり肩を落としてしまう。
 いや、返事ともいえないものだ、これは。質疑と応答に何らつながりがない。

「……さい、れんんんんんーっ」

 毒気を抜かれ、すっかり怒りの萎えてしまった声で、それでもなんとかして聞き出そうとつとめてその名を呼んで顔を上げる。
 にらみつける、そんな彼女の正面で、彩煉はやはりなんら悪びれたふうもなく、にこにことほがらかに笑って、おとなしくレンの次の言葉を待っていた。

「……どうして、ここにいるの?」

 ゆっくり、ほかに取りようのない言葉で問いかける。

「それに、その格好はどうして? 午前の式の前にあなたの部屋へ行ったとき、着ていた盛装衣はどうして脱いじゃったの?
 そりゃ、どうしても盛装衣を着なくちゃいけないっていうわけじゃなくて、あなたがその格好でいいって思ってるんなら、あたしだってべつにかまわないけど。
 でも、どうしてここにいるの? それにその手!!」

 ビシッ、と音がするように鋭く人差指を突きつける。その迫力に押されてついつい手を庇って退いた彩煉に、逃がさないとばかりにレンは一歩間合深くへ踏みこむと右手をつかんだ。

「フェルト地の手袋して、しかも紐で袖口止めてるってことは、砂漠へ出るのね? サキスじゃなくて。
 どうして? そんなことしたら、絶対式に間に合わないじゃない。
 そんなに、出たくないの? 彩煉、式に出るって言ってくれたけど、ほんとは乗り気じゃないこと、あたし気付いてたんだから……」
「ちっ、ちがっ、違うよ、レン! そんなんじゃ――」

 最後の最後は泣さそうな声で小さくつぶやいて、うつむいてしまったレンの姿に狼狽し、あたふた否定しようとする。

「じゃあどうしてよ! 言って! 言いなさいよ、彩煉っ!!」

 がくがくがく。
 手加減抜きで勢いよく胸倉を揺さぶってくるレンに向かい

「………………えーとね……」

 といった切り出しで彩煉が話し始めたのは、こういうことだった。


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 そう思うたびに、胸が、とくん、と音をたてた。頬が上気する。
 10年前、突然両親をなくして身寄りもいないみなし子となったレンを、彼はこの、天敵である魅魎から人々を護る退魔師を養成する場である幻聖宮へと連れてきてくれた。
 けれど、わずか6歳では退魔師の才があるか判別できない。宮で育成するには幼すぎて、宮を取り囲むように存在する町・サキスで彩煉が見つけてくれた養い親の元で4年間を過ごし、みごと退魔師候補生を選出する試験に合格。晴れて幻聖宮の門をくぐった彼女に、彩煉は驚きつつも歓迎してくれた。
 以来、何かと気にかけてくれて、あきらかにほかの候補生たちとは区別した接し方をしてくれている。ということは、彩煉も感じてくれているのかもしれない。この、不思議な引き合う|何《・》|か《・》を。
 彼は人とは違う魔断だし、特にそういった『波動』というものには敏感なはずだ。それでなくとも200年近く生きているのだし、これまでに何人かの操主に仕えてきている。その経験で、少なくとも自分の操主となる者との間に起きる、|共鳴《ともなり》のようなものを感じることはできるはずだ。
 その彼が、レンのために式に参加してくれると言った。間違いなく彩煉が自分の運命の相手に違いない。
 もとより、あの人以外の魔断など、1度も望んだことはなかった。退魔師としての厳しい訓練に堪えてきたのも、ひとえにあの人が欲しかったからだ。
 あと数分もすれば夢は現実へと変わる。それもあって、話した。それはよく知らない魔断とかじゃなくて、自分に一番近い人で、何より大切な存在だから、みんなにもその良さを分かってもらいたいという思いからだ。
 それが、そんなにもおかしいのだろうか……。
「ねえ。そろそろ時間じゃない?」
「ほんとだ」
「感応式に遅刻はまずいし。行こっか!」
 魔導杖に見入り、自分の考えに入りこんでしまったレンを気遣ってできた重い沈黙を破り、話題ごとこの暗い雰囲気を一掃するように強く言って、ミシェルが立ち上がった。
「ほら、レン」
 ぱんぱんと服についた砂を払ったミシェルが、レンに手を差し出す。
「もう? まだもう少しあるんじゃない?」
 リジーが見上げて言う。
「早めに行っとかないと、いい場所が取れなくなるよ?
 入場口から遠く離れた奥の奥なんて、待てるわけ? あんた」
 意地悪く口にするミシェルにだれもがぶるぶると首を横に振った。
「そっか。そうだよね。じゃあそうしよっか」
 土埃をはたき落としながら腰を浮かせたリオンが面を上げた、次の瞬間のことだ。
 自分に|倣《なら》おうとしたみんなの注意を促すように、手を振った。
「ね、ちょっと。あれを見て」
「なに?」
「あれ、あそこ。ほら、あの小径行くの、彩煉警備長じゃない?」
 彩煉、との名にレンも顔を上げる。
 伸びた指をたどってまっすぐ一直線。腰上まである茂みや木立を幾つか間に挟んだ、少し遠目の横顔だが、たしかにそれは彩煉だった。
 深い翠のマントを肩がけし、その下から黒の普段着が覗いている。
「まさにうわさをすれば何とやらってヤツね、これって」
 面白そうに言って、クリスがロ笛を鳴らした。
 彩煉が、どうしてあんな所に?
 眉を寄せたレンと同じ疑問を口にしたのは、リジーだった。
「でもあれって、西門へ続く道じゃない?」
 レンのほうを向き、同意を求める。
 感応式の会場はここから南の別館だ。自分たちと同じで感応式を控えた身で今の時刻、しかもあの服装はちょっとおかしいんじゃないか、と首をひねる。
 さっぱり分からないと互いを見合う4人。
 その疑問を解消するべく行動に出たのは、やはりレンだった。
 同じ小径に入れる場所まで迂回しようとせず、ざん、と音をたてていきなり目の前の茂みに踏みこむ。
「レン?」
「先行ってて!」
 振り返りもせずそう言い捨て、レンはまっすぐ一直線に彩煉へ向けて次の茂みを掻きわけた。
●彩  煉
「さいれん!!」
 まるで天に届けとばかりに声を張り上げ、その名を叫ぶ。
「ああもうっ、このっ、邪魔ばかりしてっ!」
 前をふさぐ邪魔な茂みをかきわけ、ようやく同じ小径へと出る。煉瓦で舗装されていなければ獣道とでも間違えそうな小径だ。左右から伸びた下生えが煉瓦をほぼ覆い隠し、踏むと昨夜降った雨のせいでぐちゃりと水を含んだ音をたてる。
 なんとも耳障りの悪い、しかも感触もいいとはいえないそれに、これでは走ることができないと、腹立たしく舌打ちをもらした。
 幻聖宮が財政難であることは知っているけれど、せめて道くらいまともに通してほしいものだ。
 切にそう思いながら、速足でなんとか追いつこうとする。
 この道を通っていたはずだが、彩煉の姿は一向に見えない。もしや見当をつけ間違っただろうか?
「彩煉!!」
 視界をふさいでいた邪魔な枝を乱雑に払いながら、いら立ちまぎれに名を呼んだなら、そのすぐ先、ほんの数歩先に、立ち止まった彩煉の姿があった。
「やあ、レン」
 振り返り、笑顔で自分へと近付くレンを待っている。
 会場に行かなくていいの? 今まさにそう言わんと彩煉が再び口を開いたとき。ずかずかずかと側まで歩み寄ったレンの手が、荒々しく胸倉を引き寄せた。
「彩煉! どういうこと!? この服っ!」
 まるっきり仕事服じゃないのっ!
 魔断は、正式の場に出席するときはそれぞれの系統を表す礼服を身につけなくてはいけない。
 火炎系の魔断である彩煉であれば、髪や瞳の色に一番近い、紅色を基調とした盛装衣だ。それに合わせて飾り剣帯、飾り針などの装飾品で身を飾る。
 朝会った時、確かに彼は盛装衣を着、レンの選んだ飾り剣帯を腰に|佩《は》いていた。
「なによ! この格好! 一体どうしたの!? 感応式に参加するんでしょ? どうしてこんな服装して、ここにいるの!? もうじき始まるのに!!」
 大声で頭ごなしにまくしたてる。もちろん館からは十分離れて、もう今の時刻であればだれもこの付近を通る者はいないはずと踏んでのことだ。
 いくら自分と彩煉は特別の関係にあり、こういうのも自分たちにとっては日常茶飯事のこととはいえ、魔断を怒鳴りつけるなど、知らない者が見たらはたして何と思うことか……。
 おとなしく引き寄せる力に従って背を丸め、近付けた顔のすぐ側で、ガーっと牙を向くレンに、彩煉は愛想笑いを浮かべてこう言った。
「また忘れてるね、レン。お兄ちゃんって呼んでくれる約束だよ、2人のときは」
 その、まるきり緊張感というものに欠けた、あまりにすっ頓狂な言葉に脱力して、がっくり肩を落としてしまう。
 いや、返事ともいえないものだ、これは。質疑と応答に何らつながりがない。
「……さい、れんんんんんーっ」
 毒気を抜かれ、すっかり怒りの萎えてしまった声で、それでもなんとかして聞き出そうとつとめてその名を呼んで顔を上げる。
 にらみつける、そんな彼女の正面で、彩煉はやはりなんら悪びれたふうもなく、にこにことほがらかに笑って、おとなしくレンの次の言葉を待っていた。
「……どうして、ここにいるの?」
 ゆっくり、ほかに取りようのない言葉で問いかける。
「それに、その格好はどうして? 午前の式の前にあなたの部屋へ行ったとき、着ていた盛装衣はどうして脱いじゃったの?
 そりゃ、どうしても盛装衣を着なくちゃいけないっていうわけじゃなくて、あなたがその格好でいいって思ってるんなら、あたしだってべつにかまわないけど。
 でも、どうしてここにいるの? それにその手!!」
 ビシッ、と音がするように鋭く人差指を突きつける。その迫力に押されてついつい手を庇って退いた彩煉に、逃がさないとばかりにレンは一歩間合深くへ踏みこむと右手をつかんだ。
「フェルト地の手袋して、しかも紐で袖口止めてるってことは、砂漠へ出るのね? サキスじゃなくて。
 どうして? そんなことしたら、絶対式に間に合わないじゃない。
 そんなに、出たくないの? 彩煉、式に出るって言ってくれたけど、ほんとは乗り気じゃないこと、あたし気付いてたんだから……」
「ちっ、ちがっ、違うよ、レン! そんなんじゃ――」
 最後の最後は泣さそうな声で小さくつぶやいて、うつむいてしまったレンの姿に狼狽し、あたふた否定しようとする。
「じゃあどうしてよ! 言って! 言いなさいよ、彩煉っ!!」
 がくがくがく。
 手加減抜きで勢いよく胸倉を揺さぶってくるレンに向かい
「………………えーとね……」
 といった切り出しで彩煉が話し始めたのは、こういうことだった。