この世界に生まれ、はたして悪夢であると考えない者はいるだろうか?
背を丸め、目尻が切れて血が流れるほど眼を開き、冷たい汗を体中から噴き出して頭皮をかきむしる。これは悪夢に違いない、と。
こんな現実が許されるはずはないのだ。なすすべもなく化物に四肢をちぎられ、生きながらにして肉体ごと魂をむさぼり喰われるなどという現実が、存在していいはずがない。
誰もが一度ならず考えるだろう。この世は神の見た巨大な悪夢であり、自分はその中に迷いこんだ蝶のようなものにすぎないのだと。
身を守る物は何ひとつ持たず、懸命にはばたき、花園という楽園を求めてさまようたよりなげな蝶。
しかし安らぎの地は決して地上には存在しない。
この世になど生まれてくるべきではなかった、そう思う者もいるに違いない。自分を見る、真実の闇に染まった瞳を前にしたとき。その指がふるう、とてつもない破壊を目撃し、跡形もなく消滅させられるという、壮絶な己の死を悟ったとき。
どんなに囎き、哀願し、その足元に額をすりつけようとも無駄であると諦めなければならなくなったとき、「悪夢」の一言は頭中深く刻みつけられるのだろう。
それは夢としかとらえることのできない、到底理解しがたい不条理な出来事なのだから。
だが夢は、いつの世も差しこむ一条の光によって散らされるものだ。
闇を遮断する境界線のように、汚されることなく暗闇に浮かび上がる。
はたしてどこから照らされているとも知れない、光。それはいつ失われるかも知れない、たよりないものだ。しかし、だからこそ人々はあんなにも朝を望むのかもしれない。
悪夢を散らし、やがて闇より自分を解き放ってくれる存在――救いを。