【???】それが彼女の望んだことだから
ー/ー エルフの少女の腕の中にいる、その銀髪の少女は眠っているようだった。
見たところ、衰弱もしておらず、血色もいい。精巧な人形にも見える。
ただ、そこには魂だけが足りていなかった。
「ミモザちゃん。最期のお別れは、ちゃんとできましたか?」
「はい……フィーさん、最期に笑ってくれました……」
隣に立つ女僧侶の言葉に拭っても拭いきれない涙をポタポタとこぼし、そのエルフの少女は、教会の聖堂の赤絨毯の上に、そっと優しく寝かせる。まだ信じられてはいない。揺すって起こせばまだ目を開けてくれるような気がしてしまう。
「さっちゃん、とうとう逝っちゃったのね」
厳かな空気だった教会の中にざわめきが立つ。
何故って、今しがたまで生きていたはずの少女が死んでしまったのだから。
「リコリスしゃん……フィーさんを蘇――」
「それ以上バカ言わないでね。私はあなたのこと嫌いよ。でもね、許してあげるの。だって、さっちゃんに言われたから。特別の特別。感謝することだわ」
その傍らに立っていた白髪の少女は、敵意にも近い感情を露わにする。
「まさかとは思うけれども、本気で分からないつもりでいるのなら教えてあげるわ。さっちゃんはね、自分が生きながらえる方法をいくらでも知っていたわ。だけどね、どの方法も選ばなかったの」
はぁー……、と露骨すぎるくらいの溜め息をついて、相手にするのも面倒そうに、渋々と言葉を続けていく。
「さっちゃんは、弱くなってしまったの。いえ、弱さを知ってしまったのよ。自分がどれだけ努力を束ねてきても、どれだけの偉業を束ねてきても、もうこの世界には、必要がないって分かってしまったから」
「そ、そんな……どうして……」
「もっと言わなきゃ分からないのかしら。あなたのせいよ、ミモザ・アレフヘイム。さっちゃんは、あなたと出会ったせいで弱くなってしまったの」
茫然自失としたエルフの少女の前に、不意に女僧侶が割って入る。
「リコリスちゃん、どうしてそんなことを言うのですか? フィーちゃんは決して、弱くなんてなっていませんよ」
「昔のさっちゃんを知らないからそんなことを言えるんだわ。さっちゃんがこれまで世界の摂理から逸脱してでも不老不死でいようとしてたのは、使命感のためだった。あの健気なさっちゃんが好きだったの」
白髪の少女が、顔を伏せ、自嘲気味に笑みを浮かべる。
「くっくっく……、本当、さっちゃんっておかしくなっちゃったよね。生きたいなら生きればいいのに。数千年生きてきてどうして今さら摂理に戻ろうとするのかしら。普通に生きて死ぬなんて、心がへし折れた証拠だわ」
「フィーしゃんが……私のせいで……?」
「そうよ。ミモザ・アレフヘイム。さっちゃんはあなたの力がとても羨ましかった。自分にはできないことをどんどんできてしまえるから。だからそんなあなたと並んで歩いていきたくなったのよ。そういうとこ意地っ張りなのよね」
白髪の少女の言葉を聞いて、エルフの少女は思い当たることがあったのか、ハッとして、言葉を失ってしまう。不老不死にもなれた銀髪の少女が何故普通の生き方を選んだのか。その理由を、理解できてしまったから。
「最期まで悪役気取ってみんなから嫌われて死んでいけばよかったのに。でももう、終わりなの。悪役を被るのは、これで最期よ」
そういうと、白髪の少女はその腕に付けていたものをさする。
何か、古びた腕輪のようだった。
「さっちゃんとの約束だからね。今度は私が嫌われ者になってあげるわ」
白髪の少女は何かを憂う顔を見せる。
その次の瞬間、教会に――いや、街全体――国全体が、眩い光に包まれていく。
何が起きたのかを理解するには至らない。認識もできない。
ただ、光が収まったときには、白髪の少女の姿など、何処にもなかった。
※ ※ ※ ※ ※
※ ※ ※ ※
※ ※ ※
※ ※
※
異種族国と呼ばれるパエデロスに、何度目かの穏やかな春が訪れていた。
人間やエルフ、ドワーフにオーガ。あらゆる種族がそこに集結しながらも、治安の良いその国は、遠方の国々からも平和の象徴だと度々噂される。
偉大なる功労者ロータス・ネルムフィラが小さな集落に過ぎなかったパエデロスの発展に大きく貢献し、今日までに至る。世界の誰でも知っていることだ。
パエデロスの周囲には無数のダンジョンが点在しており、冒険者たちにとっては夢を叶える国としても有名で、無名だった者もここで金銀財宝を手に入れたり、未開の地を開拓したりと名を馳せて出世したこともあるくらい。
冒険者あるところにはそれを手助けする商売も大変繁盛している。
常識的に考えて、武器や防具を装備しなければ意味はないのだから。
このパエデロスでは、特に評判を呼んでいるのが魔具だ。
魔法を込められた特殊な道具で、熟練の職人にしか作れない代物だが、パエデロスには有名なエルフの魔具職人がいた。
ミモザ・アレフヘイムという見た目も可愛らしい少女で、店長も務める。
太陽に照らされる小麦の如く輝かしい黄金の髪を持ち、何処までも澄み渡る大空の如く蒼い瞳をしており、その店長の存在もまた評判を呼んでいた。
聞くところによれば、その魔具店は天使の店と謳われており、従業員たちも皆、人気があることも特徴に挙げられる。
褐色肌で白髪のおっとりお姉さんエルフのデニア・アスタロイズに、明るく元気なムードメーカーで唯一の人間であるヤスミ・イクソラ。黒光りするムキムキの筋肉を持つハーフオーガのノイデス・ノウマウスに、超絶技巧を兼ね備えた職人ドワーフ娘のサンシ・マルバ。
ここに店長を加えた五人が揃い、冒険者たちの旅路を影ながら応援していた。
今日もまた店内は大繁盛で、所狭しと客たちが押し寄せてくる。
「いらっしゃいましぇー! ありがとうございましたぁー!」
店長のミモザも元気にカウンターの向こうで接客する。
しかし、ふと客の一人が不思議なことに気付く。
「店長さん、どうしてそんなに端に寄っているんだい?」
客の男が言うには、少し広いカウンターなのに、どういうわけかミモザのいる位置からすると随分と片方の方に寄って見えた。そんなに空けずとも、真ん中にいればいいのに。そんな至極当然の疑問が出てくる。
「……なんででしょう。ただ、いつもこうしていたのれ」
舌たらずの店長ミモザは、首を傾げる。
まるでもう一人分のスペースを確保しているかのようだが、そこには誰もいない。自分でもどうしてそんなことをしているのか分からなかった。
「そういえば、この店の前には天使みたいな像が二つあったけど、あれは店長さんなのかい?」
「そうれすよ。ノイデスしゃんが私のために造ってくれたのでふ」
そこまで訊かれて、また妙な疑問が出てくる。どうして像は二つもあるのだろう。店の入り口の両脇に置きたかっただけだったのだろうか。そもそも、天使の像の片方はミモザによく似せてあったが、もう片方は似ても似つかない。
「……?」
ミモザは違和感を覚える。しかし、その答えは不思議なことに出てこなかった。
「それにしても初めてこの国に来たが、大きな街で驚いたよ。ええと何といったかな、この街の開拓者」
「ロータスさんでふね。詳しいことは私もよく知らないのれすが、凄い功労者だったとか。事故で亡くならなければ世界中から慕われていたと思いましゅよ」
「ふぅん、まるで勇者みたいだねぇ」
「そうれすね。勇者さんみたいでふよね」
何のことはない、平穏な日々。パエデロスではそんな日常が今日も続く。
そんな傍ら、街角の向こう。
その少女は一人、物憂げに立っていた。
月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。
「私もお人好しよね。さっちゃんの頼みとはいえ、こんなアフターケアまでサービスしちゃうんだから。もっともっと感謝してほしいくらいだわ」
独り言のように、空を眺めて呟く。
パエデロスの空は晴れ渡り、清々しいことこの上ない。
「世界を恐怖に陥れた魔王なんていない。そんな恐ろしい魔王を倒した勇者も存在しない。悪者なんてここには誰もいない。ふふ……さっちゃんの考えたシナリオ、やっぱり面白くないわ」
白髪の少女が身に付けたその腕輪に目をやる。随分と古ぼけた腕輪だったが、そこには魔性の光が宿っていた。
それは古の時代、幻術師によって作り出された幻惑の腕輪。使用者の思うままに周囲の認識を書き換えるという効力を持っている。その力は絶大で、魔法を解いても一度書き換えた認識はそのまま。
かつて国が滅びたとまで云われるその腕輪を、少女は亡き友人から譲り受けていた。
「ねえ、さっちゃん。本当にこれでよかったと思ってるの? この世界でさっちゃんのことを知ってるの私だけになっちゃったよ。愉快愉快……でもないわね」
返事もしようがない空に、少女は語りかけるばかり。
「こんなことで平和を作ったって、どうせすぐにまた別の理由で壊れるに決まってるじゃない。さっちゃんって、そういうところが抜けていると思うわ」
空虚な瞳、自堕落な瞳がそこにはない、何処にもない、何かを一点に見つめる。
「でもまあ安心して。ちゃんと世界中からさっちゃんの記憶を書き換えておいたから。そこのところは抜かりないわ。ああ、でもさすがにちょっと疲れたわね。二百年くらい、いや三百年くらい眠ろうかしら」
とぼとぼと、無気力な足取りで、その少女はその場から立ち去っていく。
「ああ、そうそう。この腕輪、認識を書き換えることはできるんだけど、厳密には記憶や認識を消すことはできないのよね。だから何処か頭の片隅には残ってしまうの。別にいいわよね。何かのきっかけで思い出せたとしても、所詮記憶は記憶。本物と偽物の区別なんてつきはしないわ」
誰に聞かせるわけでもなく。
底無しに自堕落な瞳を浮かべる少女は、クスッと笑う。
「どちらにせよ、偽物の令嬢だものね」
その言葉を最後に白髪の少女は忽然と煙のように消え失せ、あたかも最初からそこには何もなかったかのように、平穏の中へと紛れ込んでいった。
見たところ、衰弱もしておらず、血色もいい。精巧な人形にも見える。
ただ、そこには魂だけが足りていなかった。
「ミモザちゃん。最期のお別れは、ちゃんとできましたか?」
「はい……フィーさん、最期に笑ってくれました……」
隣に立つ女僧侶の言葉に拭っても拭いきれない涙をポタポタとこぼし、そのエルフの少女は、教会の聖堂の赤絨毯の上に、そっと優しく寝かせる。まだ信じられてはいない。揺すって起こせばまだ目を開けてくれるような気がしてしまう。
「さっちゃん、とうとう逝っちゃったのね」
厳かな空気だった教会の中にざわめきが立つ。
何故って、今しがたまで生きていたはずの少女が死んでしまったのだから。
「リコリスしゃん……フィーさんを蘇――」
「それ以上バカ言わないでね。私はあなたのこと嫌いよ。でもね、許してあげるの。だって、さっちゃんに言われたから。特別の特別。感謝することだわ」
その傍らに立っていた白髪の少女は、敵意にも近い感情を露わにする。
「まさかとは思うけれども、本気で分からないつもりでいるのなら教えてあげるわ。さっちゃんはね、自分が生きながらえる方法をいくらでも知っていたわ。だけどね、どの方法も選ばなかったの」
はぁー……、と露骨すぎるくらいの溜め息をついて、相手にするのも面倒そうに、渋々と言葉を続けていく。
「さっちゃんは、弱くなってしまったの。いえ、弱さを知ってしまったのよ。自分がどれだけ努力を束ねてきても、どれだけの偉業を束ねてきても、もうこの世界には、必要がないって分かってしまったから」
「そ、そんな……どうして……」
「もっと言わなきゃ分からないのかしら。あなたのせいよ、ミモザ・アレフヘイム。さっちゃんは、あなたと出会ったせいで弱くなってしまったの」
茫然自失としたエルフの少女の前に、不意に女僧侶が割って入る。
「リコリスちゃん、どうしてそんなことを言うのですか? フィーちゃんは決して、弱くなんてなっていませんよ」
「昔のさっちゃんを知らないからそんなことを言えるんだわ。さっちゃんがこれまで世界の摂理から逸脱してでも不老不死でいようとしてたのは、使命感のためだった。あの健気なさっちゃんが好きだったの」
白髪の少女が、顔を伏せ、自嘲気味に笑みを浮かべる。
「くっくっく……、本当、さっちゃんっておかしくなっちゃったよね。生きたいなら生きればいいのに。数千年生きてきてどうして今さら摂理に戻ろうとするのかしら。普通に生きて死ぬなんて、心がへし折れた証拠だわ」
「フィーしゃんが……私のせいで……?」
「そうよ。ミモザ・アレフヘイム。さっちゃんはあなたの力がとても羨ましかった。自分にはできないことをどんどんできてしまえるから。だからそんなあなたと並んで歩いていきたくなったのよ。そういうとこ意地っ張りなのよね」
白髪の少女の言葉を聞いて、エルフの少女は思い当たることがあったのか、ハッとして、言葉を失ってしまう。不老不死にもなれた銀髪の少女が何故普通の生き方を選んだのか。その理由を、理解できてしまったから。
「最期まで悪役気取ってみんなから嫌われて死んでいけばよかったのに。でももう、終わりなの。悪役を被るのは、これで最期よ」
そういうと、白髪の少女はその腕に付けていたものをさする。
何か、古びた腕輪のようだった。
「さっちゃんとの約束だからね。今度は私が嫌われ者になってあげるわ」
白髪の少女は何かを憂う顔を見せる。
その次の瞬間、教会に――いや、街全体――国全体が、眩い光に包まれていく。
何が起きたのかを理解するには至らない。認識もできない。
ただ、光が収まったときには、白髪の少女の姿など、何処にもなかった。
※ ※ ※ ※ ※
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異種族国と呼ばれるパエデロスに、何度目かの穏やかな春が訪れていた。
人間やエルフ、ドワーフにオーガ。あらゆる種族がそこに集結しながらも、治安の良いその国は、遠方の国々からも平和の象徴だと度々噂される。
偉大なる功労者ロータス・ネルムフィラが小さな集落に過ぎなかったパエデロスの発展に大きく貢献し、今日までに至る。世界の誰でも知っていることだ。
パエデロスの周囲には無数のダンジョンが点在しており、冒険者たちにとっては夢を叶える国としても有名で、無名だった者もここで金銀財宝を手に入れたり、未開の地を開拓したりと名を馳せて出世したこともあるくらい。
冒険者あるところにはそれを手助けする商売も大変繁盛している。
常識的に考えて、武器や防具を装備しなければ意味はないのだから。
このパエデロスでは、特に評判を呼んでいるのが魔具だ。
魔法を込められた特殊な道具で、熟練の職人にしか作れない代物だが、パエデロスには有名なエルフの魔具職人がいた。
ミモザ・アレフヘイムという見た目も可愛らしい少女で、店長も務める。
太陽に照らされる小麦の如く輝かしい黄金の髪を持ち、何処までも澄み渡る大空の如く蒼い瞳をしており、その店長の存在もまた評判を呼んでいた。
聞くところによれば、その魔具店は天使の店と謳われており、従業員たちも皆、人気があることも特徴に挙げられる。
褐色肌で白髪のおっとりお姉さんエルフのデニア・アスタロイズに、明るく元気なムードメーカーで唯一の人間であるヤスミ・イクソラ。黒光りするムキムキの筋肉を持つハーフオーガのノイデス・ノウマウスに、超絶技巧を兼ね備えた職人ドワーフ娘のサンシ・マルバ。
ここに店長を加えた五人が揃い、冒険者たちの旅路を影ながら応援していた。
今日もまた店内は大繁盛で、所狭しと客たちが押し寄せてくる。
「いらっしゃいましぇー! ありがとうございましたぁー!」
店長のミモザも元気にカウンターの向こうで接客する。
しかし、ふと客の一人が不思議なことに気付く。
「店長さん、どうしてそんなに端に寄っているんだい?」
客の男が言うには、少し広いカウンターなのに、どういうわけかミモザのいる位置からすると随分と片方の方に寄って見えた。そんなに空けずとも、真ん中にいればいいのに。そんな至極当然の疑問が出てくる。
「……なんででしょう。ただ、いつもこうしていたのれ」
舌たらずの店長ミモザは、首を傾げる。
まるでもう一人分のスペースを確保しているかのようだが、そこには誰もいない。自分でもどうしてそんなことをしているのか分からなかった。
「そういえば、この店の前には天使みたいな像が二つあったけど、あれは店長さんなのかい?」
「そうれすよ。ノイデスしゃんが私のために造ってくれたのでふ」
そこまで訊かれて、また妙な疑問が出てくる。どうして像は二つもあるのだろう。店の入り口の両脇に置きたかっただけだったのだろうか。そもそも、天使の像の片方はミモザによく似せてあったが、もう片方は似ても似つかない。
「……?」
ミモザは違和感を覚える。しかし、その答えは不思議なことに出てこなかった。
「それにしても初めてこの国に来たが、大きな街で驚いたよ。ええと何といったかな、この街の開拓者」
「ロータスさんでふね。詳しいことは私もよく知らないのれすが、凄い功労者だったとか。事故で亡くならなければ世界中から慕われていたと思いましゅよ」
「ふぅん、まるで勇者みたいだねぇ」
「そうれすね。勇者さんみたいでふよね」
何のことはない、平穏な日々。パエデロスではそんな日常が今日も続く。
そんな傍ら、街角の向こう。
その少女は一人、物憂げに立っていた。
月の如き麗しい白髪と、炎の如き朱き瞳の少女。
「私もお人好しよね。さっちゃんの頼みとはいえ、こんなアフターケアまでサービスしちゃうんだから。もっともっと感謝してほしいくらいだわ」
独り言のように、空を眺めて呟く。
パエデロスの空は晴れ渡り、清々しいことこの上ない。
「世界を恐怖に陥れた魔王なんていない。そんな恐ろしい魔王を倒した勇者も存在しない。悪者なんてここには誰もいない。ふふ……さっちゃんの考えたシナリオ、やっぱり面白くないわ」
白髪の少女が身に付けたその腕輪に目をやる。随分と古ぼけた腕輪だったが、そこには魔性の光が宿っていた。
それは古の時代、幻術師によって作り出された幻惑の腕輪。使用者の思うままに周囲の認識を書き換えるという効力を持っている。その力は絶大で、魔法を解いても一度書き換えた認識はそのまま。
かつて国が滅びたとまで云われるその腕輪を、少女は亡き友人から譲り受けていた。
「ねえ、さっちゃん。本当にこれでよかったと思ってるの? この世界でさっちゃんのことを知ってるの私だけになっちゃったよ。愉快愉快……でもないわね」
返事もしようがない空に、少女は語りかけるばかり。
「こんなことで平和を作ったって、どうせすぐにまた別の理由で壊れるに決まってるじゃない。さっちゃんって、そういうところが抜けていると思うわ」
空虚な瞳、自堕落な瞳がそこにはない、何処にもない、何かを一点に見つめる。
「でもまあ安心して。ちゃんと世界中からさっちゃんの記憶を書き換えておいたから。そこのところは抜かりないわ。ああ、でもさすがにちょっと疲れたわね。二百年くらい、いや三百年くらい眠ろうかしら」
とぼとぼと、無気力な足取りで、その少女はその場から立ち去っていく。
「ああ、そうそう。この腕輪、認識を書き換えることはできるんだけど、厳密には記憶や認識を消すことはできないのよね。だから何処か頭の片隅には残ってしまうの。別にいいわよね。何かのきっかけで思い出せたとしても、所詮記憶は記憶。本物と偽物の区別なんてつきはしないわ」
誰に聞かせるわけでもなく。
底無しに自堕落な瞳を浮かべる少女は、クスッと笑う。
「どちらにせよ、偽物の令嬢だものね」
その言葉を最後に白髪の少女は忽然と煙のように消え失せ、あたかも最初からそこには何もなかったかのように、平穏の中へと紛れ込んでいった。
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