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遅すぎた転生者

ー/ー



「この間壊れた鐘楼の修復が遅れるんだってよ。
 カネがないとか言ってるらしいが、役人が懐に入れてんじゃねぇの」

「そうねぇ、時間がわからないのは困るわね」

「他の地区のが聞こえてくるからいいじゃないだって! このまま直らないかもしれないよ」

「こまったわねぇ」

 誰からともなく始まった話を私は聞いて、そりゃそうだろうと内心呟いた。
 王がいなくなって十年以上。国を治めるのは議会だが、自らの建前が足かせとなってなにも決められない。

 独裁的と断じた王が決めていたことを皆で決めようとして、誰も決められなくなったのだ。誰かが決めようとすれば、お前が王に成り代わるのかと言われ、ならば多数決をとろうとすれば少数派を無視するのかとなじられた。
 親方が飽きたように置いてあった新聞記事からはそれが見て取れた。開かれた議会をという建前が隠すことも許さない。
 そうでなければ、断じられ牢獄か土の下だ。

 誰もが、何かを決めることを恐れ、なにもなさぬままに国は国としての形を失いつつある。そのうちに他国に侵略され、存在すらなくしてしまうだろう。

 最後の王を廃してまで必要と思った自由は、扱いかねる化物だったのだ。

 バカバカしいと私は仕事に精を出すことにする。これくらいしか私にできることはない。手遅れになってからやってきてしまったのだから。

 私には前世の記憶がある。それを取り戻したのは、ある王の死を喜ぶパレードの中だった。
 討伐隊の誇らしげな顔と降る花がなにかの絵と重なった。

 これ、見たことある。
 それはとても腹立たしいことだった。なんども回避できないかと苦労しても、どうしても行き着く先。
 絶望的な、屈辱的な死があった。

 今、その死を喜ばれるその王はその人だった。
 彼は前世の私の推しだった。

 ああ、私は、遅かったのだと涙が出てそのまま倒れてしまった。周囲からは感極まってと誤解されたが、逆だ。絶望でしかない。

 前世の私というのは、あるゲームを熱愛していた。
 それは主人公は変わるものの同じ大陸を舞台としたシリーズもので、前作の登場人物が次作などにも出てくるのが良かった。
 私が熱愛していたのはその中のひとり、魔導の王と呼ばれた人だった。名を語ることはできないと作品ごとに別名を名乗っていた。だから、彼を指すのは魔導の王と言われるのが常だった。

 一作目から序盤、中盤と支えてくれる彼は、三作目で亡くなった。
 自らの国で、かつての友に討たれた。
 歪んで間違ってしまったから、と言われるがどうにも納得できないというのが、信者だ。どこかで、止められないかとルートを探しても無駄だった。

 呆然としたプレイヤーを嘲笑うように、新作ではこの件は華麗にスルーされる。この国がその後どうなったという話はちょっとしたアイテムを手に入れるためのイベントでしか触れられない。
 それも最強アイテム入手&最凶隠しボス討伐なので通常ルートではスルーされがちだ。前作のデータの有無に加えて前作あるイベントの返答により、ボスの性質も変わるなんて仕込まれてたら普通はやらない。
 マニア向けのなんかだろう。マニアどころか信者であった私、履修済みだ。
 聖女、あるいは、魔女があるものを手に入れることを依頼し、それを手に入れて渡せば無事最強アイテムを手に入れられる。しかし、あるものを破棄したり、手に入れそこねた場合には、戦闘に入る。初見殺しの呪いがヤバい。

 まあ、四作目まではやったんだ。推しが復活するかもと縋って。なかった。
 その後、5,6と続いて完結した。ゲームはやらずに情報だけしかない。それがなにか役に立つ気はしなかったし、役に立てる立場につくこともないだろう。

 転生特典なんてほとんどなかった。文字が読めて書けるというのは特典と言えるが、しがない町娘Aでは使いようがない。識字率が30%を切るくらいの地域で、文字が読める娘。そう言っても相手も文字が読み書きでないので嘘と決めつけられるのがほとんどだ。親方くらいにもなるとある程度はできるが、それでも計算が怪しかったりはする。

 そういうのを指摘してもいいことはない。バカにされたとただ怒るだけだ。小娘に指摘されて恥をかかされたと。
 そのくらいにこの世界の女性の立ち位置は良くない。まったく、昭和初期か、と毒づいても意味はない。

 私は私の仕事をするだけだ。
 この街は織物産業が盛んだ。近くに羊毛の牧場があり、毛刈りされ、洗われて、糸に紡がれる。その糸を織機で布にしたり、編んだりしている。
 私は女工として工場に勤務していた。小さい子ばかりが集められた工房に最初は勤務していた。指が小さい方が細かい作業に向いている。それから少し大きくなって、織機のある場所に回されていた。あまり待遇は良くない。
 子供の頃のほうが稼げるというのは闇過ぎる。それでも私はまだ細い指があるからやれることもある。まあ、骨ばかりと言われたりはするから良し悪しだろうけど。

 朝から夕方までが仕事の時間だ。女性ばかりの職場なので噂話や愚痴、はやりの話などがBGMのように流れていく。
 サボっているのではなくもう手が慣れてしまっている。それでも時々、悲鳴が上がってやり直しと嘆く声も聞こえる。歩合制なので、そこは手痛い損失である。

 それでも、ここは稼げるほうだ。外に嫁に出すよりも働いてもらったほうが良いと判断されるくらいには。
 まだ、私の指は細い。痩せてがりがりで、女性らしい体つきもない。
 それに安堵する。

 この世界は広いのかもしれないが、私の世界は狭い。この街で生まれて死ぬ。街の外に出るようなこともほとんどなく、年頃だと嫁に出され、子を生み育て、それでおしまいだ。
 夫を選ぶこともなく、仕事を選べたこともなく、老後は役立たずと罵られる。

 本当にろくでもない転生先だ。前世の私がなにをしたのだろう。推しの祭壇を作ったのが悪かったのか。熱愛していたのだから、どうせなら仲間になれるような年頃に生まれればよかったものを。
 この世を呪いながら、それでも流され生きていくと思っていた。

 その1ヶ月後、職を失うまでは。


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「そうねぇ、時間がわからないのは困るわね」
「他の地区のが聞こえてくるからいいじゃないだって! このまま直らないかもしれないよ」
「こまったわねぇ」
 誰からともなく始まった話を私は聞いて、そりゃそうだろうと内心呟いた。
 王がいなくなって十年以上。国を治めるのは議会だが、自らの建前が足かせとなってなにも決められない。
 独裁的と断じた王が決めていたことを皆で決めようとして、誰も決められなくなったのだ。誰かが決めようとすれば、お前が王に成り代わるのかと言われ、ならば多数決をとろうとすれば少数派を無視するのかとなじられた。
 親方が飽きたように置いてあった新聞記事からはそれが見て取れた。開かれた議会をという建前が隠すことも許さない。
 そうでなければ、断じられ牢獄か土の下だ。
 誰もが、何かを決めることを恐れ、なにもなさぬままに国は国としての形を失いつつある。そのうちに他国に侵略され、存在すらなくしてしまうだろう。
 最後の王を廃してまで必要と思った自由は、扱いかねる化物だったのだ。
 バカバカしいと私は仕事に精を出すことにする。これくらいしか私にできることはない。手遅れになってからやってきてしまったのだから。
 私には前世の記憶がある。それを取り戻したのは、ある王の死を喜ぶパレードの中だった。
 討伐隊の誇らしげな顔と降る花がなにかの絵と重なった。
 これ、見たことある。
 それはとても腹立たしいことだった。なんども回避できないかと苦労しても、どうしても行き着く先。
 絶望的な、屈辱的な死があった。
 今、その死を喜ばれるその王はその人だった。
 彼は前世の私の推しだった。
 ああ、私は、遅かったのだと涙が出てそのまま倒れてしまった。周囲からは感極まってと誤解されたが、逆だ。絶望でしかない。
 前世の私というのは、あるゲームを熱愛していた。
 それは主人公は変わるものの同じ大陸を舞台としたシリーズもので、前作の登場人物が次作などにも出てくるのが良かった。
 私が熱愛していたのはその中のひとり、魔導の王と呼ばれた人だった。名を語ることはできないと作品ごとに別名を名乗っていた。だから、彼を指すのは魔導の王と言われるのが常だった。
 一作目から序盤、中盤と支えてくれる彼は、三作目で亡くなった。
 自らの国で、かつての友に討たれた。
 歪んで間違ってしまったから、と言われるがどうにも納得できないというのが、信者だ。どこかで、止められないかとルートを探しても無駄だった。
 呆然としたプレイヤーを嘲笑うように、新作ではこの件は華麗にスルーされる。この国がその後どうなったという話はちょっとしたアイテムを手に入れるためのイベントでしか触れられない。
 それも最強アイテム入手&最凶隠しボス討伐なので通常ルートではスルーされがちだ。前作のデータの有無に加えて前作あるイベントの返答により、ボスの性質も変わるなんて仕込まれてたら普通はやらない。
 マニア向けのなんかだろう。マニアどころか信者であった私、履修済みだ。
 聖女、あるいは、魔女があるものを手に入れることを依頼し、それを手に入れて渡せば無事最強アイテムを手に入れられる。しかし、あるものを破棄したり、手に入れそこねた場合には、戦闘に入る。初見殺しの呪いがヤバい。
 まあ、四作目まではやったんだ。推しが復活するかもと縋って。なかった。
 その後、5,6と続いて完結した。ゲームはやらずに情報だけしかない。それがなにか役に立つ気はしなかったし、役に立てる立場につくこともないだろう。
 転生特典なんてほとんどなかった。文字が読めて書けるというのは特典と言えるが、しがない町娘Aでは使いようがない。識字率が30%を切るくらいの地域で、文字が読める娘。そう言っても相手も文字が読み書きでないので嘘と決めつけられるのがほとんどだ。親方くらいにもなるとある程度はできるが、それでも計算が怪しかったりはする。
 そういうのを指摘してもいいことはない。バカにされたとただ怒るだけだ。小娘に指摘されて恥をかかされたと。
 そのくらいにこの世界の女性の立ち位置は良くない。まったく、昭和初期か、と毒づいても意味はない。
 私は私の仕事をするだけだ。
 この街は織物産業が盛んだ。近くに羊毛の牧場があり、毛刈りされ、洗われて、糸に紡がれる。その糸を織機で布にしたり、編んだりしている。
 私は女工として工場に勤務していた。小さい子ばかりが集められた工房に最初は勤務していた。指が小さい方が細かい作業に向いている。それから少し大きくなって、織機のある場所に回されていた。あまり待遇は良くない。
 子供の頃のほうが稼げるというのは闇過ぎる。それでも私はまだ細い指があるからやれることもある。まあ、骨ばかりと言われたりはするから良し悪しだろうけど。
 朝から夕方までが仕事の時間だ。女性ばかりの職場なので噂話や愚痴、はやりの話などがBGMのように流れていく。
 サボっているのではなくもう手が慣れてしまっている。それでも時々、悲鳴が上がってやり直しと嘆く声も聞こえる。歩合制なので、そこは手痛い損失である。
 それでも、ここは稼げるほうだ。外に嫁に出すよりも働いてもらったほうが良いと判断されるくらいには。
 まだ、私の指は細い。痩せてがりがりで、女性らしい体つきもない。
 それに安堵する。
 この世界は広いのかもしれないが、私の世界は狭い。この街で生まれて死ぬ。街の外に出るようなこともほとんどなく、年頃だと嫁に出され、子を生み育て、それでおしまいだ。
 夫を選ぶこともなく、仕事を選べたこともなく、老後は役立たずと罵られる。
 本当にろくでもない転生先だ。前世の私がなにをしたのだろう。推しの祭壇を作ったのが悪かったのか。熱愛していたのだから、どうせなら仲間になれるような年頃に生まれればよかったものを。
 この世を呪いながら、それでも流され生きていくと思っていた。
 その1ヶ月後、職を失うまでは。