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ep.61 引き弱の千寿流

ー/ー



「千寿流ちゃん。朝だよー。まだ起きてこないのかなー」

 翌日、一向に起きる気配のない千寿流のもとに夜深が近づく。
 膝を抱えて傍らに立っているシャルは、千寿流に近づいてくる夜深に気づくと人差し指を口元にあて、シーっと仕草をとった。

「へえ、可愛い寝顔」

「ちずる すっごく しあわせそうなかお きっと あんしんして ねむれてるんだね」

 涎を垂らして鼻で小さな寝息を立てて眠る千寿流の顔は、無防備で安心しきったような、そんないつまでも見ていたくなるような寝顔だった。
 きっと、安心して眠れるだけの理由ができたのだろうか。思えば今まで不安に駆られるような出来事が連続して起こりすぎていたのかもしれない。

「こう幸せそうな顔をされると、寝かせておいてあげたいのは山々だけど、日が昇り切る前にできるだけ進んでおきたいってのが本音だね」

 そう言われてはっと口に手を当てるシャル。
 昨日の茹だる様な地獄の炎天下を思いだされる。今はまだ朝が早いのでそこまで日差しは強くないが、太陽が昇るにつれ徐々に気温が上がっていくだろう。

「ちずる~! はやく おきて~! はやくクラマのところに いくよ~!」

 すやすやと寝息を立てている千寿流の肩を掴むと、少し激しめに揺さぶる。
 上下に大きく揺さぶられ、さすがの千寿流も何事かと目を覚まし、寝起き眼をこする間もなく辺りをキョロキョロと見渡す。その横で、千寿流の慌てふためいた顔が面白かったのか、夜深がくすくすと声を殺して笑っていた。

「ちずる! ほら は みがいて! これ ハブラシ!」

「うひゃあぁ!? しゃ、シャルちゃん!?」

 抗議する間もなく、口の中に歯ブラシが突っ込まれる。シャルの容赦ないブラッシングに、千寿流は白目を剥きながらされるがままになった。それは朝の静寂を打ち破る、シュールな親子の図そのものだった。

「昨日は結構進んだよね。今日中にクラマちゃんのところには行けるのかな?」

 歯を磨き終わり、朝食も取り、再び歩き始めることにした一行。すっかり目も覚めた千寿流がそう言った。
 横浜から大口(旧鎌倉)までの距離は約二十キロメートル程度。歩く速度にもよるが、大体5時間ほどで到着する計算となる。千寿流やシャルの歩幅は狭いので、それに合わせて計算してみても7時間程度あれば問題ないだろう。
 昨日は慣れない砂上の道を歩く羽目になったし、道中様々な障害に出くわした。それに、それほどの時間ではないといえタクミの家にも厄介になった。
 体感時間的には一日中歩いたという感覚はあったものの、距離的にはおおよそ半分の十キロ程度しか進めていなかったのだ。

「じゃあ、残り半分、十キロ歩けば着けるんだね! えひひひ、じゃあ昨日の十キロと合わせて今日は絶対つけちゃうよね」

「まあ、これ以上何も起きなければの話だけどね」

 何か不吉なことを言われた気がしたので振り返ると、夜深が口角を上げて笑っていた。
 夜深は魔獣(マインドイーター)に襲われた時も助けてくれた上に、千寿流たちが迷っていた時も手を差し伸べてくれる頼りになる男ではある。
 ただ、頼りにはなるのだが、こういった悪ふざけというか、洒落にならない冗談をいう所が千寿流は少し苦手だった。

「へへん、夜深ちゃん知らないの? 悪いことなんてそう何度も続くもんじゃないよ? ほら、あたしのスマホ見てみてよ!」

 そう言われ夜深は千寿流のスマホをのぞき込むと、星が五つ並んでいるアニメのキャラクターの顔アイコンがズラリと並んでいた。
 それはどれもが金色のフレームで囲まれており、証明写真の様に並ぶ表情に乏しい顔と相まってなんとも不気味な絵面だった。

「これが、何? 意味が分からないんだけど」

 夜深がそう答えると、『え、そんなことも分からないの?』といった、驚きと小馬鹿にした表情が混ざったような顔をしながら、夜深の隣に立って画面を操作しつつ説明を始める。

「これは星五の最レアキャラだよ! あたし、このゲームもう一年やってるけど、そんなに引きが良くないほうなんだよね」

 夜深はようやく合点がいったのか、頭を掻きながら呆れた顔をする。

「けれど、見てみて! えひひひひ! えっとね、あたしの言いたいことはね! あたしみたいな無課金でもこれだけのキャラが引けるんだよってこと!……あれ、なんでこんな話してるんだっけ?」

 そんな千寿流を見て、夜深は大きくため息を吐きながら大袈裟にやれやれと首を振った後、他人の出来の悪い子供を見るときのような憐みの眼差しを向ける。

「ほら、あたし最近引きが良くないから、今引けばいいのが出ると思うんだよね!」

 そう言いながら、ガチャるの部分をタップする千寿流。
 画面がキラキラと輝きながらバックの星空に流星のようなエフェクトが流れる。

「ああー! これいいよっ! すごいよっ! すっごいの来ちゃうかも!?」

 しつこい位のキラキラとした演出の後、剣を両手に構えた冴えない少年のキャラクターが表示される。『ブレイブワンダラーキョウイチ』の文字といっしょに大きく"レア”と書かれていた。

ep.61 引き弱の千寿流

「ああ~、これ外れのやつだよ。キョウちゃん絵はカッコいいんだけどなぁ。うぅ~ん、この前も出たやつなんだよね」

「ああ、もういいよ、それ。また肝心な時に充電切れるよ?」

「え、うん。ん~っと、あれれ、なんでだっけ? なんであたしガチャの話なんて」

 その場でスマホをしまい、両手を胸にあてて考え込む千寿流を置いて、歩いていってしまう夜深。シャルは二人を数回交互に見比べてから一言『さきに いってるね ちずる』と声をかけて小走りに走っていくのだった。

「ん~と、あ! そうだ! ずっと引いてればいつか良いのが出るように、悪いことはずっとは続かないんだよって言いたかったんだ! ってあれ、夜深ちゃん? シャルちゃん?」

 気づけば数十メートル先に歩いている二人を発見して、慌てて追いかける千寿流であった。


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「千寿流ちゃん。朝だよー。まだ起きてこないのかなー」
 翌日、一向に起きる気配のない千寿流のもとに夜深が近づく。
 膝を抱えて傍らに立っているシャルは、千寿流に近づいてくる夜深に気づくと人差し指を口元にあて、シーっと仕草をとった。
「へえ、可愛い寝顔」
「ちずる すっごく しあわせそうなかお きっと あんしんして ねむれてるんだね」
 涎を垂らして鼻で小さな寝息を立てて眠る千寿流の顔は、無防備で安心しきったような、そんないつまでも見ていたくなるような寝顔だった。
 きっと、安心して眠れるだけの理由ができたのだろうか。思えば今まで不安に駆られるような出来事が連続して起こりすぎていたのかもしれない。
「こう幸せそうな顔をされると、寝かせておいてあげたいのは山々だけど、日が昇り切る前にできるだけ進んでおきたいってのが本音だね」
 そう言われてはっと口に手を当てるシャル。
 昨日の茹だる様な地獄の炎天下を思いだされる。今はまだ朝が早いのでそこまで日差しは強くないが、太陽が昇るにつれ徐々に気温が上がっていくだろう。
「ちずる~! はやく おきて~! はやくクラマのところに いくよ~!」
 すやすやと寝息を立てている千寿流の肩を掴むと、少し激しめに揺さぶる。
 上下に大きく揺さぶられ、さすがの千寿流も何事かと目を覚まし、寝起き眼をこする間もなく辺りをキョロキョロと見渡す。その横で、千寿流の慌てふためいた顔が面白かったのか、夜深がくすくすと声を殺して笑っていた。
「ちずる! ほら は みがいて! これ ハブラシ!」
「うひゃあぁ!? しゃ、シャルちゃん!?」
 抗議する間もなく、口の中に歯ブラシが突っ込まれる。シャルの容赦ないブラッシングに、千寿流は白目を剥きながらされるがままになった。それは朝の静寂を打ち破る、シュールな親子の図そのものだった。
「昨日は結構進んだよね。今日中にクラマちゃんのところには行けるのかな?」
 歯を磨き終わり、朝食も取り、再び歩き始めることにした一行。すっかり目も覚めた千寿流がそう言った。
 横浜から大口(旧鎌倉)までの距離は約二十キロメートル程度。歩く速度にもよるが、大体5時間ほどで到着する計算となる。千寿流やシャルの歩幅は狭いので、それに合わせて計算してみても7時間程度あれば問題ないだろう。
 昨日は慣れない砂上の道を歩く羽目になったし、道中様々な障害に出くわした。それに、それほどの時間ではないといえタクミの家にも厄介になった。
 体感時間的には一日中歩いたという感覚はあったものの、距離的にはおおよそ半分の十キロ程度しか進めていなかったのだ。
「じゃあ、残り半分、十キロ歩けば着けるんだね! えひひひ、じゃあ昨日の十キロと合わせて今日は絶対つけちゃうよね」
「まあ、これ以上何も起きなければの話だけどね」
 何か不吉なことを言われた気がしたので振り返ると、夜深が口角を上げて笑っていた。
 夜深は|魔獣《マインドイーター》に襲われた時も助けてくれた上に、千寿流たちが迷っていた時も手を差し伸べてくれる頼りになる男ではある。
 ただ、頼りにはなるのだが、こういった悪ふざけというか、洒落にならない冗談をいう所が千寿流は少し苦手だった。
「へへん、夜深ちゃん知らないの? 悪いことなんてそう何度も続くもんじゃないよ? ほら、あたしのスマホ見てみてよ!」
 そう言われ夜深は千寿流のスマホをのぞき込むと、星が五つ並んでいるアニメのキャラクターの顔アイコンがズラリと並んでいた。
 それはどれもが金色のフレームで囲まれており、証明写真の様に並ぶ表情に乏しい顔と相まってなんとも不気味な絵面だった。
「これが、何? 意味が分からないんだけど」
 夜深がそう答えると、『え、そんなことも分からないの?』といった、驚きと小馬鹿にした表情が混ざったような顔をしながら、夜深の隣に立って画面を操作しつつ説明を始める。
「これは星五の最レアキャラだよ! あたし、このゲームもう一年やってるけど、そんなに引きが良くないほうなんだよね」
 夜深はようやく合点がいったのか、頭を掻きながら呆れた顔をする。
「けれど、見てみて! えひひひひ! えっとね、あたしの言いたいことはね! あたしみたいな無課金でもこれだけのキャラが引けるんだよってこと!……あれ、なんでこんな話してるんだっけ?」
 そんな千寿流を見て、夜深は大きくため息を吐きながら大袈裟にやれやれと首を振った後、他人の出来の悪い子供を見るときのような憐みの眼差しを向ける。
「ほら、あたし最近引きが良くないから、今引けばいいのが出ると思うんだよね!」
 そう言いながら、ガチャるの部分をタップする千寿流。
 画面がキラキラと輝きながらバックの星空に流星のようなエフェクトが流れる。
「ああー! これいいよっ! すごいよっ! すっごいの来ちゃうかも!?」
 しつこい位のキラキラとした演出の後、剣を両手に構えた冴えない少年のキャラクターが表示される。『ブレイブワンダラーキョウイチ』の文字といっしょに大きく"レア”と書かれていた。
「ああ~、これ外れのやつだよ。キョウちゃん絵はカッコいいんだけどなぁ。うぅ~ん、この前も出たやつなんだよね」
「ああ、もういいよ、それ。また肝心な時に充電切れるよ?」
「え、うん。ん~っと、あれれ、なんでだっけ? なんであたしガチャの話なんて」
 その場でスマホをしまい、両手を胸にあてて考え込む千寿流を置いて、歩いていってしまう夜深。シャルは二人を数回交互に見比べてから一言『さきに いってるね ちずる』と声をかけて小走りに走っていくのだった。
「ん~と、あ! そうだ! ずっと引いてればいつか良いのが出るように、悪いことはずっとは続かないんだよって言いたかったんだ! ってあれ、夜深ちゃん? シャルちゃん?」
 気づけば数十メートル先に歩いている二人を発見して、慌てて追いかける千寿流であった。