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ep.60 砂上の痕跡

ー/ー



「あれ、ねえ、見てみて! あれって街かな? どうなのかな?」

 あれから数時間、日が翳り、あれだけ熱かった太陽もなりを潜める頃。
 その遠くに疎らに立ったコンクリートの建物が点々と視えた。

「昔、街だったものじゃないかな。こんな過酷な環境下で人が住めるとも思えないし、そもそもどうみても住んでいるようには視えないよ。まあでも、誰もいなかったとしても風除けにはなるだろうし、とりあえず近くまで行ってみようか」

 千寿流たち一行は早々に目印を決めて、その人々が住んでいただろう、コンクリートが立ち並ぶ場所に足早に向かうことにした。
 目で視えるのはほんの近くなのに、実際に向かうとなるとそれなりの時間が掛かった。
 やっとの思いでたどり着くものの、想像通りその柱の周辺には人々の営みや生活の痕跡は見当たらない。
 それもそのはず、近くには水場もなく、電柱などが建っていた名残りこそ見えるものの、まともに機能しているものなど一つもない。
 加えて朝は茹だる様な直射日光、日が静まれば一気に冷え込む劣悪な環境だ。それに時々巻き起こる強風とともに砂塵が吹き付ける。
 とどのつまり人が生きていける環境にないのだ。かつて人の営みによって築かれたであろうビル街も、ひび割れ、風化し、今やただの無人の彫像と化してしまっている。
 けれど、ここに何らかの建物が建っていたというのであれば、それはこの地に人が住んでいた証明でもある。

「……」

 千寿流は右手で歴史の残骸たちをなぞりながらゆっくりと歩く。
 目を閉じればそこにはここに住んでいた人たちが、今も楽しそうに笑いながら歩いている光景が映し出される。けれど、目を開ければその魔法は瞬く間に溶けてしまうだろう。
 だから、少しでも長くこの魔法の中にいるために目を瞑ったまま歩き続けた。

「いたっ!」

 前が見えないまま歩き続けたので、目の前にある電信柱に頭からぶつかって転んでしまった。

「ちずる だいじょうぶ?」

 シャルが頭を押さえて唸る千寿流のもとに駆けよる。
 千寿流は大丈夫だよと言いながら、ひりひりと痛む頭をさすりながら腰を上げる。
 目の前に在ったいつかの風景は跡形もなく消えていた。
 何かを思って振り返る。

「ねえ、夜深ちゃん。どうしてこうなっちゃったんだと思う? やっぱりそのさ、導ってやつのせいなのかな。導っていうのせいならもう気にしなくてもいいのかな」

 千寿流はそう問いかけたあと、夜深のほうに向きなおる。
 災害を前に小さな人間一人が何をできるでもない。過去は変わらない。だから気に病む必要もない。どう足掻いたってできないことがある。
 いや、多すぎる世界だから。
 だから、前を向くしかない。

「導については僕にもわからないよ」

 今を生きる人間は前を向いて、過去に変えていくしかできないのだから。

「けれど、君がそうやって頭を抱えて考える事は、決して無駄じゃないと僕は思うよ」

「……」

 千寿流は夜深に向きなおる。

「人の良いところ、ほかの動物と違う所は考えることができる事。そして、それを自分なりの解釈で考察できる事。けれどそれは悪癖でもある。どれだけ時間をかけて考えたとしても、答えが出ない事のほうがこの世界には多いんだよ」

 夜深は千寿流の傍に並ぶと、その頭に手をポンと置いて言葉をつづけた。

「今日は休もうよ。今は目的の途中だ。大口には何があるかわからない。だから万全に、今日はゆっくりと休んで心も体も養おう」

 コンクリートで囲われた風が吹き込まない位置にシートを敷き、その中心に薪を焚く。
 めらめらと燃える炎を見ていると、なんだか心が落ち着く気がした。
 野宿は初めてかもしれない。いや、星ちゃんに助けられたときに一度あったっけ。
 耳を澄ますとチリチリと燃える音と風に紛れて遠くで鳥の声がした。耳に心地の良い音色だ。飛ぶ鳥を見ようと見上げると、宙には満天の星空が広がっていた。
 ずっと下ばかり向いていたから気が付かなかった。こうして見逃してきたであろういくつもの輝き。
 思えば今までにいくつあったのだろう。それを一つずつ丁寧に拾っていけば、いつかそれらは思い出となって一層と輝きを増すのだろうか。

 明日はきっとクラマちゃんに会える。
 その思いを胸に今日はゆっくりと休むことにしよう。


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「あれ、ねえ、見てみて! あれって街かな? どうなのかな?」
 あれから数時間、日が翳り、あれだけ熱かった太陽もなりを潜める頃。
 その遠くに疎らに立ったコンクリートの建物が点々と視えた。
「昔、街だったものじゃないかな。こんな過酷な環境下で人が住めるとも思えないし、そもそもどうみても住んでいるようには視えないよ。まあでも、誰もいなかったとしても風除けにはなるだろうし、とりあえず近くまで行ってみようか」
 千寿流たち一行は早々に目印を決めて、その人々が住んでいただろう、コンクリートが立ち並ぶ場所に足早に向かうことにした。
 目で視えるのはほんの近くなのに、実際に向かうとなるとそれなりの時間が掛かった。
 やっとの思いでたどり着くものの、想像通りその柱の周辺には人々の営みや生活の痕跡は見当たらない。
 それもそのはず、近くには水場もなく、電柱などが建っていた名残りこそ見えるものの、まともに機能しているものなど一つもない。
 加えて朝は茹だる様な直射日光、日が静まれば一気に冷え込む劣悪な環境だ。それに時々巻き起こる強風とともに砂塵が吹き付ける。
 とどのつまり人が生きていける環境にないのだ。かつて人の営みによって築かれたであろうビル街も、ひび割れ、風化し、今やただの無人の彫像と化してしまっている。
 けれど、ここに何らかの建物が建っていたというのであれば、それはこの地に人が住んでいた証明でもある。
「……」
 千寿流は右手で歴史の残骸たちをなぞりながらゆっくりと歩く。
 目を閉じればそこにはここに住んでいた人たちが、今も楽しそうに笑いながら歩いている光景が映し出される。けれど、目を開ければその魔法は瞬く間に溶けてしまうだろう。
 だから、少しでも長くこの魔法の中にいるために目を瞑ったまま歩き続けた。
「いたっ!」
 前が見えないまま歩き続けたので、目の前にある電信柱に頭からぶつかって転んでしまった。
「ちずる だいじょうぶ?」
 シャルが頭を押さえて唸る千寿流のもとに駆けよる。
 千寿流は大丈夫だよと言いながら、ひりひりと痛む頭をさすりながら腰を上げる。
 目の前に在ったいつかの風景は跡形もなく消えていた。
 何かを思って振り返る。
「ねえ、夜深ちゃん。どうしてこうなっちゃったんだと思う? やっぱりそのさ、導ってやつのせいなのかな。導っていうのせいならもう気にしなくてもいいのかな」
 千寿流はそう問いかけたあと、夜深のほうに向きなおる。
 災害を前に小さな人間一人が何をできるでもない。過去は変わらない。だから気に病む必要もない。どう足掻いたってできないことがある。
 いや、多すぎる世界だから。
 だから、前を向くしかない。
「導については僕にもわからないよ」
 今を生きる人間は前を向いて、過去に変えていくしかできないのだから。
「けれど、君がそうやって頭を抱えて考える事は、決して無駄じゃないと僕は思うよ」
「……」
 千寿流は夜深に向きなおる。
「人の良いところ、ほかの動物と違う所は考えることができる事。そして、それを自分なりの解釈で考察できる事。けれどそれは悪癖でもある。どれだけ時間をかけて考えたとしても、答えが出ない事のほうがこの世界には多いんだよ」
 夜深は千寿流の傍に並ぶと、その頭に手をポンと置いて言葉をつづけた。
「今日は休もうよ。今は目的の途中だ。大口には何があるかわからない。だから万全に、今日はゆっくりと休んで心も体も養おう」
 コンクリートで囲われた風が吹き込まない位置にシートを敷き、その中心に薪を焚く。
 めらめらと燃える炎を見ていると、なんだか心が落ち着く気がした。
 野宿は初めてかもしれない。いや、星ちゃんに助けられたときに一度あったっけ。
 耳を澄ますとチリチリと燃える音と風に紛れて遠くで鳥の声がした。耳に心地の良い音色だ。飛ぶ鳥を見ようと見上げると、宙には満天の星空が広がっていた。
 ずっと下ばかり向いていたから気が付かなかった。こうして見逃してきたであろういくつもの輝き。
 思えば今までにいくつあったのだろう。それを一つずつ丁寧に拾っていけば、いつかそれらは思い出となって一層と輝きを増すのだろうか。
 明日はきっとクラマちゃんに会える。
 その思いを胸に今日はゆっくりと休むことにしよう。