表示設定
表示設定
目次 目次




2輪:神楽美鎖子の人生

ー/ー




 ────「みーちゃん。あんまりみんなの前で泣かない方がいいよ。みーちゃんの泣いた顔、可愛くないから」


 この言葉は美鎖子(みさこ)が幼稚園生の時に、幼馴染の初恋の男の子から言われた言葉だ。


 美鎖子はなぜその時自分が泣いていたのか、今はもう思い出せない。

しかし男の子が小石をサッカーボールのようにいじりながら、そう言ったことは、はっきりと覚えている。


 美鎖子は幼稚園児だったにも関わらず、人前で泣かないことを決意した。

そして初恋の男の子に、カルガモの親子くらいの距離感で付いてまわるのもやめた。



 ────「神楽さんって、なんでいっつも怒ってるの?私たち何かした?」


 この言葉は美鎖子が小学校低学年の時に、クラスメイトの女の子たちから言われた言葉だ。


 美鎖子は絵に描いたようなキツい猫目だった。

毎朝洗面所の鏡に映る自分の目が、自分自身を睨みつけているのではないかと思うほどであった。

美鎖子にとっては標準装備(ノーマル)な表情であっても、その目は完全に獲物を狙う猫のような目をしているのだ。


 だから美鎖子は、もし同級生から「怒ってる?」と聞かれたとしても、
優しく「怒ってないよ、生まれつきこういう目なの」と答えるつもりでいた。

しかしその予行練習は無意味であった。

想定外のシチュエーションで、怒っているかどうか聞かれたからだ。


 大勢の女の子たちが廊下のど真ん中を、まるでのドラマでよく見るあのシーンのように、
綺麗な三角形を保ちながら、美鎖子の元まで歩いて来た。

そして先頭(センター)に立つ女の子だけが
「神楽さんって、なんでいっつも怒ってるの?私たち何かした?」と問い詰めてきたのだ。


 女の子たちの団体行動があまりにも大奥(ソレ)過ぎて、呆気に取られてしまった美鎖子。

そのまま質問に何も答えることができず、予鈴のチャイムがその場を収めることとなった。


 この公開尋問をきっかけに、美鎖子は男子からも無視されたり、仲間外れにされたりしていった。

それに加えありもしない噂話を言いふらされるようにもなった。


 美鎖子は転校を機に、仲間外れにされないよう振る舞おうと決めた。

それから標準装備(ノーマル)な表情を真顔ではなく、少し微笑んでいるように見える表情に変えた。



 ────「神楽さんが怖いから…神楽さんの指示に従いました」


 美鎖子は小学高中学年の時、引越した先の小学校で、友達だと思っていた女の子たちにいじめの首謀者にされた。


 もちろん美鎖子は転校を機に、仲間外れにされないようにきちんと努めた。

友達の愚痴にも悪口にも、肯定の言葉は返さなかったものの、ちゃんと相槌を打った。

頷く行為を怠れば「良い子ちゃんぶってる」と言われて、いじめの対象(ターゲット)にされることを知っていたからだ。


 しかし友達は美鎖子のいないところで、ある女の子をいじめていた。

陰口以外にも、その子の上履きをゴミ箱に捨てたり、
ノートや教科書を修復不可能なほどに破いたり、トイレの個室に閉じ込めて汚水を頭から浴びせたりもしたらしい。


 いじめを受けていた子が、担任の先生に相談したことでいじめが発覚。

すぐに学年集会が開かれた。


 そこで友達は「いじめは神楽さんの指示に逆らうのが怖くてやった」と、
学年全員が見ている中で、美鎖子の顔を一切見ることなく、涙を流しながら説明してのけたのだ。

もれなく友達全員が同じ回答をした。


 いじめを受けていた子は泣いている彼女たちを抱きしめて、頭を撫でていた。

そして軽蔑するような目でこちらを睨みつけてきたことを、美鎖子は鮮明に記憶している。


 学年集会が閉会してから数分も経たずに、美鎖子に対するいじめが始まった。

そのいじめの首謀者は、いじめを受けていた女の子。

そこにや他の生徒たち、担任の先生までもが加わった。


 いじめの内容は、美鎖子が指示していたとされるいじめの内容と同じ。

いや、それ以上だった。

美鎖子の3歳年下の弟も巻き込まれたのだ。

しかし先生たちからは『自業自得』『いじめっ子の弟もまたいじめっ子予備軍』
『弟が可哀想なら最初からやらなきゃ良かったのに』という言葉を吐かれるだけで、まともに取り合ってもらえなかった。


 美鎖子は両親に心配をかけまいと、ちゃんと毎日小学校に通い続けた。

両親の心配は常に身体が弱かった弟に向かっていたため、
“お姉ちゃんだから我慢しないきゃダメ”といつも自分に言い聞かせていた。


 美鎖子は2度目の転校を機に、みんなから好かれるような良い子になろうと誓った。

そして悪く見られるかもしれない行動は極力避けて、人前でマイナスなことを言わないように気をつけるようになった。



 ────「神楽さんは…先生とやりましょうか」

 美鎖子は小学校高学年の時。

引っ越した先の小学校で、この言葉を耳にタコができるほど毎日、先生の口から聞いていた。


 もちろん美鎖子は良い子でいようと努めた。

宿題を忘れた子に宿題を見せてあげ、困っている子がいたら手伝い、悪口大会が始まったらその場からそっと離れた。


 しかし蓋を開けてみると、美鎖子のことを友達だと言ってくれる子は誰一人としていなかった。

グループ活動でもペア活動でも、いつも孤立していた。

美鎖子はただの“良い子”になっていたのだ。


 美鎖子は“良い子”になりたかった。

良い子”とはみんなから好かれていて、友達がいっぱいいて、もちろん良いことをたくさんしているような子のこと。

きっと真っ直ぐで純粋な、飾らずありのままの自分でいる子なのだろう。


 しかし今後の人生において“良い子”であり続ける方がいじめられるリスクが低いことを知ってしまった。

そんな素敵な子は、すぐに他人からやっ噛まれてしまうに違いないと。

けれど美鎖子の心の中から“良い子”に対する憧れは消えなかった。





スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…




 ────「みーちゃん。あんまりみんなの前で泣かない方がいいよ。みーちゃんの泣いた顔、可愛くないから」
 この言葉は|美鎖子《みさこ》が幼稚園生の時に、幼馴染の初恋の男の子から言われた言葉だ。
 美鎖子はなぜその時自分が泣いていたのか、今はもう思い出せない。
しかし男の子が小石をサッカーボールのようにいじりながら、《《ついでに》》そう言ったことは、はっきりと覚えている。
 美鎖子は幼稚園児だったにも関わらず、人前で泣かないことを決意した。
そして初恋の男の子に、カルガモの親子くらいの距離感で付いてまわるのもやめた。
 ────「神楽さんって、なんでいっつも怒ってるの?私たち何かした?」
 この言葉は美鎖子が小学校低学年の時に、クラスメイトの女の子たちから言われた言葉だ。
 美鎖子は絵に描いたようなキツい猫目だった。
毎朝洗面所の鏡に映る自分の目が、自分自身を睨みつけているのではないかと思うほどであった。
美鎖子にとっては|標準装備《ノーマル》な表情であっても、その目は完全に獲物を狙う猫のような目をしているのだ。
 だから美鎖子は、もし同級生から「怒ってる?」と聞かれたとしても、
優しく「怒ってないよ、生まれつきこういう目なの」と答えるつもりでいた。
しかしその予行練習は無意味であった。
想定外のシチュエーションで、怒っているかどうか聞かれたからだ。
 大勢の女の子たちが廊下のど真ん中を、まるで《《大奥系》》のドラマでよく見るあのシーンのように、
綺麗な三角形を保ちながら、美鎖子の元まで歩いて来た。
そして|先頭《センター》に立つ女の子だけが
「神楽さんって、なんでいっつも怒ってるの?私たち何かした?」と問い詰めてきたのだ。
 女の子たちの団体行動があまりにも|大奥《ソレ》過ぎて、呆気に取られてしまった美鎖子。
そのまま質問に何も答えることができず、予鈴のチャイムがその場を収めることとなった。
 この公開《《大奥》》尋問をきっかけに、美鎖子は男子からも無視されたり、仲間外れにされたりしていった。
それに加えありもしない噂話を言いふらされるようにもなった。
 美鎖子は転校を機に、仲間外れにされないよう振る舞おうと決めた。
それから|標準装備《ノーマル》な表情を真顔ではなく、少し微笑んでいるように見える表情に変えた。
 ────「神楽さんが怖いから…神楽さんの指示に従いました」
 美鎖子は小学高中学年の時、引越した先の小学校で、友達だと思っていた女の子たちにいじめの首謀者にされた。
 もちろん美鎖子は転校を機に、仲間外れにされないようにきちんと努めた。
友達の愚痴にも悪口にも、肯定の言葉は返さなかったものの、ちゃんと相槌を打った。
頷く行為を怠れば「良い子ちゃんぶってる」と言われて、いじめの|対象《ターゲット》にされることを知っていたからだ。
 しかし友達は美鎖子のいないところで、ある女の子をいじめていた。
陰口以外にも、その子の上履きをゴミ箱に捨てたり、
ノートや教科書を修復不可能なほどに破いたり、トイレの個室に閉じ込めて汚水を頭から浴びせたりもしたらしい。
 いじめを受けていた子が、担任の先生に相談したことでいじめが発覚。
すぐに学年集会が開かれた。
 そこで友達は「いじめは神楽さんの指示に逆らうのが怖くてやった」と、
学年全員が見ている中で、美鎖子の顔を一切見ることなく、涙を流しながら説明してのけたのだ。
もれなく友達全員が同じ回答をした。
 いじめを受けていた子は泣いている彼女たちを抱きしめて、頭を撫でていた。
そして軽蔑するような目でこちらを睨みつけてきたことを、美鎖子は鮮明に記憶している。
 学年集会が閉会してから数分も経たずに、美鎖子に対するいじめが始まった。
そのいじめの首謀者は、いじめを受けていた女の子。
そこに《《元友達》》や他の生徒たち、担任の先生までもが加わった。
 いじめの内容は、美鎖子が指示していたとされるいじめの内容と同じ。
いや、それ以上だった。
美鎖子の3歳年下の弟も巻き込まれたのだ。
しかし先生たちからは『自業自得』『いじめっ子の弟もまたいじめっ子予備軍』
『弟が可哀想なら最初からやらなきゃ良かったのに』という言葉を吐かれるだけで、まともに取り合ってもらえなかった。
 美鎖子は両親に心配をかけまいと、ちゃんと毎日小学校に通い続けた。
両親の心配は常に身体が弱かった弟に向かっていたため、
“お姉ちゃんだから我慢しないきゃダメ”といつも自分に言い聞かせていた。
 美鎖子は2度目の転校を機に、みんなから好かれるような良い子になろうと誓った。
そして悪く見られるかもしれない行動は極力避けて、人前でマイナスなことを言わないように気をつけるようになった。
 ────「神楽さんは…先生とやりましょうか」
 美鎖子は小学校高学年の時。
引っ越した先の小学校で、この言葉を耳にタコができるほど毎日、先生の口から聞いていた。
 もちろん美鎖子は良い子でいようと努めた。
宿題を忘れた子に宿題を見せてあげ、困っている子がいたら手伝い、悪口大会が始まったらその場からそっと離れた。
 しかし蓋を開けてみると、美鎖子のことを友達だと言ってくれる子は誰一人としていなかった。
グループ活動でもペア活動でも、いつも孤立していた。
美鎖子はただの“《《都合のいい》》良い子”になっていたのだ。
 美鎖子は“《《真の》》良い子”になりたかった。
“《《真の》》良い子”とはみんなから好かれていて、友達がいっぱいいて、もちろん良いことをたくさんしているような子のこと。
きっと真っ直ぐで純粋な、飾らずありのままの自分でいる子なのだろう。
 しかし今後の人生において“《《都合のいい》》良い子”であり続ける方がいじめられるリスクが低いことを知ってしまった。
そんな素敵な子は、すぐに他人からやっ噛まれてしまうに違いないと。
けれど美鎖子の心の中から“《《真の》》良い子”に対する憧れは消えなかった。