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#1

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第1部6章 『悲しみに、さようなら』???-失技の衛星

>>Towa

「ではダストリア13行きで……あの、大丈夫ですか、お客様?」
「……大丈夫」
「そうですか、ではチケットをどうぞ。出発は20分後になりますのでお急ぎください」
「……」

 チケットを受け取り、乗船口へと進む。さっき目覚めたばかりなせいか、まだ足のしびれが抜けていない。でも大丈夫。歩くことはできている。
 歩みを進めながらふと見ると、軌道ステーションの窓に知らない女の子が映っていた。銀髪に、まるで空虚な重力穴(ブラックホール)のような漆黒の瞳。私は何も悲しくないのに、どうしてこの子は悲しんでいるんだろう。わからない。でも、旅を続けないと。

「――なぁ、あれギルドのシンガーだろ?」
「そうらしいな……顔は可愛いのに、雰囲気最悪だし服装も変だしさ……」
「訳ありっぽいよな……ちょっと可哀相な感じにも見えねぇか?」
「なんだ、お前ああいうのが好みか?」
「まさか!まぁシンガーってああいうもんなんだろ?良く知らねぇけど――」

 後ろで誰かが話しているのが聞こえた。誰のことだろう。シンガー?私は……歌えない私はもうシンガーじゃないから、私のことじゃないだろう。どうでもいい。

『――続報にご注意ください。なお、状況によって航路の閉鎖や搭乗制限が行われる可能性がございますので、あらかじめご了承ください。以上、ステーション管理室(ポートコントロール)からのお知らせでした』
「ねぇ、ママ今のは?」
「何か事故があったのかしらね……」
「お船、乗れないの?」
「ちょっと様子を見てみないといけないわね……」

 ステーションの喧噪が煩わしい。誰かが何かを言っているけど、頭の中でわんわんとこだまするだけ。周囲がどれほど慌ただしくても、それが自分の旅に影響しない限りどうでもいい。私はただ、前を向いて歩き続けるだけだから。

「はら、トーヤこれみて!」
「わぁ、すっごくかわいいね、お姉ちゃん!」
「でしょ?コスモスーツってかわいいよねー!ほら、トーヤもおきがえがんばって!」
「うん、じゃあまっててね、イリスおねえちゃん!」

 幼い姉妹がはしゃいでいる姿が目に入った。

 お姉ちゃん。

 ……私、がんばって旅を続けてるよ、お姉ちゃん。いつかお姉ちゃんに追いつくんだ。だから……待っててね。約束したもん。ずっと二人で一緒に旅を続けようって。

 首から下げた3つのペンダントに手をやり、私は思う。私は、大丈夫だから。

 そう、大丈夫。

 大丈夫……なのに。

 幼い姉妹が私の横を駆け抜けていく。心の底から笑い合い、幸せそうに。
 ……旅立つ前の、私達のように。

 冷凍睡眠から覚めたばかりなのに、また悲しみがこみ上げてくる。早く、また眠らないと。冷凍睡眠をすれば、少しずつ悲しみが薄れていく気がするから。


>>Towa:Past day

 冷凍ポッドの扉が開く。貨物室に冷気の残滓がこぼれ落ち、私は目を覚ました。
 ……ここは……そうだ、私はクレリスから船に乗って……。でも、ここがどこなのかはわからない。行き先も聞かなかったから。そんな事をぼーっと考えていると、あることに気がついた。

 ――冷凍睡眠前にあれだけ心を覆っていた悲しみが消えている。

 そうか、感情は脳内の化学反応によるものだとスクールで習った記憶がある。そして冷凍睡眠は化学反応をも停止させるとも。つまり、感情を、悲しみを止められるんだ、冷凍睡眠は。よかった、これなら私は旅を続けられる。

 大丈夫。

 うん、本当に大丈夫だ。私の心に喜びと希望が満ちた。私は、お姉ちゃんとの約束を守ることが出来る。

 ――お姉ちゃん。

 彼女のことを考えた瞬間に、心の中が再びどす黒い絶望に埋め尽くされた。

 どうして?

 私は大丈夫だったはず。なのに、どうしてこんなに悲しくて仕方ないの?もう解凍されている筈なのに、体の芯が凍り付いたように寒い。痺れた手足の震えが止まらない。

 こわい。
 つらい。
 かなしい。
 くるしい。
 ……お姉ちゃん。

「……たすけて、アイリス……」

 ガタガタと震えながら私が呟いた声は、無人の船倉に虚ろに響く。助けを求める声に応えてくれる(アイリス)は、どこにもいない。


 それからの私は、何度もあてのない下等航行で冷凍睡眠を繰り返した。軌道ステーションに到着すると地表には降りず、そのまま一番出発が早い次の船に乗る。自分でも無意味な事をしているというのは判っていた。
 でも、冷凍睡眠から覚めた直後だけは悲しみを忘れていられるから。そして旅を続けていれば……私はお姉ちゃんとの約束を守り続けられるから。
 瞳は黒いままで、歌は歌えないけど……それでも、私は旅を続ける。大好きな姉との約束を守るために。
 少しずつ、心がすり切れていく事を自覚しながら。


>>Towa:Now

 名も知らぬ惑星の軌道ステーションから、どこともしれぬ惑星へと向かう貨物船へ乗るために、私はチケットに示された乗船口へ向かう。何度繰り返したかも判らない、もはや私にとっては単なるルーチンワークとなった行動。
 途中、足早に通り過ぎる何人かの人とすれ違った。驚いた様子で彼らが何か声を掛けてきたが、私には関係ない。

「――おい、本当に知らねぇぞ」

 視線も向けず、私はただ足を進める。荷物はいつも二つだけ。そういえば、クレリスを出発してから服を着替えていない事を思い出した。服装の事を言われたのかもしれない。でも、どうでもいい。
 私はちゃんと服を着ている。いつもお姉ちゃんが言ってたように。大丈夫だ。

『――アテンション ダストリア13方面への航路で航宙船の消失事故が再び発生しました。同航路は現時点をもって危険度レッドに格上げされ、調査が終了するまでは原則として無人船以外の航行が禁止されます。繰り返します、アテンション――』

 開放されたままの貨物船のエアロックを通り過ぎようとした時、背後からステーションのアナウンスが聞こえてきた。なにかあったのだろうか。……でも私には関係ない。
 故郷を離れる時にはじめて航宙船に乗った際には船長さんに挨拶したんだっけ。そういえば最近、挨拶をした記憶がないけど……誰もエアロックの所にいないのは初めてだ。

 案内も挨拶もないまま船内に入ると、自動的にハッチが閉じステーションの喧噪から解放される。ああ、静かだ。静かな方が心が安まる気がする。
 船内は非常灯以外の照明が消えている。不採算路線で経費削減でもしているんだろうか。人の気配もないが、人員も削減されているのかもしれない。

 既に何度も冷凍睡眠ポッドを使っているから、船員に頼らなくても眠りに就くことが出来る。いつ来るかもわからない案内を待つ必要も無いだろう。早く眠りたい。でも、もう船には乗れたから急ぐ必要も無いだろうか。
 とりとめも無くそんな事を考えながら私は無人の船内(・・・・・)をふらふら歩き、船倉を目指した。


>>Towa:Future/Time Unknown

 頭が割れるように痛む。目覚めは最悪だった。
 冷凍睡眠から覚醒するたびに感じる鈍い頭痛にはもう慣れっこだけど、今日はそれどころじゃない。目の奥を焼き付けるような鋭い痛みと、右腕の痺れ。指先を動かそうとしてもうまく動かない。冷凍睡眠明けにはいつもある、あの凍える感覚も今日はなぜか感じない。そして……どうして私は横倒しになっているんだろう?
 冷凍睡眠から覚醒した直後の、悲しみから解放された私に僅かな時間だけに許された明晰な思考。その思考が、いつもと違う事態に警報を発している。

 重い瞼をこじ開け、ぼやけた視界が捉えた薄暗い船倉の床……いや、どこか違う。視線の端にひび割れた冷凍ポッドが見える。何故か冷凍睡眠ポッドが壁に設置されていて、まるで誰かに殴り倒されたみたいに横倒しでフロントパネルは粉々、フレームも折れ曲がっていた。その横合いには、金属製のコンテナが突き刺さっている。中に私がいたときにこれがぶつかっていたら――間違いなく死んでいたはずだ。

 私は……冷凍ポッドから投げ出された?
 それならどうやって目覚めたんだろう。凍ったままなら解凍に失敗して死ぬし、解凍後ならぼんやりとでも覚醒の記憶があるはず。でも、何も思い出せない。
 困惑しながら手をついて体を起こそうとした瞬間、足元に違和感を覚えた。微妙に傾く感覚。滑るように体がずれる。

 ――船の床が、斜めに傾いている?

「え……?」

 掠れた冷凍睡眠明けの声じゃない、普通の声が出た。振り返ってみた「床」は、本来の床ではなかった。ぼんやりした非常灯の光が「床」に灯っている――いや、床じゃない、それは壁だ。だから、冷凍睡眠ポッドが壁に設置されているように見えたのか……。
 本来壁であるはずの部分が、目の前で床として……それも傾いて見えるということは、この船は横転し擱座していることになる?でも待って、それもおかしい。軌道ステーションを出た航宙船は無重力になるはずで、「下」という概念自体が存在しないはず。なのに、今、私は斜面を感じ、重力を認識している。

 つまり――ここは宇宙空間じゃない?

 思わず周囲を見回す。非常灯に照らされた船倉は無秩序そのものだった。壊れたコンテナの中身が散乱し、その残骸の中に私の荷物も埋もれている。完全に壊れた物資も少なくない。ここで一体何が……?
 壁に手をつき、滑らないよう慎重に足を動かす。視界の端、船倉の奥に光が見えた。いや、光じゃない。暗闇の中、点々と浮かぶ星の光だった。

「外……?」

 その瞬間、心臓が跳ねた。船殻が破損している。それも大きな範囲で。破れた金属の切断面の向こうに星空が広がっている。
 私は慌てて呼吸を確認する……何故か、船内には空気が残っているようだ。だけど宇宙空間に剥き出しの状態で無事なはずがない。コスモスーツに備え付けられた酸素供給(エア)フィールドのようなものが船を覆っているんだろうか?
 動揺しながら視線を巡らせる。冷凍ポッドの残骸、壊れたコンテナ、傾いた床――どれもこれもただのトラブルで済む話じゃない。さらにこれほどの事態なのに、誰一人船員が来ない。

「なんで、誰も……」

 独り言は虚しく船倉に響くだけだった。そのとき、金属が軋む音が遠くから聞こえた。私が動いたことで壊れた船殻が揺れたのだろうか。その音に、私は唇を噛みしめた。

 クリアになった思考が乗船前の出来事を思い出した。

『だから、コードレッドが出てるから俺たち船員も全員下船してるんだよ!嬢ちゃん、今は船に乗れねぇんだって!おい、本当に知らねぇぞ!』

 そうか、あの時すれ違った人達は、この船の乗員だったのか。そして無人で運行する船に向かう私を気遣って止めてくれていたんだ。
 それなのに私は話も聞かず、勝手に船に乗り込んでしまったのか。続けて「コードレッド」の内容もぼんやりと思い出す。たしか船が続けて失踪している宙域があると言っていた。きっと名前も知らないこの船と――私の名前も、その失踪リストに加わったのだろう。


 漠然とした事情を思い出したことで、このままここに残っても仕方ない事が理解できたので、私は外に出てみることにした。船倉から船内へ続く扉はコンテナの残骸に埋もれていたので、傾いた床をよじ登って船殻の裂け目を目指す。
 そこかしこが破損しているので幸い足場には困らず、程なく私は船外へ至る場所へたどり着くことが出来た。

 船殻の隙間から外を覗いた第一印象は、色がない世界というものだった。故郷の月夜よりは明るいとはいえ、満足に周囲を観察できる明るさではなく、かろうじて様子がうかがえる程度の暗さ。擱座した船体の影の部分は真っ暗で何も見ることが出来ないけど、光の当たる場所ならなんとか観察できる程度。

 しばらく外の光景を見ていると少し目が慣れたのか周囲の様子がわかってきた。故郷の荒野に似た砂と岩ばかりの荒れ果てた地表で、遠くには巨岩のような影がいくつか仄かに見える。ここには空というものが無く、見上げた先にあったのは星々の浮かぶ宇宙。
 その光景は私がいる場所が惑星ではなく……衛星の上にいるのではないかと思わせた。光源となっている星を探すと……天頂から少しずれた所に他の星よりも大きく明るい星が見えた。あれがこの恒星系の主星?そんな事を考えていると、あることに思い至った。

 少し躊躇ってからおそるおそる船殻の外に顔をだしてみたけど、息が出来る。船に酸素フィールドが展開されているのではなく、ここの場所自体に空気があるようだった。空気があり、そして惑星地表より微弱とはいえ重力もある。普通に考えれば衛星に大気や十分な重力がある筈がないのに。

 理由はわからないけど、生身で生存することが出来る環境を持つ衛星という奇跡のような――いや、むしろあり得ない場所にいる事がわかった。それは幸運だったといえるかもしれないけど……今の状況を考えると、それは必ずしも救いじゃない。胸の中に恐怖がじわりと広がる。
 事情はわからない。でも、私は一人この星に取り残されて――いや、囚われているのでは……?もしそうなら、私は旅を続けることが出来ない。私は旅を続けないといけないのに。お姉ちゃんと約束したのに。

 ――姉のことを考えると、いつものように心の奥に痛みが走る。だけど、今日は少し違った。悲しみよりも……旅を続けられないという、約束を守れないという恐怖を強く感じる。
 だめだ、ここにいちゃ。焦燥感を感じる。なんとかしないと。旅を続けないと。私の頭の中は不安と焦り、そして恐怖に満たされてゆく。

 悲しみと違い、それらの感情は私の思考を鈍らせることは無かった。少なくとも、今はまだ。


 とにかく、ここにいてはダメだ。そう思った私は一度船内へ戻り、外を探索する準備をすることにした。空気があるとはいえ、コスモスーツを着た方がいいだろう。服を着替えようと自分の格好を改め見下ろして……私は硬直した。

 ――なに、これ。

 姉のお気に入りだった白いワンピースは所々大きく裂け、赤黒いシミで元の色が判らなくなっていた。これは……血痕?知らない間に怪我をしていたんだろうか?
 痛みは感じないけど、冷凍睡眠の影響で感覚が麻痺しているのかも……。慌てて服を脱ぎ、体の様子を確認する。けど……私の体には傷一つなかった。
 服の具合や出血量を見れば致命傷を負っていてもおかしくないはずなのに、私は無傷。ならこの血は誰の血なんだ?いや、他人の血だとしたらどうして服がこんな状態になっているんだ……?

 今の状況は、本当に訳のわからないことだらけだった。もしかしたらこれは冷凍睡眠中の私が見ている夢なんだろうか。もし夢なら……どうせなら、お姉ちゃんに会える夢が良かったのに。でもお姉ちゃんに会えたら真っ先に謝らないと。お気に入りのワンピースをダメにしてごめんって。


 壁に備え付けの収納からサイズの合うコスモスーツを探すことにした。コスモスーツはなかなか見つからなかったけど、代わりに収納を漁っている時に偶然スラリー(どろどろ)が入ったサバイバルパックが見つかった。
 賞味期限は切れているようだけど、食べられない事はないだろう。もともと美味しいものでもないから問題はない。少なくとも、これでしばらく活動できるのは幸運だった……いや、この状況だと苦しみが長引くだけになるかもしれないけど。

 さらにいくつか収納を漁っていると、コンテナの影に隠れていた大きめの収納から旧式のコスモスーツが見つかった。前に着たことがあるスリムなタイプとは違って、すこしタブついた印象のデザインで、表面にはいくつかのポケットが付いている。腰周りにはベルトが付いているけど……これはサイズ調整用?ともあれ、手早く着替えを済ませる。

 着替えのあと、コンテナの残骸に埋もれた自分の荷物を掘り出した私は自分のトランクに脱いだワンピースを仕舞おうとした。けど二つの荷物を持ち歩くのは難しいと思い直し、お姉ちゃんのトランクに脱いだワンピースと共に私の荷物も移し替えた。
 どうせ私の荷物なんて大した物は入ってなかったし、このトランクは捨てていってもいいだろう。冷凍ポッドの貴重品BOXに収納していた3つのペンダントとフォトンタブも無事に回収できたのは幸いだった。

 フォトンタブを左手首に装着すると、聞き慣れた認証拒否の音声。これを聞く度に、この子(フォトンタブ)はお姉ちゃんのことを今でも待ってるんだと意識して、心に小さなトゲが刺さる。
 けど、その小さな痛みが姉の言葉を思い出させた。この端末には照明機能がある、と。……この子は私の言うことを聞いてくれるだろうか……?

「タブ、照明機能をお願いできる?」
[Ready.]

 簡潔な応答と共に何も無いよりはましな程度の仄かな光が灯る。よかった、言うことを聞いてくれた。

「……ありがとう、タブ」
[Voice command failure.]

 ついお礼を言った私にぶっきらぼうな拒絶の返事。なんとなく「困ってるみたいだから、仕方なく手を貸してやる」って言われたような気がして、不安しかない状況だけど少しだけ心が温かくなった。こんな気分になるのはいつぶりだろうか。


>>Towa:3 hours later

 主星の光とフォトンタブの照明を頼りに船の周りを歩いてみた。
 その結果、判ったことが二つあった。まず巨岩のように見えていた影の多くが、航宙船の残骸だったこと。つまり、ここへ墜ちたのは私だけではなく……コードレッドの真相はこの惑星への墜落だった可能性があるということだ。
 私が乗っていた貨物船のような船だけでなく、旅客船だったとおぼしき豪華な船もある。中には見たこともない、用途も判らないようなデザインの船も。最新型と思えるデザインのものがある一方で、以前乗った旧式のキャメル型よりももっと古いと思えるようなものも混じっていた。
 墜落は最近の話ではなく、昔から発生してたんだろうか?それなら、どうしてそんな危険なところに航路が設定されていたんだろう。
 いくつかの船に近づいてみたけど、どこにも生存者はいなかった。朽ちた衣類の残骸だったり、ミイラ化した人体とおぼしき物だったり……心が麻痺していなければ、正視できなかったかもしれないような、そんな光景ばかりだった。一体どれぐらい前に墜落したんだろうか。

 そしてもう一つの気付いた事。ミイラ化した遺体を見ていて初めて気付いたんだけど。遺体が冷凍状態ならミイラ化する事もないはず。つまりこの星、寒くないんだ。今はコスモスーツを着ているから外気温は感じにくいけど、最初に船外に顔を出したときに私は「何も」感じなかった。つまり、暑くも寒くもなかったんだ。
 主星が遙か彼方にある、おそらく恒星系外縁であるはずの場所なのに。空気や重力の件と併せて考えると、やはりここは人為的に環境が整えられている場所にしか思えなかった。

 それにしても一体この場所はなんなんだろう……?
 航宙船が一隻、衛星に衝突するということは天文学的な確率とは言え、全くあり得ない事じゃない。でも、こんなに沢山の船が同じ衛星に……?自然では絶対にあり得ない。でも、この星は「自然」じゃない。人為的的な環境があるということは、何かが、誰かがここにいる可能性は高いと思う。

 そしてその誰かは意図的に船をここへおびき寄せている……?そんな馬鹿げた考えが頭に浮かんだ。でも、誰が?何のために?
 宇宙海賊、という言葉が脳裏をよぎったけど……あれはホロムービーの中だけのフィクションの存在だ。そもそも海賊なら墜落させた獲物を放置しているはずもないだろうし。

 判らないことだらけだ。私がお姉ちゃんぐらい頭が良ければ。お姉ちゃんが一緒にいてくれれば……そうすれば何か判ったのかもしれないのに。
 そんな事を考え、また胸の奥に痛みが走り、思考が鈍りそうになる。胸が苦しい。でも、ここで立ち止まっていたらダメだ。立ち止まったら旅を続けられなくなる。悲しみに飲まれそうになった私の心が、お姉ちゃんとの約束を守れないという恐怖に上書きされていく。


 何時の時代のものかも判らない航宙船の残骸の影に置いたトランクに腰掛け、胸の痛みと恐怖が落ち着くのを待った。元々明るくはなかった周囲がさらに暗くなった気がしてふと空を……宇宙を見上げると、天頂近くにあったはずの主星の位置が大きく動いている事に気がついた。この星、自転してる……?それもかなりの速度で?
 もしそうだとしたら、ここにいるとすぐに「夜」が来る。それはまずい。誰かがいるかもしれない未知の星で、暗闇で何も見えなくなる事の危険性。もしかしたら今の気温は仮初めのもので、夜には気温が急激に下がるかもしれない。そんな事を考えると、私は無意識に椅子代わりにしていたトランクを抱え、主星を追いかけていた。
 「昼」の方へ移動しないと……!




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第1部6章 『悲しみに、さようなら』???-失技の衛星
>>Towa
「ではダストリア13行きで……あの、大丈夫ですか、お客様?」
「……大丈夫」
「そうですか、ではチケットをどうぞ。出発は20分後になりますのでお急ぎください」
「……」
 チケットを受け取り、乗船口へと進む。さっき目覚めたばかりなせいか、まだ足のしびれが抜けていない。でも大丈夫。歩くことはできている。
 歩みを進めながらふと見ると、軌道ステーションの窓に知らない女の子が映っていた。銀髪に、まるで空虚な|重力穴《ブラックホール》のような漆黒の瞳。私は何も悲しくないのに、どうしてこの子は悲しんでいるんだろう。わからない。でも、旅を続けないと。
「――なぁ、あれギルドのシンガーだろ?」
「そうらしいな……顔は可愛いのに、雰囲気最悪だし服装も変だしさ……」
「訳ありっぽいよな……ちょっと可哀相な感じにも見えねぇか?」
「なんだ、お前ああいうのが好みか?」
「まさか!まぁシンガーってああいうもんなんだろ?良く知らねぇけど――」
 後ろで誰かが話しているのが聞こえた。誰のことだろう。シンガー?私は……歌えない私はもうシンガーじゃないから、私のことじゃないだろう。どうでもいい。
『――続報にご注意ください。なお、状況によって航路の閉鎖や搭乗制限が行われる可能性がございますので、あらかじめご了承ください。以上、|ステーション管理室《ポートコントロール》からのお知らせでした』
「ねぇ、ママ今のは?」
「何か事故があったのかしらね……」
「お船、乗れないの?」
「ちょっと様子を見てみないといけないわね……」
 ステーションの喧噪が煩わしい。誰かが何かを言っているけど、頭の中でわんわんとこだまするだけ。周囲がどれほど慌ただしくても、それが自分の旅に影響しない限りどうでもいい。私はただ、前を向いて歩き続けるだけだから。
「はら、トーヤこれみて!」
「わぁ、すっごくかわいいね、お姉ちゃん!」
「でしょ?コスモスーツってかわいいよねー!ほら、トーヤもおきがえがんばって!」
「うん、じゃあまっててね、イリスおねえちゃん!」
 幼い姉妹がはしゃいでいる姿が目に入った。
 お姉ちゃん。
 ……私、がんばって旅を続けてるよ、お姉ちゃん。いつかお姉ちゃんに追いつくんだ。だから……待っててね。約束したもん。ずっと二人で一緒に旅を続けようって。
 首から下げた3つのペンダントに手をやり、私は思う。私は、大丈夫だから。
 そう、大丈夫。
 大丈夫……なのに。
 幼い姉妹が私の横を駆け抜けていく。心の底から笑い合い、幸せそうに。
 ……旅立つ前の、私達のように。
 冷凍睡眠から覚めたばかりなのに、また悲しみがこみ上げてくる。早く、また眠らないと。冷凍睡眠をすれば、少しずつ悲しみが薄れていく気がするから。
>>Towa:Past day
 冷凍ポッドの扉が開く。貨物室に冷気の残滓がこぼれ落ち、私は目を覚ました。
 ……ここは……そうだ、私はクレリスから船に乗って……。でも、ここがどこなのかはわからない。行き先も聞かなかったから。そんな事をぼーっと考えていると、あることに気がついた。
 ――冷凍睡眠前にあれだけ心を覆っていた悲しみが消えている。
 そうか、感情は脳内の化学反応によるものだとスクールで習った記憶がある。そして冷凍睡眠は化学反応をも停止させるとも。つまり、感情を、悲しみを止められるんだ、冷凍睡眠は。よかった、これなら私は旅を続けられる。
 大丈夫。
 うん、本当に大丈夫だ。私の心に喜びと希望が満ちた。私は、お姉ちゃんとの約束を守ることが出来る。
 ――お姉ちゃん。
 彼女のことを考えた瞬間に、心の中が再びどす黒い絶望に埋め尽くされた。
 どうして?
 私は大丈夫だったはず。なのに、どうしてこんなに悲しくて仕方ないの?もう解凍されている筈なのに、体の芯が凍り付いたように寒い。痺れた手足の震えが止まらない。
 こわい。
 つらい。
 かなしい。
 くるしい。
 ……お姉ちゃん。
「……たすけて、アイリス……」
 ガタガタと震えながら私が呟いた声は、無人の船倉に虚ろに響く。助けを求める声に応えてくれる|人《アイリス》は、どこにもいない。
 それからの私は、何度もあてのない下等航行で冷凍睡眠を繰り返した。軌道ステーションに到着すると地表には降りず、そのまま一番出発が早い次の船に乗る。自分でも無意味な事をしているというのは判っていた。
 でも、冷凍睡眠から覚めた直後だけは悲しみを忘れていられるから。そして旅を続けていれば……私はお姉ちゃんとの約束を守り続けられるから。
 瞳は黒いままで、歌は歌えないけど……それでも、私は旅を続ける。大好きな姉との約束を守るために。
 少しずつ、心がすり切れていく事を自覚しながら。
>>Towa:Now
 名も知らぬ惑星の軌道ステーションから、どこともしれぬ惑星へと向かう貨物船へ乗るために、私はチケットに示された乗船口へ向かう。何度繰り返したかも判らない、もはや私にとっては単なるルーチンワークとなった行動。
 途中、足早に通り過ぎる何人かの人とすれ違った。驚いた様子で彼らが何か声を掛けてきたが、私には関係ない。
「――おい、本当に知らねぇぞ」
 視線も向けず、私はただ足を進める。荷物はいつも二つだけ。そういえば、クレリスを出発してから服を着替えていない事を思い出した。服装の事を言われたのかもしれない。でも、どうでもいい。
 私はちゃんと服を着ている。いつもお姉ちゃんが言ってたように。大丈夫だ。
『――アテンション ダストリア13方面への航路で航宙船の消失事故が再び発生しました。同航路は現時点をもって危険度レッドに格上げされ、調査が終了するまでは原則として無人船以外の航行が禁止されます。繰り返します、アテンション――』
 開放されたままの貨物船のエアロックを通り過ぎようとした時、背後からステーションのアナウンスが聞こえてきた。なにかあったのだろうか。……でも私には関係ない。
 故郷を離れる時にはじめて航宙船に乗った際には船長さんに挨拶したんだっけ。そういえば最近、挨拶をした記憶がないけど……誰もエアロックの所にいないのは初めてだ。
 案内も挨拶もないまま船内に入ると、自動的にハッチが閉じステーションの喧噪から解放される。ああ、静かだ。静かな方が心が安まる気がする。
 船内は非常灯以外の照明が消えている。不採算路線で経費削減でもしているんだろうか。人の気配もないが、人員も削減されているのかもしれない。
 既に何度も冷凍睡眠ポッドを使っているから、船員に頼らなくても眠りに就くことが出来る。いつ来るかもわからない案内を待つ必要も無いだろう。早く眠りたい。でも、もう船には乗れたから急ぐ必要も無いだろうか。
 とりとめも無くそんな事を考えながら私は|無人の船内《・・・・・》をふらふら歩き、船倉を目指した。
>>Towa:Future/Time Unknown
 頭が割れるように痛む。目覚めは最悪だった。
 冷凍睡眠から覚醒するたびに感じる鈍い頭痛にはもう慣れっこだけど、今日はそれどころじゃない。目の奥を焼き付けるような鋭い痛みと、右腕の痺れ。指先を動かそうとしてもうまく動かない。冷凍睡眠明けにはいつもある、あの凍える感覚も今日はなぜか感じない。そして……どうして私は横倒しになっているんだろう?
 冷凍睡眠から覚醒した直後の、悲しみから解放された私に僅かな時間だけに許された明晰な思考。その思考が、いつもと違う事態に警報を発している。
 重い瞼をこじ開け、ぼやけた視界が捉えた薄暗い船倉の床……いや、どこか違う。視線の端にひび割れた冷凍ポッドが見える。何故か冷凍睡眠ポッドが壁に設置されていて、まるで誰かに殴り倒されたみたいに横倒しでフロントパネルは粉々、フレームも折れ曲がっていた。その横合いには、金属製のコンテナが突き刺さっている。中に私がいたときにこれがぶつかっていたら――間違いなく死んでいたはずだ。
 私は……冷凍ポッドから投げ出された?
 それならどうやって目覚めたんだろう。凍ったままなら解凍に失敗して死ぬし、解凍後ならぼんやりとでも覚醒の記憶があるはず。でも、何も思い出せない。
 困惑しながら手をついて体を起こそうとした瞬間、足元に違和感を覚えた。微妙に傾く感覚。滑るように体がずれる。
 ――船の床が、斜めに傾いている?
「え……?」
 掠れた冷凍睡眠明けの声じゃない、普通の声が出た。振り返ってみた「床」は、本来の床ではなかった。ぼんやりした非常灯の光が「床」に灯っている――いや、床じゃない、それは壁だ。だから、冷凍睡眠ポッドが壁に設置されているように見えたのか……。
 本来壁であるはずの部分が、目の前で床として……それも傾いて見えるということは、この船は横転し擱座していることになる?でも待って、それもおかしい。軌道ステーションを出た航宙船は無重力になるはずで、「下」という概念自体が存在しないはず。なのに、今、私は斜面を感じ、重力を認識している。
 つまり――ここは宇宙空間じゃない?
 思わず周囲を見回す。非常灯に照らされた船倉は無秩序そのものだった。壊れたコンテナの中身が散乱し、その残骸の中に私の荷物も埋もれている。完全に壊れた物資も少なくない。ここで一体何が……?
 壁に手をつき、滑らないよう慎重に足を動かす。視界の端、船倉の奥に光が見えた。いや、光じゃない。暗闇の中、点々と浮かぶ星の光だった。
「外……?」
 その瞬間、心臓が跳ねた。船殻が破損している。それも大きな範囲で。破れた金属の切断面の向こうに星空が広がっている。
 私は慌てて呼吸を確認する……何故か、船内には空気が残っているようだ。だけど宇宙空間に剥き出しの状態で無事なはずがない。コスモスーツに備え付けられた|酸素供給《エア》フィールドのようなものが船を覆っているんだろうか?
 動揺しながら視線を巡らせる。冷凍ポッドの残骸、壊れたコンテナ、傾いた床――どれもこれもただのトラブルで済む話じゃない。さらにこれほどの事態なのに、誰一人船員が来ない。
「なんで、誰も……」
 独り言は虚しく船倉に響くだけだった。そのとき、金属が軋む音が遠くから聞こえた。私が動いたことで壊れた船殻が揺れたのだろうか。その音に、私は唇を噛みしめた。
 クリアになった思考が乗船前の出来事を思い出した。
『だから、コードレッドが出てるから俺たち船員も全員下船してるんだよ!嬢ちゃん、今は船に乗れねぇんだって!おい、本当に知らねぇぞ!』
 そうか、あの時すれ違った人達は、この船の乗員だったのか。そして無人で運行する船に向かう私を気遣って止めてくれていたんだ。
 それなのに私は話も聞かず、勝手に船に乗り込んでしまったのか。続けて「コードレッド」の内容もぼんやりと思い出す。たしか船が続けて失踪している宙域があると言っていた。きっと名前も知らないこの船と――私の名前も、その失踪リストに加わったのだろう。
 漠然とした事情を思い出したことで、このままここに残っても仕方ない事が理解できたので、私は外に出てみることにした。船倉から船内へ続く扉はコンテナの残骸に埋もれていたので、傾いた床をよじ登って船殻の裂け目を目指す。
 そこかしこが破損しているので幸い足場には困らず、程なく私は船外へ至る場所へたどり着くことが出来た。
 船殻の隙間から外を覗いた第一印象は、色がない世界というものだった。故郷の月夜よりは明るいとはいえ、満足に周囲を観察できる明るさではなく、かろうじて様子がうかがえる程度の暗さ。擱座した船体の影の部分は真っ暗で何も見ることが出来ないけど、光の当たる場所ならなんとか観察できる程度。
 しばらく外の光景を見ていると少し目が慣れたのか周囲の様子がわかってきた。故郷の荒野に似た砂と岩ばかりの荒れ果てた地表で、遠くには巨岩のような影がいくつか仄かに見える。ここには空というものが無く、見上げた先にあったのは星々の浮かぶ宇宙。
 その光景は私がいる場所が惑星ではなく……衛星の上にいるのではないかと思わせた。光源となっている星を探すと……天頂から少しずれた所に他の星よりも大きく明るい星が見えた。あれがこの恒星系の主星?そんな事を考えていると、あることに思い至った。
 少し躊躇ってからおそるおそる船殻の外に顔をだしてみたけど、息が出来る。船に酸素フィールドが展開されているのではなく、ここの場所自体に空気があるようだった。空気があり、そして惑星地表より微弱とはいえ重力もある。普通に考えれば衛星に大気や十分な重力がある筈がないのに。
 理由はわからないけど、生身で生存することが出来る環境を持つ衛星という奇跡のような――いや、むしろあり得ない場所にいる事がわかった。それは幸運だったといえるかもしれないけど……今の状況を考えると、それは必ずしも救いじゃない。胸の中に恐怖がじわりと広がる。
 事情はわからない。でも、私は一人この星に取り残されて――いや、囚われているのでは……?もしそうなら、私は旅を続けることが出来ない。私は旅を続けないといけないのに。お姉ちゃんと約束したのに。
 ――姉のことを考えると、いつものように心の奥に痛みが走る。だけど、今日は少し違った。悲しみよりも……旅を続けられないという、約束を守れないという恐怖を強く感じる。
 だめだ、ここにいちゃ。焦燥感を感じる。なんとかしないと。旅を続けないと。私の頭の中は不安と焦り、そして恐怖に満たされてゆく。
 悲しみと違い、それらの感情は私の思考を鈍らせることは無かった。少なくとも、今はまだ。
 とにかく、ここにいてはダメだ。そう思った私は一度船内へ戻り、外を探索する準備をすることにした。空気があるとはいえ、コスモスーツを着た方がいいだろう。服を着替えようと自分の格好を改め見下ろして……私は硬直した。
 ――なに、これ。
 姉のお気に入りだった白いワンピースは所々大きく裂け、赤黒いシミで元の色が判らなくなっていた。これは……血痕?知らない間に怪我をしていたんだろうか?
 痛みは感じないけど、冷凍睡眠の影響で感覚が麻痺しているのかも……。慌てて服を脱ぎ、体の様子を確認する。けど……私の体には傷一つなかった。
 服の具合や出血量を見れば致命傷を負っていてもおかしくないはずなのに、私は無傷。ならこの血は誰の血なんだ?いや、他人の血だとしたらどうして服がこんな状態になっているんだ……?
 今の状況は、本当に訳のわからないことだらけだった。もしかしたらこれは冷凍睡眠中の私が見ている夢なんだろうか。もし夢なら……どうせなら、お姉ちゃんに会える夢が良かったのに。でもお姉ちゃんに会えたら真っ先に謝らないと。お気に入りのワンピースをダメにしてごめんって。
 壁に備え付けの収納からサイズの合うコスモスーツを探すことにした。コスモスーツはなかなか見つからなかったけど、代わりに収納を漁っている時に偶然|スラリー《どろどろ》が入ったサバイバルパックが見つかった。
 賞味期限は切れているようだけど、食べられない事はないだろう。もともと美味しいものでもないから問題はない。少なくとも、これでしばらく活動できるのは幸運だった……いや、この状況だと苦しみが長引くだけになるかもしれないけど。
 さらにいくつか収納を漁っていると、コンテナの影に隠れていた大きめの収納から旧式のコスモスーツが見つかった。前に着たことがあるスリムなタイプとは違って、すこしタブついた印象のデザインで、表面にはいくつかのポケットが付いている。腰周りにはベルトが付いているけど……これはサイズ調整用?ともあれ、手早く着替えを済ませる。
 着替えのあと、コンテナの残骸に埋もれた自分の荷物を掘り出した私は自分のトランクに脱いだワンピースを仕舞おうとした。けど二つの荷物を持ち歩くのは難しいと思い直し、お姉ちゃんのトランクに脱いだワンピースと共に私の荷物も移し替えた。
 どうせ私の荷物なんて大した物は入ってなかったし、このトランクは捨てていってもいいだろう。冷凍ポッドの貴重品BOXに収納していた3つのペンダントとフォトンタブも無事に回収できたのは幸いだった。
 フォトンタブを左手首に装着すると、聞き慣れた認証拒否の音声。これを聞く度に、|この子《フォトンタブ》はお姉ちゃんのことを今でも待ってるんだと意識して、心に小さなトゲが刺さる。
 けど、その小さな痛みが姉の言葉を思い出させた。この端末には照明機能がある、と。……この子は私の言うことを聞いてくれるだろうか……?
「タブ、照明機能をお願いできる?」
[Ready.]
 簡潔な応答と共に何も無いよりはましな程度の仄かな光が灯る。よかった、言うことを聞いてくれた。
「……ありがとう、タブ」
[Voice command failure.]
 ついお礼を言った私にぶっきらぼうな拒絶の返事。なんとなく「困ってるみたいだから、仕方なく手を貸してやる」って言われたような気がして、不安しかない状況だけど少しだけ心が温かくなった。こんな気分になるのはいつぶりだろうか。
>>Towa:3 hours later
 主星の光とフォトンタブの照明を頼りに船の周りを歩いてみた。
 その結果、判ったことが二つあった。まず巨岩のように見えていた影の多くが、航宙船の残骸だったこと。つまり、ここへ墜ちたのは私だけではなく……コードレッドの真相はこの惑星への墜落だった可能性があるということだ。
 私が乗っていた貨物船のような船だけでなく、旅客船だったとおぼしき豪華な船もある。中には見たこともない、用途も判らないようなデザインの船も。最新型と思えるデザインのものがある一方で、以前乗った旧式のキャメル型よりももっと古いと思えるようなものも混じっていた。
 墜落は最近の話ではなく、昔から発生してたんだろうか?それなら、どうしてそんな危険なところに航路が設定されていたんだろう。
 いくつかの船に近づいてみたけど、どこにも生存者はいなかった。朽ちた衣類の残骸だったり、ミイラ化した人体とおぼしき物だったり……心が麻痺していなければ、正視できなかったかもしれないような、そんな光景ばかりだった。一体どれぐらい前に墜落したんだろうか。
 そしてもう一つの気付いた事。ミイラ化した遺体を見ていて初めて気付いたんだけど。遺体が冷凍状態ならミイラ化する事もないはず。つまりこの星、寒くないんだ。今はコスモスーツを着ているから外気温は感じにくいけど、最初に船外に顔を出したときに私は「何も」感じなかった。つまり、暑くも寒くもなかったんだ。
 主星が遙か彼方にある、おそらく恒星系外縁であるはずの場所なのに。空気や重力の件と併せて考えると、やはりここは人為的に環境が整えられている場所にしか思えなかった。
 それにしても一体この場所はなんなんだろう……?
 航宙船が一隻、衛星に衝突するということは天文学的な確率とは言え、全くあり得ない事じゃない。でも、こんなに沢山の船が同じ衛星に……?自然では絶対にあり得ない。でも、この星は「自然」じゃない。人為的的な環境があるということは、何かが、誰かがここにいる可能性は高いと思う。
 そしてその誰かは意図的に船をここへおびき寄せている……?そんな馬鹿げた考えが頭に浮かんだ。でも、誰が?何のために?
 宇宙海賊、という言葉が脳裏をよぎったけど……あれはホロムービーの中だけのフィクションの存在だ。そもそも海賊なら墜落させた獲物を放置しているはずもないだろうし。
 判らないことだらけだ。私がお姉ちゃんぐらい頭が良ければ。お姉ちゃんが一緒にいてくれれば……そうすれば何か判ったのかもしれないのに。
 そんな事を考え、また胸の奥に痛みが走り、思考が鈍りそうになる。胸が苦しい。でも、ここで立ち止まっていたらダメだ。立ち止まったら旅を続けられなくなる。悲しみに飲まれそうになった私の心が、お姉ちゃんとの約束を守れないという恐怖に上書きされていく。
 何時の時代のものかも判らない航宙船の残骸の影に置いたトランクに腰掛け、胸の痛みと恐怖が落ち着くのを待った。元々明るくはなかった周囲がさらに暗くなった気がしてふと空を……宇宙を見上げると、天頂近くにあったはずの主星の位置が大きく動いている事に気がついた。この星、自転してる……?それもかなりの速度で?
 もしそうだとしたら、ここにいるとすぐに「夜」が来る。それはまずい。誰かがいるかもしれない未知の星で、暗闇で何も見えなくなる事の危険性。もしかしたら今の気温は仮初めのもので、夜には気温が急激に下がるかもしれない。そんな事を考えると、私は無意識に椅子代わりにしていたトランクを抱え、主星を追いかけていた。
 「昼」の方へ移動しないと……!