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#1

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第1部3章『罪無き者の贖罪』ペレジス-虚栄の惑星

>>Towa

 ペレジス。私達が訪れる、故郷以外の初めての星。軌道ステーション本体へ繋がる搭乗ゲートの窓から見える眼下の星に私はワクワクした気持ちを抑えられない。軌道上から見た故郷の星は少し茶色っぽくてあまり綺麗じゃなかったけど、ペレジスは青くて、とても綺麗で。……きっとあそこは、ホロムービーに出てくるような自然あふれる綺麗で素敵な所なんだろうね。

「トワ、ちょっといい?」

 入星ゲートへ向かう途中、低重力に設定されている軌道ステーション内の通路を進みながらそんなことを考えていると、隣にいたアイリスに小声で声を掛けられた。

「なに?」
「ゲートでの手続き、ギルド章は出さないで口頭報告だけにしよ?」
「どうして?」
ペレジス(ここ)にはギルド支部があるでしょ?で、私達は乗り継ぎ(トランジット)でここを通り過ぎるだけ」
「そうだった」

 忘れていた。この星は通り過ぎるだけで、あの綺麗な所へは行かないんだった。初めて訪れる他の星だから、少し勿体ない気はしたけど……まぁこれからアイリスと二人でいろんな所へ行くんだ。1つぐらい見送っても問題ないだろう。でも、ギルド章を出さないというのはどういう意味なんだろう?

「わざわざ管理官だとか、Sランクだとか名乗る必要ないでしょ?そんなことしたら面倒な仕事押しつけられそうだし」
「わかった」

 アイリスの言うとおりだ。ギルド支部には引き受け手のいない高難易度の調律依頼や管理官の業務が待ち受けている事は想像に難くない。急ぐ旅じゃないけど、そんなところで身分を名乗って無駄に足止めされるのも面倒だよね。アイリスの表情を見ているとそれ以外にも理由があるようにも思えたけど、口にしないなら今は私が知らなくても良い事なんだろう。なので、それ以上の理由は聞かずに了承した旨を伝える。

「ありがと。あとね、ステーションのショップで服を買うから」
「それは拒否する」
「残念、トワに拒否権はありません!」
「解せぬ」

 少し声量を上げて、年頃の友人同士がふざけ合っている様子を演じながら入星ゲートへ向かう。いや、実際に年頃の友人同士がふざけ合っているんだけど。
 直近で到着した乗客は他にいなかったのか、ゲートで手続きするのは私達だけのようだ。ゲートには制服らしきものをだらしなく着崩した、あまり感じの良くない中年男性係員が一人。

「モーリオンギルド所属、アイリス・ブースタリアです。入星手続きをお願いします」
「ギルド所属、トワ・エンライト」
「さっき到着した輸送船の客か?どこから来た?」
「はい、惑星CM41F3Cからです」
「CM……ああ、番号星(ナンバーズ)か」

 その瞬間、係官の口から出たナンバーズという言葉は初めて聞いた言葉だけど、何故か妙に気に障った。確かにCM41F3C(ふるさと)は何の名前も与えられていない、ただの識別番号でしかない星だけれど。それでも。ナンバーズというその響きには、無名の辺境星に対する見下しが透けていたように感じたから。

「ええ、それが何か?」
「いや、なんでもない。あそこはギルドの人間しかいないからな、ギルドのお使いだろ?その歳じゃ身分証明ももらってないだろうし、そのまま入っていいぞ」

 言い返そうとした私をアイリスがそっと手で私を制した。彼女は静かに目配せし、怒りの表情を見せないまま係官を見つめている。係官はもうこちらには興味を失ったのか、やる気なさそうな仕草で顎をしゃくり、ゲートの先を指す。なんだろう、この人。本当に感じが悪い。さっきまで一緒に居た、船長さんや船員のみんなとは大違いだ。

 たった一人と短い言葉を交わしただけなのに、新たな星を訪れた喜びが一瞬で台無しになってしまった。知らない世界に踏み出すワクワクや期待が、冷たい嘲笑で薄れていくのがわかる。
 ひょっとしたらこの星のことはあまり好きになれないかもしれない。この星がどんな場所かまだ何も知らないのに。でも、ひょっとしたらこの星はただの乗り継ぎであって良かったのかもしれない。


 少し重い気分を抱えたまま、キャメル067から搬出された荷物を引き取るために手荷物受取所(バゲージクレーム)へ向かう。他の到着便がしばらくなかったのか私達以外の人影はまばらで、商人や旅行者とおぼしき人達が数人いる程度だ。
 貨物室に搭載されていたC3のコンテナはギルドの専用搬入口から軌道エレベーターへ運ばれていくみたいで、キャメル067から受取所に搬出される手荷物はアイリスが機内に預けた手荷物と私が家に忘れそうになった鋼の獣(メタルビースト)の残骸を収納したコンテナぐらい。しばらくすると私がオシャレBOXと勝手に呼んでいるアイリスの手荷物が運ばれてきた。

「アイリス、オシャレBOXでてきた」
「何?そのオシャレBOXって」
「アイリスのオシャレが詰まってる」
「いや、普通の着替えだよ?制服はともかく、礼服とかドレスとか入ってないからね?」
「アイリスの服は基本オシャレ」
「一応褒め言葉だと受け取っとくよ。……それにしても遅いね、もう一つのアレ」

 うん、いくら人数が少ないとは言え人目のあるところでメタルビーストとか口にするのは憚られるよね。どうみても怪しい単語だし。それはそうとして、確かにアイリスが言うように出てくるのが遅い。いや、それ以前に……。

「搬出口、閉まった」
「えっ?本当だ……ちょっと確認してくるね」

 アイリスは荷物の搬出が止まった理由を確認しに、手近な係員の元へと向かっていった。荷物が出てくる様子がないので、私もアイリスのシャレBOXを抱えて彼女の後ろに続く。

「すみません、荷物の搬出が途中で止まっているようなんですが」
「ああ、アレはお嬢さんの荷物か?危険物の疑いがあるから止めたんだよ、特別検査が必要でね」

 神経質そうな男性係員はちらりとアイリスを見下ろし、少し面倒くさそうに応じた。

「え?乗り継ぎの荷物なんですけど?」

 アイリスは少し困惑しながら言ったが、係員は鼻で笑って信じられない事を言い放った。

「乗り継ぎだろうが何だろうが、うちは安全第一だからね。ギルドの封印がある荷物でも、中身が確認できないものは危険だって判断してるんだよ。確認して問題無ければ返却できるし、危険物なら没収だよ、お嬢ちゃん」

 係員は私達を子供扱いして侮っている事を隠そうともしない態度だ。入星ゲートの係員に続いて、ここの係員この態度。この星の人はなんて不愉快なんだ。私がそんなことを思って憤っている間にも、アイリスはわずかに眉をひそめて話を続ける。

「……ギルドで封印されている荷物を勝手に開封するのは通商規約違反ですよ?私達はここに滞在する予定もなく、最終目的地で通関すれば良いはずですが」

 アイリスが言っている事は正しく、そして旅の常識だと私も聞いてる。それなのに、係員はうっすらと笑みを浮かべ、少しあきれたように肩をすくめてみせた。

「あー、ちょっとお嬢ちゃん達には難しい話かもね。うちはギルドのペレジス支部が決めた規定に従ってるだけだから、詳しいことは惑星(した)の通関本部で話してくれるかな?それとも警備を呼んだ方が良いかい?」

 この星の規則であれば、入星ゲートで何か案内があってもよさそうなものだけど、そんな説明はなかった。しかも係員はまともに取り合うつもりがないようで、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。

「……わかったわ。本部とやらで話を付ける」
「そうかい、ご苦労さん」

 アイリスはこの場でのトラブルは避けて一旦引くことを選択したようだ。ここで食い下がってもおそらく時間の無駄だし、騒ぎになると面倒なのは私にも判る。現に受取所にいた人達が私達の方を注目しはじめてるし、入星ゲートにもあった監視カメラにも捉えられてるしね。私もアイリスの判断は正しいと思うけど、どこか引っかかるものが残ることも事実だ。

 そういえば入星ゲートでの扱いもそうだった。少なくとも故郷の星では軌道ステーションの係員は身内だということを差し引いても丁寧だったと思うし、航行中も船長さん達にとても良くしてもらった。それがここでは到着早々、不躾な対応をされてばかりだ。この軌道ステーションの、そしてこの星の雰囲気には違和感ばかり感じる。
 けれど、もしかしたらこれが「宇宙の標準」なのかもしれない。たまたま、これまでが幸運だっただけなのか、それとも今が不運なのか。経験の少ない私達には判断がつかない。
 あの係員たちの不機嫌そうな顔や上から見下すような物言いに妙な居心地の悪さがじわじわと広がっていく。もしかしたら、私達は歓迎されていない?それも、ギルド支部のある星で?何がどうなっているのか私にはわからなかった。


>>Iris

 悪い予感に限って良く当たるものだ。トワを伴って軌道ステーションの薄暗い通路を進みながら、私は皮肉な気持ちで自分の「鋭さ」に苦笑する。果たしてこれは良いことなのか、悪いことなのか。いや、考える余地もないか。

 この星に到着してから、何かがずっと引っかかっていた。航行中に聞いたペレジスでのインフレの話と、それを裏付けるようなステーション内に示されていた異常な為替レート。
 ギルドクレジットが暴騰しているのではなく、明らかにペレジスの地元通貨が暴落している状態だ。船長さん達は宇宙食の価格が上がっていると言っていたけど、もしかしたらインフレだけでなくて、食糧供給そのものに問題が生じている可能性もある。
 そして、フォトンタブで確認したこのギルド支部におけるC3の流通量の減少に関するデータ。CM41F3C(うち)からペレジスへ輸出しているC3の量に関する報告が、私の記憶している量よりも明らかに少なく計上されている。それは……つまり、どこかでC3の横流しが行われている可能性を疑えるようなシリアスな事態だ。
 さらにギルドネットで配信されていた……9年前に起きたという支部長交代劇にまつわるキナ臭い情報も、私のいやな予感を後押しした。

 表向きには経済悪化とインフレという、辺境宙域ではよくある状況に見えた。でも、私の知り得た複数の要素を関連付けて考えると……この星の資源や利権を握る存在、つまりギルド支部がおかしな動きをしている兆候に思えて仕方がない。

 特に気になるのはC3の流通量減少だ。ギルドの生命線であるC3は通常であれば厳密な流通管理が行われている。そんな重要資源の流通が帳簿の上で減少している?それはすなわち表に出せない取引や横流し、何らかの不正が行われていると公言しているのと変わらないじゃない。
 監査が厳しいはずのギルドで一介の職員が流通量に影響を及ぼすレベルの不正を行うのはほぼ不可能だし、もし実際に不正が行われているなら、ここのギルド支部全体が……?

 それだけじゃない。この宇宙ステーションでの対応も不自然だ。私達の荷物に無理やり言いがかりをつけ、押収しようとする態度。私達の正確な身元は伝えていないから、彼らにとっては私達はただの旅行者に過ぎない。それにもかかわらず、執拗に荷物を調べるということは、私がギルドの管理官だからと目を付けた訳ではなく、この星に立ち寄る全員をターゲットにしていると考えるほうが妥当だろう。
 この星に限らす、多くの惑星において軌道ステーションはギルドの管理下にある施設だから、一部の係員達が独断でそんな事をできるはずもない。そして、ギルドの管理施設ですら問題が生じているということは、この星のギルド支部全体が腐敗していることも考えられる。

 おそらく、ここペレジス全体が内側から食い荒らされつつあるのだろう。この星で起こっているのは、単なる経済悪化や不景気じゃなくて、もっと根の深い闇が絡んでいる。もしそうなら新しく着任したという支部長が関与しているのかもしれない。
 だからこそ、地表には降りず乗り継ぎ(トランジット)でここを早く立ち去るつもりだったのだけど……世の中は上手く行かないものだ。せめてもの救いは、ギルド章を見せて正式な身元確認を受けなかったことだ。もし支部に私達のことが知られていれば、きっと身動きが取れなくなっていたはずだから。

 とはいえ、知ってしまった以上は見過ごすわけにもいかないか。一瞬、故郷の父さんに相談しようかとも思ったけど新人とは言え、私も監察権を持つ二等管理官の一人なのだから。妙なことにトワを巻き込みたくなかったけど……。

「……リス?……お姉ちゃん?」
「えっ、急に姉呼び!?どうしたの?」
「ずっとぼーっとしてたから」
「あ……ごめん、考え事をしてた。あのね、実は……」

 どうやら考えに没頭しすぎていて、トワに心配を掛けてしまったようだ。現状について考えを共有しておこうと口を開き掛けた途端、トワが急に私の腕に抱きつき、顔を寄せて小声で呟いた。

「待って。たぶん、アイリスが話そうとしている事、ここで話すとまずい」
「え?」
「監視カメラ。そこかしこに設置されてる」
「!!」
「ゲートや受取所、通路。でも死角になっているところも多そう」
「いつの間にそんな確認してたの?」
「私だってやるときはやる。配置のパターンは大体わかった。たぶん、更衣室にカメラは無い」

 確かに以前からトワの知覚力は私を含めた周りの人間より遙かに優れているとは思っていたけど……それにしてもこの子、いつの間にそんな所を見てたの?トワの言葉に驚きながらも、監視者に内緒話を気づかれないように少し大きめに声を出して白々しく言ってみた。

惑星(した)に降りる事になっちゃったから、コスモスーツを着替えないといけないね」
「私はこのままでもいい」
「いや、さすがに地上でコスモスーツ(それ)は目立つからね?隣で歩く私の身にもなって?」
「オシャレリーダーの要求水準は高すぎる」
「私、いつの間にリーダーになったの?というか要求水準のレベル低くない!?」

 トワとじゃれ合っていると先ほどまで考えていた重苦しい内容が少し軽くなった気がする。私達はさりげなく馬鹿話を続けながら、カメラの目を避けるように更衣室へと向かう。……不自然に見えなければいいのだけれど。


>>Towa

 アイリスはやはりオシャレリーダーだ。いや、この美少女っぷりはリーダーでは物足りない。

「オシャレ女王爆誕」
「なんかどんどんグレード上がってない!?いや、褒めてくれてるんだろうけど、ちょっとそこまで言われると……」
「アイリスはもっと褒められていい。アイリスは世界の、いや宇宙の宝」
「そこまで言われると、ちょーっと馬鹿にされてる気もするよ?」
「本気なのに。解せぬ」

 私は姉を心の底から称賛していたのだけど、信じて貰えなかった。普段から茶化しているからだろうか。信用の積み重ねは大事だと、私は心に刻んだ。

 それにしても、着替えを終えたアイリスはザ・美少女という感じしかしない。今日の服はふわっとした白いワンピースで、ウエストに黒いレースのような飾りがついた布……多分サッシュとか言うのを巻いている。首元や袖口には青いリボンも付いてて……あっ、髪のリボンも今日は青にしてる。袖がふわふわ広がってて動く度に柔らかく揺れるのがすごくお嬢様っぽい。やっぱりアイリスはこういうのが似合う。……いや、何を着ても似合うけど。

 ちなみに私はいつも通りのTシャツとジャケット。この2ヶ月ずっとコスモスーツだったから、少し新鮮に感じる。なお面倒だったので下着は履いてない。替えも無かったしね。

「トワ、まずは下着を買いに行くよ?」
「持ってるからいらない。履くの面倒」
「み・だ・し・な・みっ!」

 信用を積み重ねるために、正直に告げたらものすごい顔で怒られた。監視カメラで見てる人がいたら卒倒するんじゃないだろうか、というレベルの剣幕だ。私、そんなにおかしな事を言ったかな。
 ちなみに監視カメラが無いことは確認済みで、着替えながらアイリスがさっき何を考えていたのか説明も聞いている。ギルド支部ぐるみの不正とか正直興味はないけど……アイリスのお仕事だというなら、私が手伝わないなんて事はありえない。私とアイリスは親友で、幼馴染みで、姉妹で、そして相棒(バディ)だからね。


 着替えを終えた私はアイリスに手を引かれ、ステーション内のショップに連行された。本当にいらないのにな、ぱんつとか。私のを買うぐらいなら、アイリスの下着を充実させた方が世のため人のためなのに。
 連行されながらそんな事を考えていると、旅行用品を売っているらしいお店にグリット(かちこち)が売られてるのを見つけ、つい大人買いしてしまった。全然美味しくないんだけど、口寂しいときには丁度いいんだよねグリット(かちこち)。早速パッケージを開封して一つを口に放り込み、残りはジャケットのポケットに放り込んでおく。

「それ、味はともかくとして一食分の栄養食だよ?おやつに食べてたら間違いなく太るよ?」
「あーあー、聞こえない」
「まぁ、太ったらダイエットに付き合ってあげるけどさ……」
「アイリス、優しい」
「聞こえてるじゃない」
「謀られた」

 そんな事を言いながら、買い物を終えた私達は軌道エレベータへ向かった。ちなみに下着は3枚も買わされた。あと、洋服も。いらないのに。


 軌道エレベータ乗り場の受付係は40代ぐらいの女性スタッフだった。ここまでの経験から少し身構えたけど、この人は普通、というよりむしろ親切な人みたいだ。少し疲れて見えるのはあの嫌みったらしい同僚達がいるせいで、労働環境が良くないとかかな?なんとなくそんな事を思った。そのスタッフのお姉さんが説明してくれた軌道エレベータについての話をまとめるとこうだ。

 ペレジスでの軌道ステーションと惑星上の行き来は基本的に軌道エレベータで全てまかなわれていて、ゴンドラと呼ばれているユニットに貨物と人が一緒に乗り込むようになっている。大人数の旅客用にゴンドラは数機のうちの1機に旅客専用ゴンドラが含まれているけど、残念ながら私達が乗る次のゴンドラは貨物室併設型で乗り心地は少し劣るらしい。地上までは3時間程度で到着するけど、出発時と到着時にはシートベルトの着用が義務づけられていて、運行中もできればシートベルトをしておいた方が良いそうだ。

 説明を聞いていると、同じゴンドラに乗り合わせる人が集まってきた。
 2人組の中年男性と、おばあさん。そしてビジネスマン風の30代ぐらいに見える男性。私達を合わせて全部で6人が今回の乗客のようだ。出発時刻が近づいているので、手荷物を貨物部に乗せて乗車する。
 キャビン内は向かい合わせになったボックス式の2人掛け席が横並びに5組ならんだ構造になっていて、定員は20名らしい。私達は一番端のボックス席に座り、隣にはビジネスマン風の男性。一つ離れたところにおばあさん、その奥が男性2人組。
 スタッフのお姉さんはおばあさんの乗車をサポートしてあげている。やはり優しい人なんだろう。この人なら大丈夫かな?そう思った私はお姉さんに声を掛けてみた。

「お姉さん」
「どうしたの、お嬢さん」
「私、軌道エレベータはじめて。ちょっと怖い。何かあったとき、誰かが見守ってくれてる?座席から合図したら、助けてもらえる?」
「ごめんなさいね、このゴンドラには内部モニタ設備は付いてないのよ。でもキャビンの扉のところ、ほらあそこに非常ボタンがあるでしょ?何かあったらあれを押してね。そうしたら救助の人が来てくれるから」
「わかった、ありがとう」

 私の言葉ににっこり微笑んでくれるお姉さんの笑顔に、少しだけ心が痛んだ。私が本当に聞きたかったのは緊急時の対応じゃなくて、監視カメラの有無だったから。隠しカメラがある可能性も考えたけど、多数運行しているゴンドラにいちいち監視を付ける可能性は低いんじゃないかとは思ってたけど、見えにくい位置に設置されたモニタ装置があるかもしれないからね。そんなことを警戒したけどお姉さんの回答を聞く限りではそれも無さそうだ。ともあれ、少なくとも3時間の間はアイリスと内緒話ができそうで一安心だ。

 親切なお姉さんの見送りを受け、ゴンドラは地表へ向けて降下を始めた。ゴンドラの速度が最高速に達し、振動が落ち着いた頃合いを見計らってアイリスと話をしようかと思った矢先、隣のボックスの男性から声を掛けられた。

「失礼、お嬢さん達。さきほど手荷物受け取りでもめておられましたよね?」

 予想しなかった声かけにアイリスと目を合わせた。彼の目的がわからず、軽い警戒心が胸をよぎる。しかし男性は不審げな私達の様子に気づいたのか、慌てて手を軽く上げて笑みを浮かべた。

「いやいや、怪しい者じゃありません。実は私も同じように手荷物を没収されてしまして……。お嬢さん達も災難に巻き込まれた仲間かと思って、つい声をかけたんですよ」

 彼の言葉に先ほどの記憶をたぐると……言われてみれば、手荷物受取所で見かけたような気もする。断言できるだけの自信はないけど。アイリスもわずかに眉をひそめていたけど、男性は構わず続けた。

「ああ、私は星間交易商人(トレーダー)をしているウォルターと申します。隣のヘリオスと言う星の出身でこの星へ来るのは3度目なんです、。今回も先ほど到着したのですが、来る度におかしな空気になってる気がしましてね……。貴重品やら精密機械を持ち込むと、直ぐに難癖をつけて検査だ、没収だと言われて良い迷惑なんですよ」

 私達の警戒がまだ解けていないのを察したのか、彼は少し声をひそめて視線を左右に向けた後、今度は小声で話しかけてきた。

「お嬢さん、実はさっきあなたがあの女性スタッフからさりげなく監視カメラの有無を聞き出した事に気付いたんです。いや、実に見事な手際でした。だから、同じ被害者仲間として少し情報交換をしたいと思いましてね」

 私のお芝居が見抜かれていた。自分では上手くいったと思っていたし、お姉さんもまったく疑う様子が無かったのに。やり手のトレーダーだから観察眼が優れているのか、それとも何か意図があるのかな?彼の落ち着いた物腰そのものは警戒心を薄れさせるものだけど、どうしたものだろう。悩んでいると、アイリスが慎重に言葉を選びながら応じた。

「……ウォルターさんの手荷物が没収されたのは、何か理由があったんですか?」

 アイリスの言葉に彼は苦笑し、肩をすくめた。

「理由が本当に納得できるものならいいんですが、正直無茶苦茶ですよ。危険物でもない商材を検査と称して持っていかれてしまうし、それがきちんと戻ってくる保証もない。高価な物はほぼ戻ってきません。いつからペレジスはそんな無法な星になったのやら」

 スパイが相手に取り入り油断させる手口に身内を批判してみせるという手法もあるってホロムービーで見たことがあるけど、一見するとただの小娘2人にスパイを差し向けてくる組織なんてないよね?なら、この人は単なる被害者なんだろうか。

「あっ、ごめんなさい。 まだ名乗ってませんでしたね。私はアイリス、こちらは妹のトワ。辺境の星から2人で出てきたところです」

 アイリスは嘘にならない程度の内容でウォルターさんに自己紹介をした。さらっと妹と呼ばれた事に少しだけ気が動転する。もしやこれは、姉呼びしろというサインなのかな……。

「おや、お二人は姉妹でしたか!こんな美人の姉妹とは親御さんが羨ましい」

 うん、そうだよね。お義父さんはうちの開拓団でも周囲から羨ましがられていた。主にアイリスのことで。私の話題が出るときは大抵は気の毒がられていたけど。ちょっと解せない。
 それはともかくとして、ウォルターさんは周囲を気にして世間話のていを装った後、小声で続けた。

「実は……この星の事で変な話を耳にしたんですよ。商人仲間の間で囁かれてるんですが、ベルンハルトと言う今のギルド支部長が自分のことを『ギルド伯』なんて称しているらしいんです」
「ギルド……伯?」

 アイリスが眉をひそめた。それはそうだ。ギルドが掲げるギルド憲章には内政干渉を禁じる中立の原則があって、うちのような資源惑星やギルド直轄星を除いてギルドの人間が星の政治に関わる事を厳しく禁じてるからね。
 惑星の支配を行ったり、貴族を名乗ったりなんてあり得ないことで、それはギルド憲章にはあまり詳しくない私でも知ってることだ。それにもかかわらず、支部長が「ギルド伯」…つまり伯爵を名乗って支配者のように振る舞ってるの?

「ええ、私も聞いたときは驚きましたよ。いくらギルドの支部長とは言えその地位はギルド内だけのものなのに、まるでこの星の領主のように振る舞っているのは……。それにこの星の商人仲間もみんな不満を抱えてます。税金という名目で不当に金品を巻き上げられるのは日常茶飯事、物資の流通にもやたらと制限をかけてるそうで」

 ウォルターさんの言葉にアイリスが静かに怒りの感情を抑えているのがわかった。もちろんウォルターさんにではなく「ギルド伯」とやらに対してだろう。

「なるほど……私達の荷物が没収されたのも、その税金名目の搾取と似たような状況なのかもしれませんね。私達の星にもギルドの人達はいますが、この星のギルドみたいな事をしてるなんて聞いたことないです。この星のギルドの人達は、まるで本業から外れてしまったというか……」

 アイリスはウォルターさんの言葉に同意するように、自分たちもこの星のギルドに異変が起きていることを感じていると伝える。ただ、さっき聞いたギルドが腐敗している可能性について不用意に話したりしないのはさすがアイリスだ。

「もしかしたら、私達トレーダーに対する横暴も、氷山の一角なのかもしれませんね」
「そういえば私達が乗ってきた船の船員さんが言ってたんですが、ギルド支部で取り扱っているC3の流通量が彼等の運んできた量よりも減っているとかなんとか。物資の流通制限というのが何か関係してるんでしょうか?」
「そうなんですか?それは初耳ですが……うーん、それは……」

 あくまでも聞いた話しという体を装ってアイリスがC3の流通量減少についての話題を振る。ウォルターさんはそのことを知らなかったようで何事か考え込んでいるようだ。
 その後も情報交換は続いたが、いかんせん手持ちの情報が少ない。やがて話題はギルド支部への不満やこれまでの対応に関する批判になったけど、よくよく考えれば私達もそのギルドの一員なんだよね。
 私自身はあまりギルドに対する帰属意識はないんだけど、一応自分が所属する組織がこうも批判にさらされるのは、さすがに良い気分じゃない。だけど、それぐらいこのギルド支部は多くの人に嫌われているんだとしたら……。

 私の目的はあくまでも押収された荷物(メタルビースト)を取り返すことだけど、話を聞く限りでは一筋縄ではいかないような雰囲気だ。なら、ついでにギルド支部の問題を少しでも……ほんの少しだけでも、改善できれば。そんな気持ちになった。もっともアイリスは最初から改善(そう)するつもりだったみたいだけど。




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「なに?」
「ゲートでの手続き、ギルド章は出さないで口頭報告だけにしよ?」
「どうして?」
「|ペレジス《ここ》にはギルド支部があるでしょ?で、私達は|乗り継ぎ《トランジット》でここを通り過ぎるだけ」
「そうだった」
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「ありがと。あとね、ステーションのショップで服を買うから」
「それは拒否する」
「残念、トワに拒否権はありません!」
「解せぬ」
 少し声量を上げて、年頃の友人同士がふざけ合っている様子を演じながら入星ゲートへ向かう。いや、実際に年頃の友人同士がふざけ合っているんだけど。
 直近で到着した乗客は他にいなかったのか、ゲートで手続きするのは私達だけのようだ。ゲートには制服らしきものをだらしなく着崩した、あまり感じの良くない中年男性係員が一人。
「モーリオンギルド所属、アイリス・ブースタリアです。入星手続きをお願いします」
「ギルド所属、トワ・エンライト」
「さっき到着した輸送船の客か?どこから来た?」
「はい、惑星CM41F3Cからです」
「CM……ああ、|番号星《ナンバーズ》か」
 その瞬間、係官の口から出たナンバーズという言葉は初めて聞いた言葉だけど、何故か妙に気に障った。確かに|CM41F3C《ふるさと》は何の名前も与えられていない、ただの識別番号でしかない星だけれど。それでも。ナンバーズというその響きには、無名の辺境星に対する見下しが透けていたように感じたから。
「ええ、それが何か?」
「いや、なんでもない。あそこはギルドの人間しかいないからな、ギルドのお使いだろ?その歳じゃ身分証明ももらってないだろうし、そのまま入っていいぞ」
 言い返そうとした私をアイリスがそっと手で私を制した。彼女は静かに目配せし、怒りの表情を見せないまま係官を見つめている。係官はもうこちらには興味を失ったのか、やる気なさそうな仕草で顎をしゃくり、ゲートの先を指す。なんだろう、この人。本当に感じが悪い。さっきまで一緒に居た、船長さんや船員のみんなとは大違いだ。
 たった一人と短い言葉を交わしただけなのに、新たな星を訪れた喜びが一瞬で台無しになってしまった。知らない世界に踏み出すワクワクや期待が、冷たい嘲笑で薄れていくのがわかる。
 ひょっとしたらこの星のことはあまり好きになれないかもしれない。この星がどんな場所かまだ何も知らないのに。でも、ひょっとしたらこの星はただの乗り継ぎであって良かったのかもしれない。
 少し重い気分を抱えたまま、キャメル067から搬出された荷物を引き取るために|手荷物受取所《バゲージクレーム》へ向かう。他の到着便がしばらくなかったのか私達以外の人影はまばらで、商人や旅行者とおぼしき人達が数人いる程度だ。
 貨物室に搭載されていたC3のコンテナはギルドの専用搬入口から軌道エレベーターへ運ばれていくみたいで、キャメル067から受取所に搬出される手荷物はアイリスが機内に預けた手荷物と私が家に忘れそうになった|鋼の獣《メタルビースト》の残骸を収納したコンテナぐらい。しばらくすると私がオシャレBOXと勝手に呼んでいるアイリスの手荷物が運ばれてきた。
「アイリス、オシャレBOXでてきた」
「何?そのオシャレBOXって」
「アイリスのオシャレが詰まってる」
「いや、普通の着替えだよ?制服はともかく、礼服とかドレスとか入ってないからね?」
「アイリスの服は基本オシャレ」
「一応褒め言葉だと受け取っとくよ。……それにしても遅いね、もう一つのアレ」
 うん、いくら人数が少ないとは言え人目のあるところでメタルビーストとか口にするのは憚られるよね。どうみても怪しい単語だし。それはそうとして、確かにアイリスが言うように出てくるのが遅い。いや、それ以前に……。
「搬出口、閉まった」
「えっ?本当だ……ちょっと確認してくるね」
 アイリスは荷物の搬出が止まった理由を確認しに、手近な係員の元へと向かっていった。荷物が出てくる様子がないので、私もアイリスのシャレBOXを抱えて彼女の後ろに続く。
「すみません、荷物の搬出が途中で止まっているようなんですが」
「ああ、アレはお嬢さんの荷物か?危険物の疑いがあるから止めたんだよ、特別検査が必要でね」
 神経質そうな男性係員はちらりとアイリスを見下ろし、少し面倒くさそうに応じた。
「え?乗り継ぎの荷物なんですけど?」
 アイリスは少し困惑しながら言ったが、係員は鼻で笑って信じられない事を言い放った。
「乗り継ぎだろうが何だろうが、うちは安全第一だからね。ギルドの封印がある荷物でも、中身が確認できないものは危険だって判断してるんだよ。確認して問題無ければ返却できるし、危険物なら没収だよ、お嬢ちゃん」
 係員は私達を子供扱いして侮っている事を隠そうともしない態度だ。入星ゲートの係員に続いて、ここの係員この態度。この星の人はなんて不愉快なんだ。私がそんなことを思って憤っている間にも、アイリスはわずかに眉をひそめて話を続ける。
「……ギルドで封印されている荷物を勝手に開封するのは通商規約違反ですよ?私達はここに滞在する予定もなく、最終目的地で通関すれば良いはずですが」
 アイリスが言っている事は正しく、そして旅の常識だと私も聞いてる。それなのに、係員はうっすらと笑みを浮かべ、少しあきれたように肩をすくめてみせた。
「あー、ちょっとお嬢ちゃん達には難しい話かもね。うちはギルドのペレジス支部が決めた規定に従ってるだけだから、詳しいことは|惑星《した》の通関本部で話してくれるかな?それとも警備を呼んだ方が良いかい?」
 この星の規則であれば、入星ゲートで何か案内があってもよさそうなものだけど、そんな説明はなかった。しかも係員はまともに取り合うつもりがないようで、ニヤニヤと薄笑いを浮かべている。
「……わかったわ。本部とやらで話を付ける」
「そうかい、ご苦労さん」
 アイリスはこの場でのトラブルは避けて一旦引くことを選択したようだ。ここで食い下がってもおそらく時間の無駄だし、騒ぎになると面倒なのは私にも判る。現に受取所にいた人達が私達の方を注目しはじめてるし、入星ゲートにもあった監視カメラにも捉えられてるしね。私もアイリスの判断は正しいと思うけど、どこか引っかかるものが残ることも事実だ。
 そういえば入星ゲートでの扱いもそうだった。少なくとも故郷の星では軌道ステーションの係員は身内だということを差し引いても丁寧だったと思うし、航行中も船長さん達にとても良くしてもらった。それがここでは到着早々、不躾な対応をされてばかりだ。この軌道ステーションの、そしてこの星の雰囲気には違和感ばかり感じる。
 けれど、もしかしたらこれが「宇宙の標準」なのかもしれない。たまたま、これまでが幸運だっただけなのか、それとも今が不運なのか。経験の少ない私達には判断がつかない。
 あの係員たちの不機嫌そうな顔や上から見下すような物言いに妙な居心地の悪さがじわじわと広がっていく。もしかしたら、私達は歓迎されていない?それも、ギルド支部のある星で?何がどうなっているのか私にはわからなかった。
>>Iris
 悪い予感に限って良く当たるものだ。トワを伴って軌道ステーションの薄暗い通路を進みながら、私は皮肉な気持ちで自分の「鋭さ」に苦笑する。果たしてこれは良いことなのか、悪いことなのか。いや、考える余地もないか。
 この星に到着してから、何かがずっと引っかかっていた。航行中に聞いたペレジスでのインフレの話と、それを裏付けるようなステーション内に示されていた異常な為替レート。
 ギルドクレジットが暴騰しているのではなく、明らかにペレジスの地元通貨が暴落している状態だ。船長さん達は宇宙食の価格が上がっていると言っていたけど、もしかしたらインフレだけでなくて、食糧供給そのものに問題が生じている可能性もある。
 そして、フォトンタブで確認したこのギルド支部におけるC3の流通量の減少に関するデータ。|CM41F3C《うち》からペレジスへ輸出しているC3の量に関する報告が、私の記憶している量よりも明らかに少なく計上されている。それは……つまり、どこかでC3の横流しが行われている可能性を疑えるようなシリアスな事態だ。
 さらにギルドネットで配信されていた……9年前に起きたという支部長交代劇にまつわるキナ臭い情報も、私のいやな予感を後押しした。
 表向きには経済悪化とインフレという、辺境宙域ではよくある状況に見えた。でも、私の知り得た複数の要素を関連付けて考えると……この星の資源や利権を握る存在、つまりギルド支部がおかしな動きをしている兆候に思えて仕方がない。
 特に気になるのはC3の流通量減少だ。ギルドの生命線であるC3は通常であれば厳密な流通管理が行われている。そんな重要資源の流通が帳簿の上で減少している?それはすなわち表に出せない取引や横流し、何らかの不正が行われていると公言しているのと変わらないじゃない。
 監査が厳しいはずのギルドで一介の職員が流通量に影響を及ぼすレベルの不正を行うのはほぼ不可能だし、もし実際に不正が行われているなら、ここのギルド支部全体が……?
 それだけじゃない。この宇宙ステーションでの対応も不自然だ。私達の荷物に無理やり言いがかりをつけ、押収しようとする態度。私達の正確な身元は伝えていないから、彼らにとっては私達はただの旅行者に過ぎない。それにもかかわらず、執拗に荷物を調べるということは、私がギルドの管理官だからと目を付けた訳ではなく、この星に立ち寄る全員をターゲットにしていると考えるほうが妥当だろう。
 この星に限らす、多くの惑星において軌道ステーションはギルドの管理下にある施設だから、一部の係員達が独断でそんな事をできるはずもない。そして、ギルドの管理施設ですら問題が生じているということは、この星のギルド支部全体が腐敗していることも考えられる。
 おそらく、ここペレジス全体が内側から食い荒らされつつあるのだろう。この星で起こっているのは、単なる経済悪化や不景気じゃなくて、もっと根の深い闇が絡んでいる。もしそうなら新しく着任したという支部長が関与しているのかもしれない。
 だからこそ、地表には降りず|乗り継ぎ《トランジット》でここを早く立ち去るつもりだったのだけど……世の中は上手く行かないものだ。せめてもの救いは、ギルド章を見せて正式な身元確認を受けなかったことだ。もし支部に私達のことが知られていれば、きっと身動きが取れなくなっていたはずだから。
 とはいえ、知ってしまった以上は見過ごすわけにもいかないか。一瞬、故郷の父さんに相談しようかとも思ったけど新人とは言え、私も監察権を持つ二等管理官の一人なのだから。妙なことにトワを巻き込みたくなかったけど……。
「……リス?……お姉ちゃん?」
「えっ、急に姉呼び!?どうしたの?」
「ずっとぼーっとしてたから」
「あ……ごめん、考え事をしてた。あのね、実は……」
 どうやら考えに没頭しすぎていて、トワに心配を掛けてしまったようだ。現状について考えを共有しておこうと口を開き掛けた途端、トワが急に私の腕に抱きつき、顔を寄せて小声で呟いた。
「待って。たぶん、アイリスが話そうとしている事、ここで話すとまずい」
「え?」
「監視カメラ。そこかしこに設置されてる」
「!!」
「ゲートや受取所、通路。でも死角になっているところも多そう」
「いつの間にそんな確認してたの?」
「私だってやるときはやる。配置のパターンは大体わかった。たぶん、更衣室にカメラは無い」
 確かに以前からトワの知覚力は私を含めた周りの人間より遙かに優れているとは思っていたけど……それにしてもこの子、いつの間にそんな所を見てたの?トワの言葉に驚きながらも、監視者に内緒話を気づかれないように少し大きめに声を出して白々しく言ってみた。
「|惑星《した》に降りる事になっちゃったから、コスモスーツを着替えないといけないね」
「私はこのままでもいい」
「いや、さすがに地上で|コスモスーツ《それ》は目立つからね?隣で歩く私の身にもなって?」
「オシャレリーダーの要求水準は高すぎる」
「私、いつの間にリーダーになったの?というか要求水準のレベル低くない!?」
 トワとじゃれ合っていると先ほどまで考えていた重苦しい内容が少し軽くなった気がする。私達はさりげなく馬鹿話を続けながら、カメラの目を避けるように更衣室へと向かう。……不自然に見えなければいいのだけれど。
>>Towa
 アイリスはやはりオシャレリーダーだ。いや、この美少女っぷりはリーダーでは物足りない。
「オシャレ女王爆誕」
「なんかどんどんグレード上がってない!?いや、褒めてくれてるんだろうけど、ちょっとそこまで言われると……」
「アイリスはもっと褒められていい。アイリスは世界の、いや宇宙の宝」
「そこまで言われると、ちょーっと馬鹿にされてる気もするよ?」
「本気なのに。解せぬ」
 私は姉を心の底から称賛していたのだけど、信じて貰えなかった。普段から茶化しているからだろうか。信用の積み重ねは大事だと、私は心に刻んだ。
 それにしても、着替えを終えたアイリスはザ・美少女という感じしかしない。今日の服はふわっとした白いワンピースで、ウエストに黒いレースのような飾りがついた布……多分サッシュとか言うのを巻いている。首元や袖口には青いリボンも付いてて……あっ、髪のリボンも今日は青にしてる。袖がふわふわ広がってて動く度に柔らかく揺れるのがすごくお嬢様っぽい。やっぱりアイリスはこういうのが似合う。……いや、何を着ても似合うけど。
 ちなみに私はいつも通りのTシャツとジャケット。この2ヶ月ずっとコスモスーツだったから、少し新鮮に感じる。なお面倒だったので下着は履いてない。替えも無かったしね。
「トワ、まずは下着を買いに行くよ?」
「持ってるからいらない。履くの面倒」
「み・だ・し・な・みっ!」
 信用を積み重ねるために、正直に告げたらものすごい顔で怒られた。監視カメラで見てる人がいたら卒倒するんじゃないだろうか、というレベルの剣幕だ。私、そんなにおかしな事を言ったかな。
 ちなみに監視カメラが無いことは確認済みで、着替えながらアイリスがさっき何を考えていたのか説明も聞いている。ギルド支部ぐるみの不正とか正直興味はないけど……アイリスのお仕事だというなら、私が手伝わないなんて事はありえない。私とアイリスは親友で、幼馴染みで、姉妹で、そして|相棒《バディ》だからね。
 着替えを終えた私はアイリスに手を引かれ、ステーション内のショップに連行された。本当にいらないのにな、ぱんつとか。私のを買うぐらいなら、アイリスの下着を充実させた方が世のため人のためなのに。
 連行されながらそんな事を考えていると、旅行用品を売っているらしいお店に|グリット《かちこち》が売られてるのを見つけ、つい大人買いしてしまった。全然美味しくないんだけど、口寂しいときには丁度いいんだよね|グリット《かちこち》。早速パッケージを開封して一つを口に放り込み、残りはジャケットのポケットに放り込んでおく。
「それ、味はともかくとして一食分の栄養食だよ?おやつに食べてたら間違いなく太るよ?」
「あーあー、聞こえない」
「まぁ、太ったらダイエットに付き合ってあげるけどさ……」
「アイリス、優しい」
「聞こえてるじゃない」
「謀られた」
 そんな事を言いながら、買い物を終えた私達は軌道エレベータへ向かった。ちなみに下着は3枚も買わされた。あと、洋服も。いらないのに。
 軌道エレベータ乗り場の受付係は40代ぐらいの女性スタッフだった。ここまでの経験から少し身構えたけど、この人は普通、というよりむしろ親切な人みたいだ。少し疲れて見えるのはあの嫌みったらしい同僚達がいるせいで、労働環境が良くないとかかな?なんとなくそんな事を思った。そのスタッフのお姉さんが説明してくれた軌道エレベータについての話をまとめるとこうだ。
 ペレジスでの軌道ステーションと惑星上の行き来は基本的に軌道エレベータで全てまかなわれていて、ゴンドラと呼ばれているユニットに貨物と人が一緒に乗り込むようになっている。大人数の旅客用にゴンドラは数機のうちの1機に旅客専用ゴンドラが含まれているけど、残念ながら私達が乗る次のゴンドラは貨物室併設型で乗り心地は少し劣るらしい。地上までは3時間程度で到着するけど、出発時と到着時にはシートベルトの着用が義務づけられていて、運行中もできればシートベルトをしておいた方が良いそうだ。
 説明を聞いていると、同じゴンドラに乗り合わせる人が集まってきた。
 2人組の中年男性と、おばあさん。そしてビジネスマン風の30代ぐらいに見える男性。私達を合わせて全部で6人が今回の乗客のようだ。出発時刻が近づいているので、手荷物を貨物部に乗せて乗車する。
 キャビン内は向かい合わせになったボックス式の2人掛け席が横並びに5組ならんだ構造になっていて、定員は20名らしい。私達は一番端のボックス席に座り、隣にはビジネスマン風の男性。一つ離れたところにおばあさん、その奥が男性2人組。
 スタッフのお姉さんはおばあさんの乗車をサポートしてあげている。やはり優しい人なんだろう。この人なら大丈夫かな?そう思った私はお姉さんに声を掛けてみた。
「お姉さん」
「どうしたの、お嬢さん」
「私、軌道エレベータはじめて。ちょっと怖い。何かあったとき、誰かが見守ってくれてる?座席から合図したら、助けてもらえる?」
「ごめんなさいね、このゴンドラには内部モニタ設備は付いてないのよ。でもキャビンの扉のところ、ほらあそこに非常ボタンがあるでしょ?何かあったらあれを押してね。そうしたら救助の人が来てくれるから」
「わかった、ありがとう」
 私の言葉ににっこり微笑んでくれるお姉さんの笑顔に、少しだけ心が痛んだ。私が本当に聞きたかったのは緊急時の対応じゃなくて、監視カメラの有無だったから。隠しカメラがある可能性も考えたけど、多数運行しているゴンドラにいちいち監視を付ける可能性は低いんじゃないかとは思ってたけど、見えにくい位置に設置されたモニタ装置があるかもしれないからね。そんなことを警戒したけどお姉さんの回答を聞く限りではそれも無さそうだ。ともあれ、少なくとも3時間の間はアイリスと内緒話ができそうで一安心だ。
 親切なお姉さんの見送りを受け、ゴンドラは地表へ向けて降下を始めた。ゴンドラの速度が最高速に達し、振動が落ち着いた頃合いを見計らってアイリスと話をしようかと思った矢先、隣のボックスの男性から声を掛けられた。
「失礼、お嬢さん達。さきほど手荷物受け取りでもめておられましたよね?」
 予想しなかった声かけにアイリスと目を合わせた。彼の目的がわからず、軽い警戒心が胸をよぎる。しかし男性は不審げな私達の様子に気づいたのか、慌てて手を軽く上げて笑みを浮かべた。
「いやいや、怪しい者じゃありません。実は私も同じように手荷物を没収されてしまして……。お嬢さん達も災難に巻き込まれた仲間かと思って、つい声をかけたんですよ」
 彼の言葉に先ほどの記憶をたぐると……言われてみれば、手荷物受取所で見かけたような気もする。断言できるだけの自信はないけど。アイリスもわずかに眉をひそめていたけど、男性は構わず続けた。
「ああ、私は|星間交易商人《トレーダー》をしているウォルターと申します。隣のヘリオスと言う星の出身でこの星へ来るのは3度目なんです、。今回も先ほど到着したのですが、来る度におかしな空気になってる気がしましてね……。貴重品やら精密機械を持ち込むと、直ぐに難癖をつけて検査だ、没収だと言われて良い迷惑なんですよ」
 私達の警戒がまだ解けていないのを察したのか、彼は少し声をひそめて視線を左右に向けた後、今度は小声で話しかけてきた。
「お嬢さん、実はさっきあなたがあの女性スタッフからさりげなく監視カメラの有無を聞き出した事に気付いたんです。いや、実に見事な手際でした。だから、同じ被害者仲間として少し情報交換をしたいと思いましてね」
 私のお芝居が見抜かれていた。自分では上手くいったと思っていたし、お姉さんもまったく疑う様子が無かったのに。やり手のトレーダーだから観察眼が優れているのか、それとも何か意図があるのかな?彼の落ち着いた物腰そのものは警戒心を薄れさせるものだけど、どうしたものだろう。悩んでいると、アイリスが慎重に言葉を選びながら応じた。
「……ウォルターさんの手荷物が没収されたのは、何か理由があったんですか?」
 アイリスの言葉に彼は苦笑し、肩をすくめた。
「理由が本当に納得できるものならいいんですが、正直無茶苦茶ですよ。危険物でもない商材を検査と称して持っていかれてしまうし、それがきちんと戻ってくる保証もない。高価な物はほぼ戻ってきません。いつからペレジスはそんな無法な星になったのやら」
 スパイが相手に取り入り油断させる手口に身内を批判してみせるという手法もあるってホロムービーで見たことがあるけど、一見するとただの小娘2人にスパイを差し向けてくる組織なんてないよね?なら、この人は単なる被害者なんだろうか。
「あっ、ごめんなさい。 まだ名乗ってませんでしたね。私はアイリス、こちらは妹のトワ。辺境の星から2人で出てきたところです」
 アイリスは嘘にならない程度の内容でウォルターさんに自己紹介をした。さらっと妹と呼ばれた事に少しだけ気が動転する。もしやこれは、姉呼びしろというサインなのかな……。
「おや、お二人は姉妹でしたか!こんな美人の姉妹とは親御さんが羨ましい」
 うん、そうだよね。お義父さんはうちの開拓団でも周囲から羨ましがられていた。主にアイリスのことで。私の話題が出るときは大抵は気の毒がられていたけど。ちょっと解せない。
 それはともかくとして、ウォルターさんは周囲を気にして世間話のていを装った後、小声で続けた。
「実は……この星の事で変な話を耳にしたんですよ。商人仲間の間で囁かれてるんですが、ベルンハルトと言う今のギルド支部長が自分のことを『ギルド伯』なんて称しているらしいんです」
「ギルド……伯?」
 アイリスが眉をひそめた。それはそうだ。ギルドが掲げるギルド憲章には内政干渉を禁じる中立の原則があって、うちのような資源惑星やギルド直轄星を除いてギルドの人間が星の政治に関わる事を厳しく禁じてるからね。
 惑星の支配を行ったり、貴族を名乗ったりなんてあり得ないことで、それはギルド憲章にはあまり詳しくない私でも知ってることだ。それにもかかわらず、支部長が「ギルド伯」…つまり伯爵を名乗って支配者のように振る舞ってるの?
「ええ、私も聞いたときは驚きましたよ。いくらギルドの支部長とは言えその地位はギルド内だけのものなのに、まるでこの星の領主のように振る舞っているのは……。それにこの星の商人仲間もみんな不満を抱えてます。税金という名目で不当に金品を巻き上げられるのは日常茶飯事、物資の流通にもやたらと制限をかけてるそうで」
 ウォルターさんの言葉にアイリスが静かに怒りの感情を抑えているのがわかった。もちろんウォルターさんにではなく「ギルド伯」とやらに対してだろう。
「なるほど……私達の荷物が没収されたのも、その税金名目の搾取と似たような状況なのかもしれませんね。私達の星にもギルドの人達はいますが、この星のギルドみたいな事をしてるなんて聞いたことないです。この星のギルドの人達は、まるで本業から外れてしまったというか……」
 アイリスはウォルターさんの言葉に同意するように、自分たちもこの星のギルドに異変が起きていることを感じていると伝える。ただ、さっき聞いたギルドが腐敗している可能性について不用意に話したりしないのはさすがアイリスだ。
「もしかしたら、私達トレーダーに対する横暴も、氷山の一角なのかもしれませんね」
「そういえば私達が乗ってきた船の船員さんが言ってたんですが、ギルド支部で取り扱っているC3の流通量が彼等の運んできた量よりも減っているとかなんとか。物資の流通制限というのが何か関係してるんでしょうか?」
「そうなんですか?それは初耳ですが……うーん、それは……」
 あくまでも聞いた話しという体を装ってアイリスがC3の流通量減少についての話題を振る。ウォルターさんはそのことを知らなかったようで何事か考え込んでいるようだ。
 その後も情報交換は続いたが、いかんせん手持ちの情報が少ない。やがて話題はギルド支部への不満やこれまでの対応に関する批判になったけど、よくよく考えれば私達もそのギルドの一員なんだよね。
 私自身はあまりギルドに対する帰属意識はないんだけど、一応自分が所属する組織がこうも批判にさらされるのは、さすがに良い気分じゃない。だけど、それぐらいこのギルド支部は多くの人に嫌われているんだとしたら……。
 私の目的はあくまでも|押収された荷物《メタルビースト》を取り返すことだけど、話を聞く限りでは一筋縄ではいかないような雰囲気だ。なら、ついでにギルド支部の問題を少しでも……ほんの少しだけでも、改善できれば。そんな気持ちになった。もっともアイリスは最初から|改善《そう》するつもりだったみたいだけど。