ツラ王子

ー/ー



「放送開始は9時半を予定しております。スタッフは、準備お願いします」
 良く通る声で、小池怜子(こいけれいこ)がマイクテストを兼ね、アナウンスを始めた。
 彼女はE S M(エンタープライズマネジメント)所属で、その発言と行動からレイコパスと周りから呼ばれている。
 そして今日の出勤組の中で、唯一スーツを着ているのが彼女だった。

 本日は隔月の、全体ミーティングの日だ。
 出席者は、勤務圏内在住のチームリーダー以上。
 その他の派遣を含む社員は、在宅でこの会議をモニターすることになっていた。
 毎回全体会議(ミーティング)はOUTECH日本本社(ヘッド)オフィスから、配信ソフトを使って全国の支店と在宅を含む社員に配信されている。
 
「あれ、レイちゃん今日は?」
 孔明が、春色のスーツ姿の怜子に声をかけた。
「この後、社長とプレス発表なのよ。十五時には戻れるから、例の打ち合わせ宜しく」
 アイボリーのジャケットを脱ぎ、さっと椅子にかけると孔明と同じ動線上に用意されたディレクター席に着いた。
 彼女は本日の放送責任者だ。
 フリーアクセスのオフィスは、流線型の長机がランダムに設置されていて、全面ガラス張りの東側の窓からは朝日が優しく差し込んでいる。
 規制が緩和されて以来、このオフィスにも個別のデスクが適当に置かれ、出社日に関係なくここへ来て仕事をしている社員もちらほら見かけられるようになった。
 ナイトシフトに当たったリーダーは、そのまま出席できるよう昨夜はここで仕事をしていたのかもしれない。
「オーケー、開けとくよ」
 そう言うと、孔明はデスク付きのコンセントにPCのアダプタを繋ぎ電源を入れる。
 手早く暗証番号を入力し、ディスプレイから視線を上げると斜め向かいの席に、マネージャーの一人御園生和真(みそのおかずま)が座っていた。
 ニヤニヤしながらスマホを眺めている。
 いつもならセッティングの確認をしたら勝手な席に座り、放送開始までの時間をステキ女子と雑談しながら待っている和真が、今日はステキ女子が絶対集まらない孔明の島に座っていた。
 これは何かあるに違いない。
「和真、えらいご機嫌じゃん。何かイイことあった?」
 これを聞かずにおれるかっ、だ。
「分かります?」
 鼻の下が伸びたゆるゆるの笑顔をこちらに向け、和真はプレゼンさながらスマホの画面を孔明に指し向けた。
「新規クライアントのコーポレイト、僕担当になったじゃないですか」
「ああ、出会い系のアプリ展開しているベンチャーね」
「そそ。で、試しに入れたんですけどね」
 と、アプリを開いて見せる。
「ほら見てくださいよ、このラインナップ」
 スルンと女性の写真が四つばかり表示された。なかなかの美人さん揃いだ。
 和真は嬉々として、あつーく語り始める。
 「・・・・・・で、この子なんですけど」
 「超美人じゃ」
 「はーい! テスト開始しますよ、準備入ってください。インカム、カメラ調整お願いします」
 目の前で交わされるどーでもいい会話をぶった切り、小池怜子がインカムを通して声をあげた。
 目線は自分のラップトップに注がれたままだ。
「樋浦G M(ゼネラルマネージャー)、カメラ位置合わせてください。マスクしか映ってませんよ」 
 と、孔明のモニターを指さす。
 八分割された画面のセンターに、孔明のベージュのマスクが映っている。
「それ、マスク、取る!」
 と怜子がキーをひと叩きすると同時に、オフィス内に設置されている三台の百二十インチ大画面に孔明のマスク姿が大きく映し出された。
 もちろん、4Kではなく8K対応だ。
 そうとは知らない孔明は、小さなラップトップモニターを鏡代わりに髪を整え、マスクを外すと笑顔の練習をし始めた。
「朝から、良いもの見ちゃった。さすが噂のツラ王子さま。8Kが無駄使いになってない」
「ホント綺麗な顔よね。イケメンじゃ言葉足りない。あの肌のきめ細かいこと。どんな手入れしてんのよ」
「でも、喋るとアレだから、黙ってずっと座ってて欲しいわぁ、眺めとくから」
「そうそう8K映えする顔って、なかなか居ないもん」
「どう見ても二十代なのに、勿体ないというか、どうでもいいというか」
 8K大画面に映し出された変顔孔明を見ながら、ステキ女子たちがささやいている。
 くすくすという笑い声まで聞こえてきた。
 当の孔明といえば、口角を引き上げてみたり、口をすぼめてみたり。
 目を細めてみたり、チーズと言ってみたり。
 なかなかに忙しそうだ。
 救いは、インカムをまだ付けていない事か。

「先輩、・・・・・・っ、ヒュウマネがまた百面相してます」
 と怜子の隣に座った都が笑いをこらえて、ささやいた。
 怜子は片手でマイクを掴み、
「やれやれだわ。ったく」
 と、苦虫をつぶしたような顔をした。
「ねえねえ、レイちゃんってば」
 大画面に映し出されてるとはつゆとも知らず、孔明が怜子においでおいでをした。
「ボクって勤勉な上司かなぁ、それともちょっとイケてるチャラい上司? やっぱり斜に構えて座った方がそれっぽいかなぁ。開襟シャツだけど、せくしー過ぎない? あ、誰も30のおっさんの胸元なんか興味ないか。今日の為に、奮発したんだけどなぁ」
「ええ、決まってますよ(見た目は)とっても。でも、(言動が)チャラ過ぎてイケてないし、勤勉だけど誰も信じないわよそんな事。早くインカム付けちゃって。それから、みんなこうくんの顔しか興味ないから」
 もうインカムを殺す気も失せたのか、作業の手を止めることもなくマイクもそのままに怜子が言った。
 後ろの方で、ステキ女子たちの嬉しそうな悲鳴と笑い声が聞こえてくる。

「え? そうなの」
 何を勘違いしたのか、嬉しそうに孔明はモニターにキメ顔を向ける。
「おっと、マジ顔でやるなら許しちゃうね」
 都がまんざらでもないと頷いた。背後からは息を呑む気配がする。
 巨大モニターに自分が映っていることを、孔明はまだ気づいていないようだ。
 ま、位置的に彼がモニターの死角に座っているせいもあるんだが。
「なーんだ、ボクの顔でよかったのか」
 何かを勘違いしている、絶対勘違いしているのは分かっている。
 が、何を勘違いしているのか明確に説明できない。
 怜子がインカムを外した。
「あー、カルシウム欲しい」
 とつぶやき、8K大画面モニターに目をやる。
「なんで、このツラでアレなの」
 と親指でモニターを指し、都に視線を投げた。
「ツラ王子だもん。で、先輩」
 都の眼がいたずらっぽく笑う。
「モニターに流してるのって、やっぱり毎回ワザとですか」
「当たり前じゃん。アイツ映しといたらみんな画面釘付けで、余計な事しないから準備がはかどるのよ」
 カスタマーアカウントサポートの大半は女性だ。
「特に新人は、こうくん見たくて参加してるからね」
 サブリーダー以下は、半年周期で顔触れが変わる。
「終わったら、小魚アーモンド(カルシウム)
 と、都は鞄からちらっと袋を見せ、
「持ってきたので一緒に食べましょう」
 両こぶしを握り締め、がんばろうと怜子を励ました。
「ありがとう、都ちゃん」
 モー可愛いんだから、と怜子が都を後ろから抱きしめる。
 
 大画面では両頬に人差し指を突きつけ、昭和アイドルも顔負けのポーズを決めた孔明の笑顔が映っていた。
「あー、レイちゃんボクもぎゅってして欲しいなぁ。元気欲しいなぁ」
 その指はなんだ、孔明。指は外せ、ポーズを取るな、と誰も突っ込めない。
「それって、セクハラですよヒュウマネ」
 食い気味に都がお怒り顔で忠告する。後ろから回された怜子の腕を抱きしめながら。
 向かいの席では、御園生和真が鼻の下を伸ばして、スマホをいじっている。

 「外見の良し悪しで、相手の印象はガラリと変わる。外見を整えるだけで、心証が良くなるのは科学的にも証明されている。知っていてやらないのは愚の骨頂だ」
 そう言われたのはいつの事だったろう。 
 今日は顧客満足度90%以上(満点ではない)を常にキープする男、樋浦孔明率いるカスタマーアカウントサービスチームの、隔月に一度の全体ミーティングの放送日だった。

 そろそろ放送開始時間が迫ってきた。
 本日も日本OUTECHオフィスは、通常運転なのだった。


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 良く通る声で、|小池怜子《こいけれいこ》がマイクテストを兼ね、アナウンスを始めた。
 彼女は|E S M《エンタープライズマネジメント》所属で、その発言と行動からレイコパスと周りから呼ばれている。
 そして今日の出勤組の中で、唯一スーツを着ているのが彼女だった。
 本日は隔月の、全体ミーティングの日だ。
 出席者は、勤務圏内在住のチームリーダー以上。
 その他の派遣を含む社員は、在宅でこの会議をモニターすることになっていた。
 毎回|全体会議《ミーティング》はOUTECH日本|本社《ヘッド》オフィスから、配信ソフトを使って全国の支店と在宅を含む社員に配信されている。
「あれ、レイちゃん今日は?」
 孔明が、春色のスーツ姿の怜子に声をかけた。
「この後、社長とプレス発表なのよ。十五時には戻れるから、例の打ち合わせ宜しく」
 アイボリーのジャケットを脱ぎ、さっと椅子にかけると孔明と同じ動線上に用意されたディレクター席に着いた。
 彼女は本日の放送責任者だ。
 フリーアクセスのオフィスは、流線型の長机がランダムに設置されていて、全面ガラス張りの東側の窓からは朝日が優しく差し込んでいる。
 規制が緩和されて以来、このオフィスにも個別のデスクが適当に置かれ、出社日に関係なくここへ来て仕事をしている社員もちらほら見かけられるようになった。
 ナイトシフトに当たったリーダーは、そのまま出席できるよう昨夜はここで仕事をしていたのかもしれない。
「オーケー、開けとくよ」
 そう言うと、孔明はデスク付きのコンセントにPCのアダプタを繋ぎ電源を入れる。
 手早く暗証番号を入力し、ディスプレイから視線を上げると斜め向かいの席に、マネージャーの一人|御園生和真《みそのおかずま》が座っていた。
 ニヤニヤしながらスマホを眺めている。
 いつもならセッティングの確認をしたら勝手な席に座り、放送開始までの時間をステキ女子と雑談しながら待っている和真が、今日はステキ女子が絶対集まらない孔明の島に座っていた。
 これは何かあるに違いない。
「和真、えらいご機嫌じゃん。何かイイことあった?」
 これを聞かずにおれるかっ、だ。
「分かります?」
 鼻の下が伸びたゆるゆるの笑顔をこちらに向け、和真はプレゼンさながらスマホの画面を孔明に指し向けた。
「新規クライアントのコーポレイト、僕担当になったじゃないですか」
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「そそ。で、試しに入れたんですけどね」
 と、アプリを開いて見せる。
「ほら見てくださいよ、このラインナップ」
 スルンと女性の写真が四つばかり表示された。なかなかの美人さん揃いだ。
 和真は嬉々として、あつーく語り始める。
 「・・・・・・で、この子なんですけど」
 「超美人じゃ」
 「はーい! テスト開始しますよ、準備入ってください。インカム、カメラ調整お願いします」
 目の前で交わされるどーでもいい会話をぶった切り、小池怜子がインカムを通して声をあげた。
 目線は自分のラップトップに注がれたままだ。
「樋浦|G M《ゼネラルマネージャー》、カメラ位置合わせてください。マスクしか映ってませんよ」 
 と、孔明のモニターを指さす。
 八分割された画面のセンターに、孔明のベージュのマスクが映っている。
「それ、マスク、取る!」
 と怜子がキーをひと叩きすると同時に、オフィス内に設置されている三台の百二十インチ大画面に孔明のマスク姿が大きく映し出された。
 もちろん、4Kではなく8K対応だ。
 そうとは知らない孔明は、小さなラップトップモニターを鏡代わりに髪を整え、マスクを外すと笑顔の練習をし始めた。
「朝から、良いもの見ちゃった。さすが噂のツラ王子さま。8Kが無駄使いになってない」
「ホント綺麗な顔よね。イケメンじゃ言葉足りない。あの肌のきめ細かいこと。どんな手入れしてんのよ」
「でも、喋るとアレだから、黙ってずっと座ってて欲しいわぁ、眺めとくから」
「そうそう8K映えする顔って、なかなか居ないもん」
「どう見ても二十代なのに、勿体ないというか、どうでもいいというか」
 8K大画面に映し出された変顔孔明を見ながら、ステキ女子たちがささやいている。
 くすくすという笑い声まで聞こえてきた。
 当の孔明といえば、口角を引き上げてみたり、口をすぼめてみたり。
 目を細めてみたり、チーズと言ってみたり。
 なかなかに忙しそうだ。
 救いは、インカムをまだ付けていない事か。
「先輩、・・・・・・っ、ヒュウマネがまた百面相してます」
 と怜子の隣に座った都が笑いをこらえて、ささやいた。
 怜子は片手でマイクを掴み、
「やれやれだわ。ったく」
 と、苦虫をつぶしたような顔をした。
「ねえねえ、レイちゃんってば」
 大画面に映し出されてるとはつゆとも知らず、孔明が怜子においでおいでをした。
「ボクって勤勉な上司かなぁ、それともちょっとイケてるチャラい上司? やっぱり斜に構えて座った方がそれっぽいかなぁ。開襟シャツだけど、せくしー過ぎない? あ、誰も30のおっさんの胸元なんか興味ないか。今日の為に、奮発したんだけどなぁ」
「ええ、決まってますよ(見た目は)とっても。でも、(言動が)チャラ過ぎてイケてないし、勤勉だけど誰も信じないわよそんな事。早くインカム付けちゃって。それから、みんなこうくんの顔しか興味ないから」
 もうインカムを殺す気も失せたのか、作業の手を止めることもなくマイクもそのままに怜子が言った。
 後ろの方で、ステキ女子たちの嬉しそうな悲鳴と笑い声が聞こえてくる。
「え? そうなの」
 何を勘違いしたのか、嬉しそうに孔明はモニターにキメ顔を向ける。
「おっと、マジ顔でやるなら許しちゃうね」
 都がまんざらでもないと頷いた。背後からは息を呑む気配がする。
 巨大モニターに自分が映っていることを、孔明はまだ気づいていないようだ。
 ま、位置的に彼がモニターの死角に座っているせいもあるんだが。
「なーんだ、ボクの顔でよかったのか」
 何かを勘違いしている、絶対勘違いしているのは分かっている。
 が、何を勘違いしているのか明確に説明できない。
 怜子がインカムを外した。
「あー、カルシウム欲しい」
 とつぶやき、8K大画面モニターに目をやる。
「なんで、このツラでアレなの」
 と親指でモニターを指し、都に視線を投げた。
「ツラ王子だもん。で、先輩」
 都の眼がいたずらっぽく笑う。
「モニターに流してるのって、やっぱり毎回ワザとですか」
「当たり前じゃん。アイツ映しといたらみんな画面釘付けで、余計な事しないから準備がはかどるのよ」
 カスタマーアカウントサポートの大半は女性だ。
「特に新人は、こうくん見たくて参加してるからね」
 サブリーダー以下は、半年周期で顔触れが変わる。
「終わったら、|小魚アーモンド《カルシウム》」
 と、都は鞄からちらっと袋を見せ、
「持ってきたので一緒に食べましょう」
 両こぶしを握り締め、がんばろうと怜子を励ました。
「ありがとう、都ちゃん」
 モー可愛いんだから、と怜子が都を後ろから抱きしめる。
 大画面では両頬に人差し指を突きつけ、昭和アイドルも顔負けのポーズを決めた孔明の笑顔が映っていた。
「あー、レイちゃんボクもぎゅってして欲しいなぁ。元気欲しいなぁ」
 その指はなんだ、孔明。指は外せ、ポーズを取るな、と誰も突っ込めない。
「それって、セクハラですよヒュウマネ」
 食い気味に都がお怒り顔で忠告する。後ろから回された怜子の腕を抱きしめながら。
 向かいの席では、御園生和真が鼻の下を伸ばして、スマホをいじっている。
 「外見の良し悪しで、相手の印象はガラリと変わる。外見を整えるだけで、心証が良くなるのは科学的にも証明されている。知っていてやらないのは愚の骨頂だ」
 そう言われたのはいつの事だったろう。 
 今日は顧客満足度90%以上(満点ではない)を常にキープする男、樋浦孔明率いるカスタマーアカウントサービスチームの、隔月に一度の全体ミーティングの放送日だった。
 そろそろ放送開始時間が迫ってきた。
 本日も日本OUTECHオフィスは、通常運転なのだった。