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1話 閉じ込められた七組

ー/ー



 右顔面と両腕が、圧迫したような痺れによって瞼を開く。視界に入ってきたのは、見慣れたベニア色の床だった。
 硬い床で眠っていたようで体全体がジリジリと痛く、密着していた床や服に汗が染みており、不快感を知らせてくる。
 窓より差す強い日差しに、耳を突く蝉の合唱。ここはどこだっけと体を起こすと、まるで脳を掴まれ激しく揺すぶられたような目眩が襲ってくる。

「……っ! なんなんだよ?」

 頭を抑え、呼吸を整えること数十秒。視界はまた開けてきて、俯いていた顔を上げると、目の前に広がっていたのはまた見覚えのある細長い廊下。2年1組、2年2組、2年3組と続く教室表札があった。
 ここは俺が通う高校であり、二年生の俺達が毎日歩いている廊下だ。
 周囲を見渡すと、床に力無く寝そべったままの制服姿の生徒が複数人おり、その側で寄り添う姿も見える。
 男子は半袖カッターシャツ、紺のネクタイにグレーのズボン。
 女子も同じく半袖カッターシャツ、赤のリボンにチェックのスカート。
 皆同じ制服であり、見たことがある顔ぶればかりだから、おそらく全員同じクラスである二年一組の生徒だろう。
 もしかしたら「彼女」も居るのではないかと、重い体をなんとか起き上がらせ、引きずり周囲を見渡していく。
 他の生徒達が倒れている場所から離れた廊下の端で、くの字になるように横になっている一際小さな体があった。

小春(こはる)!」

 先程までの動きはなんだったのかと思うぐらいに、俺は小春の元に一目散に駆け寄って跪き、その小さな肩をひたすらに揺り続けた。
 するとその声が届いたのか、ゆっくりと開いた瞼には、澄んだ瞳により俺を映し出していた。

慎吾(しんご)……」

 いつも以上に繊細で、か細い声を出した彼女は、肩まで伸びるさらさらな黒髪を揺らしながら体を起こす。
 途端に顔を歪めて頭を抑え、大きく深呼吸を繰り返す。

「大丈夫」

 顔を上げた小春は、肌が出ている膝上に目がいったようで、俺はパッと背向ける。

「……ごめん。もう、いいから」
 
 その声に視線を戻すと、制服のシャツを第一ボタンまで留め、赤いリボンを緩めず、スカートは膝を隠している、いつもの小春の姿。小柄で、丸顔で、つぶらな目をしている彼女は、ほわんとした雰囲気を醸し出す可愛らしい女子。
 佐伯(さえき)小春、付き合って三ヶ月になる俺の彼女だ。
 意味が分からない現状だけど、いつもと同じ小春の様子にどこまでも救われ、俺が先に立ち上がり手を伸ばすと、その半袖から伸びた細くて白い腕が前に出てくる。
 しかし、その先のしなやかな指先には見知らぬ物があり、俺は思わず動きを止めた。

「何……、これ?」

 小春もこの異質な物に気付き、体をビクつかせる。

「え? えっ! 慎吾にもあるよ!」
「俺も!」

 指先を目の前に持ってくると、確かに左手薬指にリングみたいなものをはめられており、そこには。

「ドクロ……?」

 何とも言い表せない禍々しい金属で出来たドクロの飾りは、第二関節を埋め尽くすぐらいに大きい。それがより不気味で、背筋にゾクッとしたものが通り過ぎたような気がした。
 こんな異質な物をはめられていたことに気付かないぐらい動揺していた自分にも怖さを覚えつつ、右手を使って小春を立ち上がらせて周囲を見渡すと、どうやら全員目覚めたらしく、体を起こしていている姿に、ふぅと溜息が漏れる。
 しかし皆も状況を理解出来ていないようで、険しい表情を浮かべ話し合っているように見えた。

「ねえ。慎吾が学校に来て欲しいと、言ったので合ってる?」
「え? ……いや、小春が学校に来て欲しいって……」

 ドクンと鳴る心臓を無視して、咄嗟に動いた手は制服のズボンポケットに突っ込んでいた。そこに感じる、硬い物。スマホだ。
 いつもの、手のひらサイズのスマホ。
 いつもの、木製のスマホカバー。
 それだけでなんとかなるような気がして、慣れた手付きで開く。

 しかし液晶パネルを覗き込んだ瞬間、そんな考えは呆気なく壊され、冷水をかけられた心情になる。
 電波が一本も立っておらず、ネット回線も繋がっていなかった。

「け、圏外……。そんな……」

 小春のスマホもスカートのポケットに入っていたようだが、同じく圏外のようだ。
 俺達のスマホは別々の通信会社と契約しており、同時に通信障害を起こすなんてどうにも考えにくい。
 この学校は一学年三クラスしかないぐらいの、田舎寄りの公立高校。だが山付近とはではなく、電波などで不自由さを感じたことなんて一度もない。
 だからこそ、電波や回線が遮断されるなんてありえない。それこそ大災害でも起きない限り。
 全く現状が掴めないことに体がフワフワ浮いてるかのような、何とも言えない気持ち悪さが波のように襲ってくる。

「慎吾、大丈夫?」
「あ……、うん」

 気付けば俺は目を見開いていたみたいで、ピリッと張り付く痛みを抑えようと瞬きを繰り返す。
 ……とにかく、スマホは使えない。
 学校から出て様子を見にいきたいが、外が安全とも限らない。
 何があった? 何が……?
 まずは正確な情報が必要だと、前日の行動を振り返ることにした。


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 右顔面と両腕が、圧迫したような痺れによって瞼を開く。視界に入ってきたのは、見慣れたベニア色の床だった。
 硬い床で眠っていたようで体全体がジリジリと痛く、密着していた床や服に汗が染みており、不快感を知らせてくる。
 窓より差す強い日差しに、耳を突く蝉の合唱。ここはどこだっけと体を起こすと、まるで脳を掴まれ激しく揺すぶられたような目眩が襲ってくる。
「……っ! なんなんだよ?」
 頭を抑え、呼吸を整えること数十秒。視界はまた開けてきて、俯いていた顔を上げると、目の前に広がっていたのはまた見覚えのある細長い廊下。2年1組、2年2組、2年3組と続く教室表札があった。
 ここは俺が通う高校であり、二年生の俺達が毎日歩いている廊下だ。
 周囲を見渡すと、床に力無く寝そべったままの制服姿の生徒が複数人おり、その側で寄り添う姿も見える。
 男子は半袖カッターシャツ、紺のネクタイにグレーのズボン。
 女子も同じく半袖カッターシャツ、赤のリボンにチェックのスカート。
 皆同じ制服であり、見たことがある顔ぶればかりだから、おそらく全員同じクラスである二年一組の生徒だろう。
 もしかしたら「彼女」も居るのではないかと、重い体をなんとか起き上がらせ、引きずり周囲を見渡していく。
 他の生徒達が倒れている場所から離れた廊下の端で、くの字になるように横になっている一際小さな体があった。
「|小春《こはる》!」
 先程までの動きはなんだったのかと思うぐらいに、俺は小春の元に一目散に駆け寄って跪き、その小さな肩をひたすらに揺り続けた。
 するとその声が届いたのか、ゆっくりと開いた瞼には、澄んだ瞳により俺を映し出していた。
「|慎吾《しんご》……」
 いつも以上に繊細で、か細い声を出した彼女は、肩まで伸びるさらさらな黒髪を揺らしながら体を起こす。
 途端に顔を歪めて頭を抑え、大きく深呼吸を繰り返す。
「大丈夫」
 顔を上げた小春は、肌が出ている膝上に目がいったようで、俺はパッと背向ける。
「……ごめん。もう、いいから」
 その声に視線を戻すと、制服のシャツを第一ボタンまで留め、赤いリボンを緩めず、スカートは膝を隠している、いつもの小春の姿。小柄で、丸顔で、つぶらな目をしている彼女は、ほわんとした雰囲気を醸し出す可愛らしい女子。
 |佐伯《さえき》小春、付き合って三ヶ月になる俺の彼女だ。
 意味が分からない現状だけど、いつもと同じ小春の様子にどこまでも救われ、俺が先に立ち上がり手を伸ばすと、その半袖から伸びた細くて白い腕が前に出てくる。
 しかし、その先のしなやかな指先には見知らぬ物があり、俺は思わず動きを止めた。
「何……、これ?」
 小春もこの異質な物に気付き、体をビクつかせる。
「え? えっ! 慎吾にもあるよ!」
「俺も!」
 指先を目の前に持ってくると、確かに左手薬指にリングみたいなものをはめられており、そこには。
「ドクロ……?」
 何とも言い表せない禍々しい金属で出来たドクロの飾りは、第二関節を埋め尽くすぐらいに大きい。それがより不気味で、背筋にゾクッとしたものが通り過ぎたような気がした。
 こんな異質な物をはめられていたことに気付かないぐらい動揺していた自分にも怖さを覚えつつ、右手を使って小春を立ち上がらせて周囲を見渡すと、どうやら全員目覚めたらしく、体を起こしていている姿に、ふぅと溜息が漏れる。
 しかし皆も状況を理解出来ていないようで、険しい表情を浮かべ話し合っているように見えた。
「ねえ。慎吾が学校に来て欲しいと、言ったので合ってる?」
「え? ……いや、小春が学校に来て欲しいって……」
 ドクンと鳴る心臓を無視して、咄嗟に動いた手は制服のズボンポケットに突っ込んでいた。そこに感じる、硬い物。スマホだ。
 いつもの、手のひらサイズのスマホ。
 いつもの、木製のスマホカバー。
 それだけでなんとかなるような気がして、慣れた手付きで開く。
 しかし液晶パネルを覗き込んだ瞬間、そんな考えは呆気なく壊され、冷水をかけられた心情になる。
 電波が一本も立っておらず、ネット回線も繋がっていなかった。
「け、圏外……。そんな……」
 小春のスマホもスカートのポケットに入っていたようだが、同じく圏外のようだ。
 俺達のスマホは別々の通信会社と契約しており、同時に通信障害を起こすなんてどうにも考えにくい。
 この学校は一学年三クラスしかないぐらいの、田舎寄りの公立高校。だが山付近とはではなく、電波などで不自由さを感じたことなんて一度もない。
 だからこそ、電波や回線が遮断されるなんてありえない。それこそ大災害でも起きない限り。
 全く現状が掴めないことに体がフワフワ浮いてるかのような、何とも言えない気持ち悪さが波のように襲ってくる。
「慎吾、大丈夫?」
「あ……、うん」
 気付けば俺は目を見開いていたみたいで、ピリッと張り付く痛みを抑えようと瞬きを繰り返す。
 ……とにかく、スマホは使えない。
 学校から出て様子を見にいきたいが、外が安全とも限らない。
 何があった? 何が……?
 まずは正確な情報が必要だと、前日の行動を振り返ることにした。