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第102話 香り

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 悠木は四体に分裂した状態から合体して一体に戻った。しかし、二体が参加した特別攻撃作戦の疲れから回復せず、ベットで寝たきりの生活をしていた。

 ラグランジュフォーの基地から訪ねてきたリコ・ファレンは、悠木が寝ているベッドの前でひざまずいた。

「職務に復帰したそうだな」と悠木。

「はい」とリコ。

「政府とはうまくいっているのか?」と悠木。

「官位を頂戴いたしました」とリコ。

 悠木はアハハハと笑った。

「笑い事ではありませぬ。窮屈で死にそうでございます」とリコ。

「よかったじゃないか」と悠木。

「他人事だからと言って、無責任です」とリコ。「(まつりごと)など性に合いませぬ」

「会社の経営と似たようなものだろう?」と悠木。

「フォックス社の経営は、あなた様の名代としてのお仕事でございます」とリコ。

「何が違うんだ?」と悠木。

「今は上司と部下の板挟みでございます」とリコ。

「なるほど。それはかわいそうだな」
 悠木はまた笑った。

「どこぞの化け猫が妬ましく存じます」とリコ。

「そう言うな」
 悠木はリコに左手を差し伸べた。

 リコは悠木の手を取り、ベットに横たわる悠木の上から覆いかぶさってキスをした。悠木の顔にリコの赤みがかったやわらかい髪が触れた。

「リコ、神になったのか?」と悠木。「香りが前と違う」

「『黒魚王に仕えたければ神になれ』と言われ……」とリコ。

「女王様か?」と悠木。

「今は、伊佐々之ナミ大神様でございます」とリコ。

「そうだったな」と悠木。

「お嫌いですか?」とリコ。

「何がだ?」と悠木。

「わたくしの香りでございます」とリコ。

「嫌いじゃない」と悠木。「いい匂いだ」

 少し間をおいてから、悠木は尋ねた。
「ところでなぜ翆鶴(すいかく)のゲート生成装置のことを教えてくれなかったんだ?」

「あんなものは気休めでございます」とリコ。

「どういう意味だ?」と悠木。

「温度五千度以上の恒星に突入して艦が分解しておりました。動作するわけがありませぬ」とリコ。

「それもそうだな」と悠木。「だが動作したのだろう?」

「はい。あなた様の魔力で、装置を含めた周囲がシールドされていたためと説明されています」とリコ。

「ならそうなのだろう」と悠木。

「あなた様の体が溶けても、シールドが残るものでしょうか?」とリコ。

「さあな」と悠木。「他に説明はつかないのか?」

「伊佐々之ナミ大神様から授かった宝玉『赤イ涙』の奇跡と噂されております」とリコ。

「すごいご利益だな」
 悠木は笑った。
「それにしても、ゲート生成装置について事前に教えてくれてもよかっただろう」

「そんなことをすれば、わたくしだけ通信艦パープルキティに送り返されかねません」とリコ。

「信用されていないのだな」と悠木。

「あなた様の考えはお見通しでございます」とリコ。

「お前には勝てぬ」と悠木。

「あなた様をお守りするためでございます」とリコ。

 しばらく間をおいて悠木がつぶやいた。
「側にいてやれず、すまないな」

「もう報われております」とリコ。

「どういうことだ?」
 悠木は驚いてリコの顔を見た。

翆鶴(すいかく)で恒星突入の前に、あなた様と二人きりで二十日以上を過ごせました」とリコ。

「最後の時だと思っていた。お前が側にいてくれて幸せだった」と悠木。

「あなた様はお優しかった」とリコ。「もう、思い残すことはありませぬ」

「その言葉、男冥利に尽きる」と悠木。

「あなた様の側にいなくとも、わたくしは、もう永遠にあなた様のしもべでございます」とリコ。

「ありがとう。うれしいよ」と悠木。「だが、その欲のない言い草はまるで神のようだな。妖狐のお前とは思えぬ」

「仕方ありませぬ」
 リコは悠木にほほえんだ。

「ああそうだった。お前は神になったのだな」と悠木。

「あなた様もでございます」とリコ。

「確かに仕方がないことだな」
 悠木はまたアハハと笑った。


 リコが悠木と話している間、白猫フェンは腕を組んでじっと窓の外を眺めていた。

「しばしのお別れでございます」
 リコは悠木に軽くキスをした。そして静かに立ち上がり、一歩下がって頭を下げた。

 リコはベットに背を向け、部屋のドアに向かって歩いた。リコはフェンとのすれ違いざまに「後を頼むわ」と小声で言い、「分かってる」とフェンが答えた。

 リコはドアの前で振り返って悠木に一礼すると姿を消した。



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 悠木は四体に分裂した状態から合体して一体に戻った。しかし、二体が参加した特別攻撃作戦の疲れから回復せず、ベットで寝たきりの生活をしていた。
 ラグランジュフォーの基地から訪ねてきたリコ・ファレンは、悠木が寝ているベッドの前でひざまずいた。
「職務に復帰したそうだな」と悠木。
「はい」とリコ。
「政府とはうまくいっているのか?」と悠木。
「官位を頂戴いたしました」とリコ。
 悠木はアハハハと笑った。
「笑い事ではありませぬ。窮屈で死にそうでございます」とリコ。
「よかったじゃないか」と悠木。
「他人事だからと言って、無責任です」とリコ。「|政《まつりごと》など性に合いませぬ」
「会社の経営と似たようなものだろう?」と悠木。
「フォックス社の経営は、あなた様の名代としてのお仕事でございます」とリコ。
「何が違うんだ?」と悠木。
「今は上司と部下の板挟みでございます」とリコ。
「なるほど。それはかわいそうだな」
 悠木はまた笑った。
「どこぞの化け猫が妬ましく存じます」とリコ。
「そう言うな」
 悠木はリコに左手を差し伸べた。
 リコは悠木の手を取り、ベットに横たわる悠木の上から覆いかぶさってキスをした。悠木の顔にリコの赤みがかったやわらかい髪が触れた。
「リコ、神になったのか?」と悠木。「香りが前と違う」
「『黒魚王に仕えたければ神になれ』と言われ……」とリコ。
「女王様か?」と悠木。
「今は、伊佐々之ナミ大神様でございます」とリコ。
「そうだったな」と悠木。
「お嫌いですか?」とリコ。
「何がだ?」と悠木。
「わたくしの香りでございます」とリコ。
「嫌いじゃない」と悠木。「いい匂いだ」
 少し間をおいてから、悠木は尋ねた。
「ところでなぜ|翆鶴《すいかく》のゲート生成装置のことを教えてくれなかったんだ?」
「あんなものは気休めでございます」とリコ。
「どういう意味だ?」と悠木。
「温度五千度以上の恒星に突入して艦が分解しておりました。動作するわけがありませぬ」とリコ。
「それもそうだな」と悠木。「だが動作したのだろう?」
「はい。あなた様の魔力で、装置を含めた周囲がシールドされていたためと説明されています」とリコ。
「ならそうなのだろう」と悠木。
「あなた様の体が溶けても、シールドが残るものでしょうか?」とリコ。
「さあな」と悠木。「他に説明はつかないのか?」
「伊佐々之ナミ大神様から授かった宝玉『赤イ涙』の奇跡と噂されております」とリコ。
「すごいご利益だな」
 悠木は笑った。
「それにしても、ゲート生成装置について事前に教えてくれてもよかっただろう」
「そんなことをすれば、わたくしだけ通信艦パープルキティに送り返されかねません」とリコ。
「信用されていないのだな」と悠木。
「あなた様の考えはお見通しでございます」とリコ。
「お前には勝てぬ」と悠木。
「あなた様をお守りするためでございます」とリコ。
 しばらく間をおいて悠木がつぶやいた。
「側にいてやれず、すまないな」
「もう報われております」とリコ。
「どういうことだ?」
 悠木は驚いてリコの顔を見た。
「|翆鶴《すいかく》で恒星突入の前に、あなた様と二人きりで二十日以上を過ごせました」とリコ。
「最後の時だと思っていた。お前が側にいてくれて幸せだった」と悠木。
「あなた様はお優しかった」とリコ。「もう、思い残すことはありませぬ」
「その言葉、男冥利に尽きる」と悠木。
「あなた様の側にいなくとも、わたくしは、もう永遠にあなた様のしもべでございます」とリコ。
「ありがとう。うれしいよ」と悠木。「だが、その欲のない言い草はまるで神のようだな。妖狐のお前とは思えぬ」
「仕方ありませぬ」
 リコは悠木にほほえんだ。
「ああそうだった。お前は神になったのだな」と悠木。
「あなた様もでございます」とリコ。
「確かに仕方がないことだな」
 悠木はまたアハハと笑った。
 リコが悠木と話している間、白猫フェンは腕を組んでじっと窓の外を眺めていた。
「しばしのお別れでございます」
 リコは悠木に軽くキスをした。そして静かに立ち上がり、一歩下がって頭を下げた。
 リコはベットに背を向け、部屋のドアに向かって歩いた。リコはフェンとのすれ違いざまに「後を頼むわ」と小声で言い、「分かってる」とフェンが答えた。
 リコはドアの前で振り返って悠木に一礼すると姿を消した。