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第3回

ー/ー



「ったく、あいつめ。めちゃくちゃしやがって……」

 すっかり暗くなった北館の廊下を月明かりに頼って歩く。
 今夜は満月で雲ひとつないから柱の模様までくっきり見えて、明かりの必要は全くない。
 頭を振って水滴を飛ばすと、ルチアは先からしきりとうずくこめかみに手をあてた。
 通常、飲んだ本人には分からないと言われるが、自分でもはっきり分かるほど酒のにおいがきつい。

「自業自得でしょう。せっかくの祝いの席であのような事をなさるから、ソジュールさまも酒杯を振り撤かれたりしたんです」

 ルチアの上着を腕にかけ、後ろについて歩いていた朱廻が至極もっともな意見を返した。
 火炎系の魔断であることを示す赤銅色の髪と瞳。真上より降りそそぐ強めの青白い月光は、剣の化身という、人外のもの特有の端麗な面をさらに際立たせてはいるが、それはなまめかしさといった、肉欲につながる色気とは無縁の、洗練された美貌である。

「止めなかったくせに」

 ルチア自身、重々承知していることであったため、声がひがんでしまっている。
 朱廻はさらりとこう返答した。

「私がなぜ止めるんです?」

 主であるあなたの楽しみを妨げる権利は私にはありませんから、と言外に告げている。
 うそをつけ、うそを、とは悪意的な取り方だと言われるかもしれないが、それを裏付けるように、くすりと唇が笑みを刻むのをしっかり見ているのだ。

 この、柔和な口調と見かけによらず時と場合をしっかり見ているちゃっかりものの魔断は、あのとき黎斗と2人して先を読み、自分の杯と手近な皿を手にテーブルから離れて、壁際で見物に徹していたのだ。
 ほかの魔断たちは止めに入って、一緒にかぶったというのに。

『主従関係をなんだと思ってるのか』

 リロイの使った言葉が皮肉っぼくよみがえる。

 たしかにこれは(しつけ)を間違ったかもしれない。
 躾けた覚えもないくせに、そんな不平を胸の内でぼやいてうんうん頷いたりする自分に、酔いを自覚してしまう。

「ま、たしかにふざけが過ぎた」

 ため息を吐き出し、頭を掻きむしりながら、なんとはなし、ルチアはそのときのことを振り返った。




 つまり、こういうことだ。

 西の館の前庭に設けた宴席で一堂に会した退魔師たちは、宴が中盤にさしかかったころ、酒の勢いも混じってよからぬことを企てたのである。

『われらが憧れのきみ、麗しのティナ嬢を射止めたやつの幸運をそのままにするのはもったいない』

 それを至言だなと言ってうんうん頷いた次の瞬間、結束の行き届いた7人の悪友どもは、互いを見る視線で役割分担するやいなやソジュールをはがいじめてティナに群がった。

 一体何が起きるのか、いきなり屈強の男たちに周囲を取り囲まれるという行為に思わず身構えた彼女の手を、しっかり握りとったリロイが言うことには。

『いつもにましてお美しいティナさん。考え直すなら今です。真実を知るあなたの嘆きを思えば告げる私も心苦しいのですが、あいつはどうしようもないほどだらしなくて、部屋に服を脱ぎ散らかすし、食べ物は床に放置して部屋を汚すわ、酒癖は悪いわ、ほんっっとーーーに無責任で、しかも女たらしです。
 あなたを敬愛する私たちを出し抜き、こうして1人占めしようとするあの根性のいじ汚さからしてお分かりのことでしょう。
 そうです、あいつは口だけはうまいんです。7年も付き合って、ともに幾度となく死線をくぐり抜けてきた親友の私が言うのもなんですが、あいつほど口達者な者は見たことがありません。ええ本当に。そりゃあみごとなものです。
 そうゆうやつは得てして浮気者と相場は決まっています。
 ああ、悲嘆にくれる未来のあなたが目に見えるようだ。
 あなたの流す涙は今のあなたと同じくらい清らかで美しいのでしょうが、あなたを敬愛する私たちにとって、それは胸を貫かれたも同然の痛みを伴います。
 今からでも遅くありません、私に乗り替えましょう!』

 冗談、で済ませるには少々力の入った語尾だった。それを聞いたソジュールが、後ろで憤慨しまくってもがきながら叫ぶ。

『なにが女たらしだ浮気者だ! きさまらっ!!』
『ほーらごらんなさい。図星だからあのようにうろたえて……大体、あれしきもふり払えない非力な男が、あなたを抱き上げて寝室へ運ぶことができると思いますか? 無理ですとも』

 フッ、と芝居がかって鼻で笑う。うそくさいことこの上ない。
 ソジュールに見えない右目で目くばせして、いかにもといったその表情、身振り手振りのパフォーマンスにティナのほうもだんだんと、それが仲の良い者同士のする単なる悪ふざけだと分かってくれたようで。くすくす笑って余裕を見せたあと、『そうねえ……』などと考えるふりして乗ってくれる。

 が、目の前で悪口雑言され、かつ恋人の手を握りこまれている当のソジュールはそれどころじゃない。

『てめえらいいかげんに放しやがれっ!!』

まさに火事場のなんとやら。力ずくで2人がかりの拘束をふりほどき、蹴りまで入れたソジュールは、恐るべき勢いでリロイの手を払いのけてティアを背後にかばい込むと、傍らにあったテーブルのワインのボトルを振り撤いて、全員に頭から目つぶしをかけたのだった。

『先を越されたのがそんなにくやしかったんなら、おまえらも少しは努力をしろ! 俺はしたぞ!』

 ――――そのとおりだ。




「ひとが、せっかく祝ってやってたっていうのに、あいつめ……」

 思い出した今もぶつくさ文句が口をついて出るが、最初から怒気はないので、結局のところやはり酔っぱらいのただの戯言(たわごと)だ。

「そんなにうらやましいですか?」

 胸の内を見抜いた上でのからかいのように朱廻が言ってくる。

「ああうらやましいね」

 そういや昼間、俺が部屋で寝ていると当てたのもこいつだったな。読心の術でも心得ているのか……もしそうならぜひご教授願いたいものだ。

 そう思いながら軽い気持ちで応じる。これがまずかったと気付いたときにはもう遅い。

「それなら、あなたもそろそろ落ちつかれてはどうです」

 ……………………。
 どうしてこいつはこうも遠慮なしにひとの突かれたくない(まと)を突いてくるんだ。
 へたに返事をすると相手の世話までされそうだと足を止め、ルチアは庭へ下りた。

「どうかしましたか?」
「我慢の限界。
 応急処置に中庭の噴水使ってくから、おまえは先に部屋へ帰ってろ」

 ついて来ようと踏み出した先を制するように指差すと、すたすた歩いて行く。

「叱られますよ」

 一応自重を促す注意を口にしながらも、朱廻は力ずくで止めるなどといった方法には出てこなかった。


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 すっかり暗くなった北館の廊下を月明かりに頼って歩く。
 今夜は満月で雲ひとつないから柱の模様までくっきり見えて、明かりの必要は全くない。
 頭を振って水滴を飛ばすと、ルチアは先からしきりとうずくこめかみに手をあてた。
 通常、飲んだ本人には分からないと言われるが、自分でもはっきり分かるほど酒のにおいがきつい。
「自業自得でしょう。せっかくの祝いの席であのような事をなさるから、ソジュールさまも酒杯を振り撤かれたりしたんです」
 ルチアの上着を腕にかけ、後ろについて歩いていた朱廻が至極もっともな意見を返した。
 火炎系の魔断であることを示す赤銅色の髪と瞳。真上より降りそそぐ強めの青白い月光は、剣の化身という、人外のもの特有の端麗な面をさらに際立たせてはいるが、それはなまめかしさといった、肉欲につながる色気とは無縁の、洗練された美貌である。
「止めなかったくせに」
 ルチア自身、重々承知していることであったため、声がひがんでしまっている。
 朱廻はさらりとこう返答した。
「私がなぜ止めるんです?」
 主であるあなたの楽しみを妨げる権利は私にはありませんから、と言外に告げている。
 うそをつけ、うそを、とは悪意的な取り方だと言われるかもしれないが、それを裏付けるように、くすりと唇が笑みを刻むのをしっかり見ているのだ。
 この、柔和な口調と見かけによらず時と場合をしっかり見ているちゃっかりものの魔断は、あのとき黎斗と2人して先を読み、自分の杯と手近な皿を手にテーブルから離れて、壁際で見物に徹していたのだ。
 ほかの魔断たちは止めに入って、一緒にかぶったというのに。
『主従関係をなんだと思ってるのか』
 リロイの使った言葉が皮肉っぼくよみがえる。
 たしかにこれは|躾《しつけ》を間違ったかもしれない。
 躾けた覚えもないくせに、そんな不平を胸の内でぼやいてうんうん頷いたりする自分に、酔いを自覚してしまう。
「ま、たしかにふざけが過ぎた」
 ため息を吐き出し、頭を掻きむしりながら、なんとはなし、ルチアはそのときのことを振り返った。
 つまり、こういうことだ。
 西の館の前庭に設けた宴席で一堂に会した退魔師たちは、宴が中盤にさしかかったころ、酒の勢いも混じってよからぬことを企てたのである。
『われらが憧れのきみ、麗しのティナ嬢を射止めたやつの幸運をそのままにするのはもったいない』
 それを至言だなと言ってうんうん頷いた次の瞬間、結束の行き届いた7人の悪友どもは、互いを見る視線で役割分担するやいなやソジュールをはがいじめてティナに群がった。
 一体何が起きるのか、いきなり屈強の男たちに周囲を取り囲まれるという行為に思わず身構えた彼女の手を、しっかり握りとったリロイが言うことには。
『いつもにましてお美しいティナさん。考え直すなら今です。真実を知るあなたの嘆きを思えば告げる私も心苦しいのですが、あいつはどうしようもないほどだらしなくて、部屋に服を脱ぎ散らかすし、食べ物は床に放置して部屋を汚すわ、酒癖は悪いわ、ほんっっとーーーに無責任で、しかも女たらしです。
 あなたを敬愛する私たちを出し抜き、こうして1人占めしようとするあの根性のいじ汚さからしてお分かりのことでしょう。
 そうです、あいつは口だけはうまいんです。7年も付き合って、ともに幾度となく死線をくぐり抜けてきた親友の私が言うのもなんですが、あいつほど口達者な者は見たことがありません。ええ本当に。そりゃあみごとなものです。
 そうゆうやつは得てして浮気者と相場は決まっています。
 ああ、悲嘆にくれる未来のあなたが目に見えるようだ。
 あなたの流す涙は今のあなたと同じくらい清らかで美しいのでしょうが、あなたを敬愛する私たちにとって、それは胸を貫かれたも同然の痛みを伴います。
 今からでも遅くありません、私に乗り替えましょう!』
 冗談、で済ませるには少々力の入った語尾だった。それを聞いたソジュールが、後ろで憤慨しまくってもがきながら叫ぶ。
『なにが女たらしだ浮気者だ! きさまらっ!!』
『ほーらごらんなさい。図星だからあのようにうろたえて……大体、あれしきもふり払えない非力な男が、あなたを抱き上げて寝室へ運ぶことができると思いますか? 無理ですとも』
 フッ、と芝居がかって鼻で笑う。うそくさいことこの上ない。
 ソジュールに見えない右目で目くばせして、いかにもといったその表情、身振り手振りのパフォーマンスにティナのほうもだんだんと、それが仲の良い者同士のする単なる悪ふざけだと分かってくれたようで。くすくす笑って余裕を見せたあと、『そうねえ……』などと考えるふりして乗ってくれる。
 が、目の前で悪口雑言され、かつ恋人の手を握りこまれている当のソジュールはそれどころじゃない。
『てめえらいいかげんに放しやがれっ!!』
まさに火事場のなんとやら。力ずくで2人がかりの拘束をふりほどき、蹴りまで入れたソジュールは、恐るべき勢いでリロイの手を払いのけてティアを背後にかばい込むと、傍らにあったテーブルのワインのボトルを振り撤いて、全員に頭から目つぶしをかけたのだった。
『先を越されたのがそんなにくやしかったんなら、おまえらも少しは努力をしろ! 俺はしたぞ!』
 ――――そのとおりだ。
「ひとが、せっかく祝ってやってたっていうのに、あいつめ……」
 思い出した今もぶつくさ文句が口をついて出るが、最初から怒気はないので、結局のところやはり酔っぱらいのただの|戯言《たわごと》だ。
「そんなにうらやましいですか?」
 胸の内を見抜いた上でのからかいのように朱廻が言ってくる。
「ああうらやましいね」
 そういや昼間、俺が部屋で寝ていると当てたのもこいつだったな。読心の術でも心得ているのか……もしそうならぜひご教授願いたいものだ。
 そう思いながら軽い気持ちで応じる。これがまずかったと気付いたときにはもう遅い。
「それなら、あなたもそろそろ落ちつかれてはどうです」
 ……………………。
 どうしてこいつはこうも遠慮なしにひとの突かれたくない|的《まと》を突いてくるんだ。
 へたに返事をすると相手の世話までされそうだと足を止め、ルチアは庭へ下りた。
「どうかしましたか?」
「我慢の限界。
 応急処置に中庭の噴水使ってくから、おまえは先に部屋へ帰ってろ」
 ついて来ようと踏み出した先を制するように指差すと、すたすた歩いて行く。
「叱られますよ」
 一応自重を促す注意を口にしながらも、朱廻は力ずくで止めるなどといった方法には出てこなかった。