【2】③
ー/ー「瑛璃ちゃんて綺麗な名前よねえ。キラキラ宝石、というか『宝物』って感じかしら」
いきなり変わった話題に、瑛璃は一瞬戸惑ったものの伯母に頷く。
「あ、はい。そういうイメージ、らしいです」
幼い頃から母に聞かされていた。優しい、温かな笑顔の母が不意に脳裏に浮かぶ。
自分でも調べてみたことがあった。「瑛」も「璃」も、「透明な美しい石」といった意味を持つ漢字だ。
宝物、……皮肉に感じるのは流石に被害妄想が過ぎる。伯母の言葉にそんな含みはあるはずもない。母も、そうだと信じたかった。
「うん。瑛璃ちゃんていい名前だよな! 俺なんて海だから『航』だもんなあ。安易だし、『コウ』って間違われる。いや、どうせなら『コウ』でよかったじゃん。『小野塚 ワタル』より『小野塚 コウ』のがリズムいいしさ」
あーあ、と天を仰ぐような航の台詞に、伯母が即座に返した。
「『海の近くだから航でいいか〜』なんて手抜きじゃないわよ! 『人生という海を〜』ってちゃんと考えたんだから。お父さんと一緒に。これ、何回も言ったでしょ!? それに『わたる』って読む方が普通よ。あたしとお父さんにとってはそうなの!」
力説する母親に、その感覚がもう古い、と航が呟く。
「航海の『航』でしょ? 名前ならやっぱり『わたる』じゃない、かな」
おずおずと口を挟んだ瑛璃に、伯母が我が意を得たりといった様子で続いた。
「そうよね!? ほらあ、瑛璃ちゃんもそう言ってるじゃない! 第一、健治と芳恵の子なんだから『航』でぴったりじゃないの。古い一家で。瑛璃ちゃんのママは『祥子』さんよ。お洒落よねえ」
伯母の言葉は瑛璃には意外だった。
「マ、母は『子のつく名前なんて、古臭くて嫌だった』って言ってました。伯母さんみたいな『恵で〇恵』とか『美で〇美』とか羨ましかった、って。だから私には今風の名前つけたかったらしいです」
これも、母から折りに触れ聞かされていた。
「ああ、確かに祥子はそういうこと言ってたなあ。『子のつく名前』も少なくなってたし。まあ伯父さんもおじいちゃん世代と変わらないような名前だし、もうこういう家とか土地だからって諦めてたのかもな」
伯父が言葉を添えるのに、伯母が驚きを示す。
「そうなの? あたしは『よしえ』なんておばあちゃんみたいじゃない、って子どもの頃から気に入らなくてねえ。瑛璃ちゃんのママの名前聞いたとき、『しょうこ』ってスマートでいいなあと思ったのよ」
親世代でも、同じものに対する感じ方は人それぞれここまで違うのだ。
所謂「隣の芝生は青い」というのもあるかもしれないが、瑛璃がわかっていないことはまだまだ多く、そして大人も決して完璧な存在ではないということなのだろう。
知らない家に来てよく知らない人たちと長い間過ごすことなど、まったく嬉しくはなかった。
ただ母を困らせたくなくて本音は出せなかっただけだ。
けれど瑛璃が来たのがこの家だったのは、せめてもの幸運なのかもしれない。
いきなり変わった話題に、瑛璃は一瞬戸惑ったものの伯母に頷く。
「あ、はい。そういうイメージ、らしいです」
幼い頃から母に聞かされていた。優しい、温かな笑顔の母が不意に脳裏に浮かぶ。
自分でも調べてみたことがあった。「瑛」も「璃」も、「透明な美しい石」といった意味を持つ漢字だ。
宝物、……皮肉に感じるのは流石に被害妄想が過ぎる。伯母の言葉にそんな含みはあるはずもない。母も、そうだと信じたかった。
「うん。瑛璃ちゃんていい名前だよな! 俺なんて海だから『航』だもんなあ。安易だし、『コウ』って間違われる。いや、どうせなら『コウ』でよかったじゃん。『小野塚 ワタル』より『小野塚 コウ』のがリズムいいしさ」
あーあ、と天を仰ぐような航の台詞に、伯母が即座に返した。
「『海の近くだから航でいいか〜』なんて手抜きじゃないわよ! 『人生という海を〜』ってちゃんと考えたんだから。お父さんと一緒に。これ、何回も言ったでしょ!? それに『わたる』って読む方が普通よ。あたしとお父さんにとってはそうなの!」
力説する母親に、その感覚がもう古い、と航が呟く。
「航海の『航』でしょ? 名前ならやっぱり『わたる』じゃない、かな」
おずおずと口を挟んだ瑛璃に、伯母が我が意を得たりといった様子で続いた。
「そうよね!? ほらあ、瑛璃ちゃんもそう言ってるじゃない! 第一、健治と芳恵の子なんだから『航』でぴったりじゃないの。古い一家で。瑛璃ちゃんのママは『祥子』さんよ。お洒落よねえ」
伯母の言葉は瑛璃には意外だった。
「マ、母は『子のつく名前なんて、古臭くて嫌だった』って言ってました。伯母さんみたいな『恵で〇恵』とか『美で〇美』とか羨ましかった、って。だから私には今風の名前つけたかったらしいです」
これも、母から折りに触れ聞かされていた。
「ああ、確かに祥子はそういうこと言ってたなあ。『子のつく名前』も少なくなってたし。まあ伯父さんもおじいちゃん世代と変わらないような名前だし、もうこういう家とか土地だからって諦めてたのかもな」
伯父が言葉を添えるのに、伯母が驚きを示す。
「そうなの? あたしは『よしえ』なんておばあちゃんみたいじゃない、って子どもの頃から気に入らなくてねえ。瑛璃ちゃんのママの名前聞いたとき、『しょうこ』ってスマートでいいなあと思ったのよ」
親世代でも、同じものに対する感じ方は人それぞれここまで違うのだ。
所謂「隣の芝生は青い」というのもあるかもしれないが、瑛璃がわかっていないことはまだまだ多く、そして大人も決して完璧な存在ではないということなのだろう。
知らない家に来てよく知らない人たちと長い間過ごすことなど、まったく嬉しくはなかった。
ただ母を困らせたくなくて本音は出せなかっただけだ。
けれど瑛璃が来たのがこの家だったのは、せめてもの幸運なのかもしれない。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「瑛璃ちゃんて綺麗な名前よねえ。キラキラ宝石、というか『宝物』って感じかしら」
いきなり変わった話題に、瑛璃は一瞬戸惑ったものの伯母に頷く。
「あ、はい。そういうイメージ、らしいです」
幼い頃から母に聞かされていた。優しい、温かな笑顔の母が不意に脳裏に浮かぶ。
自分でも調べてみたことがあった。「瑛」も「璃」も、「透明な美しい石」といった意味を持つ漢字だ。
宝物、……皮肉に感じるのは流石に被害妄想が過ぎる。伯母の言葉にそんな含みはあるはずもない。母も、そうだと信じたかった。
「うん。瑛璃ちゃんていい名前だよな! 俺なんて海だから『航』だもんなあ。安易だし、『コウ』って間違われる。いや、どうせなら『コウ』でよかったじゃん。『|小野塚《おのづか》 ワタル』より『小野塚 コウ』のがリズムいいしさ」
あーあ、と天を仰ぐような航の台詞に、伯母が即座に返した。
「『海の近くだから航でいいか〜』なんて手抜きじゃないわよ! 『人生という海を〜』ってちゃんと考えたんだから。お父さんと一緒に。これ、何回も言ったでしょ!? それに『わたる』って読む方が普通よ。あたしとお父さんにとってはそうなの!」
力説する母親に、その感覚がもう古い、と航が呟く。
「航海の『航』でしょ? 名前ならやっぱり『わたる』じゃない、かな」
おずおずと口を挟んだ瑛璃に、伯母が我が意を得たりといった様子で続いた。
「そうよね!? ほらあ、瑛璃ちゃんもそう言ってるじゃない! 第一、健治と|芳恵《よしえ》の子なんだから『航』でぴったりじゃないの。古い一家で。瑛璃ちゃんのママは『|祥子《しょうこ》』さんよ。お洒落よねえ」
伯母の言葉は瑛璃には意外だった。
「マ、母は『子のつく名前なんて、古臭くて嫌だった』って言ってました。伯母さんみたいな『|恵《めぐみ》で〇|恵《え》』とか『|美《び》で〇|美《み》』とか羨ましかった、って。だから私には今風の名前つけたかったらしいです」
これも、母から折りに触れ聞かされていた。
「ああ、確かに祥子はそういうこと言ってたなあ。『子のつく名前』も少なくなってたし。まあ伯父さんもおじいちゃん世代と変わらないような名前だし、もうこういう家とか土地だからって諦めてたのかもな」
伯父が言葉を添えるのに、伯母が驚きを示す。
「そうなの? あたしは『よしえ』なんておばあちゃんみたいじゃない、って子どもの頃から気に入らなくてねえ。瑛璃ちゃんのママの名前聞いたとき、『しょうこ』ってスマートでいいなあと思ったのよ」
親世代でも、同じものに対する感じ方は人それぞれここまで違うのだ。
所謂「隣の芝生は青い」というのもあるかもしれないが、瑛璃がわかっていないことはまだまだ多く、そして大人も決して完璧な存在ではないということなのだろう。
知らない家に来てよく知らない人たちと長い間過ごすことなど、まったく嬉しくはなかった。
ただ母を困らせたくなくて本音は出せなかっただけだ。
けれど瑛璃が来たのがこの家だったのは、せめてもの幸運なのかもしれない。
いきなり変わった話題に、瑛璃は一瞬戸惑ったものの伯母に頷く。
「あ、はい。そういうイメージ、らしいです」
幼い頃から母に聞かされていた。優しい、温かな笑顔の母が不意に脳裏に浮かぶ。
自分でも調べてみたことがあった。「瑛」も「璃」も、「透明な美しい石」といった意味を持つ漢字だ。
宝物、……皮肉に感じるのは流石に被害妄想が過ぎる。伯母の言葉にそんな含みはあるはずもない。母も、そうだと信じたかった。
「うん。瑛璃ちゃんていい名前だよな! 俺なんて海だから『航』だもんなあ。安易だし、『コウ』って間違われる。いや、どうせなら『コウ』でよかったじゃん。『|小野塚《おのづか》 ワタル』より『小野塚 コウ』のがリズムいいしさ」
あーあ、と天を仰ぐような航の台詞に、伯母が即座に返した。
「『海の近くだから航でいいか〜』なんて手抜きじゃないわよ! 『人生という海を〜』ってちゃんと考えたんだから。お父さんと一緒に。これ、何回も言ったでしょ!? それに『わたる』って読む方が普通よ。あたしとお父さんにとってはそうなの!」
力説する母親に、その感覚がもう古い、と航が呟く。
「航海の『航』でしょ? 名前ならやっぱり『わたる』じゃない、かな」
おずおずと口を挟んだ瑛璃に、伯母が我が意を得たりといった様子で続いた。
「そうよね!? ほらあ、瑛璃ちゃんもそう言ってるじゃない! 第一、健治と|芳恵《よしえ》の子なんだから『航』でぴったりじゃないの。古い一家で。瑛璃ちゃんのママは『|祥子《しょうこ》』さんよ。お洒落よねえ」
伯母の言葉は瑛璃には意外だった。
「マ、母は『子のつく名前なんて、古臭くて嫌だった』って言ってました。伯母さんみたいな『|恵《めぐみ》で〇|恵《え》』とか『|美《び》で〇|美《み》』とか羨ましかった、って。だから私には今風の名前つけたかったらしいです」
これも、母から折りに触れ聞かされていた。
「ああ、確かに祥子はそういうこと言ってたなあ。『子のつく名前』も少なくなってたし。まあ伯父さんもおじいちゃん世代と変わらないような名前だし、もうこういう家とか土地だからって諦めてたのかもな」
伯父が言葉を添えるのに、伯母が驚きを示す。
「そうなの? あたしは『よしえ』なんておばあちゃんみたいじゃない、って子どもの頃から気に入らなくてねえ。瑛璃ちゃんのママの名前聞いたとき、『しょうこ』ってスマートでいいなあと思ったのよ」
親世代でも、同じものに対する感じ方は人それぞれここまで違うのだ。
所謂「隣の芝生は青い」というのもあるかもしれないが、瑛璃がわかっていないことはまだまだ多く、そして大人も決して完璧な存在ではないということなのだろう。
知らない家に来てよく知らない人たちと長い間過ごすことなど、まったく嬉しくはなかった。
ただ母を困らせたくなくて本音は出せなかっただけだ。
けれど瑛璃が来たのがこの家だったのは、せめてもの幸運なのかもしれない。