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おにぎりと凍えた手

ー/ー




 十年前の冬の夜、ある男と少女が出会った。

 その日から始まった十年間は、
 世間の一般常識に照らせば犯罪で、
 でも二人にとってはかけがえのない幸せの日々だった。

・・・・・・・・・

ねぇ、ちゃーちゃん
私たちの十年間は全部嘘だったのかな
間違いだったのかな

私にはちゃーちゃんと一緒にいた十年間だけが幸せな記憶だよ

ねぇ、ちゃーちゃん
ちゃーちゃんがケームショから出てきたら
また一緒にあのお家で暮らそうよ

今度は私が働くから
ちゃーちゃんがお家でお留守番してたらいいんだよ


・・・・・・・・・

10 years ago


「ううう、寒いなぁ、今夜は特に冷える。雪になるのかなぁ」

 山本(やまもと)達也(たつや)は、バイト先から自宅へ帰る途中、恨めしげに空を見上げた。

 恐ろしいほどに大きな月が地上に近いこんな夜、
 早く帰って風呂に入ってご飯を食べたらすぐに寝てしまおう。
 本当はお酒でも飲みたいところだけれど、次の給料が入るまで後十日、
 無駄遣いはできないお財布の事情があった。

 スーパーで見切り品のおにぎりを2個とお湯を注ぐだけのレトルトの豚汁を買った。

 帰り道、街灯がチカチカしていることに一瞬気を取られた、振り向いた視線の先にあった公園。
 その端の方に置かれた土管の中でボロ雑巾が動いたように見えた。

「ん? 野良犬? ……いや見間違えか、な?」

 そう言って通り過ぎようとした時、そのボロ雑巾が、もそりと立ち上がった。

 正確にはボロ雑巾ではない。当たり前だ。ボロ雑巾が立ち上がるわけがない。
 ボロ雑巾のような、いやボロ雑巾の方がまだマシと思えるくらいボロボロの少女。


「お、お、女の子?」

 長い髪の毛は一度も切り揃えられたことがないみたいに無造作に伸び放題だった。
 ずっと洗っていない髪の毛特有のかたまり具合だったけれども、
 多分栄養が足りていないのだろう脂でギトギトという感じではなかった。

「ど、ど、どうしたの? お、お、親、おか、おかお母さんは?」

 聞いてすぐ後悔した。

 今日親とはぐれた少女であればこんなボロ雑巾のような格好はしていない。
 そして親の方もはぐれた我が子を血眼になって探しているだろう、場合によっては警察も動員して町を上げて大騒ぎだ。


 ぐぐぅ〜ぎゅるぎゅるぎゅる……。


「お、おな、お腹、空いてる、の? もしかして」

 達也の言葉にもう一度腹の虫が返事をした。


「お、おにぎり、食べる? 昆布と鮭があるけど」
 達也の言葉に少女が今度はコクリと頷いた。


 真ん中の切り込みを引っ張り、パッケージを左右に開き、海苔で包んだおにぎりを手渡した。

 少女の棒っきれのような細い腕がおずおずと伸び、達也の手からおにぎりを奪う。

 少女の手は凍えるような冷たさだった。

 一心不乱にかぶり付く、むしゃむしゃ、むごむご、ごっきゅごっきゅ。

 こちらが心配になるくらいの勢いでおにぎりに食らいついている。

「と、と、とら、取らないから、ゆっく、ゆっくり食べていいよ、もう一個食べる?」

 達也が差し出したおにぎりを目を見開いて見つめるが、ゆっくりを首を横に振った。

 そして達也の顔を指さした。

「え? ぼ、ぼ僕の、だから?」

 達也がそう聞くと、少女はニコッと笑いゆっくりと頷いた。

「あ、あ、あのさ、あのあの、今日はさささ寒いよ、雪が降るかもしれないよ。こ、こ、こんなところにいたら死んじゃうよ」

 大人の、しかも小太りの自分がシャツの上にトレーナーを着てジャンパーを着ているというのに、少女はボロボロの雑巾みたいなワンピースに足元は薄汚れたサンダルだった。

 先ほどの不用意な発言を悔いていた達也が、次に口にした言葉は、「う、う、うちに、く、く、来る?」だった。


 家出だったとしても
 親に捨てられたにしても
 大人が夜に子供を保護したのなら、普通、行き先は警察一択だ。


 残念ながら達也にはそのあたりの判断が若干難しい。

 達也の親が存命であれば、連れて帰ってきた少女を見て驚いて警察に通報してくれたであろうが、更に残念なことに達也の親は二人とも昨年自動車事故で他界していた。

 親戚付き合いもなく、親が残した自宅と少しの蓄え、そしてアルバイト代で一人で暮らしていた。


 家に着くと、買ってきたレトルトの豚汁と買い置きのカップラーメンにお湯を注いだ。
 おにぎりと豚汁とカップラーメンを二人で分け合って食べた後、風呂を沸かした。
 自分で洗えるか? と訊ねると少女はよく分からないといった顔をして首を傾げた。

 入浴の習慣はなかったらしい。
 道理で臭い、そして小さな虫が数多く集っている、とはいえ栄養状態がよくないためか集っている虫も、よく目を凝らさなければ見えないような小さな虫ばかりだった。


 浴槽に浸かる前にその小さい身体を何度も何度も擦った、擦っても擦っても垢が出てくる。

 細い身体は垢だけでできているのではないか擦っているうちに全部なくなってしまうのではないかと思った。

 当然そんなはずはなく、骨と皮ばかりの(あばら)が目立つ身体が浮き出てきた。

 その骨と皮ばかりの小さな身体に新旧様々なアザがあった。
 どす黒くなっているアザ、そして出来たばかりのようなアザもあった。盛り上がっていて痛々しい。
 かさぶたになりかけている傷もあった。
 転んだりして出来たりしたものではない鋭利な刃物でつけられたような傷もあった。

 滲みないかと聞くと小さく首を横に振った。
 二人でゆっくりとお湯に浸かった後、ドライヤーで髪を乾かしてやろうとすると、その大きな音にびっくりしたようでしゃがみ込んで耳を塞いだ。

「だ、だ、だい、大丈夫、だ、よ。こ、こ、こわ、怖くない、よ。ほら」

 達也が自分の髪の毛を乾かして見せると、ようやく落ち着いて、ドライヤーを当てさせてくれた。


 ボロ雑巾のようなワンピースは洗濯することにして、自分のTシャツを着せた。
 子供用のパンツなんてないからノーパンなのは仕方ない。
 Tシャツだって痩せた小さな身体には着ていたワンピースよりも大きかったが、背に腹は変えられない。

 客用の布団もあるにはあるが、親が死んでから一度も干していない。
 まぁ、それは普段達也が寝ている布団もそうだが。

 押入れの中で湿気っている布団に寝かせるのも忍びなく、二階の達也の部屋のソファの上に毛布を敷いて布団を一枚かけてやったが、夜中のうちに毛布と共に達也のベッドに潜り込んで来た。

 誰かの体温を感じながら眠るなんていつぶりだろう。

 ずっと昔、子供の頃、お母さんの布団に潜り込んだことを思い出して、達也はそれを夢に見た。幸せな夢だった。

 翌朝、達也は自分が仕事に行く時に玄関の鍵はかけなかった。

 元々こんな古い家に泥棒も入るまいと鍵はかけたりかけなかったりだった。
 自分がいない間に、あの女の子が本当の家に戻るのならその方がいいと思った。

 それでもバイトの帰りにいつもよりも多く、食べ物を買った。
 もしかしたらあの女の子は自分の家には戻らず、まだ家にいるのではないかと思ったのだ。

 電気の点いていない真っ暗な家に若干ガッカリしながら達也は台所の電気をつけた。
 そのまま二階の自室へ上がると真っ暗な部屋の中のベッドの上に布団を被ったままの少女がいた。

「か、か、かえ、帰らなかった、の?」

 そう訊ねると、小さく頷いた。

「ご、ご、ごは、ん、食べる? 今日は、う、う、うどん、卵も入れる」

 その言葉に嬉しそうに頷いたのを見て、達也も嬉しくなった。


 小さい器にうどんをよそってあげたが、困った顔をして手をつけようとしない。

「う、う、うど、んは嫌い?」

 その言葉には首を左右に振った。

 うどんの器を両手で持って汁を啜ったのを見て、もしかして、とピンと来た。

「お、お、おは、お箸が使えない?」

 そう言えば昨日もカップラーメンはすっかり冷めて伸びてしまってから手掴みで食べていた。

 達也が台所から()の部分が太くなっているフォークを持ってくると、少女は手をグーに握って逆手でうどんに食らいついた。

 半熟の卵の黄身がとろりと出てきたのを見て小さな歓喜の声を上げた。

 初めて聞いた少女の声だった。

「あ、あし、明日、やす、休みだから、ふ、ふ、服、買ってあげる」

 そう約束したのに翌日少女は家から出るのを嫌がった、ボロ雑巾のようなワンピースは洗濯したので、洗い立てのボロ雑巾のようにキレイになったというのに。

「い、い、いや、なの? 外」

 首を縦に振る。

「じゃ、じゃ、じゃあさ、ぼ、僕が、帰ってくるまで、待ってる? 待ってられる?」

 その言葉にも首を縦に振った。

 ワンピースと女児用パンツ90cm
 サンダルは15.0cm

 身につけていたのはこのサイズだったが、少し小さいようだったからこれよりももう少しだけ大きいのを買ってくればいいだろう、子供服や靴など買ったことはなかったけれども、スーパーの二階に、西梅屋という子供用品の専門店みたいな店があるのは知っていた。

 天気予報を見て雨が降らないことを確認して押入れの中から客用の布団を出して干した。

 西梅屋で冬用のワンピースやトレーナー、ズボン、それからパジャマを買い、ピンク色のスニーカーも買った。

 その後スーパーで食材を買い、家までの道を急いだ。

 前日のようにベッドの上で布団を被っているのを見つけて、ホッとしつつ一緒に昼ごはんを食べた。
 お日様が真上を少し過ぎたあたりに布団を取り込んでふかふかの布団の上で一緒にお昼寝をした。

 風呂から上がって真新しいパジャマを着た少女は、恥ずかしそうにでもはっきりと「ありがとう」と言った。

 初めて聞く言葉らしい声に、達也は嬉しい気持ちが心の底から湧いてくるような気がした。

 せっかくベッドの下にふかふかの客用の布団を敷いてやったのに、やっぱり夜中の間にベッドの中に潜り込んできた。


 少女は『みう』と名乗った。
 年は分からないと言った。

 幼稚園に通っていた? と聞いても分からないと言った。
 幼稚園という言葉自体を知らないようであった。

 好きな色はピンク、お絵描きが好き。
 少しずつ、少しずつ自分のことを話してくれるようになったが、相変わらず外には出たがらない。


 出会った時の服のサイズは、西梅屋の壁に貼られたサイズ早見表に照らし合わせてみたらを一歳半から二歳と出てきたが、そんなはずはないだろうと思った。

 だっておむつもしていないし、ご飯も離乳食とかではなく普通のご飯で良かった。

 ただそもそも子育て経験のない達也に、痩せた少女が何歳なのかなんて全く見当がつくはずがなかった。




 達也が少女と暮らし始めてから三ヶ月が経つ頃、ある誘拐事件をワイドショーが盛んに報じた。

 今年の四月小学校に入学する予定だった、小松原(こまつばら)美優(みゆ)ちゃんが自宅の庭で遊んでいたところを誘拐されたという事件だ。

 あいにく山本家の居間のテレビは親が亡くなる少し前から映りが悪くなってしまっていたし、そもそも達也はほとんどテレビを見ない。

 テレビ特有のスピードが達也の理解の速度を超えるので幼い頃からテレビは嫌いだった。
 美優ちゃん誘拐のニュースに接することもないままであった。


 美優ちゃんの母親はテレビカメラの前で半狂乱で泣き叫んだ。

「娘を返して欲しい」と。

 世間はその母の涙に同情し、誰もが事件の無事解決を祈った。


 ただ美優ちゃんの自宅の近所に住む人たちだけがこの事件に懐疑的であった。
 フリージャーナリストの木村(きむら)仁美(ひとみ)はこんな声を多数耳にした。


「あそこのご家庭は複雑でね」
「ご主人がDV気味だとかって噂で、前の奥さんがお子さんを連れて出ていってしまって」
「しばらくしてから今の奥さんが美優ちゃんを連れてきて再婚なさったのよ」
「最初は良かったの、三人で仲睦まじく出かける様子なんかもよく見かけたのよ」

「でもね、奥さんが下のお子さんを妊娠して、出産した頃からかしら、家の中からとんでもない怒鳴り声が聞こえるようになってきて」
「平手でこうパーンと殴ったりする音とか、ドカッて鈍い音がする時もあったわ」
「お父さんお母さんごめんなさい、ごめんなさいって泣き声とかね」
「美優ちゃんが外に出されていることも度々あって、虐待なんじゃないかって、近所でも噂していたのよ」

「でもある時からその声がぱったり聞こえなくなってね」
「生活音はしているからいないわけじゃないのよ、奥さんと下の僕ちゃんもよく見かけるし」
「美優ちゃんだけがいなくなっちゃったみたいな感じで」
「でもねぇ、聞けないじゃない? そんなこと」
「もしかしたら児童養護施設とかに預けたのかもしれないし」
「その方がね、むしろ美優ちゃんにとっては幸せかもしれないしね」

 ふむふむとメモを取る彼女の手が止まったのは次の言葉を聞いた時だ。

「うちの子供がね、美優ちゃんと同じ年なのよ、それで小学校の入学前検診の案内が届いた後くらいかしら? 市役所の職員さんが度々ご自宅に訪問してくるようになったの。多分美優ちゃんが入学前検診に行かなかったのかな、って思うんだけど。

『今はいません出かけています』とか『今お昼寝しているので』って玄関先で追い返させているのを何回か見かけて、私、ついその若い女性の職員さんに話しかけたんです。『美優ちゃんって今はどこか施設に預けられてるとかじゃないんですか?』って。

『ちょっと申し訳ないんだけど、以前は虐待かしら? って疑うこともあって、でもここ数ヶ月美優ちゃんのことをまったく見かけないので』って。
 私がそんな話をしたからだと思うんだけど、市役所の職員さんいつもの若い女性の方だけじゃなく、年配の男性の方と若い男性の方も一緒に見えるようになって。

 そうしたらその直後に、この誘拐の報道があって、なーんか解せないんですよねぇ、冬の初めに誘拐されたのに、どうしてそのまま今まで隠していたのかなぁって。私なら子供がいなくなったら数分でパニックになっちゃうと思うし、そう言うもんですよね、母親って」


───── ───── ───── ───── ─────

もしかしたら血のつながらない父親か、もしくは本当の母親が、美優ちゃんを殺して遺体を遺棄したのではないか? それを隠すために誘拐事件をでっち上げたのではないか。

───── ───── ───── ───── ─────


 木村(きむら)仁美(ひとみ)が書いたそのスクープ記事は、センセーショナルな話題として世間を巻き込んで大論争になった。

 子供を誘拐されて傷心の親になんてことを言うのか、仁美(ひとみ)を口汚く罵る意見もあれば、誘拐されて数ヶ月通報しないなんて有り得ない、母親は悪魔か稀代(きだい)の殺人鬼か、と言う意見もあった。

 一度も身代金の要求もして来ない犯人をペドフィリア(小児性愛障害)なのだろうと書き立てるマスコミもあった。

 それでも母親は一貫して『最愛の娘を誘拐された悲劇のヒロイン』として度々マスコミに登場しては涙を流した。

 おそらくその度に多額の出演料を手にしたのだろう。
 自宅敷地内の駐車場の車はあっという間に国産車から羊羮(ようかん)色をした立派な外車になった。

 その頃から美優ちゃんと血のつながらない父親はあまり家に帰ってこなくなっていった。


 美優ちゃんが見つからないまま十年の時が過ぎた。
 美優ちゃんの同級生たちは高校一年生になった。
 もう誰も美優ちゃんの話を口にしなくなっていた。

 テレビの未解決事件の特集でたまにチラッと流れることがあるだけだった。

 おそらく美優ちゃんはもう生きてはいないだろう。

 親が手にかけたのかどうかは分からない。
 本当に誘拐されていたとしても、とっくにその誘拐犯に殺されてしまっただろう。


 木村(きむら)仁美(ひとみ)は美優ちゃんの住む町から、五、六歳の子供の足で歩ける範囲をしらみ潰しに探し回った。
 と言ってもなんの手掛かりもないのだから砂浜で金一粒を探し出すようなものである。


 半ば諦めかけている時、偶然立ち寄った町で、民家の縁側で仲睦まじく笑い合う男女の姿を見た。

 親子にしては年が近く、夫婦にしては年が離れている。

 女性が若過ぎるような気がしたのだ。

 ジャーナリストの勘なのか、なんとなく、なんとなくその二人のことが気になって、近所の住人に話を聞いたが、どの家ともあまり付き合いがないらしく有益な情報は何も聞くことができなかった。

 何度か通ううちに
「ちゃーちゃん、ご飯が出来たよ」
「お布団取り込んじゃうから、みう先に食べてていいよ」
「やだよぉ、待ってる」と言う声が聞こえた。

 ちゃーちゃん、
 あの小太りの中年の旦那さんはちゃーちゃんって言うのか。
 若奥さんはみうさん……みう、……みう? 心臓がバクバクと早鐘を打った。

 若いと思った。
 若過ぎると思った。

 あの若奥さんは……?
 二十歳くらいに見える。
 もうちょっと若いかもしれない。


 どうにか接触できないかと家の周りを彷徨(うろつ)いてみたが、その若い奥さんは一向に自宅から出かける様子がなかった。
 仕事をしていないのは不思議でもないが、買い物に出ることすらない。


 インターフォンを押してみても中から奥さんが出てくることはなかった。

 ……監禁、されているのだろうか。


 ご主人が帰ってきてから町内の人間だと嘘を吐いて、大地震などの災害時緊急時の避難誘導のための名簿を作成したいのでと前置きして、「何人でお住まいですか?」と質問を試みたが、名簿自体、『う、うちは、けけ、結構です』と断られてしまった。

 翌日、出勤時に後をつけ勤務先を特定し、多様な働き方の取材だと嘘をでっち上げ、社員たちに聞き込んだが、ちゃーちゃんと呼ばれていた旦那さんは誰とも深い付き合いをしていなかった。

 ただ独身であるという情報を得ることには成功した。

「あーんな小太りの中年の吃音(きつおん)でアルバイトで暮らしているような男に嫁の来てなんてあるわけないない」
「家自体は一軒家で割とでかいらしいですよ、親が残した財産があって良かったですよね、親ガチャだけ大当たり、ま、早く死んじまったらしいけど」
「うちに入社して五年以上になるかな。真面目に働いて欠勤もしないし、いい人なんですけどね、まぁでもそれだけですよ、多分未だに童貞なんじゃないかな」

 誰もが達也のことをバカにして笑った。


 仁美は、PCの中に保存された三歳の美優ちゃんの写真を見つめた。
 誘拐事件が話題だった頃に母親から提供されてマスコミ宛に流されたものだ。

 六歳で行方不明になったのに、三歳の写真? と当時、(いぶか)しげに思ったが、もし近所の人がいうように虐待されていたとすれば合点がいく。

 美優ちゃんが三歳の頃に再婚してあの家に越してきて、それから六歳までの期間の写真はないのだろう。

 それでもどこかに性善説的な思考があった。
 もしかするとそうあって欲しいという願いから来る考え方なのかもしれない。

 母親と言ってもまだ歳も若く、下の子を産んだばかりで忙しかっただろうし、睡眠不足から来るストレスを幼い我が子にぶつけてしまっただけなのだろう。

 十年ぶりに戻ってきた我が子を見ればきっと状況は好転する。
 会えない期間の思慕の情が、わだかまりを流し去るに違いない。


 幼い写真から未来の顔に加工するアプリで作成した十年後の顔予想は、あの幸せそうに笑う若奥さんそのものだった。



 もしかして、美優ちゃんはあの男に誘拐されたのではないか。

 でも縁側で幸せそうに笑っていた。
 身体のどこも拘束されているような様子はなかった。

 普通に、仲睦まじい夫婦であって欲しい。
 でも、その願いとは裏腹に、彼らが夫婦である証拠は何も出てこなかった。

 誘拐犯と被害者なのだろうか?
 でも幸せそうなあの笑顔は……?


 一つの(おぞ)ましい考えが脳裏に浮かんだ。



───── ───── ───── ───── ─────

ストックホルム症候群
誘拐や監禁などにより拘束下にある被害者が、
加害者と時間や場所を共有することによって、
加害者に対して好意や共感、更には信頼や愛情の感情を抱くようになる現象。

───── ───── ───── ───── ─────


 言葉はもちろん知っていた。意味も理解していた。
 ただ、果たしてそんなことが本当に起こり得るのだろうか。
 自分を誘拐した犯人など何年経とうが、憎い相手ではないのか。

 幸せそうなあの笑顔が、仁美の頭から離れなかった。



 自分でもなぜここまでこの事件に囚われているのか、と疑問に思いつつ、達也が出したゴミ袋を漁り、血液が付着した生理用品を入手した。

 遺伝子分析を依頼して、九十九、九%、間違いなく小松原(こまつばら)美優(みゆ)ちゃんであると確証を得た。

 木村(きむら)仁美(ひとみ)は知り合いの警察官を通じて警察本部と連携を取り、Xデーに備えた。

 無事にあの家から美優ちゃんを救い出し、親元に返す。
 現場の刑事たちも含め事件解決を願う誰もがそう思い、来るべき時を狙った。




 達也が帰宅し、ポケットから出した鍵で玄関を開けた瞬間に、指揮官の怒号が響き、数人の警察官が達也を取り押さえた。



「みうみうみうーーーー逃げろっ、逃げろみう」

 地面に押し付けられ、頬に砂利が食い込んだ顔を懸命に上げ、達也が叫んだ。


 同時に女性警察官が何人か部屋に入り、美優を保護した。
 美優は何が起きたか分からないと言った表情でキョロキョロと辺りを見回した。


 達也が警察車両に連行されるのを、美優は裸足のまま泣きながら追いかけた。
 女性警官が「大丈夫よ、もう大丈夫、お家に帰りましょうね」と背中をさすった。



 ・ ・ ・




 小松原邸の前にはマスコミが大挙をなして詰めかけた。
 誘拐された我が子が十年ぶりに帰ってくる。

 その母娘の再会のシーンを報道するためだ。

 眩しいフラッシュが何度も焚かれ美優は顔を押さえた。
 そのまま母親に抱きつかれ、それはあたかも涙の再会シーンにように映った。

 マスコミはそのシーンを、十年前の母親の悲痛な叫びと共に何度も何度も繰り返し放送した。
 スタジオのコメンテーターも美優ちゃん救出を涙しながら喜び、小児性愛の専門家が犯人の異常性を熱弁した。

 病院で検査を受けた美優は、破瓜(はか)の痕跡はあるものの、特に外傷なしと診断され、健康状態も栄養状態も極めて良好と、翌日には親元に戻された。

 出たがりの母親が、娘がその犯人に凌辱されたのだ、許せないと涙ながらに訴え、
 美優に向けられた世間の目は更に好奇なものとなり、
 達也に向けられた世間の目は更に厳しいものになった。


 達也の勤務先の同僚も「いつかこういうことをやらかすんじゃないかと思っていた」と口を揃えた。

「前に山本さんに告白されたことがあって、断ったらストーカーみたいになった」と言う女子社員も現れた。嘘である。

「公園で小さな子供が遊ぶのを気味の悪い目でずっと見ていた」とか
「少女が腕を掴まれ無理やり連れ去られる寸前のところを見た」とか、カメラの前で話す人もいた。これも嘘である。

 とにかくセンセーショナルなこのニュースに尾ひれがたくさんついていった。

 X(旧Twitter)でも達也の住所や生年月日などの個人情報が晒され、おそらく同級生が流出させただろう卒業アルバムの写真が拡散され、顔が気持ち悪いなどと吊し上げられた。

 昨今ルッキズムは糾弾されるべき思考であるはずなのに、叩いても良いと認識された人に対しては世間はとかく容赦がない。

 美優は自宅のテレビでその報道を見て母親に訴えた。
 こんなのは嘘だ、ちゃーちゃんはずっとずっと優しかった、と。

 その美優の頬を母親は打った。
 二度三度繰り返し打った。
 美優はこの痛みに覚えがあった。

 母親は余計な話をするな、と釘を刺し、そして美優を部屋に閉じ込め鍵をかけた。
 食事は一日一回、パンかおにぎりとペットボトルのお茶だけだった。

 そして排泄は部屋の片隅に置かれた洗面器の上に広げて置かれたビニール袋にするように命じた。


 十歳の少年が、悪の権化を見るような憎々しげな目で美優を睨んだ。

「お前どうして帰ってきたんだよ、僕を殺そうとした極悪人のくせに」

 あの子は多分あの時天使のようだと称されていた()なのだろう。

 私はどうして嫌われているんだろう?
 殺そうとしたって何のことだろう?
 美優の胸がズキリと痛んだ。人の悪意は痛い。


 ちゃーちゃんあったかいおうどんが食べたいよ。
 ちゃーちゃんと一緒にふかふかのお布団で寝たいよ。
 みうはいい子だなって頭を撫でて欲しいよ。

 美優は涙で枕を濡らした。



 美優が実家へ戻って一ヶ月

 美優救出の立役者であるフリージャーナリストの木村(きむら)仁美(ひとみ)は、渋る母親を説得して、ようやく美優への取材にこぎつけていた。

 母親に連れられて二階の美優の部屋に入ると、仁美は我が目を疑った。

 げっそりと痩せこけ憔悴しきった美優の目からは光が失われている。
 縁側で幸せそうに笑っていた表情とはかけ離れたものだった。

 ついさっき慌てて空気の入れ替えをしたような部屋からは、糞尿の匂いがかすかに漂っていた。

 仁美はまず最初に母親を部屋から遠ざけた。

 母親は大層憤慨して文句を言いながらその場を立ち去った。大きな音を立てて部屋のドアを閉めると美優の身体が硬直した。
 誘拐される前に美優が母親から虐待されていたのはやはり本当なのだろうか? もしかして今も?


「美優ちゃんこんにちは、木村(きむら)仁美(ひとみ)と言います。大丈夫、私はあなたの味方です。怖いことも痛いことも何もしない。お話をしたいの、いいかな?」


 自己紹介をした仁美に、美優は目を合せそうとしなかった。

 虚な目で壁と天井の境目あたりを見つめたまま、「ちゃーちゃんは元気ですか?」と達也のことを尋ねた。

 自分のことは何も語ろうとしない。
 今、幸せか、と問うた言葉にも反応がない。

 仕方ないのでカバンから便箋を取り出した。
 可愛らしいピンクのチューリップの(がら)だ。
 ちゃーちゃんにお手紙を書いてみない? と言った。

 美優は嬉しそうに笑った。この日初めて見た笑顔だった。

 ちゃーちゃんに教えてもらったから字は書けるよ、でもひらがなしか書けないの、と恥ずかしそうに笑った。


「大丈夫だよ、漢字はおばさんが教えてあげるから、なんでも聞いて」

 仁美がそう言うと、美優はゆっくりと頷いてもう一度笑った。


「ちゃーちゃんがね、みうにお土産だよって、ピンクのチューリップの鉢植えを買ってきてくれたの。

『み、みみう、これ、おおおみ、お土産。ピンク、好きでしょ』って
 まだ緑に(くる)まれているのに、その先のところだけがピンク色になってるの見えてすごく可愛いの。『お、おに、お庭に、植え、植えたら、咲くよ、きっと』って。

 みうはお外怖くて。お家から出されたら、寒い、足も手も冷たい。だからお外は絶対嫌で、でもちゃーちゃんと一緒なら怖くない、抱っこしてもらって、お外で一緒に植えたのよ、チューリップ。
 手が泥で汚くなって、それから二人で一緒にお風呂に入ったの。

 しばらくしたらチューリップが咲いてね。ピンクでね、可愛いの。みうは縁側からそのチューリップの絵をいっぱい描いたのよ」

 美優が書いた達也への手紙の端には、チューリップとニコニコと笑っている達也の似顔絵が描かれていた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

ねぇ、ちゃーちゃん
私たちの十年間は全部嘘だったのかな
間違いだったのかな

私にはちゃーちゃんと一緒にいた十年間だけが幸せな記憶だよ

ねぇ、ちゃーちゃん
ちゃーちゃんがケームショから出てきたら
また一緒にあのお家で暮らそうよ

今度は私が働くから
ちゃーちゃんがお家でお留守番してたらいいんだよ


・・・・・・・・・・・・・・・・・

 未成年の誘拐、しかも十年という長期間だ。
 監禁罪も加えられ、初犯であったとしても、達也は無期懲役になる可能性が高い。

 検察でも判事でもない自分の口から告げることではないから口を閉じた。


「あのね、美優ちゃん、達也さんに、いえ、ちゃーちゃんに何か、されたりした?」

 慎重に言葉を選んだ。

 何せ美優は身体は十六歳だけれども、心は六歳児なのだから。


「何か? って」
「その、えっちなこと、とか」

「セックス?」
「そう、……セックスって言葉を知っているのね」

 六歳で成長が止まった少女がセックスという言葉を知っていることに絶望を覚えた。

 教えたのは達也だろう。
 いたいけな少女にその行為を強要したのだろうか。

 人畜無害みたいな顔をしておきながら、卑劣な男だ、と心の中で毒づいた。
 でも、あの縁側で見た幸せそうな笑顔が、仁美の頭から離れなかった。



「最初はね、ちゃーちゃんのお家にはテレビはなかったの。あったんだけど砂の嵐しか映らなかったの。
 みうがお留守番の時に退屈だからって、ちゃーちゃんが二階のお部屋にテレビを買ってくれたの。
 みうはテレビ好きだよ、いろんなの見た、難しいのは分からないけど。お歌のテレビが一番好き。

 嬉しい時に男の人のほっぺにちゅうってすると男の人も嬉しいんだよ。
 だからみう、ご飯作って貰った時とかにちゃーちゃんのほっぺにちゅうしたの。
 ちゃーちゃん嬉しい? って聞いたら、嬉しいっていうからみうも嬉しくなったの。

 みうのお股から血が出てきて、ちゃーちゃんがもう一緒にお風呂に入ったり寝たりしないって言った時に、みうが泣いて、いっぱい泣いて、ちゃーちゃんがごめんって言って、みうのほっぺにちゅうして、嬉しい時だけじゃなくごめんなさいの時もちゅうをすることにしたの。

 もっとずっと経ってから、一緒にテレビを見ている時ね、男の人と女の人が裸で一緒にベッドで、はあはあしてて、
 あれは何? って聞いたの、ちゃーちゃんは子供は見ちゃ駄目って。でも愛してる人同士がするんだって教えてくれた。
 ちゃーちゃんはしたことある? って聞いたら、ないって言ってて、でもみうはちゃーちゃんを愛してるから……」

 それでセックスをするようになったのだろうか。
 愛してると言って。

 初潮を迎えて身体が大人になったからと言っても十分な教育を受けていない美優はその時点でまだ六歳児と変わりないではないか。

 仁美の心の中に沸々と怒りが湧いてきた。何も知らないままの少女を意のままに操る達也という男に。

「美優ちゃん、それはね、洗脳なの、ストックホルム症候群ってちゃんと名前も付いているの」

「難しいことは分からないけれど、毎日毎日お父さんやお母さんに叩かれて、蹴られて、ご飯も貰えなくて、お腹空いて、赤ちゃんだけ『可愛いねぇ、天使だねぇ』って言われてるの毎日聞いて。
 寒い日にお水かけられてお外に出されて、死ねって言われて、そんな毎日で辛くて悲しくて。……あの日は暗くなってもお家に入れて貰えなかった。

 でもね、ちゃーちゃんがおにぎりをくれたの、あったかいお風呂でゴシゴシって、新しいお洋服とピンクの靴を買ってくれたの、可愛いピンとヘアゴム、可愛いシールとノートも買ってくれた。おうどんとカレーライスが得意で、おいしくってお代わりしたよ。
 ピンクの靴は結局一回も履けなかったけど、毎年新しいピンクの靴を買ってくれたの。みうお外に行かないからお靴は要らないよって言ったのに毎年買ってくれた。ちゃーちゃんがいっぱいいっぱいくれたの。

 温かいご飯も
 安全な寝床も
 清潔な衣服も
 殴られない安心も
 全部全部ちゃーちゃんがみうにくれたの。

 みうがちゃーちゃんにあげられるのは身体だけだったの。
 身体以外には何にも持ってないから。

 この身体だってちゃーちゃんがいなかったら多分あの夜なくなっていたんだと思う。

 だからね、ちゃーちゃんが寝る前に電気を消した時、みうのおっぱいでちゃーちゃんのお顔挟んであげたの。

 止めろって怒られたけどやめなかったの。
 ちゅうちゅうっていっぱいほっぺにちゅうしてね。
 それからお口にもしたの、ちゅうを。
 テレビで見たのよ、好きな人とはお口にちゅうするのよ。

 何回も何回もちゅうしているうちにね、
 ちゃーちゃんのおちんちんがカチカチになって、あのテレビの中の人みたいに、はあはあってなって、みう好きだ、って、みうの中で何回も何回も、あの夜は幸せだったぁ。痛かったけど幸せだった。それはいけないことなの?

 あたしたちは悪いことをしたのかなぁ、間違えたのかなぁ。
 ちゃーちゃんに会いたいよ。ケームショにみうも一緒に住みたい。
 ちゃーちゃんがいるところに行きたい。ずっとずっと一緒にいたい」


 達也と美優は、
 加害者と被害者だ。
 誘拐犯と誘拐された子供だ。

 達也と一緒にいた美優が縁側で幸せそうに微笑んでいたのだって、ストックホルム症候群のせいで、それは決して本当の幸せではない。

 親元に、自分の家に帰すことが美優の幸せになると思った。

 けれども今、自分の目の前にいる美優は、幸せには見えなかった。
 げっそりと痩せ細り、母親の一挙手一投足に怯えているように見える。


「おトイレ、……洗面器、どこ?」

 キョロキョロとしている美優に仁美は驚いた。


「おトイレはいつもはどこでするの?」

 美優は部屋の隅を指差し、洗面器がないの、ないから出来ないと言った。
 もじもじと身体をゆすっているのを見て、一階のトイレへ連れて行った。

 美優がトイレに入っている間に、美優の弟にあたるであろう少年が仁美に向かって「どうしてそんなやつ連れてきたんだよっ!」と言った。その口調と表情が彼の不満を訴えている。

 ああ、おそらくあの母親が、この十年間有る事無い事吹き込みながら育てたに違いない。
 さっき美優はお父さんとお母さんに殴られ蹴られたと言っていた、虐待の事実は間違いない。
 赤ちゃんだけ可愛がられていたと言っていたからこの少年は可愛がられているのだろう、血色もよく程よい体型だ。
 年齢的に親の言葉を額面通りに受け取っているのだって当たり前だろう。
 この年代までの子供は親の言うことを盲目的に信じる。親に疑いを持ったりするのはもう四、五年後になってからだろう。

 仁美は胸ポケットから名刺を出して、ぎゅっと握りしめた少年の手に押し付けた。

「これね、おばさんの名刺、電話番号も載っているから。この後、十年捨てずに、親御さんにも隠して持っていて。
 十年経って、もし君が何の疑問も抱かなければ捨てていい。でももし君が何か聞きたいことがあるのならいつでも連絡を頂戴、待ってるから」

 そのすぐ後、母親がリビングから廊下に出てきたので告げ口されるかと身構えたが、少年は母親には何も言わず仁美の名刺をズボンのポケットの中にしまった。

 仁美は、トイレから出てきた美優の手を握り、母親に告げた。

「美優ちゃん痩せちゃって体調が心配なので一旦このまま検査入院させますね」

 当然のように母親は渋ったが、ちょうど良いタイミングで警察官が到着した。
 仁美からのSOSを受けた知り合いの警察官だ。

 警察車両の中で仁美は美優の背中を撫でた。

 このまま母親と一緒にはしておけない。
 だからと言って当然一人暮らしなどさせられない。
 達也と暮らしたいという願いも叶えてあげることはできない。


 まだ裁判も始まっていないから、達也は今は拘置所にいる。
 この後、裁判を経て刑が確定したら、刑期を終えるまでは刑務所からは出てくることはできないし、おそらく無期懲役になるだろう、一生塀の中かもしれない。

 そもそも美優が達也に抱いている感情が、愛着なのか違うのか専門家にとともにじっくり見極めなければならない。
 専門家ではないから詳しいことは分からないが、長い時間をかけたカウンセリングや心理療法、セラピーや教育が必要になるだろう。


 それとともに達也の気持ちも聞いておきたい、聞かねばならないだろう。

 これはジャーナリストとしての興味や好奇心だけではない、
 ここまで深く関わった私自身の責任として、これから先、二人のことを見守っていこう。仁美はそう心に誓った。


「美優ちゃんのお手紙、私がちゃーちゃんに直接渡してもいい?」



 その言葉に美優が嬉しそうに頷いた。


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 十年前の冬の夜、ある男と少女が出会った。
 その日から始まった十年間は、
 世間の一般常識に照らせば犯罪で、
 でも二人にとってはかけがえのない幸せの日々だった。
・・・・・・・・・
ねぇ、ちゃーちゃん
私たちの十年間は全部嘘だったのかな
間違いだったのかな
私にはちゃーちゃんと一緒にいた十年間だけが幸せな記憶だよ
ねぇ、ちゃーちゃん
ちゃーちゃんがケームショから出てきたら
また一緒にあのお家で暮らそうよ
今度は私が働くから
ちゃーちゃんがお家でお留守番してたらいいんだよ
・・・・・・・・・
10 years ago
「ううう、寒いなぁ、今夜は特に冷える。雪になるのかなぁ」
 |山本《やまもと》|達也《たつや》は、バイト先から自宅へ帰る途中、恨めしげに空を見上げた。
 恐ろしいほどに大きな月が地上に近いこんな夜、
 早く帰って風呂に入ってご飯を食べたらすぐに寝てしまおう。
 本当はお酒でも飲みたいところだけれど、次の給料が入るまで後十日、
 無駄遣いはできないお財布の事情があった。
 スーパーで見切り品のおにぎりを2個とお湯を注ぐだけのレトルトの豚汁を買った。
 帰り道、街灯がチカチカしていることに一瞬気を取られた、振り向いた視線の先にあった公園。
 その端の方に置かれた土管の中でボロ雑巾が動いたように見えた。
「ん? 野良犬? ……いや見間違えか、な?」
 そう言って通り過ぎようとした時、そのボロ雑巾が、もそりと立ち上がった。
 正確にはボロ雑巾ではない。当たり前だ。ボロ雑巾が立ち上がるわけがない。
 ボロ雑巾のような、いやボロ雑巾の方がまだマシと思えるくらいボロボロの少女。
「お、お、女の子?」
 長い髪の毛は一度も切り揃えられたことがないみたいに無造作に伸び放題だった。
 ずっと洗っていない髪の毛特有のかたまり具合だったけれども、
 多分栄養が足りていないのだろう脂でギトギトという感じではなかった。
「ど、ど、どうしたの? お、お、親、おか、おかお母さんは?」
 聞いてすぐ後悔した。
 今日親とはぐれた少女であればこんなボロ雑巾のような格好はしていない。
 そして親の方もはぐれた我が子を血眼になって探しているだろう、場合によっては警察も動員して町を上げて大騒ぎだ。
 ぐぐぅ〜ぎゅるぎゅるぎゅる……。
「お、おな、お腹、空いてる、の? もしかして」
 達也の言葉にもう一度腹の虫が返事をした。
「お、おにぎり、食べる? 昆布と鮭があるけど」
 達也の言葉に少女が今度はコクリと頷いた。
 真ん中の切り込みを引っ張り、パッケージを左右に開き、海苔で包んだおにぎりを手渡した。
 少女の棒っきれのような細い腕がおずおずと伸び、達也の手からおにぎりを奪う。
 少女の手は凍えるような冷たさだった。
 一心不乱にかぶり付く、むしゃむしゃ、むごむご、ごっきゅごっきゅ。
 こちらが心配になるくらいの勢いでおにぎりに食らいついている。
「と、と、とら、取らないから、ゆっく、ゆっくり食べていいよ、もう一個食べる?」
 達也が差し出したおにぎりを目を見開いて見つめるが、ゆっくりを首を横に振った。
 そして達也の顔を指さした。
「え? ぼ、ぼ僕の、だから?」
 達也がそう聞くと、少女はニコッと笑いゆっくりと頷いた。
「あ、あ、あのさ、あのあの、今日はさささ寒いよ、雪が降るかもしれないよ。こ、こ、こんなところにいたら死んじゃうよ」
 大人の、しかも小太りの自分がシャツの上にトレーナーを着てジャンパーを着ているというのに、少女はボロボロの雑巾みたいなワンピースに足元は薄汚れたサンダルだった。
 先ほどの不用意な発言を悔いていた達也が、次に口にした言葉は、「う、う、うちに、く、く、来る?」だった。
 家出だったとしても
 親に捨てられたにしても
 大人が夜に子供を保護したのなら、普通、行き先は警察一択だ。
 残念ながら達也にはそのあたりの判断が若干難しい。
 達也の親が存命であれば、連れて帰ってきた少女を見て驚いて警察に通報してくれたであろうが、更に残念なことに達也の親は二人とも昨年自動車事故で他界していた。
 親戚付き合いもなく、親が残した自宅と少しの蓄え、そしてアルバイト代で一人で暮らしていた。
 家に着くと、買ってきたレトルトの豚汁と買い置きのカップラーメンにお湯を注いだ。
 おにぎりと豚汁とカップラーメンを二人で分け合って食べた後、風呂を沸かした。
 自分で洗えるか? と訊ねると少女はよく分からないといった顔をして首を傾げた。
 入浴の習慣はなかったらしい。
 道理で臭い、そして小さな虫が数多く集っている、とはいえ栄養状態がよくないためか集っている虫も、よく目を凝らさなければ見えないような小さな虫ばかりだった。
 浴槽に浸かる前にその小さい身体を何度も何度も擦った、擦っても擦っても垢が出てくる。
 細い身体は垢だけでできているのではないか擦っているうちに全部なくなってしまうのではないかと思った。
 当然そんなはずはなく、骨と皮ばかりの|肋《あばら》が目立つ身体が浮き出てきた。
 その骨と皮ばかりの小さな身体に新旧様々なアザがあった。
 どす黒くなっているアザ、そして出来たばかりのようなアザもあった。盛り上がっていて痛々しい。
 かさぶたになりかけている傷もあった。
 転んだりして出来たりしたものではない鋭利な刃物でつけられたような傷もあった。
 滲みないかと聞くと小さく首を横に振った。
 二人でゆっくりとお湯に浸かった後、ドライヤーで髪を乾かしてやろうとすると、その大きな音にびっくりしたようでしゃがみ込んで耳を塞いだ。
「だ、だ、だい、大丈夫、だ、よ。こ、こ、こわ、怖くない、よ。ほら」
 達也が自分の髪の毛を乾かして見せると、ようやく落ち着いて、ドライヤーを当てさせてくれた。
 ボロ雑巾のようなワンピースは洗濯することにして、自分のTシャツを着せた。
 子供用のパンツなんてないからノーパンなのは仕方ない。
 Tシャツだって痩せた小さな身体には着ていたワンピースよりも大きかったが、背に腹は変えられない。
 客用の布団もあるにはあるが、親が死んでから一度も干していない。
 まぁ、それは普段達也が寝ている布団もそうだが。
 押入れの中で湿気っている布団に寝かせるのも忍びなく、二階の達也の部屋のソファの上に毛布を敷いて布団を一枚かけてやったが、夜中のうちに毛布と共に達也のベッドに潜り込んで来た。
 誰かの体温を感じながら眠るなんていつぶりだろう。
 ずっと昔、子供の頃、お母さんの布団に潜り込んだことを思い出して、達也はそれを夢に見た。幸せな夢だった。
 翌朝、達也は自分が仕事に行く時に玄関の鍵はかけなかった。
 元々こんな古い家に泥棒も入るまいと鍵はかけたりかけなかったりだった。
 自分がいない間に、あの女の子が本当の家に戻るのならその方がいいと思った。
 それでもバイトの帰りにいつもよりも多く、食べ物を買った。
 もしかしたらあの女の子は自分の家には戻らず、まだ家にいるのではないかと思ったのだ。
 電気の点いていない真っ暗な家に若干ガッカリしながら達也は台所の電気をつけた。
 そのまま二階の自室へ上がると真っ暗な部屋の中のベッドの上に布団を被ったままの少女がいた。
「か、か、かえ、帰らなかった、の?」
 そう訊ねると、小さく頷いた。
「ご、ご、ごは、ん、食べる? 今日は、う、う、うどん、卵も入れる」
 その言葉に嬉しそうに頷いたのを見て、達也も嬉しくなった。
 小さい器にうどんをよそってあげたが、困った顔をして手をつけようとしない。
「う、う、うど、んは嫌い?」
 その言葉には首を左右に振った。
 うどんの器を両手で持って汁を啜ったのを見て、もしかして、とピンと来た。
「お、お、おは、お箸が使えない?」
 そう言えば昨日もカップラーメンはすっかり冷めて伸びてしまってから手掴みで食べていた。
 達也が台所から|柄《え》の部分が太くなっているフォークを持ってくると、少女は手をグーに握って逆手でうどんに食らいついた。
 半熟の卵の黄身がとろりと出てきたのを見て小さな歓喜の声を上げた。
 初めて聞いた少女の声だった。
「あ、あし、明日、やす、休みだから、ふ、ふ、服、買ってあげる」
 そう約束したのに翌日少女は家から出るのを嫌がった、ボロ雑巾のようなワンピースは洗濯したので、洗い立てのボロ雑巾のようにキレイになったというのに。
「い、い、いや、なの? 外」
 首を縦に振る。
「じゃ、じゃ、じゃあさ、ぼ、僕が、帰ってくるまで、待ってる? 待ってられる?」
 その言葉にも首を縦に振った。
 ワンピースと女児用パンツ90cm
 サンダルは15.0cm
 身につけていたのはこのサイズだったが、少し小さいようだったからこれよりももう少しだけ大きいのを買ってくればいいだろう、子供服や靴など買ったことはなかったけれども、スーパーの二階に、西梅屋という子供用品の専門店みたいな店があるのは知っていた。
 天気予報を見て雨が降らないことを確認して押入れの中から客用の布団を出して干した。
 西梅屋で冬用のワンピースやトレーナー、ズボン、それからパジャマを買い、ピンク色のスニーカーも買った。
 その後スーパーで食材を買い、家までの道を急いだ。
 前日のようにベッドの上で布団を被っているのを見つけて、ホッとしつつ一緒に昼ごはんを食べた。
 お日様が真上を少し過ぎたあたりに布団を取り込んでふかふかの布団の上で一緒にお昼寝をした。
 風呂から上がって真新しいパジャマを着た少女は、恥ずかしそうにでもはっきりと「ありがとう」と言った。
 初めて聞く言葉らしい声に、達也は嬉しい気持ちが心の底から湧いてくるような気がした。
 せっかくベッドの下にふかふかの客用の布団を敷いてやったのに、やっぱり夜中の間にベッドの中に潜り込んできた。
 少女は『みう』と名乗った。
 年は分からないと言った。
 幼稚園に通っていた? と聞いても分からないと言った。
 幼稚園という言葉自体を知らないようであった。
 好きな色はピンク、お絵描きが好き。
 少しずつ、少しずつ自分のことを話してくれるようになったが、相変わらず外には出たがらない。
 出会った時の服のサイズは、西梅屋の壁に貼られたサイズ早見表に照らし合わせてみたらを一歳半から二歳と出てきたが、そんなはずはないだろうと思った。
 だっておむつもしていないし、ご飯も離乳食とかではなく普通のご飯で良かった。
 ただそもそも子育て経験のない達也に、痩せた少女が何歳なのかなんて全く見当がつくはずがなかった。
 達也が少女と暮らし始めてから三ヶ月が経つ頃、ある誘拐事件をワイドショーが盛んに報じた。
 今年の四月小学校に入学する予定だった、|小松原《こまつばら》|美優《みゆ》ちゃんが自宅の庭で遊んでいたところを誘拐されたという事件だ。
 あいにく山本家の居間のテレビは親が亡くなる少し前から映りが悪くなってしまっていたし、そもそも達也はほとんどテレビを見ない。
 テレビ特有のスピードが達也の理解の速度を超えるので幼い頃からテレビは嫌いだった。
 美優ちゃん誘拐のニュースに接することもないままであった。
 美優ちゃんの母親はテレビカメラの前で半狂乱で泣き叫んだ。
「娘を返して欲しい」と。
 世間はその母の涙に同情し、誰もが事件の無事解決を祈った。
 ただ美優ちゃんの自宅の近所に住む人たちだけがこの事件に懐疑的であった。
 フリージャーナリストの|木村《きむら》|仁美《ひとみ》はこんな声を多数耳にした。
「あそこのご家庭は複雑でね」
「ご主人がDV気味だとかって噂で、前の奥さんがお子さんを連れて出ていってしまって」
「しばらくしてから今の奥さんが美優ちゃんを連れてきて再婚なさったのよ」
「最初は良かったの、三人で仲睦まじく出かける様子なんかもよく見かけたのよ」
「でもね、奥さんが下のお子さんを妊娠して、出産した頃からかしら、家の中からとんでもない怒鳴り声が聞こえるようになってきて」
「平手でこうパーンと殴ったりする音とか、ドカッて鈍い音がする時もあったわ」
「お父さんお母さんごめんなさい、ごめんなさいって泣き声とかね」
「美優ちゃんが外に出されていることも度々あって、虐待なんじゃないかって、近所でも噂していたのよ」
「でもある時からその声がぱったり聞こえなくなってね」
「生活音はしているからいないわけじゃないのよ、奥さんと下の僕ちゃんもよく見かけるし」
「美優ちゃんだけがいなくなっちゃったみたいな感じで」
「でもねぇ、聞けないじゃない? そんなこと」
「もしかしたら児童養護施設とかに預けたのかもしれないし」
「その方がね、むしろ美優ちゃんにとっては幸せかもしれないしね」
 ふむふむとメモを取る彼女の手が止まったのは次の言葉を聞いた時だ。
「うちの子供がね、美優ちゃんと同じ年なのよ、それで小学校の入学前検診の案内が届いた後くらいかしら? 市役所の職員さんが度々ご自宅に訪問してくるようになったの。多分美優ちゃんが入学前検診に行かなかったのかな、って思うんだけど。
『今はいません出かけています』とか『今お昼寝しているので』って玄関先で追い返させているのを何回か見かけて、私、ついその若い女性の職員さんに話しかけたんです。『美優ちゃんって今はどこか施設に預けられてるとかじゃないんですか?』って。
『ちょっと申し訳ないんだけど、以前は虐待かしら? って疑うこともあって、でもここ数ヶ月美優ちゃんのことをまったく見かけないので』って。
 私がそんな話をしたからだと思うんだけど、市役所の職員さんいつもの若い女性の方だけじゃなく、年配の男性の方と若い男性の方も一緒に見えるようになって。
 そうしたらその直後に、この誘拐の報道があって、なーんか解せないんですよねぇ、冬の初めに誘拐されたのに、どうしてそのまま今まで隠していたのかなぁって。私なら子供がいなくなったら数分でパニックになっちゃうと思うし、そう言うもんですよね、母親って」
───── ───── ───── ───── ─────
もしかしたら血のつながらない父親か、もしくは本当の母親が、美優ちゃんを殺して遺体を遺棄したのではないか? それを隠すために誘拐事件をでっち上げたのではないか。
───── ───── ───── ───── ─────
 |木村《きむら》|仁美《ひとみ》が書いたそのスクープ記事は、センセーショナルな話題として世間を巻き込んで大論争になった。
 子供を誘拐されて傷心の親になんてことを言うのか、|仁美《ひとみ》を口汚く罵る意見もあれば、誘拐されて数ヶ月通報しないなんて有り得ない、母親は悪魔か|稀代《きだい》の殺人鬼か、と言う意見もあった。
 一度も身代金の要求もして来ない犯人をペドフィリア(小児性愛障害)なのだろうと書き立てるマスコミもあった。
 それでも母親は一貫して『最愛の娘を誘拐された悲劇のヒロイン』として度々マスコミに登場しては涙を流した。
 おそらくその度に多額の出演料を手にしたのだろう。
 自宅敷地内の駐車場の車はあっという間に国産車から|羊羮《ようかん》色をした立派な外車になった。
 その頃から美優ちゃんと血のつながらない父親はあまり家に帰ってこなくなっていった。
 美優ちゃんが見つからないまま十年の時が過ぎた。
 美優ちゃんの同級生たちは高校一年生になった。
 もう誰も美優ちゃんの話を口にしなくなっていた。
 テレビの未解決事件の特集でたまにチラッと流れることがあるだけだった。
 おそらく美優ちゃんはもう生きてはいないだろう。
 親が手にかけたのかどうかは分からない。
 本当に誘拐されていたとしても、とっくにその誘拐犯に殺されてしまっただろう。
 |木村《きむら》|仁美《ひとみ》は美優ちゃんの住む町から、五、六歳の子供の足で歩ける範囲をしらみ潰しに探し回った。
 と言ってもなんの手掛かりもないのだから砂浜で金一粒を探し出すようなものである。
 半ば諦めかけている時、偶然立ち寄った町で、民家の縁側で仲睦まじく笑い合う男女の姿を見た。
 親子にしては年が近く、夫婦にしては年が離れている。
 女性が若過ぎるような気がしたのだ。
 ジャーナリストの勘なのか、なんとなく、なんとなくその二人のことが気になって、近所の住人に話を聞いたが、どの家ともあまり付き合いがないらしく有益な情報は何も聞くことができなかった。
 何度か通ううちに
「ちゃーちゃん、ご飯が出来たよ」
「お布団取り込んじゃうから、みう先に食べてていいよ」
「やだよぉ、待ってる」と言う声が聞こえた。
 ちゃーちゃん、
 あの小太りの中年の旦那さんはちゃーちゃんって言うのか。
 若奥さんはみうさん……みう、……みう? 心臓がバクバクと早鐘を打った。
 若いと思った。
 若過ぎると思った。
 あの若奥さんは……?
 二十歳くらいに見える。
 もうちょっと若いかもしれない。
 どうにか接触できないかと家の周りを|彷徨《うろつ》いてみたが、その若い奥さんは一向に自宅から出かける様子がなかった。
 仕事をしていないのは不思議でもないが、買い物に出ることすらない。
 インターフォンを押してみても中から奥さんが出てくることはなかった。
 ……監禁、されているのだろうか。
 ご主人が帰ってきてから町内の人間だと嘘を吐いて、大地震などの災害時緊急時の避難誘導のための名簿を作成したいのでと前置きして、「何人でお住まいですか?」と質問を試みたが、名簿自体、『う、うちは、けけ、結構です』と断られてしまった。
 翌日、出勤時に後をつけ勤務先を特定し、多様な働き方の取材だと嘘をでっち上げ、社員たちに聞き込んだが、ちゃーちゃんと呼ばれていた旦那さんは誰とも深い付き合いをしていなかった。
 ただ独身であるという情報を得ることには成功した。
「あーんな小太りの中年の|吃音《きつおん》でアルバイトで暮らしているような男に嫁の来てなんてあるわけないない」
「家自体は一軒家で割とでかいらしいですよ、親が残した財産があって良かったですよね、親ガチャだけ大当たり、ま、早く死んじまったらしいけど」
「うちに入社して五年以上になるかな。真面目に働いて欠勤もしないし、いい人なんですけどね、まぁでもそれだけですよ、多分未だに童貞なんじゃないかな」
 誰もが達也のことをバカにして笑った。
 仁美は、PCの中に保存された三歳の美優ちゃんの写真を見つめた。
 誘拐事件が話題だった頃に母親から提供されてマスコミ宛に流されたものだ。
 六歳で行方不明になったのに、三歳の写真? と当時、|訝《いぶか》しげに思ったが、もし近所の人がいうように虐待されていたとすれば合点がいく。
 美優ちゃんが三歳の頃に再婚してあの家に越してきて、それから六歳までの期間の写真はないのだろう。
 それでもどこかに性善説的な思考があった。
 もしかするとそうあって欲しいという願いから来る考え方なのかもしれない。
 母親と言ってもまだ歳も若く、下の子を産んだばかりで忙しかっただろうし、睡眠不足から来るストレスを幼い我が子にぶつけてしまっただけなのだろう。
 十年ぶりに戻ってきた我が子を見ればきっと状況は好転する。
 会えない期間の思慕の情が、わだかまりを流し去るに違いない。
 幼い写真から未来の顔に加工するアプリで作成した十年後の顔予想は、あの幸せそうに笑う若奥さんそのものだった。
 もしかして、美優ちゃんはあの男に誘拐されたのではないか。
 でも縁側で幸せそうに笑っていた。
 身体のどこも拘束されているような様子はなかった。
 普通に、仲睦まじい夫婦であって欲しい。
 でも、その願いとは裏腹に、彼らが夫婦である証拠は何も出てこなかった。
 誘拐犯と被害者なのだろうか?
 でも幸せそうなあの笑顔は……?
 一つの|悍《おぞ》ましい考えが脳裏に浮かんだ。
───── ───── ───── ───── ─────
ストックホルム症候群
誘拐や監禁などにより拘束下にある被害者が、
加害者と時間や場所を共有することによって、
加害者に対して好意や共感、更には信頼や愛情の感情を抱くようになる現象。
───── ───── ───── ───── ─────
 言葉はもちろん知っていた。意味も理解していた。
 ただ、果たしてそんなことが本当に起こり得るのだろうか。
 自分を誘拐した犯人など何年経とうが、憎い相手ではないのか。
 幸せそうなあの笑顔が、仁美の頭から離れなかった。
 自分でもなぜここまでこの事件に囚われているのか、と疑問に思いつつ、達也が出したゴミ袋を漁り、血液が付着した生理用品を入手した。
 遺伝子分析を依頼して、九十九、九%、間違いなく|小松原《こまつばら》|美優《みゆ》ちゃんであると確証を得た。
 |木村《きむら》|仁美《ひとみ》は知り合いの警察官を通じて警察本部と連携を取り、Xデーに備えた。
 無事にあの家から美優ちゃんを救い出し、親元に返す。
 現場の刑事たちも含め事件解決を願う誰もがそう思い、来るべき時を狙った。
 達也が帰宅し、ポケットから出した鍵で玄関を開けた瞬間に、指揮官の怒号が響き、数人の警察官が達也を取り押さえた。
「みうみうみうーーーー逃げろっ、逃げろみう」
 地面に押し付けられ、頬に砂利が食い込んだ顔を懸命に上げ、達也が叫んだ。
 同時に女性警察官が何人か部屋に入り、美優を保護した。
 美優は何が起きたか分からないと言った表情でキョロキョロと辺りを見回した。
 達也が警察車両に連行されるのを、美優は裸足のまま泣きながら追いかけた。
 女性警官が「大丈夫よ、もう大丈夫、お家に帰りましょうね」と背中をさすった。
 ・ ・ ・
 小松原邸の前にはマスコミが大挙をなして詰めかけた。
 誘拐された我が子が十年ぶりに帰ってくる。
 その母娘の再会のシーンを報道するためだ。
 眩しいフラッシュが何度も焚かれ美優は顔を押さえた。
 そのまま母親に抱きつかれ、それはあたかも涙の再会シーンにように映った。
 マスコミはそのシーンを、十年前の母親の悲痛な叫びと共に何度も何度も繰り返し放送した。
 スタジオのコメンテーターも美優ちゃん救出を涙しながら喜び、小児性愛の専門家が犯人の異常性を熱弁した。
 病院で検査を受けた美優は、|破瓜《はか》の痕跡はあるものの、特に外傷なしと診断され、健康状態も栄養状態も極めて良好と、翌日には親元に戻された。
 出たがりの母親が、娘がその犯人に凌辱されたのだ、許せないと涙ながらに訴え、
 美優に向けられた世間の目は更に好奇なものとなり、
 達也に向けられた世間の目は更に厳しいものになった。
 達也の勤務先の同僚も「いつかこういうことをやらかすんじゃないかと思っていた」と口を揃えた。
「前に山本さんに告白されたことがあって、断ったらストーカーみたいになった」と言う女子社員も現れた。嘘である。
「公園で小さな子供が遊ぶのを気味の悪い目でずっと見ていた」とか
「少女が腕を掴まれ無理やり連れ去られる寸前のところを見た」とか、カメラの前で話す人もいた。これも嘘である。
 とにかくセンセーショナルなこのニュースに尾ひれがたくさんついていった。
 X(旧Twitter)でも達也の住所や生年月日などの個人情報が晒され、おそらく同級生が流出させただろう卒業アルバムの写真が拡散され、顔が気持ち悪いなどと吊し上げられた。
 昨今ルッキズムは糾弾されるべき思考であるはずなのに、叩いても良いと認識された人に対しては世間はとかく容赦がない。
 美優は自宅のテレビでその報道を見て母親に訴えた。
 こんなのは嘘だ、ちゃーちゃんはずっとずっと優しかった、と。
 その美優の頬を母親は打った。
 二度三度繰り返し打った。
 美優はこの痛みに覚えがあった。
 母親は余計な話をするな、と釘を刺し、そして美優を部屋に閉じ込め鍵をかけた。
 食事は一日一回、パンかおにぎりとペットボトルのお茶だけだった。
 そして排泄は部屋の片隅に置かれた洗面器の上に広げて置かれたビニール袋にするように命じた。
 十歳の少年が、悪の権化を見るような憎々しげな目で美優を睨んだ。
「お前どうして帰ってきたんだよ、僕を殺そうとした極悪人のくせに」
 あの子は多分あの時天使のようだと称されていた|弟《・》なのだろう。
 私はどうして嫌われているんだろう?
 殺そうとしたって何のことだろう?
 美優の胸がズキリと痛んだ。人の悪意は痛い。
 ちゃーちゃんあったかいおうどんが食べたいよ。
 ちゃーちゃんと一緒にふかふかのお布団で寝たいよ。
 みうはいい子だなって頭を撫でて欲しいよ。
 美優は涙で枕を濡らした。
 美優が実家へ戻って一ヶ月
 美優救出の立役者であるフリージャーナリストの|木村《きむら》|仁美《ひとみ》は、渋る母親を説得して、ようやく美優への取材にこぎつけていた。
 母親に連れられて二階の美優の部屋に入ると、仁美は我が目を疑った。
 げっそりと痩せこけ憔悴しきった美優の目からは光が失われている。
 縁側で幸せそうに笑っていた表情とはかけ離れたものだった。
 ついさっき慌てて空気の入れ替えをしたような部屋からは、糞尿の匂いがかすかに漂っていた。
 仁美はまず最初に母親を部屋から遠ざけた。
 母親は大層憤慨して文句を言いながらその場を立ち去った。大きな音を立てて部屋のドアを閉めると美優の身体が硬直した。
 誘拐される前に美優が母親から虐待されていたのはやはり本当なのだろうか? もしかして今も?
「美優ちゃんこんにちは、|木村《きむら》|仁美《ひとみ》と言います。大丈夫、私はあなたの味方です。怖いことも痛いことも何もしない。お話をしたいの、いいかな?」
 自己紹介をした仁美に、美優は目を合せそうとしなかった。
 虚な目で壁と天井の境目あたりを見つめたまま、「ちゃーちゃんは元気ですか?」と達也のことを尋ねた。
 自分のことは何も語ろうとしない。
 今、幸せか、と問うた言葉にも反応がない。
 仕方ないのでカバンから便箋を取り出した。
 可愛らしいピンクのチューリップの|柄《がら》だ。
 ちゃーちゃんにお手紙を書いてみない? と言った。
 美優は嬉しそうに笑った。この日初めて見た笑顔だった。
 ちゃーちゃんに教えてもらったから字は書けるよ、でもひらがなしか書けないの、と恥ずかしそうに笑った。
「大丈夫だよ、漢字はおばさんが教えてあげるから、なんでも聞いて」
 仁美がそう言うと、美優はゆっくりと頷いてもう一度笑った。
「ちゃーちゃんがね、みうにお土産だよって、ピンクのチューリップの鉢植えを買ってきてくれたの。
『み、みみう、これ、おおおみ、お土産。ピンク、好きでしょ』って
 まだ緑に|包《くる》まれているのに、その先のところだけがピンク色になってるの見えてすごく可愛いの。『お、おに、お庭に、植え、植えたら、咲くよ、きっと』って。
 みうはお外怖くて。お家から出されたら、寒い、足も手も冷たい。だからお外は絶対嫌で、でもちゃーちゃんと一緒なら怖くない、抱っこしてもらって、お外で一緒に植えたのよ、チューリップ。
 手が泥で汚くなって、それから二人で一緒にお風呂に入ったの。
 しばらくしたらチューリップが咲いてね。ピンクでね、可愛いの。みうは縁側からそのチューリップの絵をいっぱい描いたのよ」
 美優が書いた達也への手紙の端には、チューリップとニコニコと笑っている達也の似顔絵が描かれていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ねぇ、ちゃーちゃん
私たちの十年間は全部嘘だったのかな
間違いだったのかな
私にはちゃーちゃんと一緒にいた十年間だけが幸せな記憶だよ
ねぇ、ちゃーちゃん
ちゃーちゃんがケームショから出てきたら
また一緒にあのお家で暮らそうよ
今度は私が働くから
ちゃーちゃんがお家でお留守番してたらいいんだよ
・・・・・・・・・・・・・・・・・
 未成年の誘拐、しかも十年という長期間だ。
 監禁罪も加えられ、初犯であったとしても、達也は無期懲役になる可能性が高い。
 検察でも判事でもない自分の口から告げることではないから口を閉じた。
「あのね、美優ちゃん、達也さんに、いえ、ちゃーちゃんに何か、されたりした?」
 慎重に言葉を選んだ。
 何せ美優は身体は十六歳だけれども、心は六歳児なのだから。
「何か? って」
「その、えっちなこと、とか」
「セックス?」
「そう、……セックスって言葉を知っているのね」
 六歳で成長が止まった少女がセックスという言葉を知っていることに絶望を覚えた。
 教えたのは達也だろう。
 いたいけな少女にその行為を強要したのだろうか。
 人畜無害みたいな顔をしておきながら、卑劣な男だ、と心の中で毒づいた。
 でも、あの縁側で見た幸せそうな笑顔が、仁美の頭から離れなかった。
「最初はね、ちゃーちゃんのお家にはテレビはなかったの。あったんだけど砂の嵐しか映らなかったの。
 みうがお留守番の時に退屈だからって、ちゃーちゃんが二階のお部屋にテレビを買ってくれたの。
 みうはテレビ好きだよ、いろんなの見た、難しいのは分からないけど。お歌のテレビが一番好き。
 嬉しい時に男の人のほっぺにちゅうってすると男の人も嬉しいんだよ。
 だからみう、ご飯作って貰った時とかにちゃーちゃんのほっぺにちゅうしたの。
 ちゃーちゃん嬉しい? って聞いたら、嬉しいっていうからみうも嬉しくなったの。
 みうのお股から血が出てきて、ちゃーちゃんがもう一緒にお風呂に入ったり寝たりしないって言った時に、みうが泣いて、いっぱい泣いて、ちゃーちゃんがごめんって言って、みうのほっぺにちゅうして、嬉しい時だけじゃなくごめんなさいの時もちゅうをすることにしたの。
 もっとずっと経ってから、一緒にテレビを見ている時ね、男の人と女の人が裸で一緒にベッドで、はあはあしてて、
 あれは何? って聞いたの、ちゃーちゃんは子供は見ちゃ駄目って。でも愛してる人同士がするんだって教えてくれた。
 ちゃーちゃんはしたことある? って聞いたら、ないって言ってて、でもみうはちゃーちゃんを愛してるから……」
 それでセックスをするようになったのだろうか。
 愛してると言って。
 初潮を迎えて身体が大人になったからと言っても十分な教育を受けていない美優はその時点でまだ六歳児と変わりないではないか。
 仁美の心の中に沸々と怒りが湧いてきた。何も知らないままの少女を意のままに操る達也という男に。
「美優ちゃん、それはね、洗脳なの、ストックホルム症候群ってちゃんと名前も付いているの」
「難しいことは分からないけれど、毎日毎日お父さんやお母さんに叩かれて、蹴られて、ご飯も貰えなくて、お腹空いて、赤ちゃんだけ『可愛いねぇ、天使だねぇ』って言われてるの毎日聞いて。
 寒い日にお水かけられてお外に出されて、死ねって言われて、そんな毎日で辛くて悲しくて。……あの日は暗くなってもお家に入れて貰えなかった。
 でもね、ちゃーちゃんがおにぎりをくれたの、あったかいお風呂でゴシゴシって、新しいお洋服とピンクの靴を買ってくれたの、可愛いピンとヘアゴム、可愛いシールとノートも買ってくれた。おうどんとカレーライスが得意で、おいしくってお代わりしたよ。
 ピンクの靴は結局一回も履けなかったけど、毎年新しいピンクの靴を買ってくれたの。みうお外に行かないからお靴は要らないよって言ったのに毎年買ってくれた。ちゃーちゃんがいっぱいいっぱいくれたの。
 温かいご飯も
 安全な寝床も
 清潔な衣服も
 殴られない安心も
 全部全部ちゃーちゃんがみうにくれたの。
 みうがちゃーちゃんにあげられるのは身体だけだったの。
 身体以外には何にも持ってないから。
 この身体だってちゃーちゃんがいなかったら多分あの夜なくなっていたんだと思う。
 だからね、ちゃーちゃんが寝る前に電気を消した時、みうのおっぱいでちゃーちゃんのお顔挟んであげたの。
 止めろって怒られたけどやめなかったの。
 ちゅうちゅうっていっぱいほっぺにちゅうしてね。
 それからお口にもしたの、ちゅうを。
 テレビで見たのよ、好きな人とはお口にちゅうするのよ。
 何回も何回もちゅうしているうちにね、
 ちゃーちゃんのおちんちんがカチカチになって、あのテレビの中の人みたいに、はあはあってなって、みう好きだ、って、みうの中で何回も何回も、あの夜は幸せだったぁ。痛かったけど幸せだった。それはいけないことなの?
 あたしたちは悪いことをしたのかなぁ、間違えたのかなぁ。
 ちゃーちゃんに会いたいよ。ケームショにみうも一緒に住みたい。
 ちゃーちゃんがいるところに行きたい。ずっとずっと一緒にいたい」
 達也と美優は、
 加害者と被害者だ。
 誘拐犯と誘拐された子供だ。
 達也と一緒にいた美優が縁側で幸せそうに微笑んでいたのだって、ストックホルム症候群のせいで、それは決して本当の幸せではない。
 親元に、自分の家に帰すことが美優の幸せになると思った。
 けれども今、自分の目の前にいる美優は、幸せには見えなかった。
 げっそりと痩せ細り、母親の一挙手一投足に怯えているように見える。
「おトイレ、……洗面器、どこ?」
 キョロキョロとしている美優に仁美は驚いた。
「おトイレはいつもはどこでするの?」
 美優は部屋の隅を指差し、洗面器がないの、ないから出来ないと言った。
 もじもじと身体をゆすっているのを見て、一階のトイレへ連れて行った。
 美優がトイレに入っている間に、美優の弟にあたるであろう少年が仁美に向かって「どうしてそんなやつ連れてきたんだよっ!」と言った。その口調と表情が彼の不満を訴えている。
 ああ、おそらくあの母親が、この十年間有る事無い事吹き込みながら育てたに違いない。
 さっき美優はお父さんとお母さんに殴られ蹴られたと言っていた、虐待の事実は間違いない。
 赤ちゃんだけ可愛がられていたと言っていたからこの少年は可愛がられているのだろう、血色もよく程よい体型だ。
 年齢的に親の言葉を額面通りに受け取っているのだって当たり前だろう。
 この年代までの子供は親の言うことを盲目的に信じる。親に疑いを持ったりするのはもう四、五年後になってからだろう。
 仁美は胸ポケットから名刺を出して、ぎゅっと握りしめた少年の手に押し付けた。
「これね、おばさんの名刺、電話番号も載っているから。この後、十年捨てずに、親御さんにも隠して持っていて。
 十年経って、もし君が何の疑問も抱かなければ捨てていい。でももし君が何か聞きたいことがあるのならいつでも連絡を頂戴、待ってるから」
 そのすぐ後、母親がリビングから廊下に出てきたので告げ口されるかと身構えたが、少年は母親には何も言わず仁美の名刺をズボンのポケットの中にしまった。
 仁美は、トイレから出てきた美優の手を握り、母親に告げた。
「美優ちゃん痩せちゃって体調が心配なので一旦このまま検査入院させますね」
 当然のように母親は渋ったが、ちょうど良いタイミングで警察官が到着した。
 仁美からのSOSを受けた知り合いの警察官だ。
 警察車両の中で仁美は美優の背中を撫でた。
 このまま母親と一緒にはしておけない。
 だからと言って当然一人暮らしなどさせられない。
 達也と暮らしたいという願いも叶えてあげることはできない。
 まだ裁判も始まっていないから、達也は今は拘置所にいる。
 この後、裁判を経て刑が確定したら、刑期を終えるまでは刑務所からは出てくることはできないし、おそらく無期懲役になるだろう、一生塀の中かもしれない。
 そもそも美優が達也に抱いている感情が、愛着なのか違うのか専門家にとともにじっくり見極めなければならない。
 専門家ではないから詳しいことは分からないが、長い時間をかけたカウンセリングや心理療法、セラピーや教育が必要になるだろう。
 それとともに達也の気持ちも聞いておきたい、聞かねばならないだろう。
 これはジャーナリストとしての興味や好奇心だけではない、
 ここまで深く関わった私自身の責任として、これから先、二人のことを見守っていこう。仁美はそう心に誓った。
「美優ちゃんのお手紙、私がちゃーちゃんに直接渡してもいい?」
 その言葉に美優が嬉しそうに頷いた。