150. 『命運』の時

ー/ー



「ここは……どこだ……?」

 エリナは朦朧とした様子で周囲を見回す。黒曜石の瞳が、暗闇の中で揺れている。

「牢獄だ。僕たちは、捕らえられた」

 レオンの言葉に、エリナの顔が絶望に染まった。その瞳から、光が消えていく。

 やがて、他の仲間たちも、次々と意識を取り戻していった。

「い、痛い……」

 ルナが、顔を歪めながら体を起こす。赤い髪が汚れ、頬に傷がついている。

「ここ、は……」

 ミーシャが、不安そうに周囲を見回す。いつもの余裕ある微笑みは消え、年相応の怯えた少女の顔がそこにあった。

「うう……頭が……」

 シエルも、額を押さえながら目を覚ます。銀色の髪が泥に汚れ、碧眼に涙が滲んでいる。

 全員が、この絶望的な状況を理解し、言葉を失った。

 遠くから聞こえる、魔物たちの咆哮。地を揺るがす、無数の足音。

 閉ざされた鉄格子。逃げ場のない、石の檻。

 全てが、絶望を示していた。

 沈黙が、牢獄を支配する。

 誰も、何も言えない。

 体は麻痺して魔法も技も使えない。牢獄を出ることもできそうにない。いくら頭をひねってみても、もはや打つ手がない。

「くぅぅぅ……ちくしょう!!」

 レオンは拳で床を叩いた。石に血が滲む。

 命懸けで遺跡に送り込まれたアルカナだったが、ここについに万策が尽きてしまった。連合軍の犠牲も、皆の覚悟も、全てが水泡に帰そうとしている。

「もはや……これまで……か……」

 がっくりとうなだれるレオン。

 その肩が、小刻みに震えている。悔しさで。無力さで。自分への怒りで。

 その時だった――。

 シュォォォォ!

 何かが蒸発するような音がして、レオンのジャケットのポケットがぼうっと輝いた。

「レ、レオン……それ……何?」

 エリナが怪訝そうな顔で指さした。闇に慣れた目には、その光が眩しすぎる。

「えっ? あ、あれ……なんだこれ?」

 レオンは恐る恐るポケットに手を入れ、その熱を持った硬いものを取り出した。

 ブワッ!

 牢獄内が、まばゆい光に満たされた。

 それは、美しい魔結晶だった。透明な結晶の中で、緑色の閃光が脈打っている。まるで、小さな命が宿っているかのように。

「なんだこれ? い、いつの間にこんなものが……?」

 レオンは目を細めながら、不思議な魔結晶を見つめた。

 直後――。

『ほーほっほっほぅ! アルカナのみんな、ピンチのようじゃな』

 いきなり、空中にヴァレリウスのホログラム映像が浮かび上がった。

 白い髭。皺だらけの顔。けれど、その瞳には変わらぬ優しさと、いたずらっぽい光が宿っている。

「ヴァ、ヴァレリウス様……」

 レオンの声が震えた。

『これはレオン君が弱音を吐いた時に自動起動するようになっておる。今、ピンチなんじゃろ? ほぅら、ボーナスじゃ!』

 両手をばっと開くと同時に、温かい緑の光が魔結晶から噴き出した。

 光は牢獄内をまばゆく染め、五人の体を優しく包み込んでいく。

「え?」「あ……」「うわぁ……」

 五人の体から、麻痺の感覚が消えていく。重かった四肢に力が戻り、枯れていた魔力が泉のように湧き上がってきた。傷が癒え、痛みが引いていく――。

 伝説でしか聞いたことの無い全回復の魔結晶。その効果はすさまじかった。

『悪いがレオン君のポケットに忍ばせておいた。敵にバレると困るのでな。ほっほっほ』

 ヴァレリウスはいたずらっ子のような顔で笑った。白い髭が揺れ、目尻の皺が深くなる。

「ヴァレリウス様……」

 レオンは泣きそうになった。

 先を見据え、こんな貴重な魔結晶を用意してくれていたのだ。自分の命を顧みず、アルカナを遺跡に送り込んでくれたあの大導師は、最後の最後まで、アルカナのことを考えてくれていたのだ。

『思い出せ、レオン君』

 ヴァレリウスの声が、真剣な響きを帯びた。

『きっと今、『命運』の時のはずじゃ。自らの運命を取り戻せ! そして世界を頼んだぞ!』

 ヴァレリウスは鼓舞するように、グッと拳を握った。

 その姿が、光の粒子となって消えていく。

「えっ! ヴァレリウス様……? 『命運』? そ、そうだ……」

 レオンの脳裏に、稲妻のように閃きが走った。

 今からイザベラを追いかけ、みんなで叩けばスタンピードを止められるかもしれない。それはまさに『命運』の時。世界の行く末を左右する、決定的な瞬間。

 禁書庫で見た、あの古い書物の中に書かれていた、謎めいた一文が蘇る。

『魂を喰らう呪いは、同質の魂、或いはより強大な『命運』によってのみ上書きされる』

 その文字が、レオンの心に浮かび上がる。金色に輝く、運命の言葉。

 レオンの目に、光が戻った。

「そうよ!」「行けるわ!」「ギャフンと言わせましょう!」「やるしか……!」

 みんなの目が輝いた。絶望に沈んでいた瞳に、再び炎が灯る。



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「ここは……どこだ……?」
 エリナは朦朧とした様子で周囲を見回す。黒曜石の瞳が、暗闇の中で揺れている。
「牢獄だ。僕たちは、捕らえられた」
 レオンの言葉に、エリナの顔が絶望に染まった。その瞳から、光が消えていく。
 やがて、他の仲間たちも、次々と意識を取り戻していった。
「い、痛い……」
 ルナが、顔を歪めながら体を起こす。赤い髪が汚れ、頬に傷がついている。
「ここ、は……」
 ミーシャが、不安そうに周囲を見回す。いつもの余裕ある微笑みは消え、年相応の怯えた少女の顔がそこにあった。
「うう……頭が……」
 シエルも、額を押さえながら目を覚ます。銀色の髪が泥に汚れ、碧眼に涙が滲んでいる。
 全員が、この絶望的な状況を理解し、言葉を失った。
 遠くから聞こえる、魔物たちの咆哮。地を揺るがす、無数の足音。
 閉ざされた鉄格子。逃げ場のない、石の檻。
 全てが、絶望を示していた。
 沈黙が、牢獄を支配する。
 誰も、何も言えない。
 体は麻痺して魔法も技も使えない。牢獄を出ることもできそうにない。いくら頭をひねってみても、もはや打つ手がない。
「くぅぅぅ……ちくしょう!!」
 レオンは拳で床を叩いた。石に血が滲む。
 命懸けで遺跡に送り込まれたアルカナだったが、ここについに万策が尽きてしまった。連合軍の犠牲も、皆の覚悟も、全てが水泡に帰そうとしている。
「もはや……これまで……か……」
 がっくりとうなだれるレオン。
 その肩が、小刻みに震えている。悔しさで。無力さで。自分への怒りで。
 その時だった――。
 シュォォォォ!
 何かが蒸発するような音がして、レオンのジャケットのポケットがぼうっと輝いた。
「レ、レオン……それ……何?」
 エリナが怪訝そうな顔で指さした。闇に慣れた目には、その光が眩しすぎる。
「えっ? あ、あれ……なんだこれ?」
 レオンは恐る恐るポケットに手を入れ、その熱を持った硬いものを取り出した。
 ブワッ!
 牢獄内が、まばゆい光に満たされた。
 それは、美しい魔結晶だった。透明な結晶の中で、緑色の閃光が脈打っている。まるで、小さな命が宿っているかのように。
「なんだこれ? い、いつの間にこんなものが……?」
 レオンは目を細めながら、不思議な魔結晶を見つめた。
 直後――。
『ほーほっほっほぅ! アルカナのみんな、ピンチのようじゃな』
 いきなり、空中にヴァレリウスのホログラム映像が浮かび上がった。
 白い髭。皺だらけの顔。けれど、その瞳には変わらぬ優しさと、いたずらっぽい光が宿っている。
「ヴァ、ヴァレリウス様……」
 レオンの声が震えた。
『これはレオン君が弱音を吐いた時に自動起動するようになっておる。今、ピンチなんじゃろ? ほぅら、ボーナスじゃ!』
 両手をばっと開くと同時に、温かい緑の光が魔結晶から噴き出した。
 光は牢獄内をまばゆく染め、五人の体を優しく包み込んでいく。
「え?」「あ……」「うわぁ……」
 五人の体から、麻痺の感覚が消えていく。重かった四肢に力が戻り、枯れていた魔力が泉のように湧き上がってきた。傷が癒え、痛みが引いていく――。
 伝説でしか聞いたことの無い全回復の魔結晶。その効果はすさまじかった。
『悪いがレオン君のポケットに忍ばせておいた。敵にバレると困るのでな。ほっほっほ』
 ヴァレリウスはいたずらっ子のような顔で笑った。白い髭が揺れ、目尻の皺が深くなる。
「ヴァレリウス様……」
 レオンは泣きそうになった。
 先を見据え、こんな貴重な魔結晶を用意してくれていたのだ。自分の命を顧みず、アルカナを遺跡に送り込んでくれたあの大導師は、最後の最後まで、アルカナのことを考えてくれていたのだ。
『思い出せ、レオン君』
 ヴァレリウスの声が、真剣な響きを帯びた。
『きっと今、『命運』の時のはずじゃ。自らの運命を取り戻せ! そして世界を頼んだぞ!』
 ヴァレリウスは鼓舞するように、グッと拳を握った。
 その姿が、光の粒子となって消えていく。
「えっ! ヴァレリウス様……? 『命運』? そ、そうだ……」
 レオンの脳裏に、稲妻のように閃きが走った。
 今からイザベラを追いかけ、みんなで叩けばスタンピードを止められるかもしれない。それはまさに『命運』の時。世界の行く末を左右する、決定的な瞬間。
 禁書庫で見た、あの古い書物の中に書かれていた、謎めいた一文が蘇る。
『魂を喰らう呪いは、同質の魂、或いはより強大な『命運』によってのみ上書きされる』
 その文字が、レオンの心に浮かび上がる。金色に輝く、運命の言葉。
 レオンの目に、光が戻った。
「そうよ!」「行けるわ!」「ギャフンと言わせましょう!」「やるしか……!」
 みんなの目が輝いた。絶望に沈んでいた瞳に、再び炎が灯る。