静かな日曜日
ー/ーリビングのダイニングテーブルの上には、三つ折りの離婚届が、静まり返っている。
あと数日もすれば、私たち別々の住所に住むことになる。
それなのに、今、私たちは並んで庭に立っていた。
「……最後くらい、綺麗にしておきたくて」
どちらからともなく言い出した庭の手入れ。
それは、私たちの最後の共同作業になった。
五年前、この家を買ったばかりの頃、私たちは夢中で土を耕した。
春を待ちわび、チューリップの球根を埋めたっけ。今はもう、あの頃の弾む会話はない。
ただ、ザクッ、ザクッというスコップの音だけが、気まずさを埋めるように響いていた。
「どの並びがいい?」
彼が不意に手を止めて聞いた。
私は一瞬言葉に詰まった。答えを探そうとすると、喉の奥が少し熱くなる。
「……何でもいいよ。あなたが、好きなのを」
彼は「そうか」と短く返し、ホームセンターで買ってきた苗を並べた。
ビオラ、アリッサム、ノースポール。
冬を越え咲き続ける、可憐な花たち。
二人で膝をつき、土に手を入れる。
湿った黒土はひんやりと冷たかった。
ポットから苗を抜き、根を少し解きほぐす。
「根が詰まってたな」
彼が呟く。
「……そうね。窮屈だったのかもね」
それは花のことだったのか、
それとも私たちの暮らしのことだったのか。
沈黙は続くが、不思議と苦しくはない。言葉で繋がろうとすれば棘が混じる。でも、同じ土を触り、同じ高さで視線を落としている今は、ただの「園芸の同居人」に戻れたようだった。
夕暮れが迫り、西の空がオレンジ色に染まり始めた頃、花壇が完成した。
赤、紫、白。
色とりどりの小さな花たちが、静かに胸を張っている。
手は泥だらけで、爪の間に真っ黒な土が入り込む。結婚指輪を外した跡さえ、今は泥に染まっている。
「きれいだね」
彼の声が、驚くほど穏やかだった。
「ええ。本当に」
私も頷く。嘘のない言葉だった。
別れる決断は変わらない。
明日になれば、事務的な手続きが始まり、私たちは他人への階段を降りていく。
でも、この花壇だけは、嘘をつかない。
私たちが確かにここで過ごし、最期に少しだけ心を寄せ合った証として、私たちが去った後も、静かに呼吸を続けるのだ。
立ち上がり、服についた泥を軽く払う。家の中には、あの紙が待っている。
それでも鼻をくすぐる土の匂いと、夕日に照らされた花の色が、今の私を支えてくれていた。
互いに小さく微笑む。
この数年で、一番誠実な笑顔だったかもしれない。
冬の日の、冷たくて温かい、私たちの最後の日曜日が、静かに終わろうとしていた。
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