多肉植物の引っ越し
ー/ー ワンルームの窓辺には、不釣り合いなほど鮮やかな緑が並んでいる。
新社会人になって二ヶ月。
陽介は、まだ職場のなかに自分の居場所を見つけられずにいた。オフィスの冷房は常に肌を突き刺し、飛び交う専門用語は理解が追いつかない。
周囲の同期たちが着実に「仕事の顔」になっていく中で、自分だけが、植え替えられたばかりで根付かない苗のように、ぐらぐらと浮いている気がしていた。
「……また、少し乾いてるな」
週末の朝、陽介は霧吹きを手にする。
窓際に置いたのは、実家から持ってきたエケベリアとハオルチアだ。多肉植物は環境の変化に敏感だが、その反応は驚くほどゆっくりだ。
急激にしおれることもなければ、一晩で新しい芽を出すこともない。ただ、じっと黙って、新しい土地の光と風を確かめている。
ある日、陽介はミスをして上司に酷く叱られた。自分はこの仕事に向いていないのではないか。そんな考えが頭に浮かんでは消え、帰宅して暗い部屋に倒れ込んだ。
月明かりに照らされたエケベリアに目をやると、下葉の一枚が枯れ落ちているのに気づいた。
「ーーお前も、しんどいか」
指先で触れると、枯れた葉のすぐ上から、米粒よりも小さな、けれど確かな新芽が顔を出していた。
多肉植物は、過酷な乾燥に耐えるために、あえて成長を止めることがある。
水を溜め込み、じっと時を待つ。焦って無理に伸びようとはせず、自分のリズムが整うまで、何週間も、時には何ヶ月もかけて「準備」をするのだ。
陽介は、霧吹きのスイッチを置いた。
今は無理に水を吸わせる時じゃない。
自分も、この多肉たちと同じだ。新しい環境という砂漠に放り出されて、まだ根を伸ばしている最中なのだ。
「ゆっくりでいいんだよな」
独り言が、静かな部屋に溶ける。
窓の外では、街が急ぎ足で動いている。
けれどこの窓辺だけは、植物たちの穏やかな時間軸で満ちていた。
陽介は深く息を吐き、明日履く靴を磨き始めた。根が張るまでは、もう少し。その「ゆっくり」を、自分に許してみようと思った。
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