29-②.誰を抱き、悪夢を見るか
ー/ー ドアを空けたのは酔っ払いの男。
「……てめぇなにしてやがんだぁ?」
「ち、ちがう!ヒューゴ!これはちがう!ケガがないかを――」
「触ってんじゃねぇよ!!」
「グッウッ!」
酒瓶を持っている手でヒューを殴り飛ばした。
椅子から転がり落ち、うめき声を上げるヒュー。
「同じ……」
身長も、体型も、髪の長さもヒューと同じ……違うのは、髪色と眼差し。
「俺のもんに触んじゃねぇよ、愚弟が」
「……ごめん」
「謝るくらいなら余計なことすんなよな……さて、と……結構似合ってんじゃねぇか」
ぼーっとふたりの様子を見ていたミウの肩紐に指をいれ、肌に添わせながらずらしていく。
「お酒……くさい」
「あ?!」
「フーゴ……っ!」
赤く腫れるほどの強さでミウの頬を引っぱたき、怒りをあらわににするフーゴ……その息は荒い。
「二度と口を開くな」
「これくらい、平気……ミウ、そのお願いは、聞かないよ」
「お願いじゃねぇ、命令だっつーの……ふん……珍しいのは種族だけじゃなさそうだな」
ミウの両肩を掴み、そのまま強い力で体をシーツに押し付けた。
「てめぇは部屋から出てろ、邪魔だ」
「ガッ……わ……かった」
ベッドに乗せていた片足を勢いよく伸ばし、ヒューの顔に蹴りをくわえ、退室を促した。
口元に垂れる血を拭いながら、フラフラと部屋を出ていこうとするヒュー。
「ヒュー」
「……っ」
ミウに呼び止められ、歩みを止めてしまった。
気付かれたら、また殴られ罵倒もされるだろう……けれど、振り返りたいと、思った。
「エルフなんて上玉……お目にかかれることはねぇと思ってたが……いいね……透き通って柔らかい白い肌……しかも生意気と来たもんだ……へへ……たまんねぇなぁ」
ハァハァと酒臭く、荒い息をミウの肌に吹きかけながら下品な言葉も吐いている。
「ねぇ……」
体を舐められながら、ミウは問う。
「フーゴは、ヒューのこと……嫌い?」
「あ〜?あんなナヨナヨした弱い奴のことなんかどうでもいいだろ……んなことより楽しもうぜ?」
「ヒューは……弱く、ないよ」
「はぁ……?」
「ミウ……」
ミウの発言にも苛立ったフーゴだったが、居ないはずのヒューの声が聞こえ、激昂した。
「まだいやがったのか!!テメェ!」
「す、すぐ……出ていくよ……その……あまり、乱暴なことはやめてあげてくれ」
「はっ!そのためにお前がいんだろーが!それしか価値が無いんだ、しっかり働けよクズが」
フーゴの腕のすき間から見えるヒューを見て、ヒューに浴びせるフーゴの言葉を聞いて……ミウは……、
「違う」
「オメェも黙って俺の為に股開きゃいいんだよ!!エルフだからって優しくしてやりゃぺちゃくちゃ喋りやがって!!」
「違う」
「……っ?!」
ミウの目に光が無い。
「あなた少し、似てた……だから我慢、した」
「なに言い出してんだ、おまえ……」
「ミウ、我慢して……手に入るならいい、そう、思った」
「だからな……ングォッ」
フーゴの口にねじ込まれた鉄の味……銃口。
得体のしれない、見たことのない、感じたことのない味……ひとつだけ分かるのは、命を消される道具であること。
「ふゃんらこ……」
「動かない」
カチカチと歯が当たる。
震えている。
「自分の欲しいもの、役に立つもの、利用できるもの……欲に忠実、口が悪いのも、同じ」
ゴリッと少しだけ銃口を押し込むと、わずかに嗚咽するフーゴ。
「意味を持たない、虐げる……は、違う」
ニイッと口角を上げて笑うミウ。
「文句を言いながら、助けてくれる、仲間を大切にする、家族がいる者に手を差し伸べる、友を裏切らない……彼は怯えない、立ち向かう、自分の為と言いながら、自分を犠牲にして、世界を歩いている」
撃鉄が音を鳴らす。
「ミウ、好きな人がいるの……その人の為になるならなんでも、する……だけど、やっぱり……破瓜の血を流すのは彼がいい、彼じゃなきゃダメ、彼の為に初潮がくる年齢に急いで体を慣らしたの……でもね……無駄なの……ミウの気持ち、わかる?フーゴ」
「ひゃにいっへんら……わ、わけわひゃら……」
銃口が上顎を擦りくすぐられる恐怖に、ジワリと湿っていくフーゴのズボン、滴る生温かい液体がミウの足に垂れている。
「漏らしてる、の?……汚い……バカみたい……ミウの気持ちはね、諦めない……だよ?彼は人間を抱かない、だから、隙はある、ミウ……クロには出来ないことできるの……ここに……出来る……だから、頑張るの、だから……お前に上げるつもりはない」
光のない目で笑いながら下腹部をさすり話すミウはまるで最初に見た時とは、別人。
「ヒュー」
「……ミウ」
「今……助ける、ね」
「ひゃめ……っ!!」
引き金が引かれた。
銃声が響き、特別製の弾丸がフーゴの頭を弾けさせて消し飛ばす。
上半身が後ろに倒れ、きれいに二つ折りになってベッドに沈んだ。
窓に、壁に、調度品に……ヒューの顔や体にも飛び散った血と肉片は時間をかけて床に向かって滴っていた。
「ヒュー」
「あ、ミウ……な、あ」
「死体、残ると……困る?」
「死体……」
ゆっくりベッドに近づいて、よく、見る。
白く綺麗なシーツに染み込んだ赤い液体。
首から下だけ残った、兄だったもの。
「……困る、かな」
「わかった」
嫌に冷静な自分が、冷ややかに見届けようとしている自分が、そこにいること……ヒューは――。
「お別れ……する?」
「そうだね……しておこうかな……」
「うん……ミウも、するね」
一歩下がるヒュー、銃を構えるミウ。
「「さよなら、クズ野郎」」
銃声が大きく響く、何発も何発も……細かく、肉片に……しばらくして……さらさらと塵となって消えていく。
「はぁ……」
安堵するというのは、こういうことなのかと……兄の血で汚れた全身に嫌悪しながらも緩む表情。
「ん〜……ゼンみたいに、きれいにできなかった」
「触れられたところも、気持ち悪いだろう?ここは特別室だから、浴室もある……使って?」
「そ、だね……そうする、ヒューも……はいろ?」
「え」
ヒューの着ている服を掴み、無理やりひん剥こうとするミウ。
「だ、ダメだって!ひとりずつ!ね、ミウ!」
「そのままじゃ……ママに怒られる、ミウが……完璧にきれいに、する」
「な、なにを!だっ……!ダメぇぇ!!」
ドタドタと階段を上る音、部屋に近づく豪快な足音。
「ミウ!!!無事か……?なにを、しているのだ……?」
汗をかいて、髪を振り乱し、息の上がったアダルヘルムがミウを見つけた。
「あにぃ……?どうした、の?」
「それはこちらのセリフだ!!あんなにけたたましく銃声を響かせて!騒ぎになっているぞ!」
「そっか……だから、あにぃ……きづいたんだ、ね」
「確かにそうなのだが……それよりなんだ?心配していたというのに……若い男の身ぐるみを剥いでなにをするつもりだったんだ」
部屋の惨状よりも、目の前のミウにしか目がいっていないらしい……それでも、ミウの体も赤く染まっているというのに。
「これから、お風呂……ね、ヒュー」
「なにぃ?!」
「……た、たすけてください」
「な……なに?」
「ん……もう、たすけた、よ?」
「な、なんなのだ……?」
困惑していたが、やっと部屋の異様さに気付き、なんとなくだが事態を察したアダルヘルム。
「ぁ……あー……そうだな、まずは……風呂だな」
「うん、さすがあにぃ……理解はやい」
「ただし!ひとりずつ、だ!」
「助かります……」
ヒューを先に浴室へ放り込んだアダルヘルム、ミウを叱れる時間を作る。
「ミウ」
「なに?」
「危ないことは、するんじゃない」
「危なくない……よ?」
「現にこの状況は!危険な行動をしたせいだろう!よく考――っ!」
「違うよ?……あにぃ」
少し俯いてから、顔を上げたミウの表情を見たアダルヘルムは後ずさる。
「ミウ、あにぃの為になること、した……だって、それは……ゼンの為になること、でしょう?」
「ミ、ウ……」
アダルヘルム自身も、惹かれた者のひとり……だがそれは、ミウの心にある感情とは違う感情で、だ。
ミウの感情……それは、2度も自分を救ってくれたことで確信した……一途に壊れてしまった、ゼンへの狂った恋心。
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