表示設定
表示設定
目次 目次




第96話 説得

ー/ー



「帰れとは、どういう意味でしょうか?」と吾郎。

「文字通りの意味だ」とリリス。「今、お前たちの任務は終わった。涙の魔術師様の白鷺(はくろ)翠鶴(すいかく)は、敵を振り切るのに十分な速度を得ることに成功した。二艦は恒星の重力に引かれてさらに加速を続け、二十日後にはそれぞれがアルファとベータの二つの恒星に突入するはずだ」

「リリス大佐と朝風はどうされるのですか?」と吾郎。

「敵がゲートを開いて別の宙域に逃げようとしている。その前に奴らを殲滅する」とリリス。

「私たちも……」と吾郎。

「お前たちは帰れ。足手まといだ」とリリス。

「え!」と吾郎。

「アリサに救援を要請してやる」とリリス。「できるだけ早くパープルキティに合流しろ」

「通信艦パープルキティにですか?」
 吾郎は少し戸惑った顔をした。

「パープルキティは通信艦などではない」とリリス。「確かにゲート通信機を積んではいる。だがあれは重力エネルギー砲を装備した最新鋭の攻撃艦だ」

「重力エネルギー砲?」と吾郎。

「お前は、奇跡の防衛戦で敵を殲滅した虹色の光を見ているのだろう?」

「わかりました」と吾郎。「ではなぜ通信艦に偽装しているのですか?」

「パープルキティは、もしこの作戦が不首尾に終わった場合、涙の魔術師様を収容して帰還する目的で参加している」とリリス。「だが、涙の魔術師様にそんな話はできんから偽装しているのだ」

 リリスは続けた。
「そして十分に加速した翆鶴と白鷺はもう誰にも止められん。パープルキティの役目は終わった。今頃アリサは退屈しているはずだ。迎えに来てもらえ」

「事情は承知しました」と吾郎。「しかし、高田アリサ大佐は海軍である我々の救援に来てくれるでしょうか?」

「アリサは必ず来る。心配するな」とリリス。

 吾郎は怪訝そうな顔をした。
「帰りたくありません。われわれも連れて行ってください」

「じゃまだ、帰れ!」とリリス。

「嫌です」と吾郎。

「お前たちは、初陣にしてはよく戦った。ほめてやる」とリリス。「なんなら、証拠を残しておいてやる。だから帰れ」

「それでは連合海軍の面目が立ちません」と吾郎。

「全員が討ち死にする必要はない。これは指揮官である私の判断だ」とリリス。

「特別攻撃隊が、指揮官を前線に置き去りにして帰ることの意味を考えてくださらないのでしょうか?」と春日艦長の香川洋一。

「心配はない。現在地球を統べる冥界の女王様は慈悲深いお方だ。お前たちを(よみ)したまうだろう」とリリス。「神々はお前たちの玉砕を望んでいない」

「我々は、リリス大佐がこの作戦の指揮をとられることになったいきさつを知っております」と吾郎。

「それなら、なおさらのことだ。私の顔に泥を塗るつもりか?」とリリス。「お前たちは、この密集隊形のまま戦線を離脱しろ」

「はじめは疑っておりました。」と吾郎。

「何をだ?」とリリス。

「大佐の指揮官としての能力にです」と吾郎。

「仕方ないだろう。お前たちは、何も知らんひよっこだ」とリリス。

「しかし今となっては恩人です。覚束ない我々に、異星生物に一矢報いる機会を与えてくださいました」と吾郎。

「なるほどな。それなら私も正直に言ってやる」とリリス。「私たち朝風の乗員は涙の魔術師様に忠誠を誓っている。そして、涙の魔術師様に殉ずるつもりだ。あのお方が起こす超新星爆発の炎で焼かれることを望んでいるのだ」

「お前らごときと心中するつもりはない」とリリス。「もし私と真摯に向き合っているつもりならば、今すぐにここから立ち去れ」

 しばらく間があいた。

「わかりました」と吾郎。「それでは地球に帰還後、どのように女王陛下にご報告すればよいか教えてください」

「朝風は、涙の魔術師様に殉じて戦場で散ったと伝えてくれ」とリリス。「女王様はご理解くださるはずだ」

「大佐の殉死は理解されるでしょう」と吾郎。「しかし女王陛下から忠義の士リリスとして寵愛を受ける大佐を見捨てた、我々の立場はどうなるでしょうか」

「まったく心配ない」とリリス。「女王様は慈悲深いお方だ。だからこそ、お前たちを無事に帰還させるために私を指揮官に指名したのだ」

「女王陛下が赦してくださったとしても、連合海軍の居場所はありません」と吾郎。

「かもしれんな」とリリス。「だが、この作戦とはあまり関係のないことだ」

「私たちは、存続が無理だとしても、せめて連合海軍の名誉を保つためにここに来たのです」と吾郎。「どうかこの戦場で死なせてください」

 リリスは若い五人の艦長たちの顔をじっと見た。

「それはできん」

「武人としてのお願いであります! どうかお聞き届けください!」と吾郎は大声で叫んだ。そして他の四人の艦長も口々に訴えた。

「敵艦隊の第二波、百キロ圏に侵入してきます!」とエリカ。

 リリスはエリカの方を振り向いた。
「なんだと」

 リリスはしばらく沈黙した。

「合戦準備だ。ぼやぼやしてると置いて行くぞ!」

「ありがとうございます!」と吾郎ら艦長。

「アリサに恨まれるわ……」
 リリスがつぶやいた。

「え?」と吾郎。

 リリスは通信を切った。
「これだから子供の世話っていやなのよ……」



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第97話 砲撃


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「帰れとは、どういう意味でしょうか?」と吾郎。
「文字通りの意味だ」とリリス。「今、お前たちの任務は終わった。涙の魔術師様の|白鷺《はくろ》と|翠鶴《すいかく》は、敵を振り切るのに十分な速度を得ることに成功した。二艦は恒星の重力に引かれてさらに加速を続け、二十日後にはそれぞれがアルファとベータの二つの恒星に突入するはずだ」
「リリス大佐と朝風はどうされるのですか?」と吾郎。
「敵がゲートを開いて別の宙域に逃げようとしている。その前に奴らを殲滅する」とリリス。
「私たちも……」と吾郎。
「お前たちは帰れ。足手まといだ」とリリス。
「え!」と吾郎。
「アリサに救援を要請してやる」とリリス。「できるだけ早くパープルキティに合流しろ」
「通信艦パープルキティにですか?」
 吾郎は少し戸惑った顔をした。
「パープルキティは通信艦などではない」とリリス。「確かにゲート通信機を積んではいる。だがあれは重力エネルギー砲を装備した最新鋭の攻撃艦だ」
「重力エネルギー砲?」と吾郎。
「お前は、奇跡の防衛戦で敵を殲滅した虹色の光を見ているのだろう?」
「わかりました」と吾郎。「ではなぜ通信艦に偽装しているのですか?」
「パープルキティは、もしこの作戦が不首尾に終わった場合、涙の魔術師様を収容して帰還する目的で参加している」とリリス。「だが、涙の魔術師様にそんな話はできんから偽装しているのだ」
 リリスは続けた。
「そして十分に加速した翆鶴と白鷺はもう誰にも止められん。パープルキティの役目は終わった。今頃アリサは退屈しているはずだ。迎えに来てもらえ」
「事情は承知しました」と吾郎。「しかし、高田アリサ大佐は海軍である我々の救援に来てくれるでしょうか?」
「アリサは必ず来る。心配するな」とリリス。
 吾郎は怪訝そうな顔をした。
「帰りたくありません。われわれも連れて行ってください」
「じゃまだ、帰れ!」とリリス。
「嫌です」と吾郎。
「お前たちは、初陣にしてはよく戦った。ほめてやる」とリリス。「なんなら、証拠を残しておいてやる。だから帰れ」
「それでは連合海軍の面目が立ちません」と吾郎。
「全員が討ち死にする必要はない。これは指揮官である私の判断だ」とリリス。
「特別攻撃隊が、指揮官を前線に置き去りにして帰ることの意味を考えてくださらないのでしょうか?」と春日艦長の香川洋一。
「心配はない。現在地球を統べる冥界の女王様は慈悲深いお方だ。お前たちを|嘉《よみ》したまうだろう」とリリス。「神々はお前たちの玉砕を望んでいない」
「我々は、リリス大佐がこの作戦の指揮をとられることになったいきさつを知っております」と吾郎。
「それなら、なおさらのことだ。私の顔に泥を塗るつもりか?」とリリス。「お前たちは、この密集隊形のまま戦線を離脱しろ」
「はじめは疑っておりました。」と吾郎。
「何をだ?」とリリス。
「大佐の指揮官としての能力にです」と吾郎。
「仕方ないだろう。お前たちは、何も知らんひよっこだ」とリリス。
「しかし今となっては恩人です。覚束ない我々に、異星生物に一矢報いる機会を与えてくださいました」と吾郎。
「なるほどな。それなら私も正直に言ってやる」とリリス。「私たち朝風の乗員は涙の魔術師様に忠誠を誓っている。そして、涙の魔術師様に殉ずるつもりだ。あのお方が起こす超新星爆発の炎で焼かれることを望んでいるのだ」
「お前らごときと心中するつもりはない」とリリス。「もし私と真摯に向き合っているつもりならば、今すぐにここから立ち去れ」
 しばらく間があいた。
「わかりました」と吾郎。「それでは地球に帰還後、どのように女王陛下にご報告すればよいか教えてください」
「朝風は、涙の魔術師様に殉じて戦場で散ったと伝えてくれ」とリリス。「女王様はご理解くださるはずだ」
「大佐の殉死は理解されるでしょう」と吾郎。「しかし女王陛下から忠義の士リリスとして寵愛を受ける大佐を見捨てた、我々の立場はどうなるでしょうか」
「まったく心配ない」とリリス。「女王様は慈悲深いお方だ。だからこそ、お前たちを無事に帰還させるために私を指揮官に指名したのだ」
「女王陛下が赦してくださったとしても、連合海軍の居場所はありません」と吾郎。
「かもしれんな」とリリス。「だが、この作戦とはあまり関係のないことだ」
「私たちは、存続が無理だとしても、せめて連合海軍の名誉を保つためにここに来たのです」と吾郎。「どうかこの戦場で死なせてください」
 リリスは若い五人の艦長たちの顔をじっと見た。
「それはできん」
「武人としてのお願いであります! どうかお聞き届けください!」と吾郎は大声で叫んだ。そして他の四人の艦長も口々に訴えた。
「敵艦隊の第二波、百キロ圏に侵入してきます!」とエリカ。
 リリスはエリカの方を振り向いた。
「なんだと」
 リリスはしばらく沈黙した。
「合戦準備だ。ぼやぼやしてると置いて行くぞ!」
「ありがとうございます!」と吾郎ら艦長。
「アリサに恨まれるわ……」
 リリスがつぶやいた。
「え?」と吾郎。
 リリスは通信を切った。
「これだから子供の世話っていやなのよ……」