水たまりの銀河
ー/ー
「ごめん、もう無理なの」
その一言で律の世界はモノクロに変わった。地下鉄を降り、どこを歩いているのかも分からない。
「……お兄ちゃん、そこ邪魔」
公園の砂場にしゃがみ込む小さな影。
パーカーの袖を真っ黒に汚した少年が、地面を見つめている。
「こんな時間に、何してるんだ?」
「見ればわかるじゃん。銀河を作ってるの」
昴と名乗ったその少年は、手のひらで泥の塊を転がしていた。
「磨くとね、ピカピカになって、中に星が見えるようになるんだよ。さっき落として割っちゃったから、作り直し」
昴は平然と言った。せっかく作り上げたものが壊れたというのに、悲壮感はない。
律は笑った。
「壊れたら、それでおしまいじゃないのか。時間をかけても、一瞬でバラバラだ」
それは少年へ向けた言葉というより、自分自身の終わった恋への嘆きだった。
昴は、泥だらけの手で律の膝をぽんと叩いた。
「おしまいじゃないよ。砂は逃げないもん。また集めて、もっと固くすればいいだけ。お兄ちゃんもやる?」
差し出されたのは、湿った土の塊。律は戸惑いながらも、砂場に膝をついた。
ひんやりとした土の感触が、痺れていた思考を現実へと引き戻す。無心になって土を丸め、転がす。昴に教わった通り、さらさらの乾いた砂をまぶしては、優しく撫でる。
「そうそう、優しくね。大事なものを触るみたいに」
十分、二十分。どれくらいの時間が経っただろうか。
指先の感覚に集中している間だけは、胸の奥を抉るような喪失感が消えていた。ただ目の前の「丸」を完成させること。それだけがすべてになった。
「見て」
昴が掲げた泥だんごは、街灯の光を鈍く反射していた。
「本当だ……光ってるな」
「でしょ? お兄ちゃんのやつも、次はもっと光るよ」
遠くで昴を呼ぶ母親の声が聞こえた。彼らは「またね!」と元気に手を振って、闇の中へ駆けていった。
一人残された律は、自分の手を見た。
爪の間まで真っ黒だ。
不思議と嫌な気分ではない。
崩れたら、また集めればいい。
立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。
ほんの少し、心が軽くなった気がした。
街灯に照らされた水たまりを飛び越え、律は駅に向かい歩き出した。帰ったら、この泥を洗い流そう。
明日の朝、一番に窓を開けよう。
世界はまだ、モノクロなんかじゃない。
。
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