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第56話 牛鬼

ー/ー



(……こいつは、いったい何を言ってるんだ?)

「君は鬼が人間から生まれた仮説を知っているかい?」

「鬼が人間から……?」

「そうだ。鬼は元々人間。人間から嫌われ、迫害されて、住処すら追われた人間がその復讐心から鬼に姿を変えた。そんな説が人間の研究者の間であるらしい。そうだとすれば、鬼が生まれたのは人間のせい。突き詰めていけば人間が悪いとは思わないか」

 紙都は怒りを込めて刀を横に振った。

「それは仮説の話だろ? それに人間全てが悪いわけじゃないじゃないか!」

「そうだ。妖怪全てが人間を憎んでいるわけでもないようにな。だがね、私は思うんだよ。そもそも人間ってのはそういう性質を持つ生き物なんじゃないかってね。差別意識が高いというか、他と自分との差をあまりにも気にしすぎる生物なんじゃないかとね。君だって自分が半妖であることに気づいて人間共に正体がバレるのを恐れていたんじゃないか? そんな人間が、生きてる限り差別を続ける人間がのさばっているこの世界が、私はどうしても気に食わないんだ!」

 言い終わると同時にぬらりひょんは紙都に迫ってきた。気迫のこもった斬撃が振り落とされ、甲高い金属音を響かせる。

「私は封印を解くぞ。たとえ君と刺し違ってもな」

 目の前の瞳は狂気を帯びたように爛々と輝いていた。畏怖すら覚えるような瞳を紙都はどうしても直視することができなかった。

「うおぉ!!」

 前傾姿勢で腕に力を込めて、刀を弾く。そのまま後ろへ跳び距離を置こうとしたが、ぬらりひょんが一足跳びに向かってきた。

「さっきまでの威勢はどうした?」

 小刀が紙都の顔を捉えた。剣先でそれを捌くが、予想していたかのように、ぬらりひょんはもう片方の手から潜ませていた刃を抜いた。

(嘘だろ!)

 研ぎ澄まされた鋭利な刃が無防備な頚に食い込む。

「う、ぐぅわああ!」

 反対側に身体を捻らせ、肘を柄に当て小刀ごと弾き飛ばす。ぬらりひょんの身体がよろけた隙に連撃を試みるが、全て紙一重で回避されてしまった。

 空中へ飛ばした小刀が畳に刺さる。

(攻撃が、当たらない)

 かわされるのでもない、防がれるのでもない、当たる気がしないという不可思議な感覚に紙都はとらわれていた。ものの数分も経っていないのに、もう肩で息をしていた。

「無駄だよ。君の攻撃はもう当たらない」

 一瞬の混乱が命取りになった。しまった、と思ったときにはすでに腹部が貫かれていた。

 目の前の光景が歪む。意識とは裏腹に、膝をついてしまい立ち上がることができなかった。

 小刀を鞘に戻したぬらりひょんが視界から遠退いていく。血にまみれた千手観音像の元へ高く飛び上がる。

「……ま……」

 声を上げることすらままならなかった。身体中を巡る痛みに飛びそうになる意識を保っているだけで精一杯だった。

 視界の片隅でぬらりひょんが仏像に手を当て再び何かを呟き始める。

(……ここが最後の封印なんだ)

 紙都は、痛みに耐えながら自分を奮い立たせようと思考を続ける。

 この封印が破られたら妖怪が頻繁に出現し、人間社会を混乱に陥れる。母さんが、父さんがずっと守ってきたものがなくなる。俺の守ってきたものもなくなってしまうんだ。

 震える右手が持ち主を求め光る鬼面仏心に触れる。

 確かに人間は元々差別をする生き物なのかもしれない。 自分たちと少しでも違うと、その違いをことさら主張する。鬼はその過程で生まれたものなのかもしれない。

 刀の柄をしっかり握ると、震えが次第に消えていった。

 ぬらりひょんの言葉は、今の俺にはわからない。それでも。

「それでも、俺は、人を守る」

 今まで出会ってきた人達が守ってくれたように。

 紙都の腹部から血が滴り落ちた。急に立ち上がったためだ。まだ視界は歪み、ふらふらな身体のままで刀だけは確かに握り締め、紙都は飛ぶように走った。

「ほお、まだ動けるか。すまない、また侮ってしまった」

 地を蹴った紙都がぬらりひょんの目前に迫る。 ぬらりひょんの顔が破顔した。

「だが、残念ながら君の負けだ。封印は、今解かれた!」

 紙都の刀が弾かれた。ぬらりひょんによってではない。天井に突如開いたブラックホールのような真っ暗闇の空間から現れた強固な棒状の物体が刀を弾いたのだ。

 バランスを崩した紙都は態勢を整える間もなく、頭から床に激突した。破れた畳をどかしながらそれを見ると、棒が4つに増えていた。

 いや、小刻みに動くそれは棒などという無生物ではなかった。今、気づいたが薄っすらと毛が生えている。このフォルムはどこかで見覚えがあった。

「鬼救寺という名だけあって、やはり大層なものを封印していたな」

 ぬらりひょんの言葉に合わせるように、それは現前した。牛のような顔に4本の脚が生えたまさに異形の姿。

「牛鬼。古来から知られる妖怪だ」

 牛鬼は有無を言わさず細身の剣のような鋭い脚を紙都の体に突きつけた。


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(……こいつは、いったい何を言ってるんだ?)
「君は鬼が人間から生まれた仮説を知っているかい?」
「鬼が人間から……?」
「そうだ。鬼は元々人間。人間から嫌われ、迫害されて、住処すら追われた人間がその復讐心から鬼に姿を変えた。そんな説が人間の研究者の間であるらしい。そうだとすれば、鬼が生まれたのは人間のせい。突き詰めていけば人間が悪いとは思わないか」
 紙都は怒りを込めて刀を横に振った。
「それは仮説の話だろ? それに人間全てが悪いわけじゃないじゃないか!」
「そうだ。妖怪全てが人間を憎んでいるわけでもないようにな。だがね、私は思うんだよ。そもそも人間ってのはそういう性質を持つ生き物なんじゃないかってね。差別意識が高いというか、他と自分との差をあまりにも気にしすぎる生物なんじゃないかとね。君だって自分が半妖であることに気づいて人間共に正体がバレるのを恐れていたんじゃないか? そんな人間が、生きてる限り差別を続ける人間がのさばっているこの世界が、私はどうしても気に食わないんだ!」
 言い終わると同時にぬらりひょんは紙都に迫ってきた。気迫のこもった斬撃が振り落とされ、甲高い金属音を響かせる。
「私は封印を解くぞ。たとえ君と刺し違ってもな」
 目の前の瞳は狂気を帯びたように爛々と輝いていた。畏怖すら覚えるような瞳を紙都はどうしても直視することができなかった。
「うおぉ!!」
 前傾姿勢で腕に力を込めて、刀を弾く。そのまま後ろへ跳び距離を置こうとしたが、ぬらりひょんが一足跳びに向かってきた。
「さっきまでの威勢はどうした?」
 小刀が紙都の顔を捉えた。剣先でそれを捌くが、予想していたかのように、ぬらりひょんはもう片方の手から潜ませていた刃を抜いた。
(嘘だろ!)
 研ぎ澄まされた鋭利な刃が無防備な頚に食い込む。
「う、ぐぅわああ!」
 反対側に身体を捻らせ、肘を柄に当て小刀ごと弾き飛ばす。ぬらりひょんの身体がよろけた隙に連撃を試みるが、全て紙一重で回避されてしまった。
 空中へ飛ばした小刀が畳に刺さる。
(攻撃が、当たらない)
 かわされるのでもない、防がれるのでもない、当たる気がしないという不可思議な感覚に紙都はとらわれていた。ものの数分も経っていないのに、もう肩で息をしていた。
「無駄だよ。君の攻撃はもう当たらない」
 一瞬の混乱が命取りになった。しまった、と思ったときにはすでに腹部が貫かれていた。
 目の前の光景が歪む。意識とは裏腹に、膝をついてしまい立ち上がることができなかった。
 小刀を鞘に戻したぬらりひょんが視界から遠退いていく。血にまみれた千手観音像の元へ高く飛び上がる。
「……ま……」
 声を上げることすらままならなかった。身体中を巡る痛みに飛びそうになる意識を保っているだけで精一杯だった。
 視界の片隅でぬらりひょんが仏像に手を当て再び何かを呟き始める。
(……ここが最後の封印なんだ)
 紙都は、痛みに耐えながら自分を奮い立たせようと思考を続ける。
 この封印が破られたら妖怪が頻繁に出現し、人間社会を混乱に陥れる。母さんが、父さんがずっと守ってきたものがなくなる。俺の守ってきたものもなくなってしまうんだ。
 震える右手が持ち主を求め光る鬼面仏心に触れる。
 確かに人間は元々差別をする生き物なのかもしれない。 自分たちと少しでも違うと、その違いをことさら主張する。鬼はその過程で生まれたものなのかもしれない。
 刀の柄をしっかり握ると、震えが次第に消えていった。
 ぬらりひょんの言葉は、今の俺にはわからない。それでも。
「それでも、俺は、人を守る」
 今まで出会ってきた人達が守ってくれたように。
 紙都の腹部から血が滴り落ちた。急に立ち上がったためだ。まだ視界は歪み、ふらふらな身体のままで刀だけは確かに握り締め、紙都は飛ぶように走った。
「ほお、まだ動けるか。すまない、また侮ってしまった」
 地を蹴った紙都がぬらりひょんの目前に迫る。 ぬらりひょんの顔が破顔した。
「だが、残念ながら君の負けだ。封印は、今解かれた!」
 紙都の刀が弾かれた。ぬらりひょんによってではない。天井に突如開いたブラックホールのような真っ暗闇の空間から現れた強固な棒状の物体が刀を弾いたのだ。
 バランスを崩した紙都は態勢を整える間もなく、頭から床に激突した。破れた畳をどかしながらそれを見ると、棒が4つに増えていた。
 いや、小刻みに動くそれは棒などという無生物ではなかった。今、気づいたが薄っすらと毛が生えている。このフォルムはどこかで見覚えがあった。
「鬼救寺という名だけあって、やはり大層なものを封印していたな」
 ぬらりひょんの言葉に合わせるように、それは現前した。牛のような顔に4本の脚が生えたまさに異形の姿。
「牛鬼。古来から知られる妖怪だ」
 牛鬼は有無を言わさず細身の剣のような鋭い脚を紙都の体に突きつけた。