第142話 学校の日常と、勇者の歴史
ー/ー
「ふひゃああぁぁぁ……」
教室の中、自分の定位置である机に座るなり、ミモザは大きくあくびする。
目は充血しており、その寝不足具合が見てとれた。
「なんだ、また夜更かししておったのか」
「ふへへぇ~……ちょっと止め時が分からなくて……」
ミモザの夜更かしと言ったらアレしかない。毎度お馴染み、魔具の開発だ。
以前までもかなり熱中してしまい、何日も徹夜していたくらい。
最近は店の営業にも身を入れてもらうために生活リズムを正していた。
なんといっても何人かの従業員を雇っているわけだしな。
ところが最近はまた生活リズムも崩れてきているようだ。
「やっぱり自分で魔法が使えるようになると感覚が分かってきて、しゅごいれふ。今まで分からなかったの、手が届かなかったの、全部できちゃうんでしゅ」
まるで中毒症状を引き起こしているみたいな顔で言う。
ほんの少し前までは潜在魔力無しで魔法開発してたこともあるのだろう。
はっきり言ってミモザの技術、技巧は常軌を逸している。
元々基本をすっ飛ばして独自のやり方で磨いてきたものなのだから当然だ。
学校で学び、そして改めて基礎の基礎を知ったことでより磨きが掛かったのだ。
この学校――ネルムフィラ魔導士学院は、ミモザに素晴らしい経験を積ませた。
それは紛れもない事実なのだが、こう無理されてしまうのは話が違う。
「身体を壊してしまっては元も子もないぞ。あまり無茶するでない」
「ふにゃああぁぁ~……」
あくびで返事されてしまった。
「まったく……仮にも、このクラスでも年長の立場なのだからそんな調子では示しにつかないぞ」
この学校にいる生徒の多くは貴族であり、半分くらいは人間だ。ともなればミモザの半分も生きていない連中ばかりだとも言い換えられる。
加えて、貴族として品格を重んじる教育を受けている者も決して少なくはないため、行儀の良さや礼節をもっていて当然という面もある。
……まあ、一部そうでもない奴もいるのだが。
何にせよ、そういう環境なわけだから倍以上生きているミモザがだらしない様を見せるのは我としても好ましい状況ではない。
「学生の本分は学業だ。こちらにいるときはそれを疎かにするものではない。無論、魔具店にいるときはそちらが本業なのも分かっておるがな」
「ろーりるってむずかしいれふね」
両立と言いたいのかもしれない。呂律が回っていなさすぎる。
「はーい、みんなー、おはよう。席についてー」
しばしば眼のミモザがあくびを飲み込む。
教員であるダリアのご登場で少しは引き締まったか。
クラスメイト一同の挨拶とともに、今日の授業が開始される。
「さてと。今日学ぶ歴史について、だけど。比較的近代、というか最近のものに触れることになるわ」
そういって、ダリアは手元にあった教科書を開き、魔法の杖でちょちょいと文字を空中に飛ばす。すっかり生徒たちもこの光景に見慣れたものだ。
が、我は文字とともに浮かび上がってきた挿絵に意表を突かれた。
「この学校の創設者にして校長であるロータスの歩み、よ」
よく笑いをこらえずにすらっと言えたな。
そう。今、空中に浮かんでいるのはあの勇者ロータスのプロフィールと、ロータスの近影だ。他のクラスメイトがどう思っているのかは知らんが、悪趣味な光景だ。
ただでさえ、このネルムフィラ魔導士学院には、勇者ロータスの彫像やらなんやらがあちこちに設置されていて、胸焼けしそうなくらいだというのに。
「みんなもよく知っていると思うけど、校長は歴史の中では勇者と呼ばれているの。ここ数年だとパエデロスでの功績が大きいからまだ若い人間の子たちにはピンとこないかもしれないけどね」
確かにこのクラスには人間とは寿命の異なる亜人種も多少なりいるが、お前も人間ではないか、ダリア。
「ロータスが勇者と呼ばれるようになったのは、かつて世界を恐怖に陥れたとされるあの魔王を打ち倒した功績からなの。それ以前だと軍事国家レッドアイズに雇われたちょっと強い新人くらいの認識だったんだけどね」
まるで見てきたかのように言う。まあ、実際にダリアはロータスのすぐ傍にいたのだから当然と言えば当然か。
「ダリア先生。勇者はどうして魔王と戦ったんですか? 新人だったんですよね?」
「そう、世間的には新人という認識だった。でもね、レッドアイズ国の中では短期間に多くの功績を残してきたのよ。その実力が認められて魔王討伐隊に配属されたの」
当時の奴はクソ面倒な奴だったなぁ……。
我が魔王軍の分隊をチクチク潰していきおって。
一晩のうちに拠点が三つ叩かれたと聞いたときには胃が痛かったわ。
「ロータス校長って、昔からそんなに強かったんですか!?」
「元々素質はあったわね。レッドアイズに来る前は非公認の用心棒みたいなことやってて、そこから引き抜かれた感じよ。で、軍事国家で戦闘技術にさらに磨きを掛けたわけ。ああ、そうそう。今、体育担当してるリンドーがロータスを鍛えたのよ」
そこでワッと教室内が騒がしくなる。
アイツ、そんなこともしてたのか。まあ、レッドアイズ国で教官をやってたのは知ってたが、まさかロータスにも教えていたとは。
思えば、我の従者でもあるメイドのオキザリスもあのリンドーに鍛え上げられて立派なムキムキメイドになったんだったか。
「まあ、リンドーが教えたのはそれまでロータスには縁のなかった戦争での戦い方の基礎の基礎くらいって聞いてるわ。あと、我流の剣術を直したとかだったかな」
歴史の授業をしているというよりも、もはやただの思い出話だな。
その当事者が全員この学校にいるのだからそうもなろう。
「ダリア先生! 先生は勇者様と同行していたことがあると聞きました。それってレッドアイズ国で魔王討伐隊に入隊してからなんですか?」
「もっと前ね。さっき用心棒みたいなことやってたって言ったでしょ? そのときにちょっと関わってた感じ。ロータスの奴、困った人がいると直ぐに西へ東へと飛んでいっちゃう奴だからさ。今もそこんとこは変わってないわね」
なんだ、我は何を聞かされておるのだ?
歴史の授業かと思ったら赤裸々の馴れ初め話か?
「当時の私は――ああ、これはどうでもいっか。ともかくレッドアイズの傭兵になったロータスにくっついて、助っ人として私も魔王討伐隊についてったという流れよ」
そんな掻い摘まんだところを聞かされても。
お前の人生、行き当たりばったりみたいに聞こえるぞ。
「じゃあ先生! 先生は魔王軍に進撃していったんですよねっ!? 校長先生と一緒に魔王と戦ったりしたんですよね? その辺の話を聞きたいです!」
「うむ、素直でよろしい。……んーと、そうねぇ。魔王との直接対決については――今更語るものもないのよね。散々聞かれてきた話だし」
多分その武勇伝はパエデロスでもレッドアイズでも腐るほど本になって売られておるだろうな。未だに当時の話をせがまれている節もある。
「苦労したのは北方の基地を攻め込んだときかしらね。誇張なしに死ぬほど寒い思いをしたわ。ロータスを含む討伐隊も半数が遭難したし、作戦失敗だとも思ったわ」
「だと思った、ということは成功したんですか?」
「ええ、寒くて魔王軍も弱ってたのかしらね。リンドーは撤退を考えるくらいこちらも少人数だったけれど、何とか勝利してね。向こうに地の利がなくて助かったわ」
なんか得意げに適当なことを言ってくれるではないか。
そんな風に言われると何だか無性に腹が立ってくる。
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ミモザの夜更かしと言ったらアレしかない。毎度お馴染み、魔具の開発だ。
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最近は店の営業にも身を入れてもらうために生活リズムを正していた。
なんといっても何人かの従業員を雇っているわけだしな。
ところが最近はまた生活リズムも崩れてきているようだ。
「やっぱり自分で魔法が使えるようになると感覚が分かってきて、しゅごいれふ。今まで分からなかったの、手が届かなかったの、全部できちゃうんでしゅ」
まるで中毒症状を引き起こしているみたいな顔で言う。
ほんの少し前までは潜在魔力無しで魔法開発してたこともあるのだろう。
はっきり言ってミモザの技術、技巧は常軌を逸している。
元々基本をすっ飛ばして独自のやり方で磨いてきたものなのだから当然だ。
学校で学び、そして改めて基礎の基礎を知ったことでより磨きが掛かったのだ。
この学校――ネルムフィラ魔導士学院は、ミモザに素晴らしい経験を積ませた。
それは紛れもない事実なのだが、こう無理されてしまうのは話が違う。
「身体を壊してしまっては元も子もないぞ。あまり無茶するでない」
「ふにゃああぁぁ~……」
あくびで返事されてしまった。
「まったく……仮にも、このクラスでも年長の立場なのだからそんな調子では示しにつかないぞ」
この学校にいる生徒の多くは貴族であり、半分くらいは人間だ。ともなればミモザの半分も生きていない連中ばかりだとも言い換えられる。
加えて、貴族として品格を重んじる教育を受けている者も決して少なくはないため、行儀の良さや礼節をもっていて当然という面もある。
……まあ、一部そうでもない奴もいるのだが。
何にせよ、そういう環境なわけだから倍以上生きているミモザがだらしない様を見せるのは我としても好ましい状況ではない。
「学生の本分は学業だ。こちらにいるときはそれを疎かにするものではない。無論、魔具店にいるときはそちらが本業なのも分かっておるがな」
「ろーりるってむずかしいれふね」
両立と言いたいのかもしれない。呂律が回っていなさすぎる。
「はーい、みんなー、おはよう。席についてー」
しばしば眼のミモザがあくびを飲み込む。
教員であるダリアのご登場で少しは引き締まったか。
クラスメイト一同の挨拶とともに、今日の授業が開始される。
「さてと。今日学ぶ歴史について、だけど。比較的近代、というか最近のものに触れることになるわ」
そういって、ダリアは手元にあった教科書を開き、魔法の杖でちょちょいと文字を空中に飛ばす。すっかり生徒たちもこの光景に見慣れたものだ。
が、我は文字とともに浮かび上がってきた挿絵に意表を突かれた。
「この学校の創設者にして校長であるロータスの歩み、よ」
よく笑いをこらえずにすらっと言えたな。
そう。今、空中に浮かんでいるのはあの勇者ロータスのプロフィールと、ロータスの近影だ。他のクラスメイトがどう思っているのかは知らんが、悪趣味な光景だ。
ただでさえ、このネルムフィラ魔導士学院には、勇者ロータスの彫像やらなんやらがあちこちに設置されていて、胸焼けしそうなくらいだというのに。
「みんなもよく知っていると思うけど、校長は歴史の中では勇者と呼ばれているの。ここ数年だとパエデロスでの功績が大きいからまだ若い人間の子たちにはピンとこないかもしれないけどね」
確かにこのクラスには人間とは寿命の異なる亜人種も多少なりいるが、お前も人間ではないか、ダリア。
「ロータスが勇者と呼ばれるようになったのは、かつて世界を恐怖に陥れたとされるあの魔王を打ち倒した功績からなの。それ以前だと軍事国家レッドアイズに雇われたちょっと強い新人くらいの認識だったんだけどね」
まるで見てきたかのように言う。まあ、実際にダリアはロータスのすぐ傍にいたのだから当然と言えば当然か。
「ダリア先生。勇者はどうして魔王と戦ったんですか? 新人だったんですよね?」
「そう、世間的には新人という認識だった。でもね、レッドアイズ国の中では短期間に多くの功績を残してきたのよ。その実力が認められて魔王討伐隊に配属されたの」
当時の奴はクソ面倒な奴だったなぁ……。
我が魔王軍の分隊をチクチク潰していきおって。
一晩のうちに拠点が三つ叩かれたと聞いたときには胃が痛かったわ。
「ロータス校長って、昔からそんなに強かったんですか!?」
「元々素質はあったわね。レッドアイズに来る前は非公認の用心棒みたいなことやってて、そこから引き抜かれた感じよ。で、軍事国家で戦闘技術にさらに磨きを掛けたわけ。ああ、そうそう。今、体育担当してるリンドーがロータスを鍛えたのよ」
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思えば、我の従者でもあるメイドのオキザリスもあのリンドーに鍛え上げられて立派なムキムキメイドになったんだったか。
「まあ、リンドーが教えたのはそれまでロータスには縁のなかった戦争での戦い方の基礎の基礎くらいって聞いてるわ。あと、我流の剣術を直したとかだったかな」
歴史の授業をしているというよりも、もはやただの思い出話だな。
その当事者が全員この学校にいるのだからそうもなろう。
「ダリア先生! 先生は勇者様と同行していたことがあると聞きました。それってレッドアイズ国で魔王討伐隊に入隊してからなんですか?」
「もっと前ね。さっき用心棒みたいなことやってたって言ったでしょ? そのときにちょっと関わってた感じ。ロータスの奴、困った人がいると直ぐに西へ東へと飛んでいっちゃう奴だからさ。今もそこんとこは変わってないわね」
なんだ、我は何を聞かされておるのだ?
歴史の授業かと思ったら赤裸々の馴れ初め話か?
「当時の私は――ああ、これはどうでもいっか。ともかくレッドアイズの傭兵になったロータスにくっついて、助っ人として私も魔王討伐隊についてったという流れよ」
そんな掻い摘まんだところを聞かされても。
お前の人生、行き当たりばったりみたいに聞こえるぞ。
「じゃあ先生! 先生は魔王軍に進撃していったんですよねっ!? 校長先生と一緒に魔王と戦ったりしたんですよね? その辺の話を聞きたいです!」
「うむ、素直でよろしい。……んーと、そうねぇ。魔王との直接対決については――今更語るものもないのよね。散々聞かれてきた話だし」
多分その武勇伝はパエデロスでもレッドアイズでも腐るほど本になって売られておるだろうな。未だに当時の話をせがまれている節もある。
「苦労したのは北方の基地を攻め込んだときかしらね。誇張なしに死ぬほど寒い思いをしたわ。ロータスを含む討伐隊も半数が遭難したし、作戦失敗だとも思ったわ」
「だと思った、ということは成功したんですか?」
「ええ、寒くて魔王軍も弱ってたのかしらね。リンドーは撤退を考えるくらいこちらも少人数だったけれど、何とか勝利してね。向こうに地の利がなくて助かったわ」
なんか得意げに適当なことを言ってくれるではないか。
そんな風に言われると何だか無性に腹が立ってくる。