表示設定
表示設定
目次 目次




第5話:英雄を貶める

ー/ー



訓練場の片隅で、カインはひとり手入れの終わった剣を無意味に抜いたり戻したりしていた。

外はもう真夜中。周囲の騎士たちはとうに休みに入り、詰所は静まり返っている。
けれど、彼の胸の内は、一息たりとも安らぐことがなかった。

「(また……今日も、会えなかった)」

神託の夜から、もう何日が過ぎただろう。
セリスが王宮へと連れて行かれてから、一度も彼女の姿を見ていない。
王宮に使者を送っても、「王命により聖女には面会できません」と門前払い。

最初は“神の意志”という言葉に従った。
自分は騎士であり、王に剣を預ける立場だからだ。
だが今、日を追うごとに膨らんでいくこの苛立ちは、どこへ向ければいいのか分からない。

「(おかしい……セリスが、俺に何の言葉も残さずに黙っていなくなるなんて)」

彼女はそんなやつじゃない。
臆病でも、逃げるような子でもなかった。

「(……まさか。いや、まさかな)」

脳裏をよぎる最悪の想像を、何度も打ち消す。
けれど、打ち消せば打ち消すほど、それは鮮明になっていく。

王が何かを隠している。
セリスを聖女としてではなく、女として自分の手の中に閉じ込めているのではないか
そう考えるのは不敬だと、何度も自分に言い聞かせた。

手の中の剣が、やけに重い。
民を救ったはずのこの剣でも何もできない。
その事実が、何よりも重く、何よりも悔しかった。

「セリス……」

名を呼んでも、返事はない。
その声が届く場所に、彼女はいない。

その日、騎士団本部の正門に、王宮からの使者がやって来た。
豪奢な紋章入りの封筒を掲げながら、重々しい口調で名を告げる。

「騎士カイン。貴殿を“王命違反・反逆未遂の疑い”により拘束する」

その言葉に、空気が凍りつく。

「……は?」

カインは眉をしかめ、わずかに前に出る。

「どこにそんな証拠がある。俺は王命に逆らった覚えは――」

周囲の騎士たちは何も言えず、ただ俯く。
ロイは目を伏せ、フィリアは口を開きかけて、何も言えずに視線を逸らす。
カインは皆の沈黙に、すべてを察した。

「……王の意志か。俺を排除したいのは、王自身ってわけだな」

数名の親衛兵が近づき、鎖付きの拘束具を差し出す。

「抵抗すれば、反逆の証明となる」

カインは一瞬だけ躊躇い――
だが、静かに腕を差し出した。
その目には怒りも悔しさもあったが、同時に冷めた覚悟が灯っていた。

「.....好きにしろ」

鎖が重々しく鳴った。
それは英雄が倒れた音ではない。
新たな何かが目覚める、確かな前触れだった。

カインは何も言わず、連行されていく。
その背に、かつて彼と笑い合った仲間たちは、何一つ声をかけることができなかった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第6話:聖女の責務


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



訓練場の片隅で、カインはひとり手入れの終わった剣を無意味に抜いたり戻したりしていた。
外はもう真夜中。周囲の騎士たちはとうに休みに入り、詰所は静まり返っている。
けれど、彼の胸の内は、一息たりとも安らぐことがなかった。
「(また……今日も、会えなかった)」
神託の夜から、もう何日が過ぎただろう。
セリスが王宮へと連れて行かれてから、一度も彼女の姿を見ていない。
王宮に使者を送っても、「王命により聖女には面会できません」と門前払い。
最初は“神の意志”という言葉に従った。
自分は騎士であり、王に剣を預ける立場だからだ。
だが今、日を追うごとに膨らんでいくこの苛立ちは、どこへ向ければいいのか分からない。
「(おかしい……セリスが、俺に何の言葉も残さずに黙っていなくなるなんて)」
彼女はそんなやつじゃない。
臆病でも、逃げるような子でもなかった。
「(……まさか。いや、まさかな)」
脳裏をよぎる最悪の想像を、何度も打ち消す。
けれど、打ち消せば打ち消すほど、それは鮮明になっていく。
王が何かを隠している。
セリスを聖女としてではなく、女として自分の手の中に閉じ込めているのではないか
そう考えるのは不敬だと、何度も自分に言い聞かせた。
手の中の剣が、やけに重い。
民を救ったはずのこの剣でも何もできない。
その事実が、何よりも重く、何よりも悔しかった。
「セリス……」
名を呼んでも、返事はない。
その声が届く場所に、彼女はいない。
その日、騎士団本部の正門に、王宮からの使者がやって来た。
豪奢な紋章入りの封筒を掲げながら、重々しい口調で名を告げる。
「騎士カイン。貴殿を“王命違反・反逆未遂の疑い”により拘束する」
その言葉に、空気が凍りつく。
「……は?」
カインは眉をしかめ、わずかに前に出る。
「どこにそんな証拠がある。俺は王命に逆らった覚えは――」
周囲の騎士たちは何も言えず、ただ俯く。
ロイは目を伏せ、フィリアは口を開きかけて、何も言えずに視線を逸らす。
カインは皆の沈黙に、すべてを察した。
「……王の意志か。俺を排除したいのは、王自身ってわけだな」
数名の親衛兵が近づき、鎖付きの拘束具を差し出す。
「抵抗すれば、反逆の証明となる」
カインは一瞬だけ躊躇い――
だが、静かに腕を差し出した。
その目には怒りも悔しさもあったが、同時に冷めた覚悟が灯っていた。
「.....好きにしろ」
鎖が重々しく鳴った。
それは英雄が倒れた音ではない。
新たな何かが目覚める、確かな前触れだった。
カインは何も言わず、連行されていく。
その背に、かつて彼と笑い合った仲間たちは、何一つ声をかけることができなかった。