第百二十五話:愛の弱点の暴露と技術の融合
ー/ー 魔王城前の荒野は、光と闇の奔流が激突する轟音に包まれていた。
聖女クラリスの「祈りのユニゾン」によってブーストされた六龍ユニゾン『世界統合審判』は、BPI 75,000という神域の出力で魔王の闇を押し返していた。
『……ふむ。祈り、か。脆い人間どもが群れて縋りつく、哀れな光だ』
魔王は、押し寄せる光の波を片手で受け止めながら、愉悦に歪んだ笑みを深めた。
『だが、貴様らの繋がっているその「鎖」……愛と呼ぶにはあまりに歪で、脆い。少し揺さぶれば、自ら千切れ飛ぶ程度のものよ』
魔王の瞳が妖しく輝いた瞬間、ヒカルの脳内に不快なノイズが走った。
それは攻撃魔法ではない。六龍姫それぞれの心の奥底にある「不安」や「執着」を強制的に増幅させる、精神汚染の波動だった。
「ッ!? なんだ……この、胸を抉られるような感覚は……!」
ヒカルの「絆の共感者」が、不協和音の発生を感知する。
魔王の言葉が、呪いのように姫たちの耳元で囁かれる。
『炎の姫よ。貴様の愛は「独占欲」だ。王が世界を救えば、王は皆のものになる。貴様だけの夫ではなくなるのだぞ?』
「い、嫌……! ヒカルは我のものよ! 誰にも渡さない!」
レヴィアの炎が揺らぐ。独占欲が恐怖へと変わり、出力が乱れる。
『水の姫よ。貴様は「理性」を誇るが、今の状況は論理的に破綻している。勝率0.01%の賭けに興じるなど、愚者の極みではないか?』
「くっ……! 計算が……合わない……。恐怖という変数が、処理しきれない……!」
アクアの氷壁に亀裂が走る。
『土の姫よ。貴様の「献身」は、自己犠牲への陶酔だ。守るふりをして、王に依存しているだけではないか?』
「違います……! わらわは……主のために……!」
テラの足元がぐらつく。
『風の姫よ。貴様は「自由」を愛するが、王との絆は貴様を永遠に縛る鎖だ。このままでは、貴様は鳥籠の鳥になるぞ』
「……鎖? やだ……私は、自由に飛びたいのに……!」
セフィラの風が逆流する。
『闇の姫よ。貴様は「孤立」を恐れている。王が光に満たされれば、貴様の居場所などなくなる。所詮、貴様は穢れた存在なのだから』
「黙れ……! 私は……契約者の影だ……!」
ヴァルキリアの闇が霧散しかける。
『光の姫よ。貴様の「調和」は偽善だ。誰も傷つけたくないと言いながら、戦場に立っている矛盾に耐えられるか?』
「あぁ……私の光が……黒く染まっていく……」
ルーナの輝きが明滅する。
六つの不協和音が、ヒカルの指揮棒を弾き飛ばそうとする。
ユニゾンの輝きが濁り、出力が一気に低下していく。
BPI 75,000 → 68,000 → 62,000 → 58,000……!
「しまっ……! ユニゾンが、崩れる!」
ヒカルが必死に精神をつなぎ止めようとするが、魔王の干渉はあまりに深く、鋭い。
『脆い、脆いな。これこそが、感情という不確定要素に頼ったシステムの限界だ』
魔王が腕を振るう。
拮抗していた闇の奔流が、一気に光を飲み込み、盟約軍へと雪崩れ込んだ。
「ぐあぁぁぁぁッ!!」
前線の兵士たちが吹き飛ばされ、テラの防御壁が粉々に砕け散る。
さらに、魔王城の瓦礫の下から、隠されていた魔王軍の残存部隊――異形の合成獣(キメラ)や漆黒の騎士たちが無数に這い出し、混乱する連合軍に襲いかかった。
「陣形が崩れたぞ! 各個撃破される!」
リヒター総帥の叫びも虚しく、戦線は崩壊寸前だった。
ヒカルは膝をつきかけた。精神的なバックラッシュで、意識が飛びそうだ。
(ダメだ……。感情が、恐怖に塗りつぶされている……。俺の声が、届かない……!)
その時だった。
戦場の後方から、二つの凛とした声が響き渡った。
「「感情が不安定なら、技術で補正すればいいだけの話ですわ!」」
空から、幾何学模様を描く巨大な魔法陣が展開される。
それはエルフの魔術文字とドワーフのルーン文字が複雑に絡み合った、見たこともない術式だった。
「システム・リンク! 『強制魔力循環路』接続!」
「出力調整! 『感情フィルタリング機構』最大稼働!」
現れたのは、盟約側妃の二人。
エルフ族の最高賢者イリス・アルゴリズムと、ドワーフ族の天才技術者ボルタ・アイアンハンドだ。
彼女たちの背後には、エルフの魔導師団とドワーフの工兵部隊が展開し、巨大な魔導装置を起動させていた。
「イリス、ボルタ!? 間に合ったのか!」
「ええ、ギリギリですけどね!」
ボルタが巨大なスパナのような魔導杖を振りかざし、不敵に笑う。
「王様! アンタの嫁さんたちの感情が暴走してんなら、アタシらの技術で無理やりねじ込んでやるよ! これでもアタシも、ヒカルの妃の一人だからね! ドワーフの愛(技術)は頑丈だよ!」
イリスが冷静に術式を編み上げるが、その瞳には熱いものが宿っている。
「王妃様方の精神波長に、論理的な補正プログラムを割り込ませます。恐怖や不安といったノイズをカットし、純粋な魔力のみを抽出してユニゾンへ再供給します。……非合理な感情には、合理的な強制力が特効薬です。それに、私も王の妃として、ここで役に立たなければ合理性がありませんから」
二人の側妃が発動させたのは、種族の垣根を超えた「技術ユニゾン」だった。エルフの精緻な魔力制御と、ドワーフの強靭な魔力増幅技術が融合し、揺らぐ六龍姫たちの魔力を外部から強制的に安定させる。
さらに、後方から財務官僚長官ギルティアの叫び声が通信機越しに届く。
「王! この装置の起動に、予備費も含めた特別予算を全て使い切りましたからね! もう後がありませんよ! 投資に見合う勝利を、今ここで決めてください!」
彼女の声には、金庫番としての悲鳴と、王への信頼が入り混じっていた。
その横で、学術顧問エルダー・ソフスが、老いた目を輝かせて叫ぶ。
「素晴らしい……! 見ろ、これぞ種族の壁を超えた知恵の結晶! 竜の魔力、エルフの理論、ドワーフの技術が一つになっている! 歴史が変わる瞬間じゃ! ワシはこれを見るために長生きしたのかもしれん!」
ガガガガッ……ブオォォォォォン!!
ヒカルの『調律の剣』が、外部デバイスと共鳴し、再び輝きを取り戻す。
暴走しかけていた姫たちの魔力が、整えられた水路を流れるように、再びヒカルの元へと収束していく。
BPI 58,000 → 62,000 → 67,000!
「身体が……軽くなった!? 余計な雑音が消えていくわ!」
レヴィアが目を見開く。
「私の不安が……数値化されて処理されている? これが、技術のバックアップ……!」
アクアが驚愕する。
ヒカルは再び立ち上がり、剣を魔王へ向けた。
「ありがとな、イリス、ボルタ、ギルティア、ソフス! これならいける!」
『小賢しい真似を……! 道具ごときで余の呪縛を逃れるか!』
魔王が苛立ちを露わにし、残存部隊に総攻撃を命じる。
キメラの群れが、無防備なヒカルたちに殺到する。
だが、その前に立ちはだかる影があった。
「王の邪魔はさせん!! 雑魚は我々にお任せください!!」
爆炎龍将軍フレアだ。彼は全身に炎を纏い、シエルによって強化された機動力でキメラの群れに突っ込んだ。
「燃えろぉぉぉッ!!」
一撃で数体のキメラを消し炭にする。
「王よ、ユニゾンの維持に集中を! 背中は我ら六天将が預かる!」
ガイアが大地を隆起させて壁を作り、ゼファーが風の刃で敵を切り裂き、シェイドが影から敵の急所を突く。
そして、リヒター率いる人類軍もまた、恐怖を乗り越えて咆哮を上げた。
「竜の方々に続け! ここは我々の世界だ! 魔族になど渡さんぞ!!」
六天将と人類軍の奮闘により、戦線は再び拮抗状態へと持ち直した。
ヒカルは、仲間たちが作ってくれたこの好機を、決して無駄にはしないと誓う。
「魔王! 俺たちは完璧じゃない。弱くて、脆くて、すぐに不安になる! だがな、それを補い合う『知恵』と『絆』があるんだよ!」
技術によって再構築された六龍ユニゾンが、再び魔王へと牙を剥く。
だが、BPI 67,000。まだ魔王の70,000には届かない。
あと一押し。
最後の「何か」が必要だった。
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