第百九話:ドワーフ族との技術協定

ー/ー



 ヒカル率いる六龍盟約軍と人類連合軍の混成部隊は、魔王領を目指して北へと進軍を続けていた。

 魔王軍の総侵攻を退けた今、彼らが選んだ戦略は「専守防衛」ではない。こちらから打って出て、元凶を断つ「完全なる討伐」だ。

 総勢数万に及ぶ大軍勢が地響きを立てて進む中、ヒカルと少数の精鋭たちは、行軍のルート上にある北方の山岳地帯へと立ち寄った。目指すは、魔王領と国境を接する険しい山脈の中腹、『黒鉄(くろがね)の峡谷』――ドワーフ族の総本山である。

 立ち寄った目的は二つ。
 一つは、BPI強化と形態発動によって枯渇しつつある高純度魔力触媒の安定供給ルートの確保。
 もう一つは、ヒカルの肉体がこれ以上の出力向上に耐えられるようにするための、さらなる肉体改造技術の導入だ。

「……暑いな」

 峡谷の入り口に降り立ったヒカルは、噴き出してくる熱風に眉をひそめた。
 周囲には、絶え間なく槌を打つ金属音が響き渡り、煙突からは色とりどりの煙が立ち上っている。

「地脈の熱を直接利用しているのです。この熱こそが、彼らの技術の源泉です」

 同行した技術統括のアウラが、涼しい顔で解説する。
 今回の交渉団は、団長のテラ、技術担当のアウラ、外交担当のレオーネ、そして王であるヒカルの少数精鋭だ。

「さあ、行きましょう主よ。交渉の席は整っております」

 磐石の守護龍テラが、慣れた様子で先導する。彼女は土属性の竜姫として、以前からドワーフ族と多少の交流があったのだ。

 ◇◆◇◆◇

 案内されたのは、岩盤をくり抜いて作られた巨大な工房兼謁見室だった。

 中央の卓を囲んでいるのは、髭を蓄えた屈強なドワーフの長老たち。その中心に座るのは、ドワーフ族の族長であり、最高技術者でもあるジオ・アイアンハンドだ。

「よく来たな、竜の王よ。……噂通りの『ひ弱な』体だ」

 ジオは開口一番、ヒカルを見定めて鼻を鳴らした。
 悪意はない。純粋に「素材」としての強度を評価している目だ。

「単刀直入に言おう。魔力結晶の提供は構わん。カインの野郎に経済をかき回されるより、アンタらの『新しい秩序』に乗っかった方が商売になると、ギルティアからも聞いている」

 ジオは太い葉巻を噛み砕きながら、ヒカルを睨みつけた。

「だが、もう一つの案件……王の『骨髄改変』については、断らせてもらう」
「なっ……!? なぜですか、ジオ殿!」

 レオーネが身を乗り出す。

「魔王軍に対抗するためには、王の出力向上が不可欠です! そのためには、ドワーフ族の持つ重力耐性技術が必要なのです!」
「分かっとるわい! だがな、人間の骨格じゃ無理なんだよ!」

 ジオが卓を叩く。

「形態発動システムだか何だか知らんが、竜の出力を無理やり引き出せば、反動で骨が砕け、内臓が破裂する。それを防ぐために骨髄を強化し、骨密度を上げる? 理論は立派だが、施工に耐えられる素材(肉体)じゃない!」

 アウラが静かに反論する。
「私の計算では、成功率は60%を超えています。王の『絆の共感者』による自己修復能力を加味すれば――」

「40%で死ぬと言ってるんだ、この鉄クズが!」

 ジオが一喝する。

「俺たちは職人だ。失敗作ができると分かっていて槌を振るう馬鹿はいねえ。ましてや、一国の王を実験台にして殺しましたじゃ、寝覚めが悪すぎるわ!」

 ドワーフたちの職人としてのプライドと、ヒカルの命を案じる現実的な判断。
 交渉は、平行線をたどるかに見えた。

「……じゃあ、成功させれば文句ないんでしょ? 親父」

 その時、工房の奥から凛とした声が響いた。
 現れたのは、炎のような赤毛を三つ編みにした、小柄な女性だった。ドワーフ族にしてはスラリとした長身(といっても155cmほどだが)で、作業着の上からでも分かる鍛え上げられた肉体美と、豊かな胸元が目を引く。

 彼女の名は、ボルタ・アイアンハンド。ジオの娘であり、次期族長候補の天才技術者だ。

「ボルタ! お前、何を言っている!」
「だってそうでしょ? この王様は、人間のままで竜の力を使いこなそうとしてる。そんな『矛盾した素材』を完璧に仕上げてこそ、アイアンハンド家の技術でしょう?」

 ボルタはヒカルの前に立つと、その琥珀色の瞳でじっと見つめてきた。
 そして、無遠慮にヒカルの腕や胸を触り、筋肉の質を確かめる。

「うん、悪くない。……ねえ、王様。アンタ、痛いのは我慢できる?」
「……必要な痛みならな」

 ヒカルが即答すると、ボルタはニヤリと笑った。

「気に入った! 親父、私がやるよ。この人の骨髄に、ウチの秘伝の『金剛術式』を刻み込む。成功率100%の設計図は、もう私の頭の中にある!」

「ボルタ……お前、本気か?」
「本気だよ。それに……」

 ボルタは少しだけ頬を染めて、ヒカルを見た。

「この人、いい体してるじゃない。素材としてだけじゃなくて……男としても、あたしの『最高傑作』にする価値があるわ」

 その熱意と、職人としての自信。ジオは溜息をつき、肩をすくめた。

「……娘にここまで言わせたんだ。勝手にしろ。ただし、失敗したら破門だぞ」

 そう吐き捨てた後、ジオは鋭い視線をヒカルに戻した。

「それとな、王様。もう一つ釘を刺しておくぞ。もし万が一、手術中に何かが起きてアンタが死んだ時……その落とし前として、ドワーフ族が竜の復讐で滅ぼされる、なんてのは勘弁だぞ。ウチの若い連中まで巻き添えにはできねえ」

 族長としての重い言葉に、場が静まり返る。
 だが、ヒカルは涼しい顔で懐から羊皮紙を取り出し、卓の上に広げた。

「ああ、それなら心配ない。俺も無責任に命を預けに来たわけじゃない」
「……何だこれは?」
「誓約書だ。事前に六龍姫全員から、『手術の結果がいかなるものであろうと、ドワーフ族に一切の責任を問わず、報復を行わない』という了承を取り付け、署名をもらってある。法的効力を持たせるために、レオーネ皇女とギルティアの公証印付きだ」

 ヒカルの言葉に、ジオは目を丸くして羊皮紙を覗き込んだ。そこには確かに、レヴィアやヴァルキリアといった激情家や危険人物たちの署名が並んでいる。

「……ふん、用意周到なこった。あの竜姫どもを説得するとは、肝が座ってやがる」

 ジオは初めて、職人としてではなく、一人の男を見る目でヒカルを見て、安堵の息を漏らした。

「いいだろう。そこまで覚悟が決まってるなら、俺たちが止める理由はねえ。……ボルタ、全力を尽くせよ」
「当たり前だよ! 最高の仕事をして見せる!」

 ◇◆◇◆◇

 その日の夜。
 ヒカルは、工房の奥にある特別施術室のベッドに横たわっていた。
 骨髄改変手術。それは、麻酔なしで行われる、骨の髄を焼き換えるような激痛を伴う儀式だ。

「始めるよ、王様。……私の愛(技術)を、骨の髄まで刻み込んであげる」

 ボルタが、真紅に輝く魔力針を手にし、手術台の周りには複雑な術式陣が展開される。
 その横では、テラがヒカルの手を強く握りしめていた。

「主よ。痛みは、わらわが大地へ逃がします。……ですが、耐えきれぬ時は、わらわの手を砕くつもりで握ってください」
「ありがとう、テラ。頼りにしてる」
「おいアウラ! そこでぼーっとしてないで、魔力モニターの出力を安定させな! 計算機なら計算機らしくキビキビ働きなさいよ!」

 ボルタが、後方で待機していたアウラに怒鳴る。

「……ぼーっとしてはいません。並列処理で王のバイタルと術式の最適解を常時演算中です。ですが、了解しました。出力調整、誤差0.001%以内に固定します」
「はんっ、口ごたえだけはいっちょ前だね! 行くよ!」

 ボルタが魔力針をヒカルの胸骨へと突き立てた。

「ぐぅぅッ……!!」

 ヒカルの身体が弓なりに反る。

 皮膚を貫き、骨を穿つ鋭い痛み。だが、それは序章に過ぎなかった。針を通して、煮えたぎる鉛のような魔力が骨髄へと注入されていく。骨の内側から焼かれ、膨張し、分子レベルで構造が書き換えられていく感覚。

「う、あ、あああああああッ!!」
「耐えて! 今、一番キツイところだよ! ここで意識を飛ばしたら、魔力が暴走して骨が弾ける!」

 ボルタの額から大粒の汗が滴り落ちる。彼女の表情は鬼気迫るものがあった。
 彼女もまた、自身の魔力を極限まで練り上げ、ヒカルの骨と同調させているのだ。一瞬の気の緩みが、ヒカルの死に直結する。

 ヒカルは、テラの手を握りしめ、歯が砕けそうなほど食いしばった。

(痛い。熱い。死にそうだ……! だが、ここで死ねば、全てが終わる!)

「アウラ! 冷却術式の及第点が遅い! もっと早く回せ!」
「冷却係数上昇。……これ以上は、術式の定着率に影響します」
「うるさい! 王様が壊れたら元も子もないんだよ! やれ!」

 ボルタの怒号と、アウラの冷静な報告が交錯する。
 数時間に及ぶ、死線上の綱渡り。
 ヒカルの意識が白濁しそうになるたびに、ボルタの熱い視線と、テラの温もりが彼を引き戻した。

「……あと、少し……! これで、最後ッ!」

 ボルタが最後の魔力を叩き込む。

 カッ!

 ヒカルの全身が金色の光に包まれ、骨格がきしむ音と共に、光が収束していく。

 ヒカルの身体は、汗と脂汗でびっしょりと濡れていたが、その骨格からは微かに金属的な光沢を持つ魔力が滲み出ていた。

「……完成だよ。これでアンタの骨は、ドラゴンの爪撃を受けても砕けない」

 ボルタもまた、消耗しきった様子でその場にへたり込んだ。
 だが、その表情は極上の作品を作り上げた職人の達成感に満ちていた。

「すごい……。本当に、成功させてしまうなんて」

 レオーネが感嘆の声を漏らす。

 ボルタは、ふらつく足取りでヒカルに近づくと、倒れ込むように彼の上に覆いかぶさった。

「あー、疲れた! 魔力すっからかんだよ! ……ねえ、王様。成功報酬、もらえるよね?」
「報酬?」

 ヒカルが問い返すと、ボルタはいたずらっぽく笑った。

「あたしはね、自分が手を入れた『作品』には、最後まで責任を持つの。これからは毎日、この身体のメンテナンス(マッサージ)をしてあげる。……もちろん、二人きりでね」

 それは、新たな「盟約側妃」としての名乗りだった。
 ドワーフの技術と誇り、そして職人としての歪んだ(?)愛情。

 ヒカルは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。

(二人きりで毎日……? まずい、それはテラの「王の肉体的安寧の独占」という領分を侵す発言だ)

 恐る恐るテラの方を見ると、彼女は無表情のまま、琥珀色の瞳を細めていた。
 激情を露わにするレヴィアとは違う。大地の如く静かで、それゆえに底知れない圧力を伴う「静かな怒り」の予兆。ヒカルは本能的に警戒態勢をとった。

「メンテナンス、ですか」

 テラが低く呟いた。
 嫉妬の炎が噴き出すか――ヒカルが身構えたその瞬間、彼女はふわりと穏やかに微笑んだ。
 だが、その笑顔の奥には、絶対に譲れない一線を示す鋭い光が宿っているようにヒカルには見えた。

「良いでしょう。王の肉体の強度は上がりましたが、その分、ケアの難易度も上がりました。わらわの食事による内側からのケアと、ボルタ殿の技術による外側からのメンテナンス。……これで、王の健康管理は盤石です」
「話が早くて助かるよ、テラ様! じゃあ、これからは『健康管理(フィジカル・ケア)』同盟ってことで!」

 ボルタとテラが、ガッチリと握手を交わす。
 ヒカルは、激痛の余韻の中で、新たな(そして肉体的にハードな)愛の包囲網が形成されたことを悟った。

「……お手柔らかに頼むよ」

 こうして、ドワーフ族との技術協定は成立し、ヒカルは更なる強靭な肉体と、新たな頼もしい(そして暑苦しい)パートナーを手に入れたのだった。



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 ヒカル率いる六龍盟約軍と人類連合軍の混成部隊は、魔王領を目指して北へと進軍を続けていた。
 魔王軍の総侵攻を退けた今、彼らが選んだ戦略は「専守防衛」ではない。こちらから打って出て、元凶を断つ「完全なる討伐」だ。
 総勢数万に及ぶ大軍勢が地響きを立てて進む中、ヒカルと少数の精鋭たちは、行軍のルート上にある北方の山岳地帯へと立ち寄った。目指すは、魔王領と国境を接する険しい山脈の中腹、『黒鉄(くろがね)の峡谷』――ドワーフ族の総本山である。
 立ち寄った目的は二つ。
 一つは、BPI強化と形態発動によって枯渇しつつある高純度魔力触媒の安定供給ルートの確保。
 もう一つは、ヒカルの肉体がこれ以上の出力向上に耐えられるようにするための、さらなる肉体改造技術の導入だ。
「……暑いな」
 峡谷の入り口に降り立ったヒカルは、噴き出してくる熱風に眉をひそめた。
 周囲には、絶え間なく槌を打つ金属音が響き渡り、煙突からは色とりどりの煙が立ち上っている。
「地脈の熱を直接利用しているのです。この熱こそが、彼らの技術の源泉です」
 同行した技術統括のアウラが、涼しい顔で解説する。
 今回の交渉団は、団長のテラ、技術担当のアウラ、外交担当のレオーネ、そして王であるヒカルの少数精鋭だ。
「さあ、行きましょう主よ。交渉の席は整っております」
 磐石の守護龍テラが、慣れた様子で先導する。彼女は土属性の竜姫として、以前からドワーフ族と多少の交流があったのだ。
 ◇◆◇◆◇
 案内されたのは、岩盤をくり抜いて作られた巨大な工房兼謁見室だった。
 中央の卓を囲んでいるのは、髭を蓄えた屈強なドワーフの長老たち。その中心に座るのは、ドワーフ族の族長であり、最高技術者でもあるジオ・アイアンハンドだ。
「よく来たな、竜の王よ。……噂通りの『ひ弱な』体だ」
 ジオは開口一番、ヒカルを見定めて鼻を鳴らした。
 悪意はない。純粋に「素材」としての強度を評価している目だ。
「単刀直入に言おう。魔力結晶の提供は構わん。カインの野郎に経済をかき回されるより、アンタらの『新しい秩序』に乗っかった方が商売になると、ギルティアからも聞いている」
 ジオは太い葉巻を噛み砕きながら、ヒカルを睨みつけた。
「だが、もう一つの案件……王の『骨髄改変』については、断らせてもらう」
「なっ……!? なぜですか、ジオ殿!」
 レオーネが身を乗り出す。
「魔王軍に対抗するためには、王の出力向上が不可欠です! そのためには、ドワーフ族の持つ重力耐性技術が必要なのです!」
「分かっとるわい! だがな、人間の骨格じゃ無理なんだよ!」
 ジオが卓を叩く。
「形態発動システムだか何だか知らんが、竜の出力を無理やり引き出せば、反動で骨が砕け、内臓が破裂する。それを防ぐために骨髄を強化し、骨密度を上げる? 理論は立派だが、施工に耐えられる素材(肉体)じゃない!」
 アウラが静かに反論する。
「私の計算では、成功率は60%を超えています。王の『絆の共感者』による自己修復能力を加味すれば――」
「40%で死ぬと言ってるんだ、この鉄クズが!」
 ジオが一喝する。
「俺たちは職人だ。失敗作ができると分かっていて槌を振るう馬鹿はいねえ。ましてや、一国の王を実験台にして殺しましたじゃ、寝覚めが悪すぎるわ!」
 ドワーフたちの職人としてのプライドと、ヒカルの命を案じる現実的な判断。
 交渉は、平行線をたどるかに見えた。
「……じゃあ、成功させれば文句ないんでしょ? 親父」
 その時、工房の奥から凛とした声が響いた。
 現れたのは、炎のような赤毛を三つ編みにした、小柄な女性だった。ドワーフ族にしてはスラリとした長身(といっても155cmほどだが)で、作業着の上からでも分かる鍛え上げられた肉体美と、豊かな胸元が目を引く。
 彼女の名は、ボルタ・アイアンハンド。ジオの娘であり、次期族長候補の天才技術者だ。
「ボルタ! お前、何を言っている!」
「だってそうでしょ? この王様は、人間のままで竜の力を使いこなそうとしてる。そんな『矛盾した素材』を完璧に仕上げてこそ、アイアンハンド家の技術でしょう?」
 ボルタはヒカルの前に立つと、その琥珀色の瞳でじっと見つめてきた。
 そして、無遠慮にヒカルの腕や胸を触り、筋肉の質を確かめる。
「うん、悪くない。……ねえ、王様。アンタ、痛いのは我慢できる?」
「……必要な痛みならな」
 ヒカルが即答すると、ボルタはニヤリと笑った。
「気に入った! 親父、私がやるよ。この人の骨髄に、ウチの秘伝の『金剛術式』を刻み込む。成功率100%の設計図は、もう私の頭の中にある!」
「ボルタ……お前、本気か?」
「本気だよ。それに……」
 ボルタは少しだけ頬を染めて、ヒカルを見た。
「この人、いい体してるじゃない。素材としてだけじゃなくて……男としても、あたしの『最高傑作』にする価値があるわ」
 その熱意と、職人としての自信。ジオは溜息をつき、肩をすくめた。
「……娘にここまで言わせたんだ。勝手にしろ。ただし、失敗したら破門だぞ」
 そう吐き捨てた後、ジオは鋭い視線をヒカルに戻した。
「それとな、王様。もう一つ釘を刺しておくぞ。もし万が一、手術中に何かが起きてアンタが死んだ時……その落とし前として、ドワーフ族が竜の復讐で滅ぼされる、なんてのは勘弁だぞ。ウチの若い連中まで巻き添えにはできねえ」
 族長としての重い言葉に、場が静まり返る。
 だが、ヒカルは涼しい顔で懐から羊皮紙を取り出し、卓の上に広げた。
「ああ、それなら心配ない。俺も無責任に命を預けに来たわけじゃない」
「……何だこれは?」
「誓約書だ。事前に六龍姫全員から、『手術の結果がいかなるものであろうと、ドワーフ族に一切の責任を問わず、報復を行わない』という了承を取り付け、署名をもらってある。法的効力を持たせるために、レオーネ皇女とギルティアの公証印付きだ」
 ヒカルの言葉に、ジオは目を丸くして羊皮紙を覗き込んだ。そこには確かに、レヴィアやヴァルキリアといった激情家や危険人物たちの署名が並んでいる。
「……ふん、用意周到なこった。あの竜姫どもを説得するとは、肝が座ってやがる」
 ジオは初めて、職人としてではなく、一人の男を見る目でヒカルを見て、安堵の息を漏らした。
「いいだろう。そこまで覚悟が決まってるなら、俺たちが止める理由はねえ。……ボルタ、全力を尽くせよ」
「当たり前だよ! 最高の仕事をして見せる!」
 ◇◆◇◆◇
 その日の夜。
 ヒカルは、工房の奥にある特別施術室のベッドに横たわっていた。
 骨髄改変手術。それは、麻酔なしで行われる、骨の髄を焼き換えるような激痛を伴う儀式だ。
「始めるよ、王様。……私の愛(技術)を、骨の髄まで刻み込んであげる」
 ボルタが、真紅に輝く魔力針を手にし、手術台の周りには複雑な術式陣が展開される。
 その横では、テラがヒカルの手を強く握りしめていた。
「主よ。痛みは、わらわが大地へ逃がします。……ですが、耐えきれぬ時は、わらわの手を砕くつもりで握ってください」
「ありがとう、テラ。頼りにしてる」
「おいアウラ! そこでぼーっとしてないで、魔力モニターの出力を安定させな! 計算機なら計算機らしくキビキビ働きなさいよ!」
 ボルタが、後方で待機していたアウラに怒鳴る。
「……ぼーっとしてはいません。並列処理で王のバイタルと術式の最適解を常時演算中です。ですが、了解しました。出力調整、誤差0.001%以内に固定します」
「はんっ、口ごたえだけはいっちょ前だね! 行くよ!」
 ボルタが魔力針をヒカルの胸骨へと突き立てた。
「ぐぅぅッ……!!」
 ヒカルの身体が弓なりに反る。
 皮膚を貫き、骨を穿つ鋭い痛み。だが、それは序章に過ぎなかった。針を通して、煮えたぎる鉛のような魔力が骨髄へと注入されていく。骨の内側から焼かれ、膨張し、分子レベルで構造が書き換えられていく感覚。
「う、あ、あああああああッ!!」
「耐えて! 今、一番キツイところだよ! ここで意識を飛ばしたら、魔力が暴走して骨が弾ける!」
 ボルタの額から大粒の汗が滴り落ちる。彼女の表情は鬼気迫るものがあった。
 彼女もまた、自身の魔力を極限まで練り上げ、ヒカルの骨と同調させているのだ。一瞬の気の緩みが、ヒカルの死に直結する。
 ヒカルは、テラの手を握りしめ、歯が砕けそうなほど食いしばった。
(痛い。熱い。死にそうだ……! だが、ここで死ねば、全てが終わる!)
「アウラ! 冷却術式の及第点が遅い! もっと早く回せ!」
「冷却係数上昇。……これ以上は、術式の定着率に影響します」
「うるさい! 王様が壊れたら元も子もないんだよ! やれ!」
 ボルタの怒号と、アウラの冷静な報告が交錯する。
 数時間に及ぶ、死線上の綱渡り。
 ヒカルの意識が白濁しそうになるたびに、ボルタの熱い視線と、テラの温もりが彼を引き戻した。
「……あと、少し……! これで、最後ッ!」
 ボルタが最後の魔力を叩き込む。
 カッ!
 ヒカルの全身が金色の光に包まれ、骨格がきしむ音と共に、光が収束していく。
 ヒカルの身体は、汗と脂汗でびっしょりと濡れていたが、その骨格からは微かに金属的な光沢を持つ魔力が滲み出ていた。
「……完成だよ。これでアンタの骨は、ドラゴンの爪撃を受けても砕けない」
 ボルタもまた、消耗しきった様子でその場にへたり込んだ。
 だが、その表情は極上の作品を作り上げた職人の達成感に満ちていた。
「すごい……。本当に、成功させてしまうなんて」
 レオーネが感嘆の声を漏らす。
 ボルタは、ふらつく足取りでヒカルに近づくと、倒れ込むように彼の上に覆いかぶさった。
「あー、疲れた! 魔力すっからかんだよ! ……ねえ、王様。成功報酬、もらえるよね?」
「報酬?」
 ヒカルが問い返すと、ボルタはいたずらっぽく笑った。
「あたしはね、自分が手を入れた『作品』には、最後まで責任を持つの。これからは毎日、この身体のメンテナンス(マッサージ)をしてあげる。……もちろん、二人きりでね」
 それは、新たな「盟約側妃」としての名乗りだった。
 ドワーフの技術と誇り、そして職人としての歪んだ(?)愛情。
 ヒカルは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(二人きりで毎日……? まずい、それはテラの「王の肉体的安寧の独占」という領分を侵す発言だ)
 恐る恐るテラの方を見ると、彼女は無表情のまま、琥珀色の瞳を細めていた。
 激情を露わにするレヴィアとは違う。大地の如く静かで、それゆえに底知れない圧力を伴う「静かな怒り」の予兆。ヒカルは本能的に警戒態勢をとった。
「メンテナンス、ですか」
 テラが低く呟いた。
 嫉妬の炎が噴き出すか――ヒカルが身構えたその瞬間、彼女はふわりと穏やかに微笑んだ。
 だが、その笑顔の奥には、絶対に譲れない一線を示す鋭い光が宿っているようにヒカルには見えた。
「良いでしょう。王の肉体の強度は上がりましたが、その分、ケアの難易度も上がりました。わらわの食事による内側からのケアと、ボルタ殿の技術による外側からのメンテナンス。……これで、王の健康管理は盤石です」
「話が早くて助かるよ、テラ様! じゃあ、これからは『健康管理(フィジカル・ケア)』同盟ってことで!」
 ボルタとテラが、ガッチリと握手を交わす。
 ヒカルは、激痛の余韻の中で、新たな(そして肉体的にハードな)愛の包囲網が形成されたことを悟った。
「……お手柔らかに頼むよ」
 こうして、ドワーフ族との技術協定は成立し、ヒカルは更なる強靭な肉体と、新たな頼もしい(そして暑苦しい)パートナーを手に入れたのだった。