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第70話 ヴァルハラの死神たち

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 ヴァルキリーが四人体制になったことでヘルムヴィーゲはヴァルキリーのトップから外れ、シュヴェルトライテがその筆頭となった。

 「ヴァルハラの門」が閉じられたが何かを警戒するように、世界の「運行管理」には戻らなかったのである。

「それにしても『ヴァルハラ』ってなんですか? 言い伝えとは随分違う印象を受けましたけど」

 死神として事務所に復帰し、解決した依頼の報告書を作成しながら椿に問いかける一矢。

 吸血鬼によって多くの死神が死に、さらに世の中が乱れるかと思っていた彼だったが「ラグナロクの乱」以降ほどの大きな変化は訪れなかった。

「元は魔物、幻獣、竜などの手に負えない怪物を閉じ込める場所だった。その頃は名前も違ったらしいが。だが時を経て手に負えないような強力な死神を幽閉する牢獄に性質が変わったと聞いている。一言で例えれば化物の巣窟だな」

「それはカグツチよりも?」

「さあな。当時のカグツチは消息不明のまま脱落扱いされたようだし、私が死神になる前の話だ。あまり詳しくは知らんな」

 一矢は真祖の死体を放り捨てた青年のことを思い出す。彼はヴァルキリーと何らかの確執があるようだった。

「でも門は消えましたし、伯爵の言っていたような『魔の世』も訪れませんね。結局なんだったんでしょうか」

「……今はこの程度で済んでいるが、それはシュヴェルトライテの力が大きいだろう。逆に奴の管理していたという『ヴァルハラ』が手薄になっている。嵐の前の静けさってやつじゃないのか」

 椿の予感はある意味で当たっていた。ちょうどその時、伯爵による「ヴァルハラ」への介入が行われていたからだ。



「本当に君はどこにでも現れるね。ただ誰しもが君の口車に乗るとは思わない方がいいと思うよ」

「とんでもない! 私はただ一人の観測者としてあなた方の行く末を見守りたいのですよ。それに私が『ヴァルハラ』に直接介入できるようになった以上、その為に協力することもやぶさかではありません。無論、あなた方が望むという前提の上ですが」

「僕は吸血鬼如きにあれだけしてやられる今の死神たちには心底失望したよ。一応見込みのある子もいたけどね」

 金髪で柔らかな雰囲気の青年、ベオウルフはその表情とは裏腹に厳しい言葉を言い放つ。

「それはかつて『序列第一位』だった死神である矜持からのお考えで?」

「いや、そもそも僕は弱い死神は悪であると思っている。だからこそ行動を起こそうと思っているんだ」

 その言葉を聞くと伯爵は喜ぶように拍手をする。

 対してベオウルフは微笑を絶やさない。

「もちろん! できる範囲のことであれば、いや例え多少の無茶があろうとも私にお任せください!」

「こっちにいる魔術師、シモン・マグスは並行世界の管理にかかりっきりでね。あまり頼りにならないのは事実だよ」

 ヴァルハラは伝承で語られるような宮殿ではなく、どこまでも続く海岸線だった。

 その砂浜に玉座のような椅子が置かれ、そこにベオウルフは座っている。

 素手で巨人を叩きのめし、命と引き換えに竜を倒した屠竜の王ベオウルフ。

 彼は死に際に死神へと転生し、第二の生で多くの難敵を打ち破ってきた。

 そして彼の周囲には彼の椅子を含めて五つの椅子がてんでばらばらに配置されていた。

 少なくとも「世界の脅威」足り得ると判断された死神が少なくとも残り四人いるということだ。

「『魔の世』に逆行した現世を統治するにはより強い死神が必要だ。少なくとも僕はそう考えている。弱小の死神に割かれているリソースを再分配する必要があるとね」

「なるほど、それがあなたの計画……! そうですとも! 吸血鬼如きにしてやられる死神になんの価値がありましょうか!」

 伯爵は興奮気味にベオウルフへまくし立てる。

 だが、そこでベオウルフの微笑が意地悪な笑みとなった。

「だがカグツチを、吸血鬼をそう駆り立てたのは君だろう? 僕らがこんな場所に閉じ込められているから知らないとでも思っていたのかい?」

 伯爵の表情が凍り付く。何故それを知っているのかといいたいが言葉には出せない。

「シモン・マグスの並行世界を見せてもらった。彼の管理する世界『プレローマ』は現世に限りなく近く調整を重ねられている。よく見せてもらったよ。並行世界越しに君の暗躍をね」

「なら諸悪の根源の私を殺そうと? ですがご存じの通り、私は転生と再生を繰り返す存在。そういう魔術で守られています。手を下すだけ無意味というもの。ここは互いに手を取り合った方が有益では?」

「そうかな。胸を見てごらん」

 伯爵の胸を貫くように血に濡れた刃が貫いていた。そして首だけで振り返ると事の重大さを理解する。

「あなた、は。いや、こんなところで、私は……」

 砂浜に崩れ落ちる伯爵。彼の自慢の転生魔術は働いていないように見えた。

「殺しは好きじゃないが、それしか能がない。皮肉なものだな」

 伯爵を殺した黒髪の男が自嘲気味に言う。

 彼の名はカイン。死神であり、人類で最初の殺人者である。

「いいや、助かったよ。僕じゃどこかに転移か転生をされて取り逃がしていただろうからね。この男は協力するとは口では言うが、興味本位で場をひっかき回すだけだから。消えてもらいたかった」

「そういうものか」

 百年の時をかけて「人の世」の破壊を目的として暗躍してきたサンジェルマン伯爵はあっけなく死んだ。

「残りのメンバーはどうしている」

「さあ、どうだろうね。気が向いたらまたここに戻って来るさ」

 無造作に配置された椅子を見ながらベオウルフは言った。

 ベオウルフ、カイン。そして残りの三つの椅子の主と、現世にいる一人。

 彼らはヴァルキリーに対し決起する第三の勢力であった。

 名を「ウロボロス」という。

 彼らは自身の尾を噛む痛みに耐える蛇に自らを例えた少数精鋭の死神たちである。

 そしてそのいずれもが「厄災」を生き延びている。

 全ては痛みを超えて世界を再生するために。


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 ヴァルキリーが四人体制になったことでヘルムヴィーゲはヴァルキリーのトップから外れ、シュヴェルトライテがその筆頭となった。
 「ヴァルハラの門」が閉じられたが何かを警戒するように、世界の「運行管理」には戻らなかったのである。
「それにしても『ヴァルハラ』ってなんですか? 言い伝えとは随分違う印象を受けましたけど」
 死神として事務所に復帰し、解決した依頼の報告書を作成しながら椿に問いかける一矢。
 吸血鬼によって多くの死神が死に、さらに世の中が乱れるかと思っていた彼だったが「ラグナロクの乱」以降ほどの大きな変化は訪れなかった。
「元は魔物、幻獣、竜などの手に負えない怪物を閉じ込める場所だった。その頃は名前も違ったらしいが。だが時を経て手に負えないような強力な死神を幽閉する牢獄に性質が変わったと聞いている。一言で例えれば化物の巣窟だな」
「それはカグツチよりも?」
「さあな。当時のカグツチは消息不明のまま脱落扱いされたようだし、私が死神になる前の話だ。あまり詳しくは知らんな」
 一矢は真祖の死体を放り捨てた青年のことを思い出す。彼はヴァルキリーと何らかの確執があるようだった。
「でも門は消えましたし、伯爵の言っていたような『魔の世』も訪れませんね。結局なんだったんでしょうか」
「……今はこの程度で済んでいるが、それはシュヴェルトライテの力が大きいだろう。逆に奴の管理していたという『ヴァルハラ』が手薄になっている。嵐の前の静けさってやつじゃないのか」
 椿の予感はある意味で当たっていた。ちょうどその時、伯爵による「ヴァルハラ」への介入が行われていたからだ。
「本当に君はどこにでも現れるね。ただ誰しもが君の口車に乗るとは思わない方がいいと思うよ」
「とんでもない! 私はただ一人の観測者としてあなた方の行く末を見守りたいのですよ。それに私が『ヴァルハラ』に直接介入できるようになった以上、その為に協力することもやぶさかではありません。無論、あなた方が望むという前提の上ですが」
「僕は吸血鬼如きにあれだけしてやられる今の死神たちには心底失望したよ。一応見込みのある子もいたけどね」
 金髪で柔らかな雰囲気の青年、ベオウルフはその表情とは裏腹に厳しい言葉を言い放つ。
「それはかつて『序列第一位』だった死神である矜持からのお考えで?」
「いや、そもそも僕は弱い死神は悪であると思っている。だからこそ行動を起こそうと思っているんだ」
 その言葉を聞くと伯爵は喜ぶように拍手をする。
 対してベオウルフは微笑を絶やさない。
「もちろん! できる範囲のことであれば、いや例え多少の無茶があろうとも私にお任せください!」
「こっちにいる魔術師、シモン・マグスは並行世界の管理にかかりっきりでね。あまり頼りにならないのは事実だよ」
 ヴァルハラは伝承で語られるような宮殿ではなく、どこまでも続く海岸線だった。
 その砂浜に玉座のような椅子が置かれ、そこにベオウルフは座っている。
 素手で巨人を叩きのめし、命と引き換えに竜を倒した屠竜の王ベオウルフ。
 彼は死に際に死神へと転生し、第二の生で多くの難敵を打ち破ってきた。
 そして彼の周囲には彼の椅子を含めて五つの椅子がてんでばらばらに配置されていた。
 少なくとも「世界の脅威」足り得ると判断された死神が少なくとも残り四人いるということだ。
「『魔の世』に逆行した現世を統治するにはより強い死神が必要だ。少なくとも僕はそう考えている。弱小の死神に割かれているリソースを再分配する必要があるとね」
「なるほど、それがあなたの計画……! そうですとも! 吸血鬼如きにしてやられる死神になんの価値がありましょうか!」
 伯爵は興奮気味にベオウルフへまくし立てる。
 だが、そこでベオウルフの微笑が意地悪な笑みとなった。
「だがカグツチを、吸血鬼をそう駆り立てたのは君だろう? 僕らがこんな場所に閉じ込められているから知らないとでも思っていたのかい?」
 伯爵の表情が凍り付く。何故それを知っているのかといいたいが言葉には出せない。
「シモン・マグスの並行世界を見せてもらった。彼の管理する世界『プレローマ』は現世に限りなく近く調整を重ねられている。よく見せてもらったよ。並行世界越しに君の暗躍をね」
「なら諸悪の根源の私を殺そうと? ですがご存じの通り、私は転生と再生を繰り返す存在。そういう魔術で守られています。手を下すだけ無意味というもの。ここは互いに手を取り合った方が有益では?」
「そうかな。胸を見てごらん」
 伯爵の胸を貫くように血に濡れた刃が貫いていた。そして首だけで振り返ると事の重大さを理解する。
「あなた、は。いや、こんなところで、私は……」
 砂浜に崩れ落ちる伯爵。彼の自慢の転生魔術は働いていないように見えた。
「殺しは好きじゃないが、それしか能がない。皮肉なものだな」
 伯爵を殺した黒髪の男が自嘲気味に言う。
 彼の名はカイン。死神であり、人類で最初の殺人者である。
「いいや、助かったよ。僕じゃどこかに転移か転生をされて取り逃がしていただろうからね。この男は協力するとは口では言うが、興味本位で場をひっかき回すだけだから。消えてもらいたかった」
「そういうものか」
 百年の時をかけて「人の世」の破壊を目的として暗躍してきたサンジェルマン伯爵はあっけなく死んだ。
「残りのメンバーはどうしている」
「さあ、どうだろうね。気が向いたらまたここに戻って来るさ」
 無造作に配置された椅子を見ながらベオウルフは言った。
 ベオウルフ、カイン。そして残りの三つの椅子の主と、現世にいる一人。
 彼らはヴァルキリーに対し決起する第三の勢力であった。
 名を「ウロボロス」という。
 彼らは自身の尾を噛む痛みに耐える蛇に自らを例えた少数精鋭の死神たちである。
 そしてそのいずれもが「厄災」を生き延びている。
 全ては痛みを超えて世界を再生するために。