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第66話 悲願たる彼岸の到来

ー/ー



 真祖の死体が「門」から放り捨てられてもロデリックは抵抗をやめない。

 その一方でサンジェルマン伯爵はステッキを投げ捨てバタバタと足を踏み鳴らし、両腕を「門」に向けて広げ歓喜している。

「これで『魔の世』が訪れ幻想に満ちた世界が再来するでしょう! そうです! まだ研究したかったことが山ほどありますからねえ!」

「聞いていないぞ……真祖が、内部で殺されるなど……」

「私も知りませんよ『ヴァルハラ』に収監された危険人物の考えなど。ただ、吸血鬼の世になるよりも彼らにひと暴れしてもらった方が面白くなりそうですからね。ご愁傷様ということで」

 伯爵は最早ロデリックに顔を向けることなく返事をし、「門」を注視している。

 その間にも一矢はロデリックへの攻撃を止めることはない。椿もそれを一矢の覚悟の表れとして手出しをしない。

 そしてロデリックに止めを刺そうと血牙(けつが)を携え接近する一矢。

 血刀をロデリックの心臓の位置にあてがう。

 その時、「門」の正面に対峙するように眩い光体が現れた。

 思わず手を止める一矢と落胆したような表情になる伯爵。

「アマガセ・カズヤ。吸血鬼の身に堕ちながらもよくやりました。『ヴァルハラの門』は私にお任せなさい」

 光が収まり、空中を足場にするように直立しているのは見たことのないヴァルキリーだった。

「ヴァルキリー・シュヴェルトライテの名において命じます。門よ、閉じなさい」

 優しい声色ながらも決意に満ちた表情でシュヴェルトライテと名乗るヴァルキリーが告げる。

 開きかけていた石造りの門が閉じていく。同時に禍々しい気配も次第に薄くなる。

「真祖討伐の恩賞はないのかい? 相変わらずだね。君たちヴァルキリーは」

 先ほど真祖の死体を放り捨てた青年の声が聞こえる。

「黙りなさい。あなたの現世への干渉の全ては許可されません。そう、ただ言葉を投げかけることすらも」

「そうかい? 礼の一つくらいは言ってもいいと思うけどね。“厄災”の分もさ」

 対するシュヴェルトライテは無言で門の閉鎖を進める。

 そして門は閉じ、青年の声も聞こえなくなった。

「伯爵! 助けろ! お前なら強制転移ができるはずだ!」

 ロデリックが叫ぶ。すかさず一矢が彼の心臓に刀をねじ込み血液の吸収を始めるが、強化に強化を重ねたロデリックはすぐには絶命しない。

「残念ですが壊世が成された今、既にあなたの利用価値はなくなりました。私の目的は達成できましたので、それではごきげんよう」

 伯爵はシルクハットを脱いで一礼すると、煙のように消えてしまう。

「所詮は詐欺師か! クソ……お前さえ、お前さえいなければ……」

「こっちの台詞だ。お前さえいなければ死神も死ななかった、あの伯爵の計画とやらが進むこともなかった。世界はもう少しまともだったはずだ」

 そう言うと一矢は血刀を力強くねじる。吐血するロデリック。

「ヴァルハラの門は固く封じました。そして荒らされた世はすぐに立て直してみせましょう。あなたの目論み通りにはいきませんよ。サンジェルマン伯爵」

 伯爵が立っていた方へ向けて宣言するシュヴェルトライテ。

 そして彼女が屋上に着地すると、転移してきたヘルムヴィーゲとロスヴァイセがすぐさま跪いて首を垂れる。

「姉上がお手を煩わせなくても、あの配下の若造が忌々しい吸血鬼の親玉を始末してみせました。『運行管理』のお勤めはどうされたのです」

 ヘルムヴィーゲは姉の介入に不満そうに告げる。

 ロスヴァイセは驚いたように横のヘルムヴィーゲを見つめ、黙っている。

「『ヴァルハラ』の管理も世界の運行における重要な一部です。それを現世に顕現させるような統治をしておいて、どの口が言うのですか」

「なら、それを現世に出現させたのは姉上の責任とも言えるのでは?」

 思わず立ち上がったヘルムヴィーゲの右脚が見えない力により膝から折られ、強制的に頭を下げる姿勢にさせられる。

「不遜ですよ。ヘルムヴィーゲ。私より上のヴァルキリーは『運行管理』のより深部に関わるものたちです。私が出てきたということはこれ以上の援軍はないと思ってくださいね」

「それが不要だということです……」

 ヘルムヴィーゲの左脚が折れ、彼女は地に伏す。

 同族のヴァルキリーにすら働く強い権能。

 ヘルムヴィーゲの態度からして、今までのヴァルキリーとは格が違うことが横目で見ていた一矢にもわかる。

「私は完璧にやった! プライドだけは高い幹部連中を取りまとめ、吸血鬼を兵士に仕立て上げた! それがお前の、お前のせいで……!」

「黙ってろ」

 そして彼は今、ロデリックの最期を見届けようとしていた。



 二百年ほど昔、ロデリックにはマデラインという最愛の妹がいた。

 双子の妹であった彼女は重病で死の淵にあった。

 彼女の看病をするロデリックにも精神的な負担があり、マデラインが弱っていくと共に彼自身も衰弱していった。

 看病の甲斐なくある日、マデラインは死を迎えた。

 そして驚くべきことに彼女は一度死んだ後、息を吹き返したのである。

 吸血鬼として目覚めたのだ。

 地下室に安置された棺桶から出てきたマデラインに噛まれ、ロデリックも吸血鬼となった。つまりは妹の眷属となったのである。

 飢えながら二人は悩んだ。今後どう生きていけばいいのだろうかと。

 結局彼ら兄妹は本能のまま、夜になると屋敷を出て人間の血を飲んだ。

 目覚めたばかりの彼らの吸血鬼としての階級は低く、生き血啜り(グール)を生むことが多かった。

 ロデリックが意思を持った吸血鬼になれたのは血筋が、偶然か不明だが、とにかく二人の行為は吸血鬼界で問題とされた。

 ある夜。マデラインとロデリックは「選ばれし者が吸血鬼となるべき」と主張する貴族主義派閥の兵に襲撃され、拉致された。

 いずれロデリックが殺すことになるレオポルトの城にである。

 貴族主義の縄張りで無為に吸血鬼を増やした罪で彼らは処刑されるはずであった。

 だが、マデラインの美貌を見初めた有力貴族の一人が彼女を引き取ることを表明。マデラインの歎願もあり、ロデリックも命を拾うこととなった。

 彼の貴族主義への嫌悪はここから始まっていた。

 統治する民もいなければ、下位の吸血鬼に何かを施すこともない。

 純粋な血筋だけが力となるその世界で、彼らは気に入る、気に入らないという二つの価値観だけで全てを支配していたからだ。

 そして彼は有力な一族の末端として、上質な血を与えられ力を付けていった。

 マデラインの顔立ちによく似た彼は、当主に気に入られ家中でも要職に就く。

 ロデリックは与えられた仕事を着実にこなし、信頼を勝ち得ていった。

「いずれマデラインを取り戻す」

 それだけが彼の行動理念だった。

 彼女が人間に殺されてしまうまでは。


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 真祖の死体が「門」から放り捨てられてもロデリックは抵抗をやめない。
 その一方でサンジェルマン伯爵はステッキを投げ捨てバタバタと足を踏み鳴らし、両腕を「門」に向けて広げ歓喜している。
「これで『魔の世』が訪れ幻想に満ちた世界が再来するでしょう! そうです! まだ研究したかったことが山ほどありますからねえ!」
「聞いていないぞ……真祖が、内部で殺されるなど……」
「私も知りませんよ『ヴァルハラ』に収監された危険人物の考えなど。ただ、吸血鬼の世になるよりも彼らにひと暴れしてもらった方が面白くなりそうですからね。ご愁傷様ということで」
 伯爵は最早ロデリックに顔を向けることなく返事をし、「門」を注視している。
 その間にも一矢はロデリックへの攻撃を止めることはない。椿もそれを一矢の覚悟の表れとして手出しをしない。
 そしてロデリックに止めを刺そうと|血牙《けつが》を携え接近する一矢。
 血刀をロデリックの心臓の位置にあてがう。
 その時、「門」の正面に対峙するように眩い光体が現れた。
 思わず手を止める一矢と落胆したような表情になる伯爵。
「アマガセ・カズヤ。吸血鬼の身に堕ちながらもよくやりました。『ヴァルハラの門』は私にお任せなさい」
 光が収まり、空中を足場にするように直立しているのは見たことのないヴァルキリーだった。
「ヴァルキリー・シュヴェルトライテの名において命じます。門よ、閉じなさい」
 優しい声色ながらも決意に満ちた表情でシュヴェルトライテと名乗るヴァルキリーが告げる。
 開きかけていた石造りの門が閉じていく。同時に禍々しい気配も次第に薄くなる。
「真祖討伐の恩賞はないのかい? 相変わらずだね。君たちヴァルキリーは」
 先ほど真祖の死体を放り捨てた青年の声が聞こえる。
「黙りなさい。あなたの現世への干渉の全ては許可されません。そう、ただ言葉を投げかけることすらも」
「そうかい? 礼の一つくらいは言ってもいいと思うけどね。“厄災”の分もさ」
 対するシュヴェルトライテは無言で門の閉鎖を進める。
 そして門は閉じ、青年の声も聞こえなくなった。
「伯爵! 助けろ! お前なら強制転移ができるはずだ!」
 ロデリックが叫ぶ。すかさず一矢が彼の心臓に刀をねじ込み血液の吸収を始めるが、強化に強化を重ねたロデリックはすぐには絶命しない。
「残念ですが壊世が成された今、既にあなたの利用価値はなくなりました。私の目的は達成できましたので、それではごきげんよう」
 伯爵はシルクハットを脱いで一礼すると、煙のように消えてしまう。
「所詮は詐欺師か! クソ……お前さえ、お前さえいなければ……」
「こっちの台詞だ。お前さえいなければ死神も死ななかった、あの伯爵の計画とやらが進むこともなかった。世界はもう少しまともだったはずだ」
 そう言うと一矢は血刀を力強くねじる。吐血するロデリック。
「ヴァルハラの門は固く封じました。そして荒らされた世はすぐに立て直してみせましょう。あなたの目論み通りにはいきませんよ。サンジェルマン伯爵」
 伯爵が立っていた方へ向けて宣言するシュヴェルトライテ。
 そして彼女が屋上に着地すると、転移してきたヘルムヴィーゲとロスヴァイセがすぐさま跪いて首を垂れる。
「姉上がお手を煩わせなくても、あの配下の若造が忌々しい吸血鬼の親玉を始末してみせました。『運行管理』のお勤めはどうされたのです」
 ヘルムヴィーゲは姉の介入に不満そうに告げる。
 ロスヴァイセは驚いたように横のヘルムヴィーゲを見つめ、黙っている。
「『ヴァルハラ』の管理も世界の運行における重要な一部です。それを現世に顕現させるような統治をしておいて、どの口が言うのですか」
「なら、それを現世に出現させたのは姉上の責任とも言えるのでは?」
 思わず立ち上がったヘルムヴィーゲの右脚が見えない力により膝から折られ、強制的に頭を下げる姿勢にさせられる。
「不遜ですよ。ヘルムヴィーゲ。私より上のヴァルキリーは『運行管理』のより深部に関わるものたちです。私が出てきたということはこれ以上の援軍はないと思ってくださいね」
「それが不要だということです……」
 ヘルムヴィーゲの左脚が折れ、彼女は地に伏す。
 同族のヴァルキリーにすら働く強い権能。
 ヘルムヴィーゲの態度からして、今までのヴァルキリーとは格が違うことが横目で見ていた一矢にもわかる。
「私は完璧にやった! プライドだけは高い幹部連中を取りまとめ、吸血鬼を兵士に仕立て上げた! それがお前の、お前のせいで……!」
「黙ってろ」
 そして彼は今、ロデリックの最期を見届けようとしていた。
 二百年ほど昔、ロデリックにはマデラインという最愛の妹がいた。
 双子の妹であった彼女は重病で死の淵にあった。
 彼女の看病をするロデリックにも精神的な負担があり、マデラインが弱っていくと共に彼自身も衰弱していった。
 看病の甲斐なくある日、マデラインは死を迎えた。
 そして驚くべきことに彼女は一度死んだ後、息を吹き返したのである。
 吸血鬼として目覚めたのだ。
 地下室に安置された棺桶から出てきたマデラインに噛まれ、ロデリックも吸血鬼となった。つまりは妹の眷属となったのである。
 飢えながら二人は悩んだ。今後どう生きていけばいいのだろうかと。
 結局彼ら兄妹は本能のまま、夜になると屋敷を出て人間の血を飲んだ。
 目覚めたばかりの彼らの吸血鬼としての階級は低く、|生き血啜り《グール》を生むことが多かった。
 ロデリックが意思を持った吸血鬼になれたのは血筋が、偶然か不明だが、とにかく二人の行為は吸血鬼界で問題とされた。
 ある夜。マデラインとロデリックは「選ばれし者が吸血鬼となるべき」と主張する貴族主義派閥の兵に襲撃され、拉致された。
 いずれロデリックが殺すことになるレオポルトの城にである。
 貴族主義の縄張りで無為に吸血鬼を増やした罪で彼らは処刑されるはずであった。
 だが、マデラインの美貌を見初めた有力貴族の一人が彼女を引き取ることを表明。マデラインの歎願もあり、ロデリックも命を拾うこととなった。
 彼の貴族主義への嫌悪はここから始まっていた。
 統治する民もいなければ、下位の吸血鬼に何かを施すこともない。
 純粋な血筋だけが力となるその世界で、彼らは気に入る、気に入らないという二つの価値観だけで全てを支配していたからだ。
 そして彼は有力な一族の末端として、上質な血を与えられ力を付けていった。
 マデラインの顔立ちによく似た彼は、当主に気に入られ家中でも要職に就く。
 ロデリックは与えられた仕事を着実にこなし、信頼を勝ち得ていった。
「いずれマデラインを取り戻す」
 それだけが彼の行動理念だった。
 彼女が人間に殺されてしまうまでは。