ビアンカがヘルメットを脱ぎ、椅子に座るエリザベート目がけて投げつける。
プラチナブロンドの髪がたなびく。
そしてすかさずヘルメットの陰に隠れるように一本の血斧を投擲し、そこで初めて血斧を展開したかのように両手に斧を持つ。
黒いフルフェイスメットを突き破り一本目の血斧がエリザベートに襲い掛かるが、彼女はその斧を右手の人差し指と中指で挟むように止めてしまう。
そして血斧はエリザベートの体内へと吸い込まれていく。
「ちゅーちゅー……や~ん! こんなの癖になっちゃいそ〜。真祖の直系の血を味わうなんて初めてだわ! わたしの初めて、あ・げ・ちゃ・う~! きゃ~!」
「キモいんだよ! メス豚!」
「遊んであげたいのは山々だけど、生き血啜りの管理で手一杯だからカワイ子ちゃんの相手はしてられないの。で~も! わたしも面白い『おもちゃ』を用意したからその子と遊んでちょうだいね~」
エリザベートが指を鳴らすと黒い霧が彼女の周囲を渦巻き、人間の形になっていく。
ビアンカは先手必勝とばかりに長いテーブルの上を駆けながら、テーブル上の人影に左手の血斧を投擲。そして右手の斧を脳天のあるべき位置に叩きつける。
金属同士が激しくぶつかり合うような音が響き合う。
黒いスーツに深紅のネクタイをした男がナイフ状の血牙で手斧を受け止め、影に投げたと見せかけてエリザベートを狙った投擲斧は再び掴まれ吸収されてしまう。
「奴隷く~ん、出番よ~。はい命令、あの白い子をやっつけて。それと追加条件、なるべく傷付けずに。あとあと~勝手に血を吸ったらお仕置き確定ね! あの娘の血はぜ~んぶこのエリザベートちゃんのも・の・だ・か・ら」
エリザベートが「おもちゃ」と称した吸血鬼の男は、ビアンカの手斧のサイズを確認してナイフをマチェーテ状に変化させる。
だがその一瞬の隙を見逃さなかったビアンカは両手の血斧を一つにすることで戦斧形態へと変化させ、マチェーテでは受け止められない一撃を叩き込む。
マチェーテごと首を刎ねるはずのその一撃は、不可視の壁に阻まれ弾かれた。
想定外の防御にビアンカが体勢を崩したところで、男が瞬時に距離を詰め赤黒い刃が首を狙う。
「クッソ……」
二人の間を血で作られた匕首が通り過ぎる。
その匕首は男を狙ったもので、飛来するその気配に気付いた男は咄嗟にテーブルの上を跳び退ったのだ。
「サーンキュ! カズくん!」
咄嗟にビアンカを助けるために血牙赤口を手のひらから発射してみたものの、敵の吸血鬼・静馬は片手間で戦えるほど甘い男ではなかった。
「隙あり!」
片手で握った血牙空亡が弾かれる。
そして空間ごと突き破るような鋭い突きがフリーになった一矢の右肩を貫く。
敵の刀が一矢の血を吸うがすぐ止まり、静馬は不快そうな表情で剣を引き抜いた。
「生き血啜りの血だと……?」
一方で一矢はビアンカと打ち合う男に目を奪われていた。
その男がカタストロフィの「リーダー」だったからだ。口を覆う拘束具を装着させられていたが、その眼光と殺気は見間違えるはずがない。
「どういうことだ! 何故その男がここにいる!?」
「俺も聞きたい。何故、生き血啜りが血牙を扱える? 貴殿の術式の誤作動ではないか?」
図らずも一時停戦し、それぞれエリザベートに問いを投げかける。
「うるっさーい。同時に話しかけないで。シズマきゅんの方から答えてあげる。わっかんなーい! それとカグツチを倒したその子、教えてあーげーない!」
その間もマクスウェルは意外にも正確な射撃でぬいぐるみの群れを撃退していく。
ぬいぐるみは銃弾を浴びて足がなくなっても、手だけ、耳だけで近づいてくるので少しずつ距離を取って彼は戦う。
「カーニャちゃんが治してくれるからがんばれー」
カーニャが抱えた子豚が腕を振って応援している。カーニャは微笑み優しくその頭を撫でた。
「何やってんだよ! さっさと片づけて俺に合流しろ!」
一人だけ状況を理解できていないマクスウェルが絶叫した。
その瞬間リーダーに蹴り飛ばされたビアンカがマクスウェルに激突する。
「ってえ......合流ってそうじゃねえよ!」
「あー、黙って! カズくんあいつ無理! 中位の吸血鬼のはずなのにめちゃくちゃ強いよ!」
リーダーはテーブルから飛び降りると次の行動を伺うようにエリザベートを見る。
憎悪に満ちた目で。だが彼はビアンカを追い詰めようとはしなかった。
「その目! こっわいけどキュンキュンしちゃうわ~!」
エリザベートは身悶えしてリーダーの敵意に喜んでいる。
その間もリーダーは動かない。
指示されたこと以外に従う気がないように。もしくは拘束具がそうさせているのか。
一矢はエリザベートがリーダーに指示を出さない間に必死に考えを巡らせる。
権能を借り受けられる相手を探知するがビアンカ以上の力はない。
つまりこの中で最も吸血鬼として位が高いのはビアンカだということだ。
ビアンカから力を借りてやっと一矢と同格の静馬、そのビアンカを完封してみせたどこか様子のおかしいリーダー、そしてなんとか抑えてはいるがマクスウェルは防戦一方。
どう見ても勝ち目は薄い。
「引き返すぞ! ビアンカ、お前から離れたら俺は戦力になれない! 生き血啜りを盾にするしかない!」
「そこからどうするの!?」
「逃げながら考える!」
三人が来た道に戻ろうとする。静馬は何かに気付いた様子で一矢に剣先を向けたまま動かない。
「させ……るか……」
ビアンカの再生阻害で片腕のままの桐子が血の短剣を手に出口を塞いだからだ。
片腕ではあるが「血戦派」の幹部だ。
倒し切る前に背後から静馬やカーニャのぬいぐるみによる攻撃を受けるだろう。
絶体絶命の危機の中でリーダーの敵意に満ちた目と、飽くまでも指示を待つ態度を思い出し一矢はそれに賭けた。
「おいリーダー! いや、不破正人! 仲間はどうした!? カタストロフィは!?」
名前はカタストロフィが大暴れしていた際にニュースの報道で知った。
それを聞いた不破の目は怒りに燃えているのを一矢は再確認する。
そう言っている間も一矢たち三人は後退し、部屋の中心部に追い詰められつつある。
「ビアンカ、あいつの拘束具を解除できるか?」
「なーんでさ!? そんなことしたら敵がまた強くなるだろう!?」
「いいから!」
ビアンカが目を閉じた。次の瞬間には不破がマスクをむしり取り、血牙のマチェーテでエリザベートに襲い掛かっていた。
一矢の見立て通りだった。彼は吸血鬼に強烈な恨みを持っているようだ。
だからこそ上位の吸血鬼に逆らえないような拘束具を身に着けさせられ、指示通りに動く人形にされていたのだ。
「やっば……」
いつもの調子はどこにいったのか、エリザベートは黒い霧状になって攻撃を避ける。
「あの時の死神だな。少し手伝え」
不破は一矢を見てそれだけ言うと、両手にナイフ状の血牙を生成し直して静馬に飛び掛かった。
その刃に破滅へ向かう狂気を乗せて。