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第54話 急決起

ー/ー



 親し気に接していた吸血鬼の顔面に容赦なく手斧を叩きつけたビアンカは、その男を跨いで部屋を出る。

「おーい。急ぐよ。時間との戦い、ってやつだからね」

「マジかよこの女……イカれてんのか?」

 そう言いながらも、シュワルツから微弱な生体反応を感じ取ったマクスウェルがビアンカをいそいそと追う。

「イカしてるのは知ってるけどー? そいでさー、死神吸血鬼(ハーフ・ヴァンパイア)の君はどうして『そう』なれたのっと」

 一矢は自身の死神としての権能が吸血鬼としても働いている可能性を簡潔に説明する。

「あーそ。よくわかんないけどわかった。アタシが死んだり、離れすぎると借りる先がいなくなって生き血啜り(グール)になるってこと?」

「もしくは別の吸血鬼の権能を借りて勘付かれるか、かな」

「へーえ。偶然アタシが一番近くにいてよかったね。ホント。じゃー離れないように手とか繋いじゃうー?」

 ビアンカが伸ばした手をさっと避ける一矢。

 するとビアンカはむくれたような表情になる。そういったところだけは普通の少女のようだ。

 そんな会話をしながら血で作った鍵で生き血啜りの詰められた部屋のドアを次々と開けていくビアンカ。

「嬢ちゃんよお、どうすんだよそんな化け物を解き放つような真似して……嘘だよな?」

「嘘じゃなーいよ。この辺の生き血啜りを一斉に解き放つ。シュワルツの反応がまだ残ってるからぜーんぶあいつのせいにする」

 十部屋ほどの扉を開けると彼女はウインクと共に指をパチンと鳴らす。

 ごそごそと近くの部屋の生き血啜りたちが動き出す音が聞こえる。

「で、どうする気? こいつらを率いて攻め入るつもりだったら遠慮願いたいな」

 動く屍の群れを見ながら一矢が懸念していたことを言う。

 生き血啜りを取りまとめている間に包囲され、殲滅されると考えたからだ。

「ないなーい! こいつらを囮にしたゴタゴタの中でターゲットをソッコー殺すんだよ。エリザベートってピンクツインテの女、見ればわかるから」

 一矢はまだエリザベートが「ラグナロク」のセクレタリーだとは知らない。そういった吸血鬼がいるものと理解する。

 すると正面から吸血鬼が四人駆け寄ってきた。装備は統一され銃器を手にしている。

 気配からしても自分より下位の吸血鬼であると一矢にもわかった。

「ビアンカ様。これはどういった状況なのでしょうか」

「知ーらない。シュワルツが生き血啜りに何かしたのか、術式が崩れたのか。ほーら、早く見に行ってよね!」

 下級吸血鬼たちは、唯一吸血鬼の気配を感じないマクスウェルをちらりと見るが、ビアンカに意見できるほどの地位には無いらしい。彼らは一礼して一矢たちとすれ違うように後方に去っていく。

 突然ビアンカが振り返ると両手から一本ずつ血で作り出した手斧を出現させ、投擲する。

 勢いよく回転する二本の手斧が四人のうち二人の首を刎ね飛ばした。

「ビアンカ様、ご乱心か!?」

 残る二人が振り返って銃を構えるが、軌道を操られた手斧がブーメランのように残りの首も飛ばしてビアンカの手元に戻ってくる。

 彼女がそれを受け止めると、手斧は溶けるように形を崩し手のひらに吸い込まれて体内へ戻る。

「あ、そーだ。死神吸血鬼くんは血牙出せる? 武器を連想して手のひらから引き抜いてごらん? それが一番適した形だから」

 突然の言葉に一矢は困惑しながらも、漠然と武器を連想して出てきたものを引き抜く。

 出てきたものは一矢の血で作られた「空亡」(くうぼう)と同じ形をした日本刀だった。

「おーかっこいー! 次からも君も戦ってね」

 そのやり取りの間にマクスウェルは吸血鬼の持つ自動小銃を奪い両手に抱えている。

「俺は死なねえ! 俺は“サバイバー”なんだ! そうだよ! 死ぬもんか!」

「はいうるさーい。まー、君には期待しないけど、頑張ってねー」

 生き血啜りたちが吸血鬼の死骸に食らいつく。彼らは血を吸う武具である血牙の生成はできない。

 一矢たちは廊下を一直線に走る。

 東京拘置所はX字状に四つの棟があり、一矢とマクスウェルはA棟というその一つの隅に閉じ込められていた。

 彼らは今、中央棟のエリザベートの下へと向かっている。

「隠れて」

 ビアンカが素早く血で鍵を作り、正面向かって左の生き血啜り小屋に二人を押し込む。

「あー。桐子じゃん。どうしたー?」

 ビアンカに対峙するのは黒髪をポニーテールした吸血鬼、桐子。

 不意打ちとはいえども、グリムゲルデを戦闘不能状態に追い込んだ張本人。

「どうしたかって? お前から報告がないからシュワルツが向かったんだ。でもあいつはレナードより頼りにならない。だからあたしは部下に追わせたんだが……全員死んだみたいだ」

「へーえ。アタシは無事だけど?」

 シュワルツも桐子の部下も手にかけたビアンカは、平然と桐子に言ってのけた。

「あんたが無事なのが一番怪しいって思わない?」

「時間稼ぎにはのーらない!」

 ビアンカが両手から手斧を桐子目がけて投げ付ける。桐子は二本の短剣をその手に生成し、手斧を打ち払う。

 そのまま桐子は飛び道具を封じるために距離を詰めると、ビアンカは後方に跳んで距離を維持しようとする。

 ビアンカは口元に笑みを浮かべる。

 桐子は右に開いたドアの奥にいる奇妙な気配に気付いた。

 桐子が「それ」を認識した先に起こることを想像してビアンカは思わず笑ったのだ。

 彼女はさらに踏み込みビアンカを攻めるか、妙な気配を警戒して一度退くか、ほんの一瞬躊躇ってしまう。

 そしてその隙を一矢は見逃さなかった。

 血牙空亡を横薙ぎに一閃する。桐子の右腕が宙を舞い、脇腹が深々と切り裂かれる。

「こいつは殺すつもりなのか?」

「いーや。シュワルツが死ななかったのでわかると思うけど……強化された吸血鬼、特に幹部級を殺すのには時間がかかるんだよね。でも一応アタシの血で再生阻害はしておいて……ほーら次行くよー」

 ビアンカは這いつくばる桐子を尻目に、何事も無かったかのように再び駆け始める。一矢もそれを追う。

 今にも泣き出しそうになりながら、その後にマクスウェルが続くのだった。


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次のエピソードへ進む 第55話 たったひとつの奇妙なやり方


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 親し気に接していた吸血鬼の顔面に容赦なく手斧を叩きつけたビアンカは、その男を跨いで部屋を出る。
「おーい。急ぐよ。時間との戦い、ってやつだからね」
「マジかよこの女……イカれてんのか?」
 そう言いながらも、シュワルツから微弱な生体反応を感じ取ったマクスウェルがビアンカをいそいそと追う。
「イカしてるのは知ってるけどー? そいでさー、|死神吸血鬼《ハーフ・ヴァンパイア》の君はどうして『そう』なれたのっと」
 一矢は自身の死神としての権能が吸血鬼としても働いている可能性を簡潔に説明する。
「あーそ。よくわかんないけどわかった。アタシが死んだり、離れすぎると借りる先がいなくなって|生き血啜り《グール》になるってこと?」
「もしくは別の吸血鬼の権能を借りて勘付かれるか、かな」
「へーえ。偶然アタシが一番近くにいてよかったね。ホント。じゃー離れないように手とか繋いじゃうー?」
 ビアンカが伸ばした手をさっと避ける一矢。
 するとビアンカはむくれたような表情になる。そういったところだけは普通の少女のようだ。
 そんな会話をしながら血で作った鍵で生き血啜りの詰められた部屋のドアを次々と開けていくビアンカ。
「嬢ちゃんよお、どうすんだよそんな化け物を解き放つような真似して……嘘だよな?」
「嘘じゃなーいよ。この辺の生き血啜りを一斉に解き放つ。シュワルツの反応がまだ残ってるからぜーんぶあいつのせいにする」
 十部屋ほどの扉を開けると彼女はウインクと共に指をパチンと鳴らす。
 ごそごそと近くの部屋の生き血啜りたちが動き出す音が聞こえる。
「で、どうする気? こいつらを率いて攻め入るつもりだったら遠慮願いたいな」
 動く屍の群れを見ながら一矢が懸念していたことを言う。
 生き血啜りを取りまとめている間に包囲され、殲滅されると考えたからだ。
「ないなーい! こいつらを囮にしたゴタゴタの中でターゲットをソッコー殺すんだよ。エリザベートってピンクツインテの女、見ればわかるから」
 一矢はまだエリザベートが「ラグナロク」のセクレタリーだとは知らない。そういった吸血鬼がいるものと理解する。
 すると正面から吸血鬼が四人駆け寄ってきた。装備は統一され銃器を手にしている。
 気配からしても自分より下位の吸血鬼であると一矢にもわかった。
「ビアンカ様。これはどういった状況なのでしょうか」
「知ーらない。シュワルツが生き血啜りに何かしたのか、術式が崩れたのか。ほーら、早く見に行ってよね!」
 下級吸血鬼たちは、唯一吸血鬼の気配を感じないマクスウェルをちらりと見るが、ビアンカに意見できるほどの地位には無いらしい。彼らは一礼して一矢たちとすれ違うように後方に去っていく。
 突然ビアンカが振り返ると両手から一本ずつ血で作り出した手斧を出現させ、投擲する。
 勢いよく回転する二本の手斧が四人のうち二人の首を刎ね飛ばした。
「ビアンカ様、ご乱心か!?」
 残る二人が振り返って銃を構えるが、軌道を操られた手斧がブーメランのように残りの首も飛ばしてビアンカの手元に戻ってくる。
 彼女がそれを受け止めると、手斧は溶けるように形を崩し手のひらに吸い込まれて体内へ戻る。
「あ、そーだ。死神吸血鬼くんは血牙出せる? 武器を連想して手のひらから引き抜いてごらん? それが一番適した形だから」
 突然の言葉に一矢は困惑しながらも、漠然と武器を連想して出てきたものを引き抜く。
 出てきたものは一矢の血で作られた|「空亡」《くうぼう》と同じ形をした日本刀だった。
「おーかっこいー! 次からも君も戦ってね」
 そのやり取りの間にマクスウェルは吸血鬼の持つ自動小銃を奪い両手に抱えている。
「俺は死なねえ! 俺は“サバイバー”なんだ! そうだよ! 死ぬもんか!」
「はいうるさーい。まー、君には期待しないけど、頑張ってねー」
 生き血啜りたちが吸血鬼の死骸に食らいつく。彼らは血を吸う武具である血牙の生成はできない。
 一矢たちは廊下を一直線に走る。
 東京拘置所はX字状に四つの棟があり、一矢とマクスウェルはA棟というその一つの隅に閉じ込められていた。
 彼らは今、中央棟のエリザベートの下へと向かっている。
「隠れて」
 ビアンカが素早く血で鍵を作り、正面向かって左の生き血啜り小屋に二人を押し込む。
「あー。桐子じゃん。どうしたー?」
 ビアンカに対峙するのは黒髪をポニーテールした吸血鬼、桐子。
 不意打ちとはいえども、グリムゲルデを戦闘不能状態に追い込んだ張本人。
「どうしたかって? お前から報告がないからシュワルツが向かったんだ。でもあいつはレナードより頼りにならない。だからあたしは部下に追わせたんだが……全員死んだみたいだ」
「へーえ。アタシは無事だけど?」
 シュワルツも桐子の部下も手にかけたビアンカは、平然と桐子に言ってのけた。
「あんたが無事なのが一番怪しいって思わない?」
「時間稼ぎにはのーらない!」
 ビアンカが両手から手斧を桐子目がけて投げ付ける。桐子は二本の短剣をその手に生成し、手斧を打ち払う。
 そのまま桐子は飛び道具を封じるために距離を詰めると、ビアンカは後方に跳んで距離を維持しようとする。
 ビアンカは口元に笑みを浮かべる。
 桐子は右に開いたドアの奥にいる奇妙な気配に気付いた。
 桐子が「それ」を認識した先に起こることを想像してビアンカは思わず笑ったのだ。
 彼女はさらに踏み込みビアンカを攻めるか、妙な気配を警戒して一度退くか、ほんの一瞬躊躇ってしまう。
 そしてその隙を一矢は見逃さなかった。
 血牙空亡を横薙ぎに一閃する。桐子の右腕が宙を舞い、脇腹が深々と切り裂かれる。
「こいつは殺すつもりなのか?」
「いーや。シュワルツが死ななかったのでわかると思うけど……強化された吸血鬼、特に幹部級を殺すのには時間がかかるんだよね。でも一応アタシの血で再生阻害はしておいて……ほーら次行くよー」
 ビアンカは這いつくばる桐子を尻目に、何事も無かったかのように再び駆け始める。一矢もそれを追う。
 今にも泣き出しそうになりながら、その後にマクスウェルが続くのだった。