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第52話 東京拘血所

ー/ー



 一矢が目を覚ましたのは、死体の山の中だった。

 死体だと判断したのは血の匂いと呼吸をしている気配を感じないからだ。

 ただ、どういうわけかその死体から死神の気配がする。

 一矢も動き出す前に自身の置かれた状況を整理しようと思案した。

(俺は……椿さんに刺されて、気絶して。その後はどうなったんだ?)

 駆け寄ってくる椿、胸を貫かれる衝撃、沈んでいく感覚。次々と脳裏に場景が再生されていく。

(俺は、死んだ?)

 一矢はまず胸の傷を確認しようと自身を押しつぶす死神の死体をかきわけるようにして顔を死体の山から出す。

 動いている感覚からして胸の傷は回復しているようだ。

 部屋中に血の匂いが充満している。そしてその部屋は想定以上に狭い部屋だった。

 一人分の布団が敷ける程度の広さ。そこに十数体の死体が放り込まれていた。そして部屋に直に設置された便器。

「刑務所……?」

「小僧……! 生きてたのか……!」

 一矢が驚くと部屋の隅に“サバイバー”マクスウェルが座り込んでいた。

「マクスウェルさん、俺は……」

「動くんじゃねえ、あと声は小さくしろ」

 マクスウェルは怯えた目で拳銃を一矢に向けると、もう一方の手の人差し指を口の前に立てる。

「あの、俺は一体どうなったんですか? それにこの死体の山はなんなんです」

「お前とこいつらは……吸血鬼になった」

「俺が……吸血鬼」

 彼の脳天を衝撃が貫いた。自身が死神の敵である吸血鬼にされたという事実。

 否定しようにも不自然な傷の回復と吸血鬼狩りのマクスウェルの判断がそれを許さない。

「お前、なんで話せるんだ? こいつらは吸血鬼っつっても下級も下級。上級の命令で動く、知性すらない生き血啜り(グール)だ。なのにお前だけどうして自分の意思がある?」

 一矢の胸は椿に刺されたものも、後に杭に貫かれたものも、傷跡すらなく治っていた。

 とりあえずボロ衣同然となったジャケットの代わりになるコートを死体から拝借し、頭を下げる。

「聞いてるのかよ、小僧!」

「じゃあなんでマクスウェルさんはここにいるんですか。あなただってここにいる以上吸血鬼にされたんじゃないんですか?」

「そんなわけあるか。吸血鬼狩りである以上吸血鬼のしてくることには耐性があんだよ。ここに来たのは……死に際の顔も知らんボケ死神に引きずり込まれたからだ」

 一矢はマクスウェルから決闘の後に起きたことを聞いた。

 突然の吸血鬼の襲撃、杭による無差別攻撃、沈んでいく死神たち。

「沈んだ時点で死にかけの死神は生き血啜りにされて自我が奪われる。だが端くれとはいえ吸血鬼になったおかげで傷は治る。俺の体感と目の前の生き血啜りの山から言えるのはそんなもんだ。だから、お前さんは一体どうして意識があるってんだよ」

 マクスウェルの拳銃を握る力が強まる。

「……吸血鬼にも権能はありますか?」

「ああ? あるだろうよ。ケチな権能しか寄越さねえ死神とは違って権能の塊みたいなもんだろ。……だったらなんだ。俺はもう我慢の限界だぜ、撃つぞ」

 その答えで一矢は自身の置かれている状況がよく理解できた。

 このままマクスウェルと問答をしていることが危険だということも。

「撃っても意味ないです。そのくらいじゃ死にませんから。それに俺が吸血鬼にされても意識を保っていられる方法が一つだけあります。多分俺の『権能を借り受ける権能』が働いてるんです」

「ヘッ! 便利な権能があったもんだな。まあ、それが本当だとしたら吸血鬼同士で上級の能力を借りてどうにか意識を保ってるってわけだ。……オイ、それって借りてる先にバレねえよな」

 マクスウェルは銃を下ろすが新たな懸念点に直面し、身を乗り出すように一矢に問いかける。

「バレますね。多分。似た気配が近づいてくるのを感じます。入ってきたところを不意打ちで無力化しますよ」

 部屋の外側の廊下をカツカツと歩いてくる音がする。武器はナイフと拳銃しかない。

 一矢は吸血鬼の権能がどれほどのものかまだ理解できていないが、力押しで戦った場合に周囲の吸血鬼が反応してしまわないかが気になった。

 足音がドアの前で止まった。

「あのさー、誰か知らないけど。アタシに何かしてる?」

 女の声だが、どこかくぐもっている。

「『してる』って言ったら?」

 戦闘を避けられる可能性にかけて一矢が返答する。マクスウェルは必死に腕でバツ印を作っているが、無視する。

「そーお? 面白いね、君。死神なのに高位の吸血鬼の気配がする」

 鍵が差し込まれ、ドアが開く。「や・め・さ・せ・ろ」とマクスウェルが口パクで伝えてくるが一矢は続けて無視した。

 そこに立っていたのはレザージャケットに白いシャツ。

 短めのレザーのタイトスカートの女、と思われる人物。女かどうか確定できないのはその人物が黒いフルフェイスメットを被っていたからだ。

「でーも、生き血啜りじゃない死神吸血鬼(ハーフ・ヴァンパイア)が生まれたのはアタシにとっては好都合かも」

 マクスウェルは抵抗を諦め頭を抱え小さくなり、生き血啜りたちの中に紛れようとしている。

「どう好都合なのか差し支えなければ教えてもらえないかな?」

「うーんと。アタシ、吸血鬼を裏切ろうと思って」

 黒メットの吸血鬼はヘルメットを外す。するとプラチナブロンドの髪が解き放たれ肩にかかる。

「紹介が遅れたね。アタシ、ビアンカ。でー、君は知らないと思うけど『血戦派』の幹部なんだ」

 アルビノを思わせる色素の薄い少女、ビアンカが言った。

「どうして俺が君の反乱に協力すると思う?」

「するしかないよー。じゃなきゃ君、死んじゃうから」

 屈託のない笑顔でビアンカは言ってのけた。

 一矢も彼女の話を聞かずに攻撃することが得策ではないことくらい理解できる。むしろ権能を借り受けている彼女が、もしかしたら死神側に回る可能性もある分幸運とも思えた。

「この吸血鬼の拠点、東京拘置所を乗っ取るアタシの大反乱にー、ね」


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 一矢が目を覚ましたのは、死体の山の中だった。
 死体だと判断したのは血の匂いと呼吸をしている気配を感じないからだ。
 ただ、どういうわけかその死体から死神の気配がする。
 一矢も動き出す前に自身の置かれた状況を整理しようと思案した。
(俺は……椿さんに刺されて、気絶して。その後はどうなったんだ?)
 駆け寄ってくる椿、胸を貫かれる衝撃、沈んでいく感覚。次々と脳裏に場景が再生されていく。
(俺は、死んだ?)
 一矢はまず胸の傷を確認しようと自身を押しつぶす死神の死体をかきわけるようにして顔を死体の山から出す。
 動いている感覚からして胸の傷は回復しているようだ。
 部屋中に血の匂いが充満している。そしてその部屋は想定以上に狭い部屋だった。
 一人分の布団が敷ける程度の広さ。そこに十数体の死体が放り込まれていた。そして部屋に直に設置された便器。
「刑務所……?」
「小僧……! 生きてたのか……!」
 一矢が驚くと部屋の隅に“サバイバー”マクスウェルが座り込んでいた。
「マクスウェルさん、俺は……」
「動くんじゃねえ、あと声は小さくしろ」
 マクスウェルは怯えた目で拳銃を一矢に向けると、もう一方の手の人差し指を口の前に立てる。
「あの、俺は一体どうなったんですか? それにこの死体の山はなんなんです」
「お前とこいつらは……吸血鬼になった」
「俺が……吸血鬼」
 彼の脳天を衝撃が貫いた。自身が死神の敵である吸血鬼にされたという事実。
 否定しようにも不自然な傷の回復と吸血鬼狩りのマクスウェルの判断がそれを許さない。
「お前、なんで話せるんだ? こいつらは吸血鬼っつっても下級も下級。上級の命令で動く、知性すらない|生き血啜り《グール》だ。なのにお前だけどうして自分の意思がある?」
 一矢の胸は椿に刺されたものも、後に杭に貫かれたものも、傷跡すらなく治っていた。
 とりあえずボロ衣同然となったジャケットの代わりになるコートを死体から拝借し、頭を下げる。
「聞いてるのかよ、小僧!」
「じゃあなんでマクスウェルさんはここにいるんですか。あなただってここにいる以上吸血鬼にされたんじゃないんですか?」
「そんなわけあるか。吸血鬼狩りである以上吸血鬼のしてくることには耐性があんだよ。ここに来たのは……死に際の顔も知らんボケ死神に引きずり込まれたからだ」
 一矢はマクスウェルから決闘の後に起きたことを聞いた。
 突然の吸血鬼の襲撃、杭による無差別攻撃、沈んでいく死神たち。
「沈んだ時点で死にかけの死神は生き血啜りにされて自我が奪われる。だが端くれとはいえ吸血鬼になったおかげで傷は治る。俺の体感と目の前の生き血啜りの山から言えるのはそんなもんだ。だから、お前さんは一体どうして意識があるってんだよ」
 マクスウェルの拳銃を握る力が強まる。
「……吸血鬼にも権能はありますか?」
「ああ? あるだろうよ。ケチな権能しか寄越さねえ死神とは違って権能の塊みたいなもんだろ。……だったらなんだ。俺はもう我慢の限界だぜ、撃つぞ」
 その答えで一矢は自身の置かれている状況がよく理解できた。
 このままマクスウェルと問答をしていることが危険だということも。
「撃っても意味ないです。そのくらいじゃ死にませんから。それに俺が吸血鬼にされても意識を保っていられる方法が一つだけあります。多分俺の『権能を借り受ける権能』が働いてるんです」
「ヘッ! 便利な権能があったもんだな。まあ、それが本当だとしたら吸血鬼同士で上級の能力を借りてどうにか意識を保ってるってわけだ。……オイ、それって借りてる先にバレねえよな」
 マクスウェルは銃を下ろすが新たな懸念点に直面し、身を乗り出すように一矢に問いかける。
「バレますね。多分。似た気配が近づいてくるのを感じます。入ってきたところを不意打ちで無力化しますよ」
 部屋の外側の廊下をカツカツと歩いてくる音がする。武器はナイフと拳銃しかない。
 一矢は吸血鬼の権能がどれほどのものかまだ理解できていないが、力押しで戦った場合に周囲の吸血鬼が反応してしまわないかが気になった。
 足音がドアの前で止まった。
「あのさー、誰か知らないけど。アタシに何かしてる?」
 女の声だが、どこかくぐもっている。
「『してる』って言ったら?」
 戦闘を避けられる可能性にかけて一矢が返答する。マクスウェルは必死に腕でバツ印を作っているが、無視する。
「そーお? 面白いね、君。死神なのに高位の吸血鬼の気配がする」
 鍵が差し込まれ、ドアが開く。「や・め・さ・せ・ろ」とマクスウェルが口パクで伝えてくるが一矢は続けて無視した。
 そこに立っていたのはレザージャケットに白いシャツ。
 短めのレザーのタイトスカートの女、と思われる人物。女かどうか確定できないのはその人物が黒いフルフェイスメットを被っていたからだ。
「でーも、生き血啜りじゃない|死神吸血鬼《ハーフ・ヴァンパイア》が生まれたのはアタシにとっては好都合かも」
 マクスウェルは抵抗を諦め頭を抱え小さくなり、生き血啜りたちの中に紛れようとしている。
「どう好都合なのか差し支えなければ教えてもらえないかな?」
「うーんと。アタシ、吸血鬼を裏切ろうと思って」
 黒メットの吸血鬼はヘルメットを外す。するとプラチナブロンドの髪が解き放たれ肩にかかる。
「紹介が遅れたね。アタシ、ビアンカ。でー、君は知らないと思うけど『血戦派』の幹部なんだ」
 アルビノを思わせる色素の薄い少女、ビアンカが言った。
「どうして俺が君の反乱に協力すると思う?」
「するしかないよー。じゃなきゃ君、死んじゃうから」
 屈託のない笑顔でビアンカは言ってのけた。
 一矢も彼女の話を聞かずに攻撃することが得策ではないことくらい理解できる。むしろ権能を借り受けている彼女が、もしかしたら死神側に回る可能性もある分幸運とも思えた。
「この吸血鬼の拠点、東京拘置所を乗っ取るアタシの大反乱にー、ね」