表示設定
表示設定
目次 目次




第40話 公安怪異対策課死神班

ー/ー



 天ケ瀬一矢は今日も東京を駆けている。妖魔退治だ。

 ラグナロクとの対決によって変容した東京に妖魔や怪異、下級霊などの数が激増したからである。

 それに伴い本来「対死神専門探偵事務所」が本業の椿探偵事務所も、怪異やら妖魔の退治依頼が次々と舞い込むようになった。

 椿の名刺に「椿探偵事務所 椿響子 怪異全般請け負います」と書いてあるのが仇となり、一矢は毎日てんてこ舞いだ。

 怪異に遭遇しやすい人種というのは確かにいる。

 かつて助手のつぐみが怪異に魅入られそうな、訳ありの人物に片っ端から名刺を配ったことがあった。

 そういった人々が今一斉に助けを求めに来ているのである。

 椿の名刺には死神を含む怪現象に遭遇した際、名刺の存在を思い出すような暗示がかかっている。

 一矢もその名刺により椿探偵事務所に訪れたうちの一人だが、今となっては完全に逆効果だ。

 「依頼人を四六時中追い回す」という狸を路地裏に追い詰めると、一矢はどうしたものかと思案する。

(銃で撃つわけにもいかないし、赤口(しゃっこう)を使うのもなあ。動物虐待を超えて倫理や法に引っかかる気がする)

 狸が逃げないように細心の注意を払いながら考えていると上空から聞き慣れた声がする。

「目標発見! つぐみキーック!」

 黒い翼の生えた事務所の先輩つぐみ(彼女も元々は鳥の妖魔である)が狸目がけて上空から鋭い蹴りを放つ。

 弾き飛ばされた狸は「キュ~」という鳴き声を上げて動かなくなった。

「え、今殺し……」

「てない!」

 狸から何かの霊体が浮き上がってくる。

 柴犬だろうか、犬の霊だった。首輪に「コロ」と名前が書いてあるのが見える。

 その柴犬の霊はつぐみに吠えかかりながら空高く上昇していく。

「あーそういえば言ってたねー。飼い犬が死んでから狸が出るようになったって。でもこの感じはご主人が気になって成仏できなかったんだ。いやー忠犬の鑑だねー」

「いい話をしてるところ悪いんですけど、狸は?」

「狸寝入りってやつでしょ。ホレ」

 つぐみの翼から一枚の羽根が射出され、狸の鼻先をかすめる。

 すると狸は飛び上がってエアコンの室外機を踏み台にし、配管を伝って逃げ去っていく。

「ね?」

 根っこの部分が同じ獣だからか、どこか動物に容赦ないつぐみ。

 一矢はつぐみの新しい側面を見た気がした。



 夕方、一矢とつぐみが事務所に帰ってくるとテレビを見ているメイジーと報告書の作成に格闘している椿が目に入った。

 メイジーは千年級の強力な死神だが、精神年齢が赤ずきんとして語り継がれている段階で止まっているので事務仕事は期待できない。

「来たか。残業していくか?」

「していくかも何も、ここに寝泊まりしているんですからする以外の選択肢がないでしょう」

「まあな」

 早速一矢は今回の狸騒動の報告書の作成に着手する。

 一矢は休学こそしているものの現役の大学生なのでレポートをでっち上げる能力はあった。しばらくするとそれらしくまとまる。

 すると突然、事務所のドアが力強くノックされる。

 もう事務所を閉めようとしていた頃合いだった。

 事務所にいる三人の死神が身構える。ドアの向こうから死神の気配がしたからだ。

「失礼する」

 二人のスーツ姿の男が入ってくる。二人とも死神だ。

「何の用だ? 死神専門の探偵事務所とはいっても『対死神』の探偵事務所だ。死神が依頼をしに来る場所じゃない」

「公安怪異対策課死神班の久留間(くるま)です」

「同じく公安の喜捨(きしゃ)です」

 死神を管理するヴァルキリーのトップ、ヘルムヴィーゲが日本政府と手を組んで怪異に対抗する部署を作ったという話は一矢も聞いていた。

 聞いていたが椿探偵事務所に何の用なのかと一矢は訝しんだ。

「車に汽車? ふざけてるのか?」

「ご不快にさせたのであれば謝罪します。現代の人間社会にいきなり溶け込むというのは我々には少し難しいものでして」

 久留間を名乗る男が頭を下げる。

「椿響子さん。死神連続殺傷事件の重要参考人として我々にご同行願えますか?」

 話を切り出したのは喜捨を名乗る男。

「知らなかった。死神に法律が適用されるなんて、私たちに人権なんかあったんだな。聞いたかアマガセ」

「いえ、あなたの狩りの範囲内での死神殺しにはこちらとしても関与するつもりはありません」

「今回死神殺しを我々が特別に捜査しているのは、殺された死神の『狩りの対象』が全て同じという共通点があることに起因します」

 久留間と喜捨が淡々と説明する。

「そうか。大体最近は怪異退治の仕事ばかりで死神を相手している暇なんてなかったんだ。他所を当たってくれないか」

「ヘルムヴィーゲ閣下のご意向に背かれるというおつもりであれば、ご自由に」

 椿は抵抗を諦めたようで、ため息をつくと久留間と喜捨に連れられ事務所を出る。

「三人とも、戸締りはしっかりしておけよ」



 都内某所。森の中。椿が連行される数時間後。

「こんな簡単に死神を倒せるなんて少し前までは考えられなかったぜ。『貴き血』(ブルーブラッド)様々だな。桐子さんよ」

「レナード、調子に乗るな。死神も馬鹿じゃない。もうあたしたちの動きに気付いてる」

 レナードと呼ばれた血気盛んな雰囲気の茶髪の男と桐子と呼ばれた黒髪をポニーテールにした女。二人とも闇の中で光る赤い眼をしている。

 彼らの目の前に転がっているのは息も絶え絶えの死神である。

 この数週間で多くの吸血鬼狩りの死神が、次々とレナードや桐子の所属する勢力によって殺されている。

 そして二人は死神の心臓を避けるように赤黒いナイフを突き立てる。

 二本のナイフは脈打つように死神の血を吸う。

 レナードと桐子。二人の吸血鬼。

 彼らは吸血鬼の中でも『血戦派』とも呼ばれる過激派に属していた。

 異能者の血により強化され、死神との対決を積極的に望む勢力である。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第41話 血戦派


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 天ケ瀬一矢は今日も東京を駆けている。妖魔退治だ。
 ラグナロクとの対決によって変容した東京に妖魔や怪異、下級霊などの数が激増したからである。
 それに伴い本来「対死神専門探偵事務所」が本業の椿探偵事務所も、怪異やら妖魔の退治依頼が次々と舞い込むようになった。
 椿の名刺に「椿探偵事務所 椿響子 怪異全般請け負います」と書いてあるのが仇となり、一矢は毎日てんてこ舞いだ。
 怪異に遭遇しやすい人種というのは確かにいる。
 かつて助手のつぐみが怪異に魅入られそうな、訳ありの人物に片っ端から名刺を配ったことがあった。
 そういった人々が今一斉に助けを求めに来ているのである。
 椿の名刺には死神を含む怪現象に遭遇した際、名刺の存在を思い出すような暗示がかかっている。
 一矢もその名刺により椿探偵事務所に訪れたうちの一人だが、今となっては完全に逆効果だ。
 「依頼人を四六時中追い回す」という狸を路地裏に追い詰めると、一矢はどうしたものかと思案する。
(銃で撃つわけにもいかないし、|赤口《しゃっこう》を使うのもなあ。動物虐待を超えて倫理や法に引っかかる気がする)
 狸が逃げないように細心の注意を払いながら考えていると上空から聞き慣れた声がする。
「目標発見! つぐみキーック!」
 黒い翼の生えた事務所の先輩つぐみ(彼女も元々は鳥の妖魔である)が狸目がけて上空から鋭い蹴りを放つ。
 弾き飛ばされた狸は「キュ~」という鳴き声を上げて動かなくなった。
「え、今殺し……」
「てない!」
 狸から何かの霊体が浮き上がってくる。
 柴犬だろうか、犬の霊だった。首輪に「コロ」と名前が書いてあるのが見える。
 その柴犬の霊はつぐみに吠えかかりながら空高く上昇していく。
「あーそういえば言ってたねー。飼い犬が死んでから狸が出るようになったって。でもこの感じはご主人が気になって成仏できなかったんだ。いやー忠犬の鑑だねー」
「いい話をしてるところ悪いんですけど、狸は?」
「狸寝入りってやつでしょ。ホレ」
 つぐみの翼から一枚の羽根が射出され、狸の鼻先をかすめる。
 すると狸は飛び上がってエアコンの室外機を踏み台にし、配管を伝って逃げ去っていく。
「ね?」
 根っこの部分が同じ獣だからか、どこか動物に容赦ないつぐみ。
 一矢はつぐみの新しい側面を見た気がした。
 夕方、一矢とつぐみが事務所に帰ってくるとテレビを見ているメイジーと報告書の作成に格闘している椿が目に入った。
 メイジーは千年級の強力な死神だが、精神年齢が赤ずきんとして語り継がれている段階で止まっているので事務仕事は期待できない。
「来たか。残業していくか?」
「していくかも何も、ここに寝泊まりしているんですからする以外の選択肢がないでしょう」
「まあな」
 早速一矢は今回の狸騒動の報告書の作成に着手する。
 一矢は休学こそしているものの現役の大学生なのでレポートをでっち上げる能力はあった。しばらくするとそれらしくまとまる。
 すると突然、事務所のドアが力強くノックされる。
 もう事務所を閉めようとしていた頃合いだった。
 事務所にいる三人の死神が身構える。ドアの向こうから死神の気配がしたからだ。
「失礼する」
 二人のスーツ姿の男が入ってくる。二人とも死神だ。
「何の用だ? 死神専門の探偵事務所とはいっても『対死神』の探偵事務所だ。死神が依頼をしに来る場所じゃない」
「公安怪異対策課死神班の|久留間《くるま》です」
「同じく公安の|喜捨《きしゃ》です」
 死神を管理するヴァルキリーのトップ、ヘルムヴィーゲが日本政府と手を組んで怪異に対抗する部署を作ったという話は一矢も聞いていた。
 聞いていたが椿探偵事務所に何の用なのかと一矢は訝しんだ。
「車に汽車? ふざけてるのか?」
「ご不快にさせたのであれば謝罪します。現代の人間社会にいきなり溶け込むというのは我々には少し難しいものでして」
 久留間を名乗る男が頭を下げる。
「椿響子さん。死神連続殺傷事件の重要参考人として我々にご同行願えますか?」
 話を切り出したのは喜捨を名乗る男。
「知らなかった。死神に法律が適用されるなんて、私たちに人権なんかあったんだな。聞いたかアマガセ」
「いえ、あなたの狩りの範囲内での死神殺しにはこちらとしても関与するつもりはありません」
「今回死神殺しを我々が特別に捜査しているのは、殺された死神の『狩りの対象』が全て同じという共通点があることに起因します」
 久留間と喜捨が淡々と説明する。
「そうか。大体最近は怪異退治の仕事ばかりで死神を相手している暇なんてなかったんだ。他所を当たってくれないか」
「ヘルムヴィーゲ閣下のご意向に背かれるというおつもりであれば、ご自由に」
 椿は抵抗を諦めたようで、ため息をつくと久留間と喜捨に連れられ事務所を出る。
「三人とも、戸締りはしっかりしておけよ」
 都内某所。森の中。椿が連行される数時間後。
「こんな簡単に死神を倒せるなんて少し前までは考えられなかったぜ。|『貴き血』《ブルーブラッド》様々だな。桐子さんよ」
「レナード、調子に乗るな。死神も馬鹿じゃない。もうあたしたちの動きに気付いてる」
 レナードと呼ばれた血気盛んな雰囲気の茶髪の男と桐子と呼ばれた黒髪をポニーテールにした女。二人とも闇の中で光る赤い眼をしている。
 彼らの目の前に転がっているのは息も絶え絶えの死神である。
 この数週間で多くの吸血鬼狩りの死神が、次々とレナードや桐子の所属する勢力によって殺されている。
 そして二人は死神の心臓を避けるように赤黒いナイフを突き立てる。
 二本のナイフは脈打つように死神の血を吸う。
 レナードと桐子。二人の吸血鬼。
 彼らは吸血鬼の中でも『血戦派』とも呼ばれる過激派に属していた。
 異能者の血により強化され、死神との対決を積極的に望む勢力である。