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死の視線に囚われて

ー/ー



 ある少年が死体と共に目覚めた頃、村の中心部にある屋敷の中では、村を襲撃した盗賊たちがせわしなく走り回っていた。

 廊下を走り回り、新しい部屋を見つけては家具という家具をひっくり返す。
 何かに急かされる様に行われるその蛮行は、ひどく乱雑で余裕がない。探し物があるのであれば、もっと冷静になるべきなのだが、そんな冷静な助言をする者はここにはいなかった。男たちの顔には、焦燥感と汗が張り付いていた。

「いつまでかかってんだアっ!!!!」

 何度目ともしれぬ怒号に、男たちは肩を跳ねさせ呼吸を停止する。そして恐る恐ると、怒号の放たれた最上階へと視線を向けて、続く怒号がないと分かるや否や、顔に僅かの安堵と、一層の焦燥を浮かべて物色を再開するのだった。

 そんな中、声の主のいる最上階の一室では張り詰めた空気が弥漫していた。

「チッ!」

 怒号を上げ不機嫌をあらわにするのは、盗賊団の団長であり、手下から『頭』と呼ばれている大柄な男。その名をブレニッドとするいかにもな無頼漢である。

 ブレニッドは、倒された執務机に足を投げ出し、部屋の中を睥睨(へいげい)する。

 鋭い視線が荒れた室内を横断し、彼の護衛達は視線にさらされる度に息を止め、自身に矛先が向かないことをなけなしの信仰心で祈るのだった。

「————おい」

 ブレニッドの視線……もとい怒りの矛先は、もっとも近くにいた小柄な男へと向けられた。
 矛先を向けられた男へと、選ばれなかった彼らからの同情の眼差しが注がれる。しかし、口を挟む者などいない。
 
「へ、ヘイ!」
「俺はいつまでここで待っていりゃ良いんだ? ここは聖騎士の屋敷だろォが。なんでまだ“聖具”の一つも見つけてねえんだっ!」

 ブレニッドがこの村を襲った目的。それはこの村にいる聖騎士の特別な装備を入手し、それを他国へと売り渡すことにあった。

「聖騎士はそこいらの兵士とはワケがちげエ。人間がかなうはずがねえ怪物を、顔色一つ変えずにブチ殺しやがるバケモノどもだ! だからこんだけの手間をかけたんだっ!」

 聖騎士は一般の兵士が対処不可能なあらゆる事態に対応する、この国の切り札ともいうべき存在。
 ブレニッドが率いる盗賊団の全員で襲いかかろうと、聖騎士1人に全滅することは分かりきっていた。

 だからこそ、あり得ないとは知りながらも『今帰って来られたらどうなるか』という想像だけで、ブレニッドは冷や汗が止まらなかった。気持ちの上では、今すぐにでもここを離れたいのだ。いや、予定ではもう離れているはずだったのだ。
 しかし、それができておらず、いまだに離れる目処すら立たない。理由は明白だった。

「なのにてめぇらは絵だの壺だのではしゃいでやがる……聖具はどうしたァっ! 聖具を見つけて初めて成功なんだよォ! こんなチャチなもん売っぱらったところで元も取れやしねえだろうがア!!」
「ぎ……ッ!?」

 胸ぐらを掴むブレニッドの腕に力が込められ、男の足が床を離れる。
 ブレニッドの真っ赤な顔とは反対に、男の顔はみるみる青紫へと変わって行く。そんな死のコントラストに、護衛の男たちの反応はただ俯くか、小柄とはいえ人ひとりを片手で上げる団長の腕力に驚愕するかの2つにひとつだ。

「俺がどんだけホンキか————分かってねえのか?」
「——ヒッ! と、ととととんでもねぇ! もちろん、おれたちゃ頭の役に立とうって……み、みんなこのとおり、必死に探してまさぁ……っ!」

 男の『このとおり』とは、今も下の階から聞こえてくる、部下たちの足音や物を引き倒す音を指したものだ。たしかに、ブレニッドの部下たちは壊すと殺す以外はてんで話にならなかったが、怠惰とはほど遠い人間であることもまた事実であった。

「……………………チッ!」

 ブレニッドも手下たちが手を抜いているとは思わない。だが、湧いてくる感情をぶつけずにはいられなかった。

 彼は、今回の襲撃に細心の注意を払っていた。

 こんな小規模の村を襲撃するために、準備期間は2年にもおよび、その大半を内通者の確保と聖騎士の行動把握に費やした。
 警戒されないよう準備期間中は盗賊稼業は極力行わず、慣れない山での潜伏生活を送った。
 その過程で失ったものは、決して少なくない。

 そして、内通者から『聖騎士の長期不在』を意味する狼煙があがり、ようやく計画を決行したのが今日この日なのだ。ここまでの労力と犠牲を思えば、彼が計画の実行に際して心を躍らせ、大いに期待をしていたのも無理からぬことだろう。

 だが決行してみれば、上手くいかないことだらけだった。

 平和ボケしているはずの村人たちは、想像以上に激しく抵抗し、その間に始末するはずだった内通者の逃走を許してしまった。

 聖騎士の息子は剣の腕が立ち、村人のために立ちはだかってきた。
 最終的に近場の子どもを盾にすることで対処できたが、それまでに手下を6人も失ってしまった。礼として散々に苦しめいたぶり、友人を目の前で殺した上で槍で執拗に貫き続けた。だが、失った仲間は帰ってこない。

 そうして予想外の犠牲を払いながらも、いざ聖騎士の屋敷まで来てみれば、今度は当てにしていた聖具までもが見つからない始末である。

 今のところの戦果は、そこそこの値が付きそうな調度品がいくつかと、それなりに実用性のありそうな道具が数点。
 だが、これではとても割りに合わない。“いい稼ぎ”程度では、到底採算が取れないし、また団の者も納得しないだろう。これまでの団員らからの不満を、ブレニッドは聖具がどれだけの稼ぎをもたらすかを力強く説くことで抑え込んできた。最近はそれではもう足りず、拳の出番が増えてきてもいたのだ。これでありませんでしたでは瓦解は必至である。

 こうして今日一日の不幸を思い浮かべると、階下から聞こえてくる音も、彼にはどこか言い訳じみて聞こえてくるから不思議だ。

「……せ」
「へ? い、今ぁなにか言いやしたか?」
「テメェらも探せってぇんだよォ、クソがア!!」
「ぎゃッ!?」

 ブレニッドに殴られ、壁に打ち付けられた男が悲鳴をあげる。
 その様子を目にして他の男たちも我れ先にと部屋から転がり出た。やや遅れて、投げられた男も部屋から這い出る。

 執務室にはブレニッドの荒い呼吸音だけが残された。

「はぁ……はぁ……チクショウッ、どうしてこうも上手くいかねえ————ぅおッ?!」

 ブレニッドが、部屋の家具で唯一無事な椅子に腰掛けようとした瞬間のことだった。

 村のどこからか、思わず身を屈めたくなる様な甲高い咆哮が響き渡り、屋敷の窓を揺すり鳴らした。
 しばらく身をかがめていると、窓のガタガタという振動は止まる。

 嫌な静寂だけが残る。ブレニッドの額を流れる冷たい汗は止まらない。今のがなんであれ、この状況を好転させるものでないこと、そしておそらくその真逆の何かが起きていると直感したのだ。

「か、かか、頭ぁーー!!」

 ブレニッドが窓の外を恐る恐るとのぞいていると、部屋の扉が勢い良く開かれた。

「うおッ——!? テメェ…………」

 驚かされたことに顔を赤くさせたブレニッドが男を睨むが、男はそれ以上に顔を赤くして、興奮と恐怖から早口で叫ぶ。

「せ、聖騎士のガキが——生きてる!」
「……………………あぁ?」


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -


「——!? 頭だ!」
「頭! アイツ生きてます、生き返った! お、おれ……てっきりアレで死んだもんだと……」
「あ、あたりまえだ! アイツがおかっしいんだ! 腹ズタズタに刺しまくって、なんで生きてんだよ……!?」

 ブレニッドが表へ出ると、手下たちの混乱した様子がよく分かった。口々に裏返った悲鳴を吐き出している。
 特に、少年との戦闘に関わった者の取り乱し様は顕著だった。
 
(チッ! とっとと落ち着けねぇと心が折れかねねぇな……)

 心の中で舌打ちしてから、ブレニッドは大きく息を吸い込み————

「————黙れぇっ!!!!」
「「「ッ!?」」」

 ブレニッドの一喝で、男たちの動きがビタリと止まる。

「ギャアギャア女みてーにわめきやがって。テメェらシロートか、バカが!!」
「「「————————」」」

 その場の誰もがうなだれる。
 ついさっきまでの自分が途端に恥ずかしくなり、悔しさが滲み出す。
 
 ブレニッドの盗賊稼業は非常に長い。当然、付き従う手下の中には、盗賊団の初期から行動を共にしてきたベテランといえる男らもいる。
 そんな者たちですら、先ほどの騒ぎに加わってしまったのだ。
 本来なら、指示を飛ばして仲間を落ち着けるべき者たちがだ。

「「「————————」」」

 場に重い空気が流れる。
 そんな空気を無視して、ブレニッドは近くにいた手下を問い質した。

「————で、その生き返ったとか言うガキはどこにいんだ」
「あ、あれでさぁ……」

 訊かれた男はバツが悪そうに、村の正門の方向を指し示す。

「あいつぁ…………」

 男の指し示した先。村の特徴でもある一本道の上を、どこか頼りない足取りでゆらゆらと近づいてくる人間がいた。

 手下曰く、アレが生き返ったとかいう聖騎士の息子なのだろう。だが、その外見はブレニッドの記憶にある少年とは、いくらか異なっていた。

 先ず、髪色が違う。
 ブレニッドの記憶にある少年の最後の姿は、村の子供を人質にして動けなくしたところを部下に斬りかかられたときのもの。その後囲まれて、死体になってなお許されなかった姿。それが、ブレニッドが少年を見た最後だった。
 髪色は明るい茶色で、瞳の色も同じだったはずだ。

 しかし、視線の先の少年の髪色はひどく燻み、元の活発な印象は見る影もない。
 瞳の色は、俯いている所為で分からないし、まだ分かる距離にもない。

 次に目が行ったのが、肌の色だった。
 記憶にある少年は、あれほどまでに白かっただろうか?
 服に空いた孔から見える肌は、もはや病的なまでに白く、生気を感じられない。

 髪と肌の色もあってか、近づいて来る少年の纏う空気は、なにか虚ろげで危うい。どこか屍人を彷彿とさせるような不気味な雰囲気を放っている。

「——本当に……“あの”ガキなのかぁ?」
「で、でもぉ頭、あの高そうな服着てんのなんざ、この村じゃあ聖騎士の家族くらいで……」
「それにっ、あのズタボロの服は……あれは間違いなくおれたちがヤッたときンだぜ!」

 それは、ブレニッドも気付いていた。
 今挙げた点を除けば、背丈や服装などは記憶にあるままだ。
 服に関しては特に、聖騎士の家族の着る服は村長一家のそれよりも目に見えて高い品質のものだった。
 あの質の衣類を身に付けている時点で、聖騎士の家族であることは確定と言っていい。

 記憶と食い違う病的な外見と、そのほかの一致する特徴。
 そこからブレニッドが導いた答えは——

「——へっ! これぁ運が向いてきやがったぜオイ……!」

 ブレニッドの表情が、歯をむき出したどう猛な笑みに変わる。
 抑えきれない高揚に震える声を聞いて、手下たちは顔を見合わせる。

「頭……? 運ってのは、一体……」

 男たちの疑問を貼り付けた顔に、ブレニッドは声高に叫ぶ。

「よく聴けテメェらあっ!! 屋敷を探しても見つからなかったお宝がぁ、向こうっから歩いて来てんだよおっ!!」
「お宝……てのは、聖具や魔導具のことでいいンすか?」
「バカかっ、それ以外何があるってんだ!! いいか……アイツが例のガキならなァ、腹ァズタズタのめった刺しにされてもピンシャンしてやがんだっ! ……ガキが自分の力で治したと思うか?」

 そこまで聞いて、手下たちに理解の色が浮かび始めた。
 影のさしていた顔が、みるみる盗賊としての顔に変わって行く。何をすべきかを理解した顔だった。

「見た限り代償なしとは行かねえみてェだが……んなもんは誤差だ、誤差。あんだけの傷を体調崩すくれェで完治しちまうなんざ、どんだけの価値があるのか想像もできやしねえ!!」

 ブレニッドの演説に、男たちの顔は興奮の色に染まる。目はギラギラとした光を放ち、視線はすでに獲物へと向けられている。

「商品は傷つけんじゃねえぞ! 身ぐるみ剥いでからブチ殺せっ!!」

 男たちの武器を握る腕に力が込められる。
 獣たちは今か今かと、主人の号令を待っている。

「行けェ、テメェらっ!! テメェらの命がいくつあっても足りねぇシロモンだっ!! 死んでも奪い取れェっ!!!!」
「「「——うぉおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」」」」

 号令は下され、男たちはヨダレを滴らせながら獣となって駆け出した————!

 数十人の男たちが全力で駆け、ついに最前列が少年へ到達したとき————少年が顔を上げる。

「——ハ?」

 その瞳は血のように紅く——

 ————ブレニッドの目に入ってきたのは、剣を振り下ろそうとした部下たちが、一斉に血を吹き出し絶命する姿だった。


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 ある少年が死体と共に目覚めた頃、村の中心部にある屋敷の中では、村を襲撃した盗賊たちがせわしなく走り回っていた。
 廊下を走り回り、新しい部屋を見つけては家具という家具をひっくり返す。
 何かに急かされる様に行われるその蛮行は、ひどく乱雑で余裕がない。探し物があるのであれば、もっと冷静になるべきなのだが、そんな冷静な助言をする者はここにはいなかった。男たちの顔には、焦燥感と汗が張り付いていた。
「いつまでかかってんだアっ!!!!」
 何度目ともしれぬ怒号に、男たちは肩を跳ねさせ呼吸を停止する。そして恐る恐ると、怒号の放たれた最上階へと視線を向けて、続く怒号がないと分かるや否や、顔に僅かの安堵と、一層の焦燥を浮かべて物色を再開するのだった。
 そんな中、声の主のいる最上階の一室では張り詰めた空気が弥漫していた。
「チッ!」
 怒号を上げ不機嫌をあらわにするのは、盗賊団の団長であり、手下から『頭』と呼ばれている大柄な男。その名をブレニッドとするいかにもな無頼漢である。
 ブレニッドは、倒された執務机に足を投げ出し、部屋の中を|睥睨《へいげい》する。
 鋭い視線が荒れた室内を横断し、彼の護衛達は視線にさらされる度に息を止め、自身に矛先が向かないことをなけなしの信仰心で祈るのだった。
「————おい」
 ブレニッドの視線……もとい怒りの矛先は、もっとも近くにいた小柄な男へと向けられた。
 矛先を向けられた男へと、選ばれなかった彼らからの同情の眼差しが注がれる。しかし、口を挟む者などいない。
「へ、ヘイ!」
「俺はいつまでここで待っていりゃ良いんだ? ここは聖騎士の屋敷だろォが。なんでまだ“聖具”の一つも見つけてねえんだっ!」
 ブレニッドがこの村を襲った目的。それはこの村にいる聖騎士の特別な装備を入手し、それを他国へと売り渡すことにあった。
「聖騎士はそこいらの兵士とはワケがちげエ。人間がかなうはずがねえ怪物を、顔色一つ変えずにブチ殺しやがるバケモノどもだ! だからこんだけの手間をかけたんだっ!」
 聖騎士は一般の兵士が対処不可能なあらゆる事態に対応する、この国の切り札ともいうべき存在。
 ブレニッドが率いる盗賊団の全員で襲いかかろうと、聖騎士1人に全滅することは分かりきっていた。
 だからこそ、あり得ないとは知りながらも『今帰って来られたらどうなるか』という想像だけで、ブレニッドは冷や汗が止まらなかった。気持ちの上では、今すぐにでもここを離れたいのだ。いや、予定ではもう離れているはずだったのだ。
 しかし、それができておらず、いまだに離れる目処すら立たない。理由は明白だった。
「なのにてめぇらは絵だの壺だのではしゃいでやがる……聖具はどうしたァっ! 聖具を見つけて初めて成功なんだよォ! こんなチャチなもん売っぱらったところで元も取れやしねえだろうがア!!」
「ぎ……ッ!?」
 胸ぐらを掴むブレニッドの腕に力が込められ、男の足が床を離れる。
 ブレニッドの真っ赤な顔とは反対に、男の顔はみるみる青紫へと変わって行く。そんな死のコントラストに、護衛の男たちの反応はただ俯くか、小柄とはいえ人ひとりを片手で上げる団長の腕力に驚愕するかの2つにひとつだ。
「俺がどんだけホンキか————分かってねえのか?」
「——ヒッ! と、ととととんでもねぇ! もちろん、おれたちゃ頭の役に立とうって……み、みんなこのとおり、必死に探してまさぁ……っ!」
 男の『このとおり』とは、今も下の階から聞こえてくる、部下たちの足音や物を引き倒す音を指したものだ。たしかに、ブレニッドの部下たちは壊すと殺す以外はてんで話にならなかったが、怠惰とはほど遠い人間であることもまた事実であった。
「……………………チッ!」
 ブレニッドも手下たちが手を抜いているとは思わない。だが、湧いてくる感情をぶつけずにはいられなかった。
 彼は、今回の襲撃に細心の注意を払っていた。
 こんな小規模の村を襲撃するために、準備期間は2年にもおよび、その大半を内通者の確保と聖騎士の行動把握に費やした。
 警戒されないよう準備期間中は盗賊稼業は極力行わず、慣れない山での潜伏生活を送った。
 その過程で失ったものは、決して少なくない。
 そして、内通者から『聖騎士の長期不在』を意味する狼煙があがり、ようやく計画を決行したのが今日この日なのだ。ここまでの労力と犠牲を思えば、彼が計画の実行に際して心を躍らせ、大いに期待をしていたのも無理からぬことだろう。
 だが決行してみれば、上手くいかないことだらけだった。
 平和ボケしているはずの村人たちは、想像以上に激しく抵抗し、その間に始末するはずだった内通者の逃走を許してしまった。
 聖騎士の息子は剣の腕が立ち、村人のために立ちはだかってきた。
 最終的に近場の子どもを盾にすることで対処できたが、それまでに手下を6人も失ってしまった。礼として散々に苦しめいたぶり、友人を目の前で殺した上で槍で執拗に貫き続けた。だが、失った仲間は帰ってこない。
 そうして予想外の犠牲を払いながらも、いざ聖騎士の屋敷まで来てみれば、今度は当てにしていた聖具までもが見つからない始末である。
 今のところの戦果は、そこそこの値が付きそうな調度品がいくつかと、それなりに実用性のありそうな道具が数点。
 だが、これではとても割りに合わない。“いい稼ぎ”程度では、到底採算が取れないし、また団の者も納得しないだろう。これまでの団員らからの不満を、ブレニッドは聖具がどれだけの稼ぎをもたらすかを力強く説くことで抑え込んできた。最近はそれではもう足りず、拳の出番が増えてきてもいたのだ。これでありませんでしたでは瓦解は必至である。
 こうして今日一日の不幸を思い浮かべると、階下から聞こえてくる音も、彼にはどこか言い訳じみて聞こえてくるから不思議だ。
「……せ」
「へ? い、今ぁなにか言いやしたか?」
「テメェらも探せってぇんだよォ、クソがア!!」
「ぎゃッ!?」
 ブレニッドに殴られ、壁に打ち付けられた男が悲鳴をあげる。
 その様子を目にして他の男たちも我れ先にと部屋から転がり出た。やや遅れて、投げられた男も部屋から這い出る。
 執務室にはブレニッドの荒い呼吸音だけが残された。
「はぁ……はぁ……チクショウッ、どうしてこうも上手くいかねえ————ぅおッ?!」
 ブレニッドが、部屋の家具で唯一無事な椅子に腰掛けようとした瞬間のことだった。
 村のどこからか、思わず身を屈めたくなる様な甲高い咆哮が響き渡り、屋敷の窓を揺すり鳴らした。
 しばらく身をかがめていると、窓のガタガタという振動は止まる。
 嫌な静寂だけが残る。ブレニッドの額を流れる冷たい汗は止まらない。今のがなんであれ、この状況を好転させるものでないこと、そしておそらくその真逆の何かが起きていると直感したのだ。
「か、かか、頭ぁーー!!」
 ブレニッドが窓の外を恐る恐るとのぞいていると、部屋の扉が勢い良く開かれた。
「うおッ——!? テメェ…………」
 驚かされたことに顔を赤くさせたブレニッドが男を睨むが、男はそれ以上に顔を赤くして、興奮と恐怖から早口で叫ぶ。
「せ、聖騎士のガキが——生きてる!」
「……………………あぁ?」
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「——!? 頭だ!」
「頭! アイツ生きてます、生き返った! お、おれ……てっきりアレで死んだもんだと……」
「あ、あたりまえだ! アイツがおかっしいんだ! 腹ズタズタに刺しまくって、なんで生きてんだよ……!?」
 ブレニッドが表へ出ると、手下たちの混乱した様子がよく分かった。口々に裏返った悲鳴を吐き出している。
 特に、少年との戦闘に関わった者の取り乱し様は顕著だった。
(チッ! とっとと落ち着けねぇと心が折れかねねぇな……)
 心の中で舌打ちしてから、ブレニッドは大きく息を吸い込み————
「————黙れぇっ!!!!」
「「「ッ!?」」」
 ブレニッドの一喝で、男たちの動きがビタリと止まる。
「ギャアギャア女みてーにわめきやがって。テメェらシロートか、バカが!!」
「「「————————」」」
 その場の誰もがうなだれる。
 ついさっきまでの自分が途端に恥ずかしくなり、悔しさが滲み出す。
 ブレニッドの盗賊稼業は非常に長い。当然、付き従う手下の中には、盗賊団の初期から行動を共にしてきたベテランといえる男らもいる。
 そんな者たちですら、先ほどの騒ぎに加わってしまったのだ。
 本来なら、指示を飛ばして仲間を落ち着けるべき者たちがだ。
「「「————————」」」
 場に重い空気が流れる。
 そんな空気を無視して、ブレニッドは近くにいた手下を問い質した。
「————で、その生き返ったとか言うガキはどこにいんだ」
「あ、あれでさぁ……」
 訊かれた男はバツが悪そうに、村の正門の方向を指し示す。
「あいつぁ…………」
 男の指し示した先。村の特徴でもある一本道の上を、どこか頼りない足取りでゆらゆらと近づいてくる人間がいた。
 手下曰く、アレが生き返ったとかいう聖騎士の息子なのだろう。だが、その外見はブレニッドの記憶にある少年とは、いくらか異なっていた。
 先ず、髪色が違う。
 ブレニッドの記憶にある少年の最後の姿は、村の子供を人質にして動けなくしたところを部下に斬りかかられたときのもの。その後囲まれて、死体になってなお許されなかった姿。それが、ブレニッドが少年を見た最後だった。
 髪色は明るい茶色で、瞳の色も同じだったはずだ。
 しかし、視線の先の少年の髪色はひどく燻み、元の活発な印象は見る影もない。
 瞳の色は、俯いている所為で分からないし、まだ分かる距離にもない。
 次に目が行ったのが、肌の色だった。
 記憶にある少年は、あれほどまでに白かっただろうか?
 服に空いた孔から見える肌は、もはや病的なまでに白く、生気を感じられない。
 髪と肌の色もあってか、近づいて来る少年の纏う空気は、なにか虚ろげで危うい。どこか屍人を彷彿とさせるような不気味な雰囲気を放っている。
「——本当に……“あの”ガキなのかぁ?」
「で、でもぉ頭、あの高そうな服着てんのなんざ、この村じゃあ聖騎士の家族くらいで……」
「それにっ、あのズタボロの服は……あれは間違いなくおれたちがヤッたときンだぜ!」
 それは、ブレニッドも気付いていた。
 今挙げた点を除けば、背丈や服装などは記憶にあるままだ。
 服に関しては特に、聖騎士の家族の着る服は村長一家のそれよりも目に見えて高い品質のものだった。
 あの質の衣類を身に付けている時点で、聖騎士の家族であることは確定と言っていい。
 記憶と食い違う病的な外見と、そのほかの一致する特徴。
 そこからブレニッドが導いた答えは——
「——へっ! これぁ運が向いてきやがったぜオイ……!」
 ブレニッドの表情が、歯をむき出したどう猛な笑みに変わる。
 抑えきれない高揚に震える声を聞いて、手下たちは顔を見合わせる。
「頭……? 運ってのは、一体……」
 男たちの疑問を貼り付けた顔に、ブレニッドは声高に叫ぶ。
「よく聴けテメェらあっ!! 屋敷を探しても見つからなかったお宝がぁ、向こうっから歩いて来てんだよおっ!!」
「お宝……てのは、聖具や魔導具のことでいいンすか?」
「バカかっ、それ以外何があるってんだ!! いいか……アイツが例のガキならなァ、腹ァズタズタのめった刺しにされてもピンシャンしてやがんだっ! ……ガキが自分の力で治したと思うか?」
 そこまで聞いて、手下たちに理解の色が浮かび始めた。
 影のさしていた顔が、みるみる盗賊としての顔に変わって行く。何をすべきかを理解した顔だった。
「見た限り代償なしとは行かねえみてェだが……んなもんは誤差だ、誤差。あんだけの傷を体調崩すくれェで完治しちまうなんざ、どんだけの価値があるのか想像もできやしねえ!!」
 ブレニッドの演説に、男たちの顔は興奮の色に染まる。目はギラギラとした光を放ち、視線はすでに獲物へと向けられている。
「商品は傷つけんじゃねえぞ! 身ぐるみ剥いでからブチ殺せっ!!」
 男たちの武器を握る腕に力が込められる。
 獣たちは今か今かと、主人の号令を待っている。
「行けェ、テメェらっ!! テメェらの命がいくつあっても足りねぇシロモンだっ!! 死んでも奪い取れェっ!!!!」
「「「——うぉおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」」」」
 号令は下され、男たちはヨダレを滴らせながら獣となって駆け出した————!
 数十人の男たちが全力で駆け、ついに最前列が少年へ到達したとき————少年が顔を上げる。
「——ハ?」
 その瞳は血のように紅く——
 ————ブレニッドの目に入ってきたのは、剣を振り下ろそうとした部下たちが、一斉に血を吹き出し絶命する姿だった。