表示設定
表示設定
目次 目次




第4話 せかいのきき ちからをあわせて

ー/ー



「逃げましたわね、あの性悪女……」


 悪態をつく銀髪の少女の様子からすると、キルシュさんも死んだわけではないらしい。


 そこへ、どこへ行っていたのか、ハゲが慌ただしく戻ってきた。その少し後を、また別の女性がついてきている。
 彼女は俺を見留めるなり、にこやかに微笑んだ。先ほどの妖しげなキルシュさんや、少し気の強そうな銀髪の少女と違い、優しそうな人だ。彼女の身に纏う、生地の柔らかそうなブラウスとひらひらしたスカートも、彼女の印象をだいぶ和らげているように思う。


 俺と銀髪の少女とを交互に見遣って、ハゲはまず、銀髪の少女に深々と頭を垂れた。


「ミルフィエール様、いらしておられたのですね。誠に申し訳ございませぬ、ご挨拶もせず……」


「構いませんわ。それより司官様、こちらが星冠(ノヴァ)の器でよろしいのですよね?」


「……ええ。それは、そうなのですが……」


 銀髪の少女――ミルフィエール様の問いに、ハゲは歯切れ悪く答える。
 そんなハゲを諫めたのが、ハゲと一緒にやってきた女性。既にそのやり取りを何度かハゲとしていたようで、呆れたようにため息を吐きながら、淡い小麦色の髪の毛先をくるくると弄っている。


「まだ言ってるんですか、司官様。霊査の水(ステュクス)を瞬時に蒸発させたその魂の質量……疑う余地はないでしょう?」


 何も言い返せないようで、ハゲは不本意そうに押し黙ってしまった。
 キルシュさんと違い、ミルフィエール様とこちらの女性はそれほど険悪そうではなかったので、俺は思い切って口を挟んでみた。


「あの……俺は一体、何をやってしまったんでしょうか。これからどうなるんですか?」


 さすがに今の状況がわからないまま置いていかれ過ぎて、そろそろ何らかの説明がほしくなったのだ。ミルフィエール様の様子を見るに、無知だとマズいというわけでもなさそうだったし、少なくとも、ハゲには俺に説明する義務があるはずだ。


「彼はよく理解しないままに、こちらに来てしまったようなのです。わたくしたちのことも知らないとのことで……」


「……わたくしたち(・・)?」


 ミルフィエール様の言葉の不自然さを、耳聡く聞き付ける彼女。赤黒いような深い赤の瞳を細めて、ミルフィエール様へ刺すような鋭い視線を向けた。


「それが……先ほどまでキルシュが来ていましたの。ちょっかいを出すだけ出して、お帰りになりましたけれど」


「そういうことね……まったく、あの人は」


 深い赤目の女性も、世話が焼けると言わんばかりに肩を落とした。キルシュさんが奔放な人なのは、彼女らの共通認識なのだろう。


「私は少しシュシュと話がしたいから、彼への説明は司官様に任せても大丈夫かしら?」


「ええ、もちろんでございます」


「そうね……天藍(ラズルス)の間を借りるから、あらかた説明が済んだら呼んでちょうだい。今日からでも交流を深められた方がいいしね」


「かしこまりました」


 どうやら彼女らは、ハゲよりも上の立場らしい。背が高いからか威圧的に見えたハゲが、恭しく腰を折っていた。
 本当は、説明をしてもらえるならハゲより彼女らが良かったが、贅沢は言っていられない。説明してもらえるだけ充分だと思って、ハゲで我慢するしかない。


「それじゃあ行きましょうか、シュシュ」


 はい、とシュシュと呼ばれた少女――ミルフィエール様も、彼女の後に続いて広間を出ていった。


 それを見送って、ついてきなさい、とハゲに促され、俺はようやっとこの広間から出ることになった。


 例の無駄に広い廊下を歩きながら、ハゲが俺に問う。


「君は魂結(リベルト)のことを知らずにここに来たのかね?」


「すみません……」


 もうこうなれば、素直に話した方がいいだろう。ただでさえ俺は、ここがどこで、どうやったら自分の家に帰れるのかを調べなきゃならない。これ以上知らない情報を増やされる前に、とりあえず今わかることは全部聞いておきたい。
 そう思ったら、形振り構ってなどいられなかった。


「実は、知り合いの遺言で、代わりにここに行ってほしいと言われたもので……」


 知り合いという部分以外は、あながち嘘でもない。今の状況を的確かつ端的に表した良い説明だと、自分でも思う。
 するとハゲは、そういうことか、と深いため息を吐く。


「もしや低位の階級の者か。浮世事に疎いのも頷ける。とはいえ君は星冠の器。低階級の者であっても邪険にはせんよ」


「その、星冠というのは……?」


「そう急くでない。順を追って説明しよう。さあ、着いたぞ」


 先ほどまでいた広間と比べると、だいぶ小ぢんまりとした一部屋。大きな木のテーブルに簡易なソファ、壁には本棚が並び、地図のようなものが額に入れて飾られていた。
 その地図を見ても、まるでピンとこない。少なくとも日本でないことは確かだし、俺が知っているような有名な国のどこかでもなさそうだった。


 ハゲに言われるままソファに腰掛けると、ハゲは本棚からいくつか本を抜き取って、テーブルの上に並べた。
 その中の一冊を開いて、地図の描かれたページを見せてきた。


「この世界には様々な一族が暮らしている。それはわかるね? そのそれぞれが独自の国と生活文化を持っており、時には互いに助け合い、時にはいがみ合い、時には不干渉を貫きながら、この世界はうまく回っているのだ」


 一族、というのは民族的なことだろうか。ゲルマン民族とか、スラヴ民族とか。そこは俺でもわかる。なんだかまるで社会科の授業を受けているようだ。


「しかし、そうも言っていられない事態になった」


 地図上の様々な国を順々に指さしていたハゲの指が、ある一点に向く。“世界樹(ロストローグ)”と書かれた大きな木のような、山のような場所。


「我々の生活を脅かす恐ろしい化け物がここからやってきて、それぞれの国が一丸となって立ち向かわなければ、やがてこの世界が滅ぼされるかもしれない危機に立たされている。そして、世界の破滅を止めるカギが、この世界樹にあるとされている」


 恐ろしい化け物と言って、次のページを見せてくれた。そこには金色の恐竜のような怪物のイラストが描かれていた。


「この化け物を倒す方法が、この世界樹にあるってことですか?」


「いや、世界樹にはこの世の始まりについて記された遺跡が眠っている。化け物に阻まれてほとんどが未開拓となっているがな。“始まりの歴史”でも、かつてこの世界が化け物の脅威に晒された時、世界樹の力を使ってこの世界を守ったとされている。世界樹にはそれほどの何かが眠っているはずなのだ」


 つまり、確証があるわけではないが、もうそこに頼らないといけないくらい、状況としては切羽詰まっているのだろう。
 薄々感じてきたが、もしかして俺は、とんでもないことに首を突っ込んでいるんじゃないだろうか。これが夢なら楽しんでいられる。だがもし夢でないのなら……考えたくもない。


「というのが、高位階級の幼子に読み聞かせるこの世の在り様だ」


 そんなことを言われてがっくりきてしまう。ハゲが持ってきた本も、どことなく絵本のような見てくれだったのはそういうことか。
 しかし、俺はそのくらい知識が足りていないのだろう。まずは易しい内容から、というハゲなりの配慮だったのかもしれない。


「ここからは、世間に知らせていない事柄も含む。絶対に口外してはならんぞ。いいな?」


 ハゲはそう固く念を押す。鋭い視線を向けられて、俺は思わず息を呑み、言葉もなく首肯した。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第5話 星冠の器


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「逃げましたわね、あの性悪女……」
 悪態をつく銀髪の少女の様子からすると、キルシュさんも死んだわけではないらしい。
 そこへ、どこへ行っていたのか、ハゲが慌ただしく戻ってきた。その少し後を、また別の女性がついてきている。
 彼女は俺を見留めるなり、にこやかに微笑んだ。先ほどの妖しげなキルシュさんや、少し気の強そうな銀髪の少女と違い、優しそうな人だ。彼女の身に纏う、生地の柔らかそうなブラウスとひらひらしたスカートも、彼女の印象をだいぶ和らげているように思う。
 俺と銀髪の少女とを交互に見遣って、ハゲはまず、銀髪の少女に深々と頭を垂れた。
「ミルフィエール様、いらしておられたのですね。誠に申し訳ございませぬ、ご挨拶もせず……」
「構いませんわ。それより司官様、こちらが|星冠《ノヴァ》の器でよろしいのですよね?」
「……ええ。それは、そうなのですが……」
 銀髪の少女――ミルフィエール様の問いに、ハゲは歯切れ悪く答える。
 そんなハゲを諫めたのが、ハゲと一緒にやってきた女性。既にそのやり取りを何度かハゲとしていたようで、呆れたようにため息を吐きながら、淡い小麦色の髪の毛先をくるくると弄っている。
「まだ言ってるんですか、司官様。|霊査の水《ステュクス》を瞬時に蒸発させたその魂の質量……疑う余地はないでしょう?」
 何も言い返せないようで、ハゲは不本意そうに押し黙ってしまった。
 キルシュさんと違い、ミルフィエール様とこちらの女性はそれほど険悪そうではなかったので、俺は思い切って口を挟んでみた。
「あの……俺は一体、何をやってしまったんでしょうか。これからどうなるんですか?」
 さすがに今の状況がわからないまま置いていかれ過ぎて、そろそろ何らかの説明がほしくなったのだ。ミルフィエール様の様子を見るに、無知だとマズいというわけでもなさそうだったし、少なくとも、ハゲには俺に説明する義務があるはずだ。
「彼はよく理解しないままに、こちらに来てしまったようなのです。わたくしたちのことも知らないとのことで……」
「……わたくし|たち《・・》?」
 ミルフィエール様の言葉の不自然さを、耳聡く聞き付ける彼女。赤黒いような深い赤の瞳を細めて、ミルフィエール様へ刺すような鋭い視線を向けた。
「それが……先ほどまでキルシュが来ていましたの。ちょっかいを出すだけ出して、お帰りになりましたけれど」
「そういうことね……まったく、あの人は」
 深い赤目の女性も、世話が焼けると言わんばかりに肩を落とした。キルシュさんが奔放な人なのは、彼女らの共通認識なのだろう。
「私は少しシュシュと話がしたいから、彼への説明は司官様に任せても大丈夫かしら?」
「ええ、もちろんでございます」
「そうね……|天藍《ラズルス》の間を借りるから、あらかた説明が済んだら呼んでちょうだい。今日からでも交流を深められた方がいいしね」
「かしこまりました」
 どうやら彼女らは、ハゲよりも上の立場らしい。背が高いからか威圧的に見えたハゲが、恭しく腰を折っていた。
 本当は、説明をしてもらえるならハゲより彼女らが良かったが、贅沢は言っていられない。説明してもらえるだけ充分だと思って、ハゲで我慢するしかない。
「それじゃあ行きましょうか、シュシュ」
 はい、とシュシュと呼ばれた少女――ミルフィエール様も、彼女の後に続いて広間を出ていった。
 それを見送って、ついてきなさい、とハゲに促され、俺はようやっとこの広間から出ることになった。
 例の無駄に広い廊下を歩きながら、ハゲが俺に問う。
「君は|魂結《リベルト》のことを知らずにここに来たのかね?」
「すみません……」
 もうこうなれば、素直に話した方がいいだろう。ただでさえ俺は、ここがどこで、どうやったら自分の家に帰れるのかを調べなきゃならない。これ以上知らない情報を増やされる前に、とりあえず今わかることは全部聞いておきたい。
 そう思ったら、形振り構ってなどいられなかった。
「実は、知り合いの遺言で、代わりにここに行ってほしいと言われたもので……」
 知り合いという部分以外は、あながち嘘でもない。今の状況を的確かつ端的に表した良い説明だと、自分でも思う。
 するとハゲは、そういうことか、と深いため息を吐く。
「もしや低位の階級の者か。浮世事に疎いのも頷ける。とはいえ君は星冠の器。低階級の者であっても邪険にはせんよ」
「その、星冠というのは……?」
「そう急くでない。順を追って説明しよう。さあ、着いたぞ」
 先ほどまでいた広間と比べると、だいぶ小ぢんまりとした一部屋。大きな木のテーブルに簡易なソファ、壁には本棚が並び、地図のようなものが額に入れて飾られていた。
 その地図を見ても、まるでピンとこない。少なくとも日本でないことは確かだし、俺が知っているような有名な国のどこかでもなさそうだった。
 ハゲに言われるままソファに腰掛けると、ハゲは本棚からいくつか本を抜き取って、テーブルの上に並べた。
 その中の一冊を開いて、地図の描かれたページを見せてきた。
「この世界には様々な一族が暮らしている。それはわかるね? そのそれぞれが独自の国と生活文化を持っており、時には互いに助け合い、時にはいがみ合い、時には不干渉を貫きながら、この世界はうまく回っているのだ」
 一族、というのは民族的なことだろうか。ゲルマン民族とか、スラヴ民族とか。そこは俺でもわかる。なんだかまるで社会科の授業を受けているようだ。
「しかし、そうも言っていられない事態になった」
 地図上の様々な国を順々に指さしていたハゲの指が、ある一点に向く。“|世界樹《ロストローグ》”と書かれた大きな木のような、山のような場所。
「我々の生活を脅かす恐ろしい化け物がここからやってきて、それぞれの国が一丸となって立ち向かわなければ、やがてこの世界が滅ぼされるかもしれない危機に立たされている。そして、世界の破滅を止めるカギが、この世界樹にあるとされている」
 恐ろしい化け物と言って、次のページを見せてくれた。そこには金色の恐竜のような怪物のイラストが描かれていた。
「この化け物を倒す方法が、この世界樹にあるってことですか?」
「いや、世界樹にはこの世の始まりについて記された遺跡が眠っている。化け物に阻まれてほとんどが未開拓となっているがな。“始まりの歴史”でも、かつてこの世界が化け物の脅威に晒された時、世界樹の力を使ってこの世界を守ったとされている。世界樹にはそれほどの何かが眠っているはずなのだ」
 つまり、確証があるわけではないが、もうそこに頼らないといけないくらい、状況としては切羽詰まっているのだろう。
 薄々感じてきたが、もしかして俺は、とんでもないことに首を突っ込んでいるんじゃないだろうか。これが夢なら楽しんでいられる。だがもし夢でないのなら……考えたくもない。
「というのが、高位階級の幼子に読み聞かせるこの世の在り様だ」
 そんなことを言われてがっくりきてしまう。ハゲが持ってきた本も、どことなく絵本のような見てくれだったのはそういうことか。
 しかし、俺はそのくらい知識が足りていないのだろう。まずは易しい内容から、というハゲなりの配慮だったのかもしれない。
「ここからは、世間に知らせていない事柄も含む。絶対に口外してはならんぞ。いいな?」
 ハゲはそう固く念を押す。鋭い視線を向けられて、俺は思わず息を呑み、言葉もなく首肯した。