第130話 当たり前の朝を迎えて

ー/ー



 あまりよくは眠れず迎えた朝は、酷く頭が重く、外の明るさとは対照的に実に暗鬱というべきか、人に見られる顔をしているのかどうかが気になるほどだ。

 あれから、ミモザを寝かせたまま自分の屋敷に戻った我は、学校から持ち帰った教科書を読みふけっていた。特に意味はなく、心を落ち着かせたかっただけだ。

 他にも、眠れない諸事情を抱えておったし、とことん睡眠不足だ。

 結果、今に至る。執事に起こされ、寝ぼけ眼を擦りつつ、制服に着替え、オキザリスを連れてミモザの店の勝手口前へと立っていた。

 扉をノックしようかしまいかというところで、トタトタと階段を駆け下りる音が聞こえ、最後の段を踏み外したのか、大きめにドタッという音が聞こえてきたかと思えば、向こうから扉が開き、ズレたメガネを掛けた寝癖だらけのミモザが現われる。

「フィーさん、おはようございましゅ。えへへ……」

 窓からこちらの姿を確認したのだろう。そんなに慌てることもあるまいに。
 一先ず、ミモザのズレたメガネを直しつつ、手櫛で寝癖を撫でる。

「さて、今日も行くとするか」
「はいっ」

 ※ ※ ※

 城の如く大きく構え、教会の如く荘厳な外観をして、無邪気なまでに明るい声で賑わっている、その学校の校門を潜り、我ら一行は校舎に向かう。

「今日はどんな授業があるんれしょうね!」
「ふむ。昨日よりマシだといいのだがな」

 校庭を何周も走らされたり、不味い薬を飲まされたりは正直勘弁してほしいものだ。せめて少しでもミモザと足並みを揃えて、ともに成長していきたい。

 そう、せめて、少しでも。

 今の我は残念なことに人間だ。おまけにろくに魔法も使えない。対してミモザは人間と比べれば長命種で、技術だけなら十分すぎるくらい。

 気が付いてみれば、ミモザが遠くに離れてしまったような、そんな疎外感を覚える。それはいつだったか、ミモザが我にも感じていたもの。

 あのときはまだ、我は不死に近い存在だったが、今はもう違う。ひょっとすればミモザが大人になる頃には我も老婆になってくたばっているかもしれない。

 生きていく時間の長さも、成長の早さも、全部、ミモザに追い抜かれていく、そんな孤独感が昨日から絡み付いて離れなかった。

「あれ? そういえばフィーさん、少し背が伸びましらか?」

 ……ッ!!?

 ミモザのそんな何気ない一言に、何をそんな怯えているのだろう。そう思うくらいに、背筋におぞましい衝撃が走った。

「ふみゅぅ……気のせいでふかね。あまり変わらないかも」

 そういって無邪気に我の頭のてっぺんをさするミモザの顔が目の前に。大丈夫だろうか。変な顔をしていないだろうか。気が気でない。

「大丈夫れすか、フィーさん? なんだか眠そうでふけど」
「ああ、まあな。昨日はあまり眠れなかったのだ。あの、カーネとかいう男の薬の後味がなかなか引かなくて夜遅くまで何度もうがいしてたくらいだ」

 咄嗟についた嘘かと思いきや、実のところこれも本当だ。
 あの男のクソ不味い魔法薬は本当に酷く舌の上に根を張っているんじゃないかというくらいこびりついていた。

「そ、そんなにひどかったんでふか、あの薬」
「ええ、お嬢様も何度も夜中に起きては洗面所でうがいと歯磨きをしておりました」

 だからといって、わざわざそれを報告しなくてもいい。

「結局、わたしだけあの薬飲んでないんでふよね……」
「あんなもの、自分から飲むことないぞ」

 昨日は我を含むクラスメイトたちが阿鼻叫喚する中、ひとりだけ課題をクリアできたミモザはただただ静観してたしな。興味がわくのは分かる。

「ぁ……、あの子……」
「む?」

 他愛もない話をしていると何かに気付いたのか、ミモザの視線がそちらに向く。
 見てみると校舎の手前、両腕を組んで立っている男子生徒がいた。

「よお、芋」

 こんな挨拶をしてくる輩はこの学校で一人しかおらぬだろうな。
 言うまでもなくラクトフロニア家の御曹司、パエニアだ。

「朝から我に何か用か?」
「昨日はよくもやってくれたな」

 一瞬でも、何のことだ、と思ってしまったくらいには、その出来事は我の中ではどうでもよかったことなのかもしれない。

 授業の合間に、突然つっかかってきて、ケンカふっかけてきて、そしてオキザリスにぶっ飛ばされただけではないか。
 どちらが悪いかという言い方をすれば、パエニアの方だろう。

「この俺様に生意気な態度をとれるなんていい度胸だ。力関係って奴を教えてやろうと思ってな」

 すこぶるどうでもいい。人間としてもまだ大人には足りない年齢となると、こうも思考が愚かなものか。我からすると、いや、ミモザからしても赤ん坊を相手にしているような気分だろう。

 そもそも力関係とは何のことを言っているのやら。多分、資産的なところを言いたいのかもしれないが、それで我に敵うのだろうか。
 ふと見てみると、パエニアの後ろにゴツい男たちが並んでいることに気付く。

 この場で身長関係を一つ、改めようと思う。
 我の身長とミモザの身長は同じくらい。オキザリスはもう少し高い。
 対するパエニアは、そのオキザリスよりもちょっとだけ高いくらいか。

 で、後ろのゴツい男たち、五人。パエニアの身長の倍以上はある。
 それがどういうことなのかというと、我らの視点からすると、物凄い壁が行く手を塞いでいる状態となる。

 こっちは小さい女三人、向こうはパエニア含めて男六人。威圧感という意味では確かに圧倒されている。

「どうだっ! 俺様にはこんなに頼もしい従者がいるんだ! 今後、楯突いたりするんじゃないぜ! だーっはっはっは!」

 ん? もしかして、ソレで終わりか?
 なんか力を見せつけて何かしてくるのかと思いきや、既に満足しているのか、そのままゴツい男たちを引き連れたまま校舎へと入っていった。

「なんだったんだ、アイツ……」
「よく分かりましぇん……」

 何が何やら分からぬまま呆然と立ち尽くしてしまったが、どうやらパエニアという小僧はどうあっても自分が優位であることを誇示したいらしい。

 確かに今のくだらないやり取りで、見た目だけなら圧倒したことは確かだが、そんなことで満足できるなんて何と青い。悩み事も直ぐに解消されて羨ましい限りだ。

 思わず脱力してしまう。何か、我はもっと複雑な悩みを抱え込んでいたような気がするのだが、あんな自分のプライドのことしか考えられない阿呆を見ていたら、何故だか今の我自身の姿に見えてしまって、気が抜けてきた。

 勇者に倒され、かつての力を失い、それでも復讐を誓い、それも失敗。足掻くのも止めたつもりだったが、気付けばなけなしの力さえもなくしてしまった。

 そんな、ザコザコのよわよわのヘボヘボの我が、今さら、魔王だった頃の自分に執着し続けるのも、無様なだけなんじゃないのか。

 そう思ってしまったら、今の、ただの人間の小娘に過ぎない自分が、パエニアのように自分のものではない力にすがってイキり倒している姿を重なってしまう。

「フィーしゃん、行きましょうか」
「うむ、そうだな!」

 あんなバカにはなるまい。そんなことを思いつつも、ミモザの手を握り、我は教室へと向かうことにした。

 ミモザが今すぐに目の前から消えていくわけじゃない。だから、こうして今日もまた当たり前のように、二人で過ごしていけばいいではないか。

 不安の全てが掻き消えたわけではない。だが、それでも、我は我が思う以上に、くだらないことを考えていたのだと、気付いた。
 悩むのもバカらしい。ミモザといられる今、このときを満喫しよう。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第131話 それは望んでいなかった


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 あまりよくは眠れず迎えた朝は、酷く頭が重く、外の明るさとは対照的に実に暗鬱というべきか、人に見られる顔をしているのかどうかが気になるほどだ。
 あれから、ミモザを寝かせたまま自分の屋敷に戻った我は、学校から持ち帰った教科書を読みふけっていた。特に意味はなく、心を落ち着かせたかっただけだ。
 他にも、眠れない諸事情を抱えておったし、とことん睡眠不足だ。
 結果、今に至る。執事に起こされ、寝ぼけ眼を擦りつつ、制服に着替え、オキザリスを連れてミモザの店の勝手口前へと立っていた。
 扉をノックしようかしまいかというところで、トタトタと階段を駆け下りる音が聞こえ、最後の段を踏み外したのか、大きめにドタッという音が聞こえてきたかと思えば、向こうから扉が開き、ズレたメガネを掛けた寝癖だらけのミモザが現われる。
「フィーさん、おはようございましゅ。えへへ……」
 窓からこちらの姿を確認したのだろう。そんなに慌てることもあるまいに。
 一先ず、ミモザのズレたメガネを直しつつ、手櫛で寝癖を撫でる。
「さて、今日も行くとするか」
「はいっ」
 ※ ※ ※
 城の如く大きく構え、教会の如く荘厳な外観をして、無邪気なまでに明るい声で賑わっている、その学校の校門を潜り、我ら一行は校舎に向かう。
「今日はどんな授業があるんれしょうね!」
「ふむ。昨日よりマシだといいのだがな」
 校庭を何周も走らされたり、不味い薬を飲まされたりは正直勘弁してほしいものだ。せめて少しでもミモザと足並みを揃えて、ともに成長していきたい。
 そう、せめて、少しでも。
 今の我は残念なことに人間だ。おまけにろくに魔法も使えない。対してミモザは人間と比べれば長命種で、技術だけなら十分すぎるくらい。
 気が付いてみれば、ミモザが遠くに離れてしまったような、そんな疎外感を覚える。それはいつだったか、ミモザが我にも感じていたもの。
 あのときはまだ、我は不死に近い存在だったが、今はもう違う。ひょっとすればミモザが大人になる頃には我も老婆になってくたばっているかもしれない。
 生きていく時間の長さも、成長の早さも、全部、ミモザに追い抜かれていく、そんな孤独感が昨日から絡み付いて離れなかった。
「あれ? そういえばフィーさん、少し背が伸びましらか?」
 ……ッ!!?
 ミモザのそんな何気ない一言に、何をそんな怯えているのだろう。そう思うくらいに、背筋におぞましい衝撃が走った。
「ふみゅぅ……気のせいでふかね。あまり変わらないかも」
 そういって無邪気に我の頭のてっぺんをさするミモザの顔が目の前に。大丈夫だろうか。変な顔をしていないだろうか。気が気でない。
「大丈夫れすか、フィーさん? なんだか眠そうでふけど」
「ああ、まあな。昨日はあまり眠れなかったのだ。あの、カーネとかいう男の薬の後味がなかなか引かなくて夜遅くまで何度もうがいしてたくらいだ」
 咄嗟についた嘘かと思いきや、実のところこれも本当だ。
 あの男のクソ不味い魔法薬は本当に酷く舌の上に根を張っているんじゃないかというくらいこびりついていた。
「そ、そんなにひどかったんでふか、あの薬」
「ええ、お嬢様も何度も夜中に起きては洗面所でうがいと歯磨きをしておりました」
 だからといって、わざわざそれを報告しなくてもいい。
「結局、わたしだけあの薬飲んでないんでふよね……」
「あんなもの、自分から飲むことないぞ」
 昨日は我を含むクラスメイトたちが阿鼻叫喚する中、ひとりだけ課題をクリアできたミモザはただただ静観してたしな。興味がわくのは分かる。
「ぁ……、あの子……」
「む?」
 他愛もない話をしていると何かに気付いたのか、ミモザの視線がそちらに向く。
 見てみると校舎の手前、両腕を組んで立っている男子生徒がいた。
「よお、芋」
 こんな挨拶をしてくる輩はこの学校で一人しかおらぬだろうな。
 言うまでもなくラクトフロニア家の御曹司、パエニアだ。
「朝から我に何か用か?」
「昨日はよくもやってくれたな」
 一瞬でも、何のことだ、と思ってしまったくらいには、その出来事は我の中ではどうでもよかったことなのかもしれない。
 授業の合間に、突然つっかかってきて、ケンカふっかけてきて、そしてオキザリスにぶっ飛ばされただけではないか。
 どちらが悪いかという言い方をすれば、パエニアの方だろう。
「この俺様に生意気な態度をとれるなんていい度胸だ。力関係って奴を教えてやろうと思ってな」
 すこぶるどうでもいい。人間としてもまだ大人には足りない年齢となると、こうも思考が愚かなものか。我からすると、いや、ミモザからしても赤ん坊を相手にしているような気分だろう。
 そもそも力関係とは何のことを言っているのやら。多分、資産的なところを言いたいのかもしれないが、それで我に敵うのだろうか。
 ふと見てみると、パエニアの後ろにゴツい男たちが並んでいることに気付く。
 この場で身長関係を一つ、改めようと思う。
 我の身長とミモザの身長は同じくらい。オキザリスはもう少し高い。
 対するパエニアは、そのオキザリスよりもちょっとだけ高いくらいか。
 で、後ろのゴツい男たち、五人。パエニアの身長の倍以上はある。
 それがどういうことなのかというと、我らの視点からすると、物凄い壁が行く手を塞いでいる状態となる。
 こっちは小さい女三人、向こうはパエニア含めて男六人。威圧感という意味では確かに圧倒されている。
「どうだっ! 俺様にはこんなに頼もしい従者がいるんだ! 今後、楯突いたりするんじゃないぜ! だーっはっはっは!」
 ん? もしかして、ソレで終わりか?
 なんか力を見せつけて何かしてくるのかと思いきや、既に満足しているのか、そのままゴツい男たちを引き連れたまま校舎へと入っていった。
「なんだったんだ、アイツ……」
「よく分かりましぇん……」
 何が何やら分からぬまま呆然と立ち尽くしてしまったが、どうやらパエニアという小僧はどうあっても自分が優位であることを誇示したいらしい。
 確かに今のくだらないやり取りで、見た目だけなら圧倒したことは確かだが、そんなことで満足できるなんて何と青い。悩み事も直ぐに解消されて羨ましい限りだ。
 思わず脱力してしまう。何か、我はもっと複雑な悩みを抱え込んでいたような気がするのだが、あんな自分のプライドのことしか考えられない阿呆を見ていたら、何故だか今の我自身の姿に見えてしまって、気が抜けてきた。
 勇者に倒され、かつての力を失い、それでも復讐を誓い、それも失敗。足掻くのも止めたつもりだったが、気付けばなけなしの力さえもなくしてしまった。
 そんな、ザコザコのよわよわのヘボヘボの我が、今さら、魔王だった頃の自分に執着し続けるのも、無様なだけなんじゃないのか。
 そう思ってしまったら、今の、ただの人間の小娘に過ぎない自分が、パエニアのように自分のものではない力にすがってイキり倒している姿を重なってしまう。
「フィーしゃん、行きましょうか」
「うむ、そうだな!」
 あんなバカにはなるまい。そんなことを思いつつも、ミモザの手を握り、我は教室へと向かうことにした。
 ミモザが今すぐに目の前から消えていくわけじゃない。だから、こうして今日もまた当たり前のように、二人で過ごしていけばいいではないか。
 不安の全てが掻き消えたわけではない。だが、それでも、我は我が思う以上に、くだらないことを考えていたのだと、気付いた。
 悩むのもバカらしい。ミモザといられる今、このときを満喫しよう。