第129話 放課後と憂鬱の種
ー/ー
ネルムフィラ魔導士学院は今日一日の授業を終え、我らがクラスの教室内には朝の景色と同様に、ダリアが戻ってきていた。担任ということもあり、一日の最後の締めも受け持っているのだろう。
「はーい、みんなお疲れさま~。ということで、どうだったかな。初日からこってり絞られちゃったりしたかな。まだ学校生活に慣れないうちは色々と大変かもしれないけど、明日からもガンガン頑張っていこうね!」
教壇の前、明るく振る舞うダリアを見ていると、今日顔を会わしてきたクセの強い教師の面々の中では比較的マシだったのだな、と思ってしまった。悔しいことに。
今日みたいな授業が明日もあるのだと思うと、また憂鬱というもの。
これで、今日の最後の授業があのマーガじゃなかったら心が折れてしまっていたのかもしれない。カーネの薬漬け地獄の後に、リンドーの体育なんてやられされていたら生徒の何人かが逃亡していた可能性すらあるぞ。
「今日のところは、授業の感覚を掴んでもらうために一通り一日にまとめたけれど、明日からはもう少しスローペースでいくからついていけなかった子も安心してね」
それは安心していいのかどうか。毎日毎日今日みたいにリンドーやカーネの授業を通しで続けられたら身体が持たないが、下手したら一日中あれらのいずれかの授業の日があると思うと、憂鬱なんてレベルではないな。
「あ、あの、ダリアしぇんせ~」
「ん、何かな、ミモザちゃん」
ふとミモザが挙手して立ち上がる。
「あの、まだ、入学式のときにいなかった先生と会ってないのれすが……」
「あ、うん、そのことね。安心して。色々な手続きがやっと終わって、明日の授業から出られるようになったわ。みんなも、楽しみにしててもいいわよ」
そういえばあのとき一人、欠席している教師がおったな。
確か防衛魔法担当とか言ってたか。一体どんな手続きがあったのか知りようもないが、せめてまともな教師だといいのだがな。
しかし、我は密かにダリアが含み笑いをしていたのを見逃さなかった。あの表情の意図するところを汲み取ると、あまり期待しない方がよさそうだ。
それから特に取り留めもない雑談に近いような話を終えて、一区切りがつきそうなタイミングで、ダリアが改めて声を張る。
「それじゃあみんな! 暗くならないうちに帰るのよ~!」
それを号令に、ようやくして学校生活の初日が終わるのだった。
※ ※ ※
日はまだ暮れていないくらいの時間帯だったが、我とミモザは手を繋ぎ、パエデロスの街を歩いていた。なんだか今日という日がやけに長く感じられたが、まだ終わったわけではない。
これからミモザの店に行って冒険者どもの相手をしなければならない。もしかして思っていたよりハードスケジュールを組んでしまったのでは?
今さらのように後悔してしまう。
しかし、パエデロスでも隠れた名店とされる魔具店の店長が不在というのも格好が付かないし、それが常態化してしまっても売り上げが落ち込んでしまう。
願わくば客が少なければ、などと思っていたのだが、我とミモザの視界に映ったのは店の前にずらりずらりと途切れ目の見えない長蛇の列だった。
そういえば、普段は店の中から客を捌いているからか、あまり外側から店を見ることはあまりなかった。いつもこんな光景が広がっていたのか?
「お嬢様、ミモザ様、裏口に回りましょう」
「う、うむ。そうだな」
流石にあの人だかりの中、真正面から店に入る勇気はない。オキザリスに先導されるがまま、少々回り道をしつつ、我ら一行は店の裏側へと回り込む。
「ただいまれす~」
ミモザが裏口の扉を開く。そこから繋がっているキッチン側では丁度デニアがエプロンを付けて調理をしている最中だった。
「あ、店長ぅ~、お嬢様ぁ~、おかえりなさぁ~い」
褐色肌、白髪のエルフだったが、実に家庭的な雰囲気を醸し出す。
ミモザチップスの異常な人気には劣るが、デニアの作る冒険者向けの非常食もそこそこの人気商品だ。
こんな格好でいい匂いをさせて売っていればそりゃあ人気もでるだろうな。
「学校はいかがでしたかぁ?」
「とっても楽しかったでふよ」
「まあ、なかなか有意義な時間であったな」
実際のところ、一部の教師に色々と酷い目には遭わされてしまったものの、学校の授業そのものには関心深いものもあったし、何より魔法を会得するという目的に近付いているという実感も少なからずあった。
「それはよかったわぁ~」
おっとりとした口調で、デニアが微笑む。
なんだか、この光景だけを切り取ると、あたかもデニアが我とミモザの母親のように思われそうだ。何をほんわかと和んでいるんだか。
「さてと。もう少しゆっくりしたいところだが、もう店の前に客が並んでおる。制服を着替えたら店の方に出るぞ」
「ふぁい、フィーさん!」
そうして我とミモザと、あとオキザリスは二階へと上がり、私室に入る。
颯爽と室内を跳んだのはオキザリスだ。タンスやクローゼットから着替えを取り出し、目にも留まらぬ速さで我もミモザも学校の制服を剥がれ、店用の服へと着替えさせられる。
「オキザリスしゃん、ありがとうれす」
「どう致しまして」
ものの秒で支度も調い、階段を降りて店内の方へと急いだ。
そこに広がるのは、まあいつもの光景ではある。
「フィー様だ!」「ミモザ様だ!」
「フィーたんキターーー!!」「ミモザちゃん待ってた!!!!」
「フィミモー! フィミモー!」「ミモフィー! ミモフィー!」
なんだろうな。半日店を空けていただけで客どもの盛り上がり具合がまたグッと変わったような気がする。
以前ならいつ開店するのかも分からんような状態だったが、新装開店してから店を開ける頻度も高くなっていたせいもあるのか。
客どもからの待ちわびていたという感情が凄まじく圧となってくる。
まだ学校での疲れも大分残っているのだが、仕方あるまい。
店の外まで続く冒険者どもの行列を捌いていくことにしよう。
※ ※ ※
窓の外からは銀色の月明かりが射し込んでくる。長い一日がようやく終えるのだと思うと、誤魔化してきた疲労感がドッと押し寄せてくるかのよう。
ミモザは一足先にベッドでスヤスヤと眠っている。
従業員は既に帰してしまったし、あとはオキザリスを部屋の外に待たせているだけ。思わず、ふぅ、と小さく溜め息をついて、我は机の中にしまっておいた手鏡――大賢者の眼鏡を取り出し、自分の顔を映してみる。
【フィーさん】(人間)
≪LV:33≫
≪HP:457/583≫
≪MP:0/12≫
≪状態:疲弊≫
鏡にはポワポワと数字やら文字列やらが浮かび上がってくる。思っていたとおりでもあり、想像以上でもある結果がそこにあった。
それは現在の我の能力や状態を表したものであり、それによれは我のレベルやら何やらは弱体化していないことを示していた。
人間どもの負の感情を命に、魔力に変換していた我の術はスッキリ無力化されてしまい、ほんのつい最近までは平和な街の穏やかな雰囲気に飲まれるが如く弱体し続けていた我も、これこのようにという状況だった。
少々レベルが高いような気がするのは、おそらく浄血の儀式を受ける直前までアレフヘイムの森にいたせいだろう。そして多少なり魔力が増えて見えるのは多分、今日の授業で散々魔法薬を飲まされたためと思われる。
目の前に突きつけられた真実は、希望だったのか、絶望だったのか。
少なくとも我は本当に人間の小娘になってしまったのだと、思い知った。
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「はーい、みんなお疲れさま~。ということで、どうだったかな。初日からこってり絞られちゃったりしたかな。まだ学校生活に慣れないうちは色々と大変かもしれないけど、明日からもガンガン頑張っていこうね!」
教壇の前、明るく振る舞うダリアを見ていると、今日顔を会わしてきたクセの強い教師の面々の中では比較的マシだったのだな、と思ってしまった。悔しいことに。
今日みたいな授業が明日もあるのだと思うと、また憂鬱というもの。
これで、今日の最後の授業があのマーガじゃなかったら心が折れてしまっていたのかもしれない。カーネの薬漬け地獄の後に、リンドーの体育なんてやられされていたら生徒の何人かが逃亡していた可能性すらあるぞ。
「今日のところは、授業の感覚を掴んでもらうために一通り一日にまとめたけれど、明日からはもう少しスローペースでいくからついていけなかった子も安心してね」
それは安心していいのかどうか。毎日毎日今日みたいにリンドーやカーネの授業を通しで続けられたら身体が持たないが、下手したら一日中あれらのいずれかの授業の日があると思うと、憂鬱なんてレベルではないな。
「あ、あの、ダリアしぇんせ~」
「ん、何かな、ミモザちゃん」
ふとミモザが挙手して立ち上がる。
「あの、まだ、入学式のときにいなかった先生と会ってないのれすが……」
「あ、うん、そのことね。安心して。色々な手続きがやっと終わって、明日の授業から出られるようになったわ。みんなも、楽しみにしててもいいわよ」
そういえばあのとき一人、欠席している教師がおったな。
確か防衛魔法担当とか言ってたか。一体どんな手続きがあったのか知りようもないが、せめてまともな教師だといいのだがな。
しかし、我は密かにダリアが含み笑いをしていたのを見逃さなかった。あの表情の意図するところを汲み取ると、あまり期待しない方がよさそうだ。
それから特に取り留めもない雑談に近いような話を終えて、一区切りがつきそうなタイミングで、ダリアが改めて声を張る。
「それじゃあみんな! 暗くならないうちに帰るのよ~!」
それを号令に、ようやくして学校生活の初日が終わるのだった。
※ ※ ※
日はまだ暮れていないくらいの時間帯だったが、我とミモザは手を繋ぎ、パエデロスの街を歩いていた。なんだか今日という日がやけに長く感じられたが、まだ終わったわけではない。
これからミモザの店に行って冒険者どもの相手をしなければならない。もしかして思っていたよりハードスケジュールを組んでしまったのでは?
今さらのように後悔してしまう。
しかし、パエデロスでも隠れた名店とされる魔具店の店長が不在というのも格好が付かないし、それが常態化してしまっても売り上げが落ち込んでしまう。
願わくば客が少なければ、などと思っていたのだが、我とミモザの視界に映ったのは店の前にずらりずらりと途切れ目の見えない長蛇の列だった。
そういえば、普段は店の中から客を捌いているからか、あまり外側から店を見ることはあまりなかった。いつもこんな光景が広がっていたのか?
「お嬢様、ミモザ様、裏口に回りましょう」
「う、うむ。そうだな」
流石にあの人だかりの中、真正面から店に入る勇気はない。オキザリスに先導されるがまま、少々回り道をしつつ、我ら一行は店の裏側へと回り込む。
「ただいまれす~」
ミモザが裏口の扉を開く。そこから繋がっているキッチン側では丁度デニアがエプロンを付けて調理をしている最中だった。
「あ、店長ぅ~、お嬢様ぁ~、おかえりなさぁ~い」
褐色肌、白髪のエルフだったが、実に家庭的な雰囲気を醸し出す。
ミモザチップスの異常な人気には劣るが、デニアの作る冒険者向けの非常食もそこそこの人気商品だ。
こんな格好でいい匂いをさせて売っていればそりゃあ人気もでるだろうな。
「学校はいかがでしたかぁ?」
「とっても楽しかったでふよ」
「まあ、なかなか有意義な時間であったな」
実際のところ、一部の教師に色々と酷い目には遭わされてしまったものの、学校の授業そのものには関心深いものもあったし、何より魔法を会得するという目的に近付いているという実感も少なからずあった。
「それはよかったわぁ~」
おっとりとした口調で、デニアが微笑む。
なんだか、この光景だけを切り取ると、あたかもデニアが我とミモザの母親のように思われそうだ。何をほんわかと和んでいるんだか。
「さてと。もう少しゆっくりしたいところだが、もう店の前に客が並んでおる。制服を着替えたら店の方に出るぞ」
「ふぁい、フィーさん!」
そうして我とミモザと、あとオキザリスは二階へと上がり、私室に入る。
颯爽と室内を跳んだのはオキザリスだ。タンスやクローゼットから着替えを取り出し、目にも留まらぬ速さで我もミモザも学校の制服を剥がれ、店用の服へと着替えさせられる。
「オキザリスしゃん、ありがとうれす」
「どう致しまして」
ものの秒で支度も調い、階段を降りて店内の方へと急いだ。
そこに広がるのは、まあいつもの光景ではある。
「フィー様だ!」「ミモザ様だ!」
「フィーたんキターーー!!」「ミモザちゃん待ってた!!!!」
「フィミモー! フィミモー!」「ミモフィー! ミモフィー!」
なんだろうな。半日店を空けていただけで客どもの盛り上がり具合がまたグッと変わったような気がする。
以前ならいつ開店するのかも分からんような状態だったが、新装開店してから店を開ける頻度も高くなっていたせいもあるのか。
客どもからの待ちわびていたという感情が凄まじく圧となってくる。
まだ学校での疲れも大分残っているのだが、仕方あるまい。
店の外まで続く冒険者どもの行列を捌いていくことにしよう。
※ ※ ※
窓の外からは銀色の月明かりが射し込んでくる。長い一日がようやく終えるのだと思うと、誤魔化してきた疲労感がドッと押し寄せてくるかのよう。
ミモザは一足先にベッドでスヤスヤと眠っている。
従業員は既に帰してしまったし、あとはオキザリスを部屋の外に待たせているだけ。思わず、ふぅ、と小さく溜め息をついて、我は机の中にしまっておいた手鏡――|大賢者の眼鏡《ライブミラー》を取り出し、自分の顔を映してみる。
【フィーさん】(人間)
≪LV:33≫
≪HP:457/583≫
≪MP:0/12≫
≪状態:疲弊≫
鏡にはポワポワと数字やら文字列やらが浮かび上がってくる。思っていたとおりでもあり、想像以上でもある結果がそこにあった。
それは現在の我の能力や状態を表したものであり、それによれは我のレベルやら何やらは《《弱体化していない》》ことを示していた。
人間どもの負の感情を命に、魔力に変換していた我の術はスッキリ無力化されてしまい、ほんのつい最近までは平和な街の穏やかな雰囲気に飲まれるが如く弱体し続けていた我も、これこのようにという状況だった。
少々レベルが高いような気がするのは、おそらく浄血の儀式を受ける直前までアレフヘイムの森にいたせいだろう。そして多少なり魔力が増えて見えるのは多分、今日の授業で散々魔法薬を飲まされたためと思われる。
目の前に突きつけられた真実は、希望だったのか、絶望だったのか。
少なくとも我は本当に人間の小娘になってしまったのだと、思い知った。