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第123話 少年よ、筋肉の前に黙せ

ー/ー



 学校内に鐘の音が響き渡る。時刻を知らせるチャイムのようだった。その音を耳にして、ダリアは切り替えるように一旦言葉を止める。

「――さて、今回の授業はここまで。休憩時間を挟むからお手洗いなら今のうちにね。私は次の教室に移動するけど、この後に別の先生が来るから勝手に帰ったりしないように! じゃ! また後でね!」

 そんな言葉を残して、教室を出ていく。そうローテーションを回していくのか。
 一日中同じクラスに同じ教師が付きっきりでは科目が偏るしな。

「ふひぃ~、意外と知らないこと多かったれすね。全部覚えられないかもでふ」
「別に歴史を丸暗記する必要はない。その過程を何となくでも分かれば十分だ」

 主旨は魔法の成り立ちを知ることだったし、基礎の基礎を理解しているミモザには余計な情報とも言える。あまり詰め込みすぎるとかえって簡単なことも分からなくなってしまうし、こういうのは気楽に構えていた方がいい。

「なあ、ちょっといいか、フィー」
「む? なんだ?」

 ふと気付いたら男子生徒が我の近くにまで寄ってきていた。
 いけ好かない顔をしている。小生意気というか、馴れ馴れしいな。

「お前、あの芋令嬢なのか?」

 芋令嬢……。
 確かにパエデロスではそのように呼ぶ声もある。
 なんといってもパエデロスにおける農業の広範囲は我の所有するジャガイモ畑でいっぱいだからな。不本意だが現状、我の資金源として芋があげられる。

「まあ、そうだ」
「ハッ、だから芋みたいなコロコロ丸っこい顔してんだな」
「なんだと――」

 我が反論しようと席から立ち上がるか上がらぬかのところで、生意気男子の首元に手刀が添えられていた。それは、オキザリスの手だった。

「お嬢様を侮辱する事は許しません」
「くひっ!? な、なんだと、事実を言ったまでじゃないか」

 一瞬家畜の断末魔のような情けない声をあげ、一歩退く。コイツ、さっきも授業中に偉そうにいい加減な返答をした奴か。恥という言葉を知らぬのだろうか。
 ええと、名前は何だったかな。

「俺様はあのラクトフロニア家の御曹司、パエニア様だぞ!」

 ああ、そういえば自己紹介のときもそんな高慢な感じで言っていたな。
 貴族なら品格を重んじるべきだろうに慎ましさの欠片もなく恥知らずとは。

 ラクトフロニア家などと名乗ってもらったが、正直知らん。パエデロスに移住してきている貴族だったら我の名前を知ってて尚も小馬鹿にする態度もとれんだろう。

「で、パエニア。我に一体何の用だ? ジャガイモを食べたいなら今度何箱か送ってやってもいいぞ」
「ハン! 要らないね、あんな小汚い泥団子なんて!」

 なんなんだろうな、この小僧は。我が知らないだけで、王族並みに栄誉のある名家なのか? だとしても、一方的に見下しに掛かるのは異常としか思えない。

「パエデロスには凄い資産家がいるなんて聞いてたけど、ぶっちゃけ拍子抜けだよ。ただのガキじゃないか」

 散々悪口を吐かれてきたが、一周回ってコイツが哀れに見えてきた。
 どうしてこうも自分の品格を下げていくかね。
 自分とこの家に誇りがあるなら敢えて他人を下げる必要もあるまい。

「フィーしゃん、ケンカはダメでしゅよ!」
「そっちのガキも、ちょっと詳しいからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
「ふへ?」
「お前、貴族でも何でもないんだろ? この学校に通う資格もねえんだよ!」

――ブチッ。

 そんな、音が、聞こえたような気がした。

 我の拳が空を切り、目標地点に到達する――その直前に、標的の身体は既に吹っ飛んでいて、教室の壁に叩きつけられる。

「おい、オキザリス……」
「お嬢様の手を煩わせるわけにはいきません故」

 どうやら我が手を下すより早く、オキザリスの蹴りが炸裂したらしい。
 哀れな奴よ、パエニア。貧弱ザコザコの我の拳じゃなく、筋肉ムキムキのオキザリスに制裁されるとは、掛ける言葉もない。

 今ひとつスカッとした気分にはならなかったが、ここで追い打ちを掛けてしまっては我の品格も問われるというもの。むしゃくしゃした気分を胸のうちにしまう。

「ふがぁ~……、てみぇぇ……この俺しゃまを、誰だと……思ってぇ……」

 アイツ、凄いな。床に這いつくばって鼻血噴きながらもまだあんな態度をとれるのか。将来大物になれるぞ、あれは。

「手加減しすぎました。歯の一本くらいは折っておきましょう」
「もういい」

 本音だけいうと三本くらいはへし折ってやりたかったが、引き際が分からなくなりそうだったし、今回ばかりは目一杯我慢することにした。

「お、オキザリスしゃん! らめですよ! クラスメイト殴っちゃ!」
「……ワタクシめは生徒ではありませんし、校則にはそのようなものはありませんでした」

 確かに【魔法を使用しないこと】に徹底したルールは敷かれていたけど、【自前の拳で暴力を振るうな】なんて校則はなかったが、それは流石に常識の範疇だろ。
 オキザリスにしては珍しく屁理屈を言う。

「すごいわ、フィーさん。強いメイドさんを連れているのね!」
「あんなのアイツの自業自得よ! 口を開けば嫌味ばっかだったし!」
「ミモザさんもアレを庇っちゃダメよ!」

 なんか知らんが女子生徒たちが集まってきた。教室内のざわめいた空気が一層増していく。あのパエニアとかいう奴、よっぽど嫌われていたらしい。

「おいおい、こりゃあ何の騒ぎだよ」

 賑やかさ最高潮といったところに教室に飛び込んできた巨体。
 戦士という言葉がそのまま当てはまるリンドーが、呆気にとられていた。

 生徒たちはきゃいきゃいと騒ぎ立て、教室の後ろには鼻血垂らして倒れる生徒一名。その状況を把握すると、リンドーは教室内を見渡し、そして何故かこちらの方に視線を送る。

「騒ぎの原因はお前、ってことでいいのか?」

 ノッシノシと筋肉隆々の大男がこちらに近付いてくる。なんという威圧感だろう。

「はい、ワタクシめです――リンドー教官」
「やれやれ……オキザリス、相変わらずだな。っつーか、何が癪に障った?」
「お嬢様への度重なる悪態、そしてお嬢様の親友への暴言に対する代弁です」

 な、なんだ? リンドーが妙に親しげにオキザリスと会話し始める。
 まるで生徒と教師みたいじゃないか。確かにこの学校においてリンドーは教師ではあるが、オキザリスは生徒ではないぞ。

「なるほどな~。はははっ、なら、俺が許す! オキザリス、よくやった!」
「いやいや、勝手に許していいのか……というか我の問題なんだが!?」
「ん、ああ、フィー、お前いたんだっけ。こうして会話すんのは久しぶりだな。元気そうで何よりだぜ」

 絶妙に会話がズレる。教室内の空気も微妙な感じだ。

「お前、オキザリスのことを知ってるのか?」
「ん? ああ、そりゃあな。だってオキザリスを鍛え上げてやったの、俺だぜ?」
「はい、リンドー教官には大変お世話になりました」

 そんなの初めて聞いたわ。ただ、途端に納得した。尋常じゃないくらいに鍛え抜かれた筋肉ムキムキメイドのルーツが目の前の筋肉ムキムキの戦士だというのなら合点はいく。何せ、レッドアイズ国の兵士だしな。

「おうい、立てるか。お前な、いくら偉いからといっても女の子いじめるのは最低だぞ。あとケンカ売る相手は選んだ方がいい。アイツらお前より何倍も年上だしよ」

 とか何とかいいつつ、リンドーは色々な意味でボロボロなパエニアを介抱する。
 まだ悪態をついてきそうな反抗的な目をしていたが、ここまで分の悪い空気の中では流石にどうしようもないと悟ったのか、パエニアは口を結んだ。


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「――さて、今回の授業はここまで。休憩時間を挟むからお手洗いなら今のうちにね。私は次の教室に移動するけど、この後に別の先生が来るから勝手に帰ったりしないように! じゃ! また後でね!」
 そんな言葉を残して、教室を出ていく。そうローテーションを回していくのか。
 一日中同じクラスに同じ教師が付きっきりでは科目が偏るしな。
「ふひぃ~、意外と知らないこと多かったれすね。全部覚えられないかもでふ」
「別に歴史を丸暗記する必要はない。その過程を何となくでも分かれば十分だ」
 主旨は魔法の成り立ちを知ることだったし、基礎の基礎を理解しているミモザには余計な情報とも言える。あまり詰め込みすぎるとかえって簡単なことも分からなくなってしまうし、こういうのは気楽に構えていた方がいい。
「なあ、ちょっといいか、フィー」
「む? なんだ?」
 ふと気付いたら男子生徒が我の近くにまで寄ってきていた。
 いけ好かない顔をしている。小生意気というか、馴れ馴れしいな。
「お前、あの芋令嬢なのか?」
 芋令嬢……。
 確かにパエデロスではそのように呼ぶ声もある。
 なんといってもパエデロスにおける農業の広範囲は我の所有するジャガイモ畑でいっぱいだからな。不本意だが現状、我の資金源として芋があげられる。
「まあ、そうだ」
「ハッ、だから芋みたいなコロコロ丸っこい顔してんだな」
「なんだと――」
 我が反論しようと席から立ち上がるか上がらぬかのところで、生意気男子の首元に手刀が添えられていた。それは、オキザリスの手だった。
「お嬢様を侮辱する事は許しません」
「くひっ!? な、なんだと、事実を言ったまでじゃないか」
 一瞬家畜の断末魔のような情けない声をあげ、一歩退く。コイツ、さっきも授業中に偉そうにいい加減な返答をした奴か。恥という言葉を知らぬのだろうか。
 ええと、名前は何だったかな。
「俺様はあのラクトフロニア家の御曹司、パエニア様だぞ!」
 ああ、そういえば自己紹介のときもそんな高慢な感じで言っていたな。
 貴族なら品格を重んじるべきだろうに慎ましさの欠片もなく恥知らずとは。
 ラクトフロニア家などと名乗ってもらったが、正直知らん。パエデロスに移住してきている貴族だったら我の名前を知ってて尚も小馬鹿にする態度もとれんだろう。
「で、パエニア。我に一体何の用だ? ジャガイモを食べたいなら今度何箱か送ってやってもいいぞ」
「ハン! 要らないね、あんな小汚い泥団子なんて!」
 なんなんだろうな、この小僧は。我が知らないだけで、王族並みに栄誉のある名家なのか? だとしても、一方的に見下しに掛かるのは異常としか思えない。
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 散々悪口を吐かれてきたが、一周回ってコイツが哀れに見えてきた。
 どうしてこうも自分の品格を下げていくかね。
 自分とこの家に誇りがあるなら敢えて他人を下げる必要もあるまい。
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「そっちのガキも、ちょっと詳しいからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
「ふへ?」
「お前、貴族でも何でもないんだろ? この学校に通う資格もねえんだよ!」
――ブチッ。
 そんな、音が、聞こえたような気がした。
 我の拳が空を切り、目標地点に到達する――その直前に、標的の身体は既に吹っ飛んでいて、教室の壁に叩きつけられる。
「おい、オキザリス……」
「お嬢様の手を煩わせるわけにはいきません故」
 どうやら我が手を下すより早く、オキザリスの蹴りが炸裂したらしい。
 哀れな奴よ、パエニア。貧弱ザコザコの我の拳じゃなく、筋肉ムキムキのオキザリスに制裁されるとは、掛ける言葉もない。
 今ひとつスカッとした気分にはならなかったが、ここで追い打ちを掛けてしまっては我の品格も問われるというもの。むしゃくしゃした気分を胸のうちにしまう。
「ふがぁ~……、てみぇぇ……この俺しゃまを、誰だと……思ってぇ……」
 アイツ、凄いな。床に這いつくばって鼻血噴きながらもまだあんな態度をとれるのか。将来大物になれるぞ、あれは。
「手加減しすぎました。歯の一本くらいは折っておきましょう」
「もういい」
 本音だけいうと三本くらいはへし折ってやりたかったが、引き際が分からなくなりそうだったし、今回ばかりは目一杯我慢することにした。
「お、オキザリスしゃん! らめですよ! クラスメイト殴っちゃ!」
「……ワタクシめは生徒ではありませんし、校則にはそのようなものはありませんでした」
 確かに【魔法を使用しないこと】に徹底したルールは敷かれていたけど、【自前の拳で暴力を振るうな】なんて校則はなかったが、それは流石に常識の範疇だろ。
 オキザリスにしては珍しく屁理屈を言う。
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「あんなのアイツの自業自得よ! 口を開けば嫌味ばっかだったし!」
「ミモザさんもアレを庇っちゃダメよ!」
 なんか知らんが女子生徒たちが集まってきた。教室内のざわめいた空気が一層増していく。あのパエニアとかいう奴、よっぽど嫌われていたらしい。
「おいおい、こりゃあ何の騒ぎだよ」
 賑やかさ最高潮といったところに教室に飛び込んできた巨体。
 戦士という言葉がそのまま当てはまるリンドーが、呆気にとられていた。
 生徒たちはきゃいきゃいと騒ぎ立て、教室の後ろには鼻血垂らして倒れる生徒一名。その状況を把握すると、リンドーは教室内を見渡し、そして何故かこちらの方に視線を送る。
「騒ぎの原因はお前、ってことでいいのか?」
 ノッシノシと筋肉隆々の大男がこちらに近付いてくる。なんという威圧感だろう。
「はい、ワタクシめです――リンドー教官」
「やれやれ……オキザリス、相変わらずだな。っつーか、何が癪に障った?」
「お嬢様への度重なる悪態、そしてお嬢様の親友への暴言に対する代弁です」
 な、なんだ? リンドーが妙に親しげにオキザリスと会話し始める。
 まるで生徒と教師みたいじゃないか。確かにこの学校においてリンドーは教師ではあるが、オキザリスは生徒ではないぞ。
「なるほどな~。はははっ、なら、俺が許す! オキザリス、よくやった!」
「いやいや、勝手に許していいのか……というか我の問題なんだが!?」
「ん、ああ、フィー、お前いたんだっけ。こうして会話すんのは久しぶりだな。元気そうで何よりだぜ」
 絶妙に会話がズレる。教室内の空気も微妙な感じだ。
「お前、オキザリスのことを知ってるのか?」
「ん? ああ、そりゃあな。だってオキザリスを鍛え上げてやったの、俺だぜ?」
「はい、リンドー教官には大変お世話になりました」
 そんなの初めて聞いたわ。ただ、途端に納得した。尋常じゃないくらいに鍛え抜かれた筋肉ムキムキメイドのルーツが目の前の筋肉ムキムキの戦士だというのなら合点はいく。何せ、レッドアイズ国の兵士だしな。
「おうい、立てるか。お前な、いくら偉いからといっても女の子いじめるのは最低だぞ。あとケンカ売る相手は選んだ方がいい。アイツらお前より何倍も年上だしよ」
 とか何とかいいつつ、リンドーは色々な意味でボロボロなパエニアを介抱する。
 まだ悪態をついてきそうな反抗的な目をしていたが、ここまで分の悪い空気の中では流石にどうしようもないと悟ったのか、パエニアは口を結んだ。